番外編⑫「愛する彼の元へ帰りたい」




 ――今なんて?

 私が何処から来たのか知っているの!? 私を見据えるキールの姿に大きく動揺する。すべてを話せば現代へと帰れるのだろうか。私は僅かな期待を抱いて、身を乗り出そうとした。

 ――でももしかしたら、鎌をかけられているだけかもしれない。

 素直に肯定して元の世界へと戻った時、影響が出ていたら最悪だ!

「おっしゃる意味がわかりません」
「……………………………」

 私の答えにキールはなにも返してこない。やや間を置いた後だ。

「いくら有能な術者であっても、宮殿の内部に侵入する事はほぼ出来ない。強いて出来るとしたら王ぐらいだ。仮に侵入出来たとしよう。バーントシェンナの民でなければ、術者達が異変に気付く。しかし、オマエは誰にも気付かれずに入り込んだ」

 ――それは……私は未来ではバーントシェンナの民だもん。

「通常であれば我が国の術者となるが、オマエを術者として認めた覚えがない。だが、オマエがバーントシェン国の民である事は間違いないのだろう」
「!?」

 ――き、気付いている!? やっぱキールは私が未来から来たって。な、なんでだ!

「それとトルーニャの件だ。確かにオレはあれを苦手としているが、社交の場ではきちんと口にしている。表上で知られていないという事だ。よっぽど親しい間柄でもほんの一部の人間にしか知られていない」
「……………………………」

 私はキールを見つめる。彼はアイリ達と一緒の時とは違い、刺々しいオーラや険しい表情が和らいでいるようだ。トルーニャの件で少し心の変化があったのだろうか。だけど、すぐに憂いを含んだ表情に変わって、私は嫌な予感がした。

「術者は所詮神の使い者であり、そして人間だ。出来兼ねる事もある。悪いが現状ではオマエを帰す方法がわからない」

 今のキールの言葉を耳にした私はサーと血の気が引いた。自分でも顔が蒼白となっているのがわかった。

 ――ドックンドックンドックンドックン。

 急速に心臓の音が乱れる。頭の中が混乱の渦が巻く。

 ――キールはなんて言った? 私を現代へと帰す方法がわからないって言った? そ、そんなっ!

「帰るんだから! 私は絶対に帰るもん!!」

 ジャリンジャリンッ!と、繋がっている枷から荒々しい音が響いた。興奮した私は立ち上がって叫んでいたのだ。帰れないなんてそんな事があってたまるか! なにがなんでも私は現代のキールの元へと帰るんだから!

「か、帰るんだから! ……ひっぐ……えっぐ」

 ――私を愛してくれるキールの元へと帰るんだ!

「おい、少し落ち着け」
「うわぁぁん!!」

 誰が愛してくれないキールの元へと残るか! 帰りたい、帰りたい! 今すぐに愛するキールの元へ帰りたいよぉー!!

「落ち着けって言って……え?」

 ――チャンチャンチャンチャン♪ チャチャチャチャチャ~ン!♪ 迷子の迷子の子猫ちゃん~♪ アナタのお家は何処ですか? ♪~♪♪♪

 突如、あの不快な歌「犬のおまわりさん」が聴こえてきた! 初めて聴いた時よりも輪をかけて、激音痴なんですけどぉおお! 鼓膜こまくが破れそうだ!

「オマエ?」

 メロディに気を取られ、一瞬キールの存在を忘れかけていたけど、彼は何処からともなく流れる風に靡かれながら驚愕していた。キールにもこの不快な音楽が聴こえているのかと思ったけれど……。

「なんだ、その光りは?」

 ――光り?

 ってなに? 問われて自分の躯へと視線を落とす。わぁ! いつの間にか躯が真っ白なオーラに包まれていた! 私にもわけがわからない!

 ――お家を聞いてもわからない♪ 名前を聞いてもわからない♪ にゃんにゃんにゃにゃん♪~♪♪♪

 驚愕している間にも不快な歌はじゃんじゃか流れていた。もうなんなんだ! この音楽は!

「消える?」
「え?」

 私の躯の周りがさらにフワフワとした綿菓子のような光りが囲み始め、自分の躯が薄れていくのがわかった。

「もしかして消えちゃうの!? ヤダ!!」

 過去のキール達と接触したから消えてしまうんじゃ!? 私は必死になって叫んだ!

「大丈夫だ」
「え?」

 酷く気が動転している私に向かって、キールは優しい声色で話す。

「きっと元の場所へと帰れる」
「え?」

 キールのその一言で私の不安が吹き飛んだ。

 ――なんでだろう?

 不思議と安心する。本当に戻れるような気がして、私は喚くのをやめた。段々と躯が薄れていく。これでここともお別れだ。その時、キールと視線が合わさった。彼は切な気な表情をしている。なんで?

「オマエ、本当の名はなんだ?」
「!」

 最後だからだろうか。キールが思い切ったように訊いてきた。私は答えるのに戸惑う。もう消えそうだ!

「チ、チムタン!」
「そうか」

 キールの返事をした時、私の視界から彼の姿が消えて行った……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 焦点が合わず、視界が霞んでいるのがわかる。頭もボーとしていて微睡まどろむような感覚だ。

 ――あれ? 私どうしたんだっけ? ……確か二年前にタイプスリップして?

 どうやら私は回廊のちょっとした小スペースのソファでうつ伏せになっていた。まだ意識が朦朧としていて状況の把握が出来ない。

「おい?」

 頭上から声が聞こえた。

 ――!?

 こ、この声は? 短い呼びかけだったけれど、声の主が誰なのかわかった私はすぐに躯を起こして、相手と距離を取ろうとした。そして相手を映した私は目を大きく見開く。

 ――キールだ!

「こんなところでなにをしているんだ?」

 そう問うキールは私へと腕を伸ばしてきた。

「さ、触らないでよ!」
「え?」

 反射的に私は叫んでキールの手を跳ね退けてしまった。今度はキールが瞠目して言葉を失う。また捕まるなんてゴメンだ! 私は現代へと戻って、私を愛してくれるキールの元に帰るんだから! 私は目の前のキールを睨み上げた。

「どうした? ……千景?」
「え?」

 名を呼ばれてハッと気づく。目の前にいるキールをよく見てみれば十五歳のキールよりも毛先が長くて大人っぽい表情をしている。服装もノーブルで華やかだ。それに自分の格好も変装した服装ではなく、元のドレスに戻っている。もしかして戻って来れた……の?

「キール?」
「千景、なにがあった?」

 もう一度名を呼ばれて、目の前の彼が求めていたキールだとわかった私はそのまま彼へと飛びついた。

「お、おい?」

 キールはわけもわからないと躊躇いの様子を見せた。私が触らないでと拒否ったと思ったら、今度は甘えたように抱き付いてきて混乱して当然だ。

「ひっく……えっ……ぐ……キ……ル」
「どうして泣いている?」
 キールは私の背中と頭の上をポンポンとしながら優しく問う。

「ひ……ぐ……い……犬の……おまわ……りしゃん……が……私に……ひどい……事……したのぉ」
「は?」

 顔を見ていないが、きっと今キールは目をパチクリさせているだろう。私が言いたいのは頭の中に突然「犬のおまわりさん」のフル音痴な歌が聴こえてきたと思ったら、過去にタイムスリップさせられ、終いには牢獄へと監禁までされていたという事だ。

「ひっく……うっ……」

 下手に口にしてはいけないと思った私はなにも言えなくなって、ひたすら涙を流す。キールからなにも問われなかった。彼は私が話すまで無理に訊こうとはしない人なのだ。代わりに私を優しく優しく抱擁する。安心出来る温もりだ。

 数時間とはいえ、あの薄暗く湿った冷たい牢獄の中で、ずっと心細かった心にあったかい熱が籠り出した。今キールの腕の中にいられる事はリアルなんだ。本当に本当に良かった!

「オマエ、躯が冷えているな。部屋で休んだ方がいい」
「ま、待って、もう少しここで!」

 冷えた私の躯を気遣って離れようとしたキールに、私は寄りすがった。ちゃんと私を愛してくれているキールの温もりをもう少し感じていたいよ。私は掴んでいるキールの腕にギュっと力を込めた。私の真剣な思いを汲み取ったキールが再び優しく包み込んでくれる。

 ――やっぱりキールの腕の中が一番幸せだ。

 心地良い幸福感に満たされる。その極上の幸せに浸っていると、

「ふぁあんっ」

 キールが私のスカートの中へと手を伸ばし、お尻を伝って指を前に侵入させてきていた。

「な、なにするのぉ?」

 秘所に指を到達され、ショーツの上から軽く押すように沈められていた。私は鼻にかかった甘い声となって問う。

「あぁ、甘えてきて可愛いなって思ってついな」
「や……だぁ、ん、んっ、んぁ! ダ、ダ……メッ」

 押し込むように指が入り込んできて私の脚を開く。指は遠慮なしに秘所を弄り始めてきた。

「あっ、あぅ、ダ、ダメッ」
「なんで?」
「だ……だって……ここ、んぁ、やんっ」

 寝室じゃないだもん。誰かに見られでもしたら、キールだってエッチな王だと思われたくない筈じゃ。ところが、私の心配をよそにキールの指は三本まで増え、行為を深めようとしていた。

「無理。エロイ声出されてダメって言われても、もっとしてとしか聞こえない」
「ち、違うってばぁ! やぁあん」

 指はスルッとオパンツの中へと入り、じかに触れてきた。

「もっと聞かせてよ、エロイ声」
「やん、あんあん、あぁぁん」

 誘惑するように甘い声で囁かれ、自分の意思に反しながらも私はキールに身を委ねた……。





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