第六十九話「マキシムズ王の秘密」




 皮肉な事に戦争の準備は着々と進んでいき、戦の日取りも決まっていた。日が近づくにつれ、私は自分の感情が薄れていくのを感じていた。ある日の事だ。ほぼ戦の準備が完了となり、今日の仕事を終えようとした頃、私はシャルトに声を掛けた。

「シャルト」

 回廊の一角で、シャルトは背後にいる私の方へと振り返った。彼の表情を見ると、かなり険しい。戦争が決まってから、シャルトはずっとこうだった。

「ちょっと訊きたい事があってさ。少しだけ時間いいかな?」

 私の願いに静かに頷いたシャルトは、私と一緒にあるバルコニーへと来た。シャルトに時間を作ってもらってまで、私は胸の中でずっと引っかかっていた事を訊いておきたかったのだ。

「いきなり呼びつけてゴメンね。あのさ、マキシムズ王って過去に、このバーントシェンナになにかを起こしたの?」
「え?」

 私の質問にシャルトは目を丸くした。この事は何故かキールやアイリッシュさんに訊いてはいけないような気がして、でも知っておかなければならないような気もして、私はシャルトを頼ろうとした。

「前にそれらしき事をアイリッシュさんが言っていたのを、ずっと心に引っかかっていたんだよね」

 続けた私の言葉に、シャルトは僅かに目を細めた。

「そう、そうね。これは明白ではないから、容易に口へ出してはいけない事だと思うんだけど」
「やっぱり大きな事があったんだね?」

 私は確信へと迫った。私の真剣な表情を目にしたシャルトは言葉を続ける。

「キール様のお父上様とお母上様、いわば先代と妃が亡くなられたのは千景も知っているわよね?」
「うん」

 キールから確か四年前に亡くなったって聞いたんだよね。

「先代達の死因は事故死となっているの。他国からバーントシェンナに帰国する途中にね、いつも通る道が天災により閉鎖されていて、先代達は余儀なく迂回をして帰る事になったそうなの。その別の道が思いの外危険でね、不幸にもスルンバ車が足を滑らせ、崖から落ちてしまったのよ」
「え?」
「その事故で先代達は亡くなられた。確かに不慮の事故としか言いようがないわよね。でもね、実はそうではない可能性があるの」
「どういう事?」

 私は目を大きく見張る。だって事故死ではないのなら? 私は心臓の音をバクバクとさせながら、シャルトの次の言葉を待った。

「秘かにマキシムズ王が故意に事故を起こしたのではないかと囁かれているわ」
「え?それってまさか暗殺!」

 嫌な予感が的中し、私は冷や汗が滲み出そうになった。

「そう。先代も妃もね、有能な術者なのよ。そう容易に亡くなる事はないの。例え大きな事故だったとしてもね」
「…………………………」
「でも先代達は亡くなられてしまった。だとするとね、同等の術力をもつ術者から、攻撃をされたとしか考えられないの」
「でもどうしてその事故をマキシムズ王が起こしたとわかったの?」
「その日はマルーン国では建国記念のパーティが行われていたの。元はそのパーティに先代達は出席されていた。そして先代達の事故があった時間に、パーティ会場には当時王子だったマキシムズ王の姿はなかったそうなの。本来であれば、王子は始終そのパーティに顔を出していなければならないのに」
「そんな」
「体調が優れないそうで、数時間お休みなっていたそうだけど、彼は術者よ。多少の病なら術力で回復出来るし、なにより大事なパーティに姿を隠すなんて言語道断。だからバーントシェンナの私達はマキシムズ王が暗殺した可能性が高いと考えた。でも確実な証拠がないから、咎める事は出来兼ねているの」
「そんな事って」
「皮肉な話よね。わかっているのに裁く事が出来ないなんてね……」
「…………………………」

 物悲しい表情をして語るシャルトに思い出させてしまい、私は胸が突き刺さる思いがした。それにキールはどんな辛い思いをしたのだろう。

「なんで王はそんな残酷で卑劣な事をしたの!」
「彼は独占の王と名を上げているだけあって、とても独占力が強いの。秘かに他国を手に入れようという考えをもっていて、王へと即位する直前で気持ちが高揚としていたのね。思いがけない行動を起こしてくれたわ。王となった暁には私達へと力を見せつけ、バーントシェンナを手に入れようとしたのね」
「なんて人なの!」

 私は怒りに身を震わせ、両手に拳を握り締めていた。自分の貪欲の為に、他国の王と妃を暗殺するなんて! その為に何人もの人を悲しませてきたのか! ましてや先代と妃はキールのご両親だ、絶対に許せない!

「彼はね、先代と妃を亡くしたバーントシェンナが崩れ落ちるのを傍観しようとしていたの。この国は確かに酷い混乱へと陥った。すぐに体制を整えようにも、次代のキール様はまだ十三歳と若すぎて、まだ王としても能力が完全に至っていなかったの。民衆は不安に煽られ大混乱を招いた。残念な事にもう一つの国のヒヤシンス国は手助けしてくれなかったわ」
「じゃぁ、どうやって立て直したの?」
「それはね、アイリの存在が大きかったの」
「アイリッシュさん?」

 久しぶりにシャルトから笑みが零れた。

「アイリって普段お茶らけて見えるけど、実は頭はキレ者でね。幼い頃から先代に仕えていたのもあって、先代の意思や考えを知り尽くし、執政の流れもよく把握していた。先代が亡くなられて、すぐに行われた外交会議で、バーントシェンナが泣きついてくるだろうと思っていた他国はアイリの存在に呆気に捉われていたそうよ」

 シャルトはたおやかに笑みを深める。

「王政の世界は他国の足の引っ張り合いなのよ。特に先代を亡くしたこの国は格好の的になった。でもアイリはね、理不尽に攻められても理論的に攻め返すの。まぁ中には理屈的に見せておいて、相手を抑え込む時もあるけどね。先代はとても賢明な方だったけど、アイリはそれ以上だと他国の王達も認めているのよ」
「す、凄い」
「彼はね、本当に先代を思慕していたの。絶対服従の誠心だったわ。だからなにがなんでもキール様を守ろうと命を懸けているの。あの誠心力はどの官職達にもないわね」
「アイリッシュさんが将来王になったりなんて事はあるの?」
「それはないわ。だってキール様を立派な王にする事を先代と約束しているそうだから。彼はその約束を頑なに守ろうとしているの」
「へー」

 アイリッシュさんがキールを慕っているのは見ていてわかっていたけど、もっと深い意味の誠心があったんだね。私が感心していると、いつの間にかシャルトが真顔に戻っていて、ドキッとした。

「いずれはあのマキシムズ王とは決着をつけなければならないと思っていたわ。それがようやく訪れたのね」





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