第五十三話「一過性の時間は貴重」




 私はストレートに訊いた。ずっと心に抱いていた疑問が、ようやく解かれる日が来たのだ。訊かずにいられるわけがない。

「千景……」

 スーズは目を細めて、ジッと私を見つめている。軽蔑視しているように見えるぞ! 何故そんな目をするんだ! 私がキョトンとしていると、

「バーントシェンナの宮廷料理にはケンタウルスの肉が出てくるの?」
「ううん。スルンバやスカーレットのは食べた事があるけど、ケンタウルスのは食べた事はないよ。でも実際はどうなのかなって、ずっと疑問だったの」
「出てきてないんだったら、それが答えだよ」
「ほぇ? じゃぁ、食べられないのか?」
「当たり前だって!」

 全くなんていうヤツだと言わんばかりに、スーズは鼻息を荒くして答えた。あちゃー、機嫌を損ねてしまったようだ。失敗、失敗! 私は挽回しようと、スーズの躯をナデナデしてみると、少し彼の表情が和らいでホッとする。

 そういや、私もバーントシェンナは平和な国だと聞いていたけど、あのスイーツ事件といい、今回のスーズの怪我といい、明らかに物騒となっているよね。これじゃ、キールの仕事も増える一方だ。

 それに、私この国しか知らないけど、他の国って? 他国の刺客とか言っていたくらいだし、怖い国が多いのかな? 以前、アイリッシュ王はこのバーントシェンナが侵略される恐れがあるって言っていたよね。

 ヤダな、血が流れる戦争は見たくないぞ、至って平和な日本で生きてきた私にとっては無縁の話でありたい。さて重い話はさておき、せっかくのケンタウルスとの時間だから、楽しいお話をして過ごさないとね。

「せっかくの時間だし、もっとケンタウルスの事を教えてくれる?」

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「え? 迎えが来た?」

 私は口がポカンと開く。今シャルトから、ケンタウルスの群がスーズを迎えに来たと聞いたのだ。昨日、怪我をしたスーズを見つけて、ニ~三日は様子見に預かると聞いていたのに、もう翌日にはそれも朝の内に迎えに来るとは!

「えぇ~、ヤダヤダヤダヤダヤダヨ~! スーズともっと一緒にいたいって!」
「そうはいっても、来ちゃったもんは追い返せないわよ。それにもう傷は完治しているし、預かりようがないわ」
「うー、そうだけどさ」
「ケンタウルスは誇り高き獣で、基本的に他の動物へ依存する事を嫌うのよ。だから長くは預かれないだろうと思っていたけど、まさかこんな早くに来るとは私も驚いているわよ」
「ブー」

 私は頬を膨らませながら、歩くシャルトの後に続いた。マジ残念だよ。昨夜はスーズと一緒に寝る事が出来て、とっても嬉しかったんだけど、聞きたかった事はほぼ答えてもらえなかった。

 ケンタウルスは普段なにを食べているのかとか、何匹ぐらいいるのかとか、不思議な力をもっているのかとか、そんなシンプルな事なのにさ。スーズの意思じゃなくて、ケンタウルスは秘密主義者だから、掟で話せないんだってさ。

 だから殆ど私の話ばかりになってしまったけど(さすがに禍として異世界から来たとは言えなかったけど)、スーズは楽しそうに、ずっと話を聞いていてくれた。

 正門まで来ると、既にスーズが他のケンタウルス達と一緒にいる姿を発見した。おぉ~、スーズよりもずっとおっきい雄のケンタウルスがウジャウジャといるぞ。しっかし、思ったよりも野性的で厳つくて近づき難いな。

 シャルトが先にケンタウルスの群の中へ向かって行くと、一人のケンタウルスが前へと出て来た。ソバージュヘアで人間でいえば、四十ちょっとに見えるかな。群の中では比較的年上のように見えた。

「シャルト殿、この度はスーズが大変世話になりました。有難うございます」

 ソバージュのケンタウルスがお礼を伝えると、隣にいたスーズも深々と頭を下げた。

「とんでもないです。無事に怪我も完治して安心しました。申し訳のない事に、最近バーントシェンナ国内に危険が及ぶようになりました。最大の課題として以後このような事がないよう、最善を尽くして参ります。またご安心してお越し頂ける日を楽しみにしております」
「はい」

 ソバージュのケンタウルスは感慨深い様子で頷いた。確かに頭を悩ませる最大の課題だよね。またケンタウルス達に会える為にも改善してもらわないと。私がシャルトの隣りに並ぶと、スーズが私の前へとやって来た。

「千景、短い間だったけど、とっても楽しかったよ」
「私も一晩だけだったけど、貴重な時間を有難う。またこの国に来た時には必ず会いに来てね。お友達もたーくさん連れて来ていいからね!」

 最後の言葉に力を込めて伝えた。

「わかったよ。王にも宜しく伝えてくれ。本当に色々とお世話になりましたと」
「うん」
「ちなみに……その千景は王の……お妃なの?」

 スーズは実に聞きづらそうに、でも思い切って訊いてきた感じだ。

「はい?」

 スーズの思いがけない言葉に、私はお目々をパチクリとしてしまう。

「違うよ」
「そうなんだ。親しい仲に見えたから、てっきりそうなのかと思ったんだけど」

 そんなにアイリッシュ王とは親しいわけじゃないけどな。でも王と絡んだ姿をスーズに見せたっけ? 私が首を傾げていると……。

「じゃぁ、ボクにもまだ可能性があるのかな?」

 そう言ったスーズは頬を林檎色にして、

「ほぇ?」

 私を抱き寄せて頬にチュッとした。はにかむスーズの姿は妙に萌えだった。ケンタウルスからチューされたなんて激レアだな!

「また必ず会いに来るからね」
「うん、待ってるね」

 お別れの挨拶をして、間もなくしてスーズと彼を迎えに来たケンタウルスの群は去って行った。お別れはとっても淋しかったけど、スーズにはまた会えそうな気がして、私は笑顔で彼とお別れをする事が出来た……。





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