第七十六話「命を懸けた忠誠心」




 私は木の陰に隠れてから、再び戦場へ向かう事が出来ず、ただただ震え上がっていた。自分の不甲斐なさに、ひたすら懺悔を生み、その間の時間はとても生きた心地がしなかった。

 戦は数時間にも及んだ。相手が引くかまたは殲滅せんめつするまで続いていた。結果、バーントシェンナ国がマルーン国兵士を殲滅させ戦勝した。キールやアイリッシュさんは無事だ。一先ず、安堵感を抱くが…。

 打倒されたバーントシェンナの兵士は半数を超え、生き残っている兵士の多くは負傷している。バーントシェンナの兵士一万に対して、マルーン国兵士五千でのこの結果は今後迎える第二戦に大きく不安を募らせた。

 それでもバーントシェンナの兵士達は次の戦場へと進んで行ったが、目的地へと到達する前に、テントを張って休養する事となった。長時間に及んだ戦乱だった為、マルーン国の残りの兵士と術者を相手にするだけの体力がないと判断し、休養へと入った。

 私もここまで移動する最中さなか、戦死した総勢一万の兵士達へご冥福の言葉をかけたが、彼等の姿を瞳に映す事は出来なかった。言葉にならない悲惨な光景だったからだ。

 一言で表すなら、まさに血の海だ。敵国とはいえ命の尊さは同じ。私は居た堪れない気持ちをグッと抑えて、バーントシェンナの兵士達の後へと続いた。

 兵士達はテントを張ると、食事をする者もいれば、すぐに眠りにつくものもいた。私もさすがに今日はなにも口にはしたくなかった。人の死を目の当たりにして、とても食す気分にはなれなかったのだ。

 そしていつもであれば、キールの様子を伺いに行くけれど、今日はそれすらする気にもなれなかった。逃げ越した自分はキールに逢う資格はないのだ。

 愛する彼が命を懸けて守ろうとした兵士達に負けないぐらいの気持ちがあると思っていた自分は大馬鹿者だ。何度懺悔の言葉をかけても許されない気がした。私は躯だけタオルで拭いた後、荷車へと眠りについたのだった…。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 翌朝、兵士達の目覚める頃、私は急いで荷車から離れ、木の葉へと隠れて出発を待った。昨日はろくに眠れなかった。頭の中で戦死した兵士達の姿がこびりついて、正直気がおかしくなりそうだった。

 でも私よりも戦った兵士達の方がずっと辛いのだ。私は自分の甘さに叱咤した。兵士達は次の戦場へとスルンバを走らせる。次の目的地までニ時間はかかるそうだ。そして一時間ほど走った頃、兵士達を乗せたスルンバが急に止まり始めた。

 ――どうしたんだろう?

 私はなにかあったのかと気になり、キールがいる最前列の方へと移動する。すると……?

 ――あれは?

 数十メートル下の小道から、スルンバに乗ってキール達の方を見上げる人物がいた。あれは……確か昨日見たマルーン国の術者のような? そう気づいた時、また頭の中から声が響いてきた。

「アイリ、あれは?」
「マルーン国の術者のようですね。名は知りませんが」
「見るに一人だけのようだが、伝達でもしに来たのだろうか」
「そうかもしれませんね。私が話を聞いて参ります」
「オレも行く」
「なりません。王はこちらで待機なさって下さい」
「しかし!」
「すぐに戻って参りますので」

 アイリッシュさんはキールに有無を言わせず、スルンバを走らせ、いきなり数十メートル下の道へと降りた。

 ――す、凄いな!

 今のまるで映画のアクションシーンを観ている感じだったぞ。アイリッシュさんはマルーン国の術者の前までスルンバを走らせる。相手の目の前まで行くと、

「これはこれは初めまして、バーントシェンナ国で有能な術者アイリッシュ殿」

 真っ先にマルーン国の術者が口を開いた。

「其方は?」
「私はマルーン国術者のディタ・エイジアと申します」

 やっぱり術者だったんだな。なんかあのマキシムズ王の元にいる術者のせいか、態度が太々しいんだよな! 変に堂々とした姿の術者だ。

「こんな所でなにをしている? 伝達があるのか?」

 アイリッシュさんは警戒しながら問う。

「そうですね、ある意味そうなのかもしれません」

 ん? アイリッシュさんの質問に、術者は意味ありげな返答をしたぞ?

「どういう意味だ?」
「こういう意味ですよ」

 曖昧な返答をしたマルーン国術者は軽く手を上げた。それがなにかの合図のように見えた。そして術者の後ろから、何処に隠れていたのかわからん兵士達が次々と現れたのだ!

「どういう事だ?」

 キールの声だ!

「まさか術力で兵士達の気を消していたというのか!」

 キールが取り乱した声を上げた。アイリッシュさんの目の前には術者とマルーン国の兵士達が立ちはだかっている。兵士の数は数百? いや、数千はいる。でも次の戦場はここではない筈だ。私も大きく狼狽える。

「次の戦場はここではない筈だ。変更の連絡は受けていないが?」

 アイリッシュさんは冷静に問う。

「勿論、お伝えしておりません」
「ではこれは? 奇襲という事か?」
「お好きなようにお受け止め下さいませ」

 ッカー! あの王が王なら術者も術者だ! 言葉を否定しないという事は奇襲をかけようとしていたのか!

「アイリ!」

 上からキールがアイリッシュさんの名を呼び、キールも下へ降りようとしていた。だが……。

「王! こちらへ来てはなりません。ここは私一人で戦います。貴方はマキシムズ王が待つ戦場へと向かって下さいませ!」
「なにを言っている! オマエを置いて行くわけないだろう!」

 納得せずに怒号を上げたキールに向かって、アイリッシュさんは手を翳す。次の瞬間、キールはフラリと意識を失って体勢を崩した。

「キール様!」

 バーントシェンナの兵士達が、一斉にキールの周りへと集まった。

「アイリッシュ様、なんて事を!」
「少し眠って頂いただけだ。その間にキール様をマキシムズ王の元へとお連れしろ! ここでキール様に無駄な体力を使わせるな! 其方達もキール様と一緒に向かえ!」
「なにをおっしゃいますか! アイリッシュ様お一人に数千の兵をお任せするわけには断じて出来ませぬ!」
「構わぬ! 私の言葉通り向かうのだ! こちらの武力には非がある! 数で補うしかないのだ! ここで下手に兵の数を減らすな!」
「しかし!」

 兵士達は次々とアイリッシュさんの言葉を突き返す。そりゃぁ、アイリッシュさんを一人には出来ないよ。私は彼等の会話をヒヤヒヤしながら聞いていた。

「何度も同じ事を言わせるでない! 我々の目的はマルーン国の兵士を倒す事でないのだ! 早く目的を果たしに参れ!」

 アイリッシュさんは罵声を上げた。その剣幕した様子に当たりがシーンとした空気が流れ、バーントシェンナの兵士の一人が口を開いた。

「承知致しました。必ずやキール様をマキシムズ王の元へと導きます」
「頼んだぞ、最後に頼みがある。キール様がお目覚めの時、伝えて欲しいのだ。“貴方に仕えてきた事を心より誇りに思っております。最後までご一緒出来ずに申し訳ございません”と」

 その言葉はまるで遺言のように思えた私は頬に熱い涙が伝う。

 ――アイリッシュさんは死を覚悟しているんだ。

 彼はなんとも言えない切ない表情をしていたが、すぐに凛とした顔へと変わる。兵士達も今にも泣きそうな表情をさせながらも、アイリッシュさんに深々と頭を下げ、この場所から去って行ったのだった……。





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