第八十九話「再 会」




 ビア王は私の心臓元へ翳した手の平から、眩い光を発現させる。

 ――もうダメだ! 心臓を抉られる!

 私は瞼をきつく閉じて歯を食いしばる。眼裏に浮かび上がる人物を想うと、涙が溢れてきた。

 ――キール、もう一度逢って愛しているって伝えたかった。

 そして目を閉じていても強大な光が瞼に焼き付き、私は死を覚悟した……その時だ。

 ――ドドドドドドドドドドドドッ。

 何処からともなく、轟く地鳴りのような音が連続して聞こえてくる。その音に王の動きも止まる。

「「?」」

 音は次第に大きくなり、こちらへと近づいて来るようだった。王は音の方へと振り返る。私も困惑し、王と同じ視線の先へと目を向けた。すると音の根源が姿を現し、こちらへと向かって来る。

「「!?」」

 ――あ、あれは!

 咄嗟に私は祭壇から起き上がって目を疑った。だって音の正体はなんとケンタウルス群の駆ける足音だったからだ! 凄まじい数のケンタウルスがこちらに向かって来るぞ!

 ――ど、どういう事?

 私は茫然とケンタウルスの群を見つめる。ビア王も同じ気持ちなのか、躯を硬直させていた(多分……なんせ基本無表情で読み取れない)。

 ――ドドドドドドドドドドドドッ。

 あっという間に、私と王の周りはケンタウルスの群で埋め尽くされる。体格の大きいケンタウルスばかりで威圧感が半端ない。しかし、それでも王は動揺する様子もなく、毅然として立っていた。それから王の前に一人のケンタウルスが姿を現した。

 ――あ、あのケンタウルスは!

 身に覚えのある顔だった。いつか怪我をしたスーズを迎えに来たソバージュヘアーのケンタウルスだ。私は顔見知りが現れてホッとした気持ちが湧く。

「ビア・サンガリー王。マキシムズ王を殺めた罪とバーントシェンナ国キール王の婚約者を拉致した罪によって、貴方の身柄を拘束させて頂きます」

 ――うわっ、こ、これはケンタウルスが助けに来てくれたのか!

 ところが、ビア王はこんな状況でも慌て動揺する様子もなく、ソバージュヘアーのケンタウルスと対峙し合っていた。そこに……。

「千景!」

 突然、ケンタウルスの郡の中から名前を呼ばれた。聞き覚えのある声で、私は現れた声の主の方へと視線を向けると、あ、あれは!

「スーズ!」

 クルクルヘアーのお目々がくりんくりんのスーズだ! 私は最後の力を振り絞ってビア王を払い退け、スーズの元へと駆け出す。彼はすぐに私を抱き止めてくれた。

「千景、大丈夫!?」
「う、うんっ、なんとか」

 私の格好が格好なだけあって、スーズは心の底から心配している様子だった。

「このケンタウルス達は一体? もしかしてスーズが呼び掛けて、私を助けに来てくれたの?」
「うん。バーントシェンナ国が危険な目に合っていると聞いて、長のバカルディ様に助けを要請していたんだけど、説得に時間がかかちゃって。助けに行くのが遅くなっちゃってゴメンね」

 申し訳さなさそうにして詫びるスーズに、私は首を横に振る。

「そんな事ないよ! 間一髪のところで助けに来てくれたんだもん。スーズがバーントシェンナの為に、動いてくれたこと本当に嬉しいよ!」
「千景……」

 心優しいスーズとの会話で和んでいたところに、ハッと私は気づいた。凍りつくような冷たい視線に……。それはビア王からであった。私は恐る恐る王を見遣る。至って王は無表情ではあるけれど、恐ろしいほどに冷然としている。

「さぁビア王、我々と共にお越し下さい」

 ソバージュヘアーのケンタウルスがビア王を催促した。しかし、王はなにも答えず、まるで聞き入れる様子がないように見えた。その内に数人のケンタウルスが王へと足を運び出した。その場から動かない王を強制的に連れ出そうしているのだろう。ところが……。

「!?」

 王は近づく数人のケンタウルスの前に右手の平を翳した! 次の瞬間、黄色い光が放たれる!

「まさか!」

 私の叫び声と共に、王へと近づいたケンタウルス達を囲むように光のドームが出来上がる。王が攻撃をかけたのだ。それから光は放散され大きな煙が舞い上がる! 後ろに立ち並んでいるケンタウルス達も吃驚し、放心状態となっていた。

 ……………………………。

 やや経って光が薄れていく。

「え?」

 攻撃を受けた筈のケンタウルス達の前に、また別の光が彼等を守るように包む込んでいた!

 ――どういう事!

 ビア王を含め、そこにいた全員が茫然とする。そして私は息を呑んだ。徐々に光が薄れていくと、ケンタウルス達の先頭にある人物が立っていたからだ。背が高く、ストレートのライトブラウンの髪、この世にニ人といない翡翠色の瞳をした、

 ――キールだ!!

 私はなんとも言えない歓喜の気持ちが溢れる! キールはバーヌース系の服を纏い、堂々とした姿で立っていた。

 ――キール……やっぱり生きていたんだ!

 私は涙を滲ませ、キールの姿を見つめる。

「貴様、生きていたのか?」
「おかげさまです」

 ビア王の問いにキールは微笑んで返した。そのニ人の間から緊迫した重い空気が流れる。対峙し合うキールとビア王のニ人をケンタウルス達も目を見張って見守っている。

「ビア王、貴方らしくもない往生際の悪い事をなさる。大人しく身柄を拘束される気がないのであれば、この場で貴方を処刑する必要があります」

 先に口を開いたのはキールからだった。

「……………………………」

 ビア王はかなりの辛辣な言葉を投げられたにも関わらず、態度は少しも揺るがなかった。なんて強情な人なんだ。

「え?」

 キールは腰から剣を抜き出した。ま、まさかさっきの言葉って本気じゃないよね? 王を大人しく拘束させるための言葉だったんじゃないの?

 ――ドクンドクンドクンドクンッ。

 私は固唾を呑んでキールとビア王の様子を見つめる。そして王へと近づくキールに、王は……手を翳して術力の光を放ったのだ!

「キール!!」





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