番外編⑫「フル音痴は健全です!」
――泣~いてばかりいる子猫ちゃん♪ い・ぬの~おまわりさんっ♪ 困ってしまってワンワンワワン♪ ワンワンワワンッ♪
「千景様、今のはお唄でいらっしゃいますか?」
「そうですよ~」
只今の時間、私は茶の間で専属の侍女さんと一緒にお茶の用意をしていた。普段は侍女さんだけにやってもらっているんだけど、今日はシェフと一緒に作ったお菓子を出すから、用意も自分でやろうと思ったんだよね。
自分の世界にいた時は一人暮らしをしているのもあって、お料理やお菓子作りは大の得意だったんだ。レシピだって、ざっと百以上は作れるし♪ だからたまにキールに愛情たっぷりの手作りお料理を食べてもらってるんだよ!
元の世界のレシピを活かして、こちらの世界のシェフへ提案すると、それがまた大絶賛されているよ! 小麦粉や卵を使用したトンカツやコロッケ、クリームを使用したドリアは大好評だったな!(ちなみに素材は全く違うけど)
私って一見不器用そうに見えるらしいけど、手作りお料理はみんな美味しいって言ってくれるんだ。キールだって、いつも美味しいって言って食べてくれているし。まぁ、最後には私が一番美味しいって言うんだけどね(いやん♪ 余計な事を言っちゃった!)。
今日のお菓子はスイートポテトをチョコレートでコーティングしたような「ポポロン」とマドレーヌをふんわりさせたような「フラソワ」というお菓子を作ったんだ。オシャレなお店で販売しているような可愛くエレガントに出来上がったよ、へへっ♪
出来栄えの良さと味見した時の極上の美味しさに、キールにも喜んで食べてもらえると思って、ついつい歌い出してしまったんだな、これが! そんな気分上々のと・こ・ろ・に・だ。
「今の歌だったの? 耳障りで不快極まりなかったわよ」
「はい?」
いつの間にかシャルトが現れたと思ったら、今の暴言とちゃいますか? そして彼の横でポンポンと口元を押さえながら、笑いを堪えるアイリの姿が鼻につくんですけどぉおお!!
「ちょっとシャルト! 今のどういう意味?」
透かさず私はシャルトへ抗議を入れる。
「さっきの歌なんて思わないわよ。奇妙な言葉を並べてメロディも音程も狂ってたもの。だから侍女も不思議に思って訊いたんでしょ?」
「いえ、そんな滅相もございません! 私はそのように思っては……」
いきなり振られた侍女さんは大きくたじろいで心底困っている様子だった。そりゃそうだ、なんかシャルトから無理矢理に同意させられそうなんだもん。
「本人の為にもハッキリと言った方がいいのよ。フル音痴なんだから、人前で歌うのだけは控えてくれってね」
「ッカー! 私はシャルトが言うほど、音痴ではございません。もう悶絶させる力も無くなったんですから、人並みになったんですぅー!」
「悶絶の力が無くなったからって、不快な音痴が改善されたわけじゃないわよ」
「フンッ!」
私は鼻息を荒くして、そっぽを向いてやった。超失礼しちゃう! 侍女さんがいる前で人を辱めてくれてさ。しかも……。
「それにアイリ! 押さえ込むように笑いを堪えるのやめてよね!」
「ぷくくっ、だって千景の口ずさんでいた歌って“泣~いてばかりいる子猫ちゃん♪ い・ぬの~おまわりさんっ♪ 困ってしまってワンワンワワン♪ ワンワンワワンッ♪”だったんでしょ?」
「そうだけど? 私が歌ったのと同じじゃん」
私は自信もって答えた。なにが違うのかさっぱりわからん。
「全く違うじゃない! 次元が違うっていうぐらいにね! まともに歌っていたと思い込んでいたなんて、もう気の毒としか言いようがないわよ」
「ッカー!」
シャルトはさらに追い打ちをかけてきやがった。私が噴火寸前になると、
「小腹空いたよ~、早くお茶にしようよー」
「もう出来上がりますから、もう少々お待ち下さいませ」
ちょうどアイリがにこやかな笑顔で空腹を訴えてきた。テーブルのお菓子に目がいっているようだ。彼の言葉に侍女さんはせっせとカップにお茶を淹れ始める。
――フンッ! まだ私のお怒りは治まっていないんですからね!
☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆
「フンだっ」
私は言われるほどの破滅的音痴じゃありませんから! さっきだってちゃーんとメロディに奏でて歌ってたんですからね! それをなにさ、あったまきちゃう! 私は結局怒りの興奮が治まらず、気持ちを鎮めようと茶の間から少しばかり離れた。
こんな時、キールがいてくれたらな。頭ナデナデしてもらえるだけで興奮が治まると思うんだけど、こんな時に限って仕事が忙しくて来れないんだってさ! という事で私は一目だけでもキールを見ようと、偶然を装って会いに行こうと考えていた。
普段だったら、絶対こんなストーカーまがいの事なんてしないんだけどね! この後、嫌でもシャルトとの勉強がみっちりあるし、今の内に興奮を抑えておかないと。フンフンだっ。
「ッカー! ここもちゃうねん!」
確かキールは一部の大臣達と会議だと聞いていたんだけど、また迷って全っ然違う回廊に来ちゃったよ。もう興奮しすぎて思考回路が上手く回ってないみたい。
――参ったな。
迷うと面倒なんだよ。なんせ巨大迷路のような宮殿だからね! ムゥー余計イライラしてきたぁー! 今日はイケてない日だよ。フンフンッとさらに鼻息を荒くした時だった。
…………………………っ。
――ん?
私は足を止めた。なんかふらりとか細い声が聞こえたような? ボソッとした声だったから、なんて言ってたのかわからないけど、呼び掛けているような、そんな感じだった。振り返ってみるけど、誰一人といない。
――気のせいか!
それよりも早くキールに会わなきゃ! 私が再び歩き出そうとすると、
……………っ……………っ。
――んん?
またもや声らしき音が聞こえてきた。なんだなんだ? 呼ばれたような感じがあったけど、さっぱわからんな! あれかな? 無意識に術力が発動して会話が聞こえてんのかな? 私って何気に術者と同じ能力を持っているらしいからな。
普段殆ど力は使えないんだけど、気持ちが高ぶっている時とかに無意識に発動しちゃう時があるんだよね。今回もプンスカしてたからなー。……まぁ、とりあえずは気にせずに早くキールに……。
――チャンチャンチャンチャン♪ チャチャチャチャチャ~ン!♪ 迷子の迷子の子猫ちゃん~♪ アナタのお家は何処ですか? ♪~♪♪♪
「わぁ~なにこれ!?」
いきなり「犬のおまわりさん」のメロディが頭の中いっぱいに聴こえてきたぞ! しかももの凄ぉおおく音が外れているではないか!
――お家を聞いてもわからない♪ 名前を聞いてもわからない♪ にゃんにゃんにゃにゃ~ん♪ にゃんにゃんにゃにゃん~♪♪♪
ひぃいい! 不快な音楽がなおも続いているではないか! しかもリピートモードらしく繰り返し聴こえてくるのだ! あまりにも酷い音に私は思わず瞼を閉じて耳を押さえた! すると……?
――あ、あれ?
ピタリとメロディは聴こえなくなったのだ。
――シ―――――――ン。
清閑な空気が流れている。
――な、なんだったんだろう? 今の……?
暫く私はポカンとしてその場に突っ立っていた。下手に興奮すると、あういうわけのわからん現象が起こるのかもしれないな。なんだかプンスカしているのがバカらしくなってきた!
キールの居場所もわからないし、お腹も空いてきちゃったから、素直に茶の間に戻って美味しいお菓子と茶を食そうっと。私は考えを改めて茶の間へ戻る事にした……。
☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆
戻りたいのに戻れないこの厳しい現実。キールを探している間、すっかり迷い込んでしまったもんだから、茶の間まで戻れなくなってしまった。それにタイミングも悪く、使用人さんや侍女さんといった人達にも会わないし、どういう事ですかね!
結局イライラが戻ってきてしまったではないですか、全く! 私はヤケを起こして闇雲に茶の間を探すようになった。本当に妙なほど人に会わないし、なんなんだ! みんな纏めてどっかへと消えてしまったんかい! フンフンと興奮して回廊の一角を曲がった時だ。
「!?」
――ん? キール!?
窓越しからバルコニーが見えてきて、なんとそこには愛しのキールが立っているではないか! 私は飛びつくように、彼の方へと駈け出そうとした。ところがだ。
――ん?
距離が近くなったキールを目にして、なにか違和感を覚えた。
――なんだ? 髪もちょい短いし、背丈も微妙に低い? それになんかあどけない表情をしていないか?
キールなんだけど、キールじゃないような? なんだなんだ? 私は首を傾げながら、キールの姿をしげしげと見つめた。
「キール♪」
あっしのキールの名を愛おしんで呼ぶ女性の声が聞こえましたけど? そしてキールの前に一人の女性が駆け込んで来た!
「!?」
その女性を目にした私は目ん玉が飛び出しそうなぐらいビックリした! だってだってだってだよ? その女性というのが……なんと、なんとだ! あのルイジアナちゃんではないか!
――な、なんだ、あの二人!?
ルイジアナちゃんのキールの腕を掴んで見上げている姿がキールと恋人同士のように見えるんですけどぉおお!?
――ど、どういうこっちゃ!?