第八十五話「隠された真相」




「……っ」

 暫く私とヒヤシンス国の王は視線を交わらせたままでいた。王は一向に身動みじろぎせず、私を直視している。彼がなにをしたいのか、なにを求めているのか、全く読めずにいた。

 私の方は不安と恐怖が募っていき、なにも問う事が出来ない。速まる心臓の音と躯の震えが酷く止まらなかった。その内に気が遠のいていく、そんな感覚に陥りそうな時だった。

「バーントシェンナ国とマルーン国は終戦を迎えている」
「え?」

 唐突に王が言葉を発した。低音で淡々とした口調ではあったけれど、声色は穏やかで柔らかい感じだった。

「バーントシェンナ国がマルーン国の王の首を翳し、勝利を収めた」
「……え? ……まさか、その首を跳ねたのは?」

 ――キールなの?

 バーントシェンナ国が勝利を収めたという事はそういう事になる。王は私の問いには答えず、顔色一つも変えないままでいた。なにも読み取れない表情なのに、私の第六感は働いた。

「まさかアナタがマキシムズ王の首を……?」

 声音が酷く震える。人の首を跳ねるだなんて尋常じゃない。

「私の名はビア・サンガリーだ。ヒヤシンス国の主である。“禍”よ」

 ――!?

 突然、王の口から「禍」という名を出されて、私はカッと感情が高ぶる。

「私は禍ではありません! 千景です!」
「…………………………」

 私は力強く否定したけれど、ビア王は答えない。

「キールは無事なんですよね!?」

 一番大事な事が確認出来ない私は気が気ではなかった。他にも訊きたい事はある。でもなによりも一番キールの安否が知りたいのだ。

「…………………………」

 しかし、私の切実な気持ちとは裏腹に、ビア王の様子は至って落ち着いていた。私は不安に煽られる。もしかしたらキールは? 一瞬にして私の表情は崩れ、涙が零れる。

「まさかキールまで手掛けたんじゃ?」

 泣き顔で真相へと迫ろうとした。そこでようやく王は口を開き、こう答えた。

「だったらどうしたと言うのだ?」

 私はガッと目を見開き、次に王の胸元を掴んで顔を引き寄せる!

「もしそうなら私はアナタを殺す!」

 そして目を血走らせ吐き捨てた。相手が王だろうが偉かろうと知ったこっちゃない! 愛する人を手掛けたのなら、絶対に絶対に許さない! 今すぐにも殺してやりたい!! 私は怒りに震えが込み上げ、王を威嚇した。

「…………………………」

 王の様子になんの変化もなくて、それが許せなかった。マキシムズ王を殺め、そしてキールまで……。人の死をなんとも思わない恐ろしい悪魔。この人は人間なのだろうか、私には人の姿をした悪魔か死神にしか見えない。

 何故、私をここに連れて来たのだろうか。まさか……? 契りを交わそうとしているの? その考えが横切った時、私は眉を顰めて王から離れた。こんな人と契りを交わすぐらいなら、今すぐにでも舌を噛んで死んでやる!

 キールがいない世界なら、生きていても死んでいるようなものだ。私は彼の事を想うと、またおのずと涙で視界が霞んだ。キールは死んでない! 絶対に生きている! だって約束したもん。生きて帰って来るって。

 戻って来たら、私と契りを交わして、バーントシェンナに平和をもたらすんだって。今すぐにキールの元へ帰りたい。抱き締めてもらいたい。しゃくり上げそうになるのを堪え、私は気丈に振る舞う。

「私をどうするつもり?」

 私は不思議と落ち着いた口調で訊いていた。なにが私をそうさせていたのかはわからない。この王の前では平静を保たなければならないと躯が訴えかけているようだった。

「…………………………」

 基本的に王は私の質問に答える気はないようだ。至って黙然として私を直視するだけ。それでも私は叩きつける。

「私はアナタとは契りを交わすつもりはないから。交わすぐらいなら死んだ方がマシだ!」

 キッと王を睨み上げて言い放った。

「…………………………」

 どんな言葉をかけても、反応を見せなかった王が突然その場から立ち上がった。

「!」

 無言で視線だけを私に向けている王は恐ろしくて仕方ない。なんだかとても嫌な予感がした。

 ――ま、まさか強行突破をしようと?

 恐怖に似た感情が波打つように押し寄せてきて、私は躯を後退させようとした。その時だ。

「連れて行く場所がある」
「え?」

 ――なにいきなり?

 王の突拍子もない言葉に私は面食らった。

 ――どういう事だ?

「今すぐ私と一緒に来るのだ」
「え、なに?」

 私は意味が分からず、恐怖心を忘れてポカンとなっていた。王は躯を翻して私に背を向けたが、尻目を向けてもう一度伝えてきた。

「私と一緒に来るのだ」

 私は躯が痺れたように硬直する。王の無表情の奥は酷く殺気立っている。言う事を聞かなければ、今すぐにでも殺されてしまう、そう思わせるほどの恐ろしいオーラだ。

 既にこの王は人を手掛けている。私を殺す事なんて躊躇いもなくやるだろう。私は血の気が引き、心臓の音が狂ったように鳴り、竦む足をなんとか言う事を聞かせて、王の後を追う事にしたのだった……。





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