第八十一話「マキシムズ王の元へ」
アイリッシュさんとシャルトが同時に私の名を叫ぶ。
「駄目だ。君はシャルトと一緒に宮殿へ帰るんだ。これ以上の危険な目に合わせたくない。君にもしもの事があったら、キールが悲しむんだからね」
案の定、アイリッシュさんは私を宮殿に帰そうとする。そしてキールが悲しむという言葉を出されて、胸がキュゥと締め付けられた。だけど……。
「そうはいきません! 愛する人が私の為に戦ってくれているのに、宮殿で待っているだけなんて、そんなの気がおかしくなりそうで我慢出来ないんです!」
「千景、君はもう目にしているから、わかっているとは思うけど、これは人が命を落とす戦争なんだ。次の戦場では今まで以上に激しくなるだろうし、もっと残酷な光景が待っているんだよ」
「わかっています。目の当たりにして、余計身に染みて理解しています。でも私も力になりたい! 私には歌声があるから大丈夫です!」
「それは味方の兵士にも凶器なのよ!」
透かさずシャルトから鋭い突っ込みが入った。
「わ、わかってるよ。なんとか調整してみるから!」
「駄目だよ。君には一度言ったけど、もし君が捕まってしまったら、戦争の意味がなくなるんだ。それは兵士達の死も無駄死にとなる」
「そ、それは」
「それに危険とわかっていて、君を戦場に行かせたら、ボクもただでは済まされない」
「そんなっ」
確かに私がマルーン国に捕まらない保証はないし、私が戦場へ行けば、キールには知られてアイリッシュさんは大目玉を食らうだろう。いくらアイリッシュさんに責任がないと言っても、厳酷なキールの事だから、それなりの処罰を与えるかもしれない。
でもだからといって、ここまで来て泣く泣く宮殿に帰るなんて絶対出来ない。キールの命が懸かっているんだもの。一緒に戦って乗り越えたい。ど、どうしたらいいの!
「……………………………」
「わかってくれ、千景」
アイリッシュさんから念を押されてしまった。私は気持ちとは裏腹になにも言葉が出てこなくて、アイリッシュさんの意向に従ざるを得なかった。
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「じゃぁ、ボクはキールの元へ向かうよ」
「気をつけて……と、軽々しくは言えないけど、キール様と一緒に必ず生きて還って来てよ」
「わかっているよ」
アイリッシュさんは少し休養を取った後、今から戦場へと向かおうとしていた。私とシャルトは彼の見送りに最後の挨拶を交わす。
「……………………………」
私はなんて言葉をかけたらいいのかわからず、ただ浮かない表情でアイリッシュさんとシャルトの会話を聞いていた。
「千景、色々と有難う。君のおかげでまたキールの元へと戻れる。本当に感謝しているよ」
「あ……」
アイリッシュさんから、柔らかな表情で感謝の言葉を伝えられたが、私は言葉を返せなかった。本当は私も一緒に戦場へと連れて行って欲しい気持ちが拭えない。
「千景に助けてもらった命で、必ずキールを連れて帰るから信じて待っていて」
「はい」
その一言だけ答えるのがやっとだった。
「じゃぁ、行くよ」
アイリッシュさんはスルンバへと跨り、そして私達に背を向けて走り出した。彼の姿が見えなくなるまで、私とシャルトは見送る。本当はすぐにでも追いかけて行きたい。キールに逢いたいよ。私はシュンとして顔を伏せていた。
「……千景」
シャルトから呼ばれる。宮殿に戻ろうと言いたいのだろう。
「行くわよ」
私は返事が出来ず俯いたままだった。
「キールの元へ」
「え? ……い……ま……なんて?」
私はシャルトの言葉に驚き、顔を見上げて彼をガン見する。
「私も勝手に宮殿から出て来た時点で、大きなペナルティを出したわ。もうこうなったらヤケよ。一緒にキールの元へ行きましょう」
「シャルト!」
シャルトは力強く伝えてくれた。私はあまりの嬉しさから瞳に潤いを帯びる。
「でも覚悟だけはしておいて。私達が着いた時、既に戦は始まっている。最悪な事態も考えておいてね」
「それって?」
「もしかしたら目の前でキールの首を跳ねられる光景を目にするかもしれない。または既にそうなっているかもしれない。それこそ気がおかしくなる状況よ。それを覚悟で向かえる?」
今まで見せた事のない厳しい表情をするシャルトに向かって、
「向かうよ!」
躊躇う事なく私は答えた。シャルトの言った最悪な事態も起こり得る。それでも私は行く。行かなければならない。それは使命感のような気持ちがあった。
「モタモタしていられないわ。気を消してアイリの後を追うわよ」
「うん!」
私とシャルトはすぐさま躯を浮上させ、空高く舞い上がって行った……。
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私とシャルトはアイリッシュさんの姿を見つけ、彼に気付かれないように距離を置いて後を追った。その間、私はひたすらバーントシェンナ国の兵の安否を祈り続けた。彼等はアイリッシュさんの事が気になって、ヤケを起こしているかもしれない。
特にキールの精神状態が心配だった。生まれた時からずっと一緒だったアイリッシュさんがいなくなったと聞かされ、悲しみに溺れている隙を狙われるのではないかと、心配で仕方なかった。
戦場までは一時間ほどの距離だった。近づくにつれ、戦乱の様子が音で響いてきていて、私とシャルトの緊張が高まる。正直勝算は難しいと思っていた。昨日の戦ではバーントシェンナ兵一万に対し、マルーン兵は五千だったにも関わらず、こちらの兵を半分にまで討伐した。
今日の兵士の数はほぼ同じ、圧倒的にマルーン兵士の方が有利だ。それにあの悪党のマキシムズ王が参戦している。あの王の戦闘能力は非常に高いと聞いている。私は心臓の音を最高潮に昇らせ、戦場の様子へ目を落とした。
そして息を呑んだ。何故なら思っていた状況と大きく異なっていたからだ。バーントシェンナ兵はマルーン兵に圧されていなかった。マルーン兵とほぼ同じ数の兵士達が闘争している!
「バーントシェンナの兵がマルーン兵と互角に戦っている?」
「確かにバーントシェンナ兵士達の気は乱れている者が多いわ。アイリを失ったという悲しみと怒りが却って戦力となったのね。アイリは恐ろしいほど、人望が厚くてカリスマ性があるから。これには私も驚いているわ」
シャルトの説明を聞いて、私はさらに驚いた。アイリッシュさんの人柄がそこまで兵士達の心を揺るがせているだなんて。それはきっと勝利への希望となっているに違いない。
「そこにまさかのアイリが戻って戦力がさらに増したようね。このままマキシムズ王を打倒出来ればいいのだけれど」
マキシムズ王の名を耳にして、私は息を切る。
「キールは!?」