第七十三話「勝利への願い」




 思わず私は歓喜の声を上げそうになったけど、手で口元を押さえ込んだ。キールの姿が見られるだなんて、まさに愛の力だとしか言いようがないな! 私の心は歓喜に満ち溢れていた。

 キールとアイリッシュさんはテントから出て地べたに座り、語リ合っているようだった。私は可能な限り彼等の方へと近づき、聞き耳を立ててみる。勿論、気を悟られないように祈りつつだ。

「アイリ、完全な勝算をもっているか?」
「そうですね、正直これという策はありません。狡猾な知恵をもつマキシムズ王ですからね。こちらの兵の数がいる内に、キール様をマキシムズ王の元へ導きたいのですが、まずあの王がまともに戦の中に入って来るとは思えません」

 ――どういう意味だ?

「こちらの兵が少なくなるまで、高みの見物をなさると思います。頃合いを見計らって現れ、こちらの兵を潰しに来るでしょう」

 ――なるほど確かにあの王ならやり兼ねないな。

「やはり上空からマキシムズ王の元へと行くのでは駄目だろうか」

 キールがアイリッシュさんへと問う。

「それが最速に思われますが、となると相手は術者となります。彼等の相手は容易ではありませんから、こちらが戦っている間に兵士達が殺られてしまうでしょう。地上で術者を相手にする方がまだ進みが良い筈です」
「そうだな。出来るだけ犠牲が少ない内に、マキシムズ王の元へと行ければいいが」
「大きな犠牲はつきものです。王はお優しいので兵士達を気遣いながら、戦おうとお考えでしょうが、それでは身がもちませんよ」
「わかっている。しかし、彼等にも家族がいるのだ。今回の戦争はオレの行き届かぬ不注意から起きた。だから重く責任を受け止めているつもりだ」

 キールの表情がより切を深めた。重い責任を感じているんだよね。それは形として見えないけれど、キールの心を苦しめている。私も責任を感じて、ずっと後悔しているから、キールの気持ちは痛いほどにわかっていた。この苦しみは言葉では表せられない。

 それだけの数の命が懸けられているのだ。当然、彼等達にも家族がいる。とても心が痛いよ。それに普段は戦と無縁の彼等だ。彼等の不安と恐怖はとてつもなく大きい筈だ。

 私もキールと同じく居た堪れない気持ちになった。この行き場のない気持ちとどう向き合えば良いのだろうか。そんな時、アイリッシュさんの優しい気遣いがキールへと向けられる。

「そうご自分をお責めにならないで下さい。マルーン国とはいずれこうなっていました。それが少し早まっただけです」
「そうだな」
「必ずマキシムズ王の元へと導きます。この私の命を懸けても」
「アイリ……」

 やっぱりアイリッシュさんのキールに対する忠誠心は厚い。私もキールを命懸けで守りたいよ。こんな無力の私になにが出来るのだろうか。私は途方に暮れながらも眠りについた……。

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 翌日もそしてさらにその翌日も、キール達兵士は日が暮れるまでに目的地へと進む。一日目と同じく日が暮れればテントを張り、食事をとり、その後は躯を拭き、最後睡眠へと入っていた。そしていよいよ明日、開戦を迎える。

 今日は昨日までの二日間よりも兵士達の口数が減っていた。疲れもあるだろうけど、明日は生きるか死ぬかの不安と恐怖が待ち構えている。明るく話をする気分にはなれないのだろう。

 私も酷く緊張が高まっていた。今日はろくに眠る事が出来ないだろう。食事もままならず、ずっと気分が落ちていた。それから物音一つ聞こえない辺りが寝静まった頃、案の定、私は眠れずに星空をボ~と眺めていた。

 ――とうとう明日だ。今頃キールは、兵士はどんな思いで明日の事を考えているのだろうか。

 そう思うと居ても立っても居られなくて、キールに逢いたくなってしまった。さすがに今日はテントの外へは出ていないだろう。そう思ったけれど、私はキールの姿を見に行動を起こした。

 ダイヤモンドの輝きを佇んだ夜空を近くにして、私はゆっくりと飛んでいた。地上を見下ろしながら、暫く飛んでいると、ふらりと人影らしきものが見え、私は慌てて地上へと下りた。

 ――もしかしたらキールかな?

 私は相手に気付かれぬよう、身を潜めながら近づいて行く。そしてテントの裏側に隠れ、相手の様子を窺ってみる。相手は大きな樹木の下に立っていた。

 ――あ、あれは、い、愛しのキールじゃないか!

 私は感極まって鼓動が躍る。キールは立ち姿も絵になるぐらい素敵だった。あー、ライトの光だけじゃ、キールの綺麗な顔が半々減にされちまってるよ。私は近くでガン見したい衝動を抑え、キールの様子に目を見張る。

 キールはなにかを握るように拳を胸元に当て、顔を伏せていた。あれはなにか祈りを込めているのだろうか。私の目にはそう映った。明日とうとう戦争が始まる。色々と願う事が多いのだろう。

 無性にキールの声が聞きたくなってきた。だってもう丸三日も声を聞いていないんだもん。キールの年の割には低く朗らかな声で、千景って呼んで欲しいよ。いっぱいいっぱい呼んで欲しい。 そう思った時だ。

「父上、母上」

 ――ん?

 頭の中に直接声が聞こえてきた。しかもこの声って? 私は数メートル先に離れているキールをガン見する!

「バーントシェンナ国を危険に陥らせてしまい、誠に申し訳ございません」

 ――や、やっぱり、キールの声だ!

 なんで頭の中に直接聞こえてくるんだ! キールは私から数メートル離れた所にいる。当然、声など聞こえる筈はない。でも明らかにこの声は私の大好きな愛しのキールだ。私は聞こえてくる声に耳を研ぎ澄ませた。

「私の能力が至らぬばかりに、このような事態を招いてしまいました」

 キールの声はとても切なるものだった。私は嬉しさよりも、彼と同じく切なさが心に広がり、目頭が熱くなっていく。キールは今、ご両親に懺悔をしている。考えてみれば、彼はまだ十七歳の少年なんだ。

 若くても一国の王であり、大人の振る舞いをしなければならない。頑張って背伸びをしている事も多いと思う。そんな中で、まさか戦争が起きてしまうんなんて。いくら王とはいえ、少年には荷が重すぎる。

 それを堪えながら、この場所まで赴いたんだ。そして救いの言葉をご両親に求めている。私はキールの気持ちを考えれば考えるほど、心が苦しくなっていき、その気持ちが涙となって頬へと流れる。

「明日は戦争の始まりです。どうか、どうかバーントシェンナの民をお守り下さい」

 キールは力いっぱいに拳を握り、願いを込めていたのだった……。





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