第五十四話「まさかの……負への大逆転!」
ぐふふ❤ぐへへ❤ 只今の私は一人ベッドの上で、枕を強く抱き締め、ニマニマ二ンマリとした表情を浮かべていた。
「千景、顔怖いぞ」
仕事から帰って来たキールは人の顔を見るなり、実に気味が悪そうな表情をして言った。普段の私ならプンスカしてしまうところだけど、今の私はすべてを寛容に許せる仏の心をもっていたのだ。
「なんか良い事でもあった?」
さらにキールは突っついて訊いてきたぞ。
――ありましたとも! ありましたとも!
今日の昼間、数日ぶりにチナールさんと宮殿の中で会ってさ。先日のスイーツ事件以来になるけど、チナールさん体調も良くなったみたいで、また食材を宮殿へ届けに来ていたんだ。それでね、会話の途中で、な、なんとチナールさんから、
「いつも千景さんのニコニコの温かい笑顔に癒されます。千景さんのような方と一緒に過ごせたら、毎日が明るくて楽しいのでしょうね」
なんて言ってもらえたんだよ。これってけっこうな脈ありだと思いませんかね? 遠回しにプロポーズされているって思っていいよね! まさかチナールさんも私と同じ気持ちでいてくれたなんて。これは興奮して顔にも出ちゃうってもんだよ!
「あ、そうだ、私の結婚式の時にはキールも呼んであげるから来てよね」
「はぁ? オマエ結婚すんの?」
キールは露骨に面食らい、そして何処か煩わしそうな様子をして訊いてきたぞ。私は勘の鋭いキールに悟られないように、慌てて誤魔化そうとする。
「その時が来たらの話だよ」
その日は近いかもしれないけどね! そうそう、だからキールとこうやって一緒のベッドで寝るのもヤバイよね。ましてやエッチをしているなんて問題外だ。チナールさんの奥さんになる身としてはキッパリと断らなきゃな。
――でもまだ正式に求婚されたわけじゃないからな~。
「まぁ、行けたら行くわ」
「なんだよ、人がせっかく誘ってんのにさ!」
キールは特に興味も示さず、そのまま湯浴み室へと姿を消してしまった。まぁ、なんだかんだ式にはキールも来てくれるよね。チナールさんとは面識があるし、私ともこうやって一緒に過ごした仲だしさ。
――はぁ~、いよいよこの宮殿ともおさらばする時が来たんだなー。
キールとの生活もお別れかー……、あんれ? なんか胸がチクリチクリとモヤモヤし始めぞ?
――なんでだろう?
私は疑問に思いながらも、特にそれ以上は追求せずに、そのまま眠りの態勢に入った……。
☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆
「あれ? 千景さん?」
――こ、この声は!
回廊のとある一角で名を呼ばれて振り返ると、な、なんと、チナールさんが目の前にいるではないか! ニ日連続で会えるだなんて初めてだ! これは完全なる運命としか言いようがないな!
「チナールさん❤」
私は嬉しさのあまり、ほのかに色気づいた声で彼の名前を呼んだ。
「どうしたんですか? 昨日食材を届けに来られていましたし、今日は別の用事ですか?」
「そうなんです。実は本日特別なお客様がいらっしゃると、昨日シェフ様からお聞きしまして、改めて本日食材を届けに参ったところです」
「そうだったんですか!」
そっかそっか、急な来客に感謝だな。こうやって連日でチナールさんに会えるなんてさ。近い内には毎日顔を合わせる仲になるんだけどね! ぐふふ❤ 私はまた自然と顔がニヤケてしまっていた。
「そうだ、千景さんもよろしければ、こちらをどうぞ」
なにかを思い出したように、チナールさんは手元に持っていた紙袋の中から、レインボー色の丸いフルーツを取り出して渡してくれた。初めて見る果物だな。
「これは?」
「それは年に数回しかもぎ取れないレインボーフルーツです。そのままかじって頂いても大丈夫ですよ」
私は言われた通りにフルーツを一口かじってみる。v
「お、美味しい!」
目をキラキラさせて、思わず叫んでしまった。今のフルーツ、ナタデココのようにプニプニと弾力があって、触感は桃や洋梨のように甘く絶品だった。こんな美味しいフルーツ初めてだ。
「せっかく採れましたので、頼まれていた食材と合わせて持って参りました」
「す、すっごく美味しいです! こんな美味しい果物は初めてです!」
「良かったです。女性は特にお好きなお味ですよね。私の妻も娘も大好物なんですよ」
「……はい?」
私はチナールさんの最後の言葉を聞いた途端、時の流れが止まったように感じた。頭をガツンッと殴られ、目の前が真っ暗になった気分だ。そんな私の急な様子の変化に、チナールさんは不思議そうな表情をして私の名を呼ぶ。
「千景さん?」
「チ、チナールさん、も、もしかして……け、結婚されていたんですか?」
私は声を震わせて問うていた。
「はい。そういえば、お伝えをしていませんでしたね。実は妻と子供が五人おります。子供達はみな年子なんですけどね」
そういうチナールはなにかんだ様子で答えた。
――お子さんが、ご、五人! しかもみな年子とは! ど、どんだけ奥様と愛し合っている仲で!?
その後の私はチナールさんとの会話や、どうやって別れたのかも全く記憶に残っていなかった……。