第五十二話「ケンタウルスの下半身は食せますか?」




「「は?」」

 キールとスーズが同時に面食らった。私は少しも動じずに言葉を続ける。

「だってまたなにかあったら困るもんね。今日は一晩中、看ていてあげないと」
「だからもう傷は大丈夫だと、今言ったばかりだろ?」

 そうキールは面倒くさそうに言ってきたけど…………。

「だーめーでーすぅぅ、万が一って事もあるんだからね!」

 私は頑固として言う事を聞く気にはなれなかった。

「千景、ボクはもう大丈夫だ。キール様の言う事を聞いて部屋へ戻るんだ」

 スーズまで私を追い返そうとしているゾぞしかし、ここで引き下がる私ではないのだ。せっかく出会えたケンタウルス。次はいつ逢えるかわからんからな。今日は一晩中、拝ませてもらうぞ。

「千景」

 キールから呼ばれたけど、私はヒョコッとスーズが横たわっているベッドへ入った。

「ち、千景!」

 スーズは大きく驚いて、どうしたらいいのか戸惑い、キールをチラ見している。

「…………………………」

 キールは口を閉じて私を見つめていた。うー、なにを考えているのかわからない無表情が、こ、怖しし! でも怯まないんだから。そしてキールは黙然としたまま近づいて来た。私の目の前まで来ると、相変わらず沈黙して見下ろしている。

「絶対に今日はスーズと一緒に寝るんだから! ずっとずっとずーっとケンタウルスに会いたくて会いたくて楽しみに待っていたんだからね! 今日このチャンスを逃したら、次はもうないかもしれないんだから!」

 私はだだをこねる子供みたいに叫んでしまった。スーズは心底困ったという様子で、キールの方も無表情のままだった。でもその内に……。

「仕方ない、オマエの好きなようにすればいい。スーズ、悪いが今日はここに千景を寝かせてやれないか?」
「え? よろしいのですか?」
「あぁ、迷惑をかけてスマナイ。わがままを聞いてやってくれ」
「は、はいっ」
「キール!」

 私は躯を起こして満面の笑みをキールへと向けると、彼はいきなりクイッと私の顎を上げてきて?

「な、なに考えているんだ! スーズがいるのに熱いキッスをするつもりなのか! やめろやめろやめろ!」

 私は恥ずかしさのあまり叫び声を上げる。が、キールは煩わしそーうに、でも真剣な眼差しで私の口元に手を翳してきた。それからすぐにスーッとしたなにかが引いていく感覚が起きた。

 ――な、なんだ? 今のは?

 そしてキールはすぐに私の口元に貼ってあるテーピングを外した。剥がされている間、微妙に痛かったよ。

「いてててっ、や、やめてよ! まだ傷が治って……」
「もう治っている」
「え?」

 キールの言葉の意味がわからず、キョトンとしていると、

「千景、傷口が塞がってもうなにも痕がないよ!」
「ほぇ?」

 な、なんと! 口元に触れてみると傷口がないし、なにより痛みが全くなかった。す、凄いぞ! スーズに続いて私の怪我まで治しちゃうキールって、やっぱ魔法使いなんだ! 私は今度は違う意味で、瞳をキラキラさせてキールを見返す。キールは私の視線を気にせずに私から離れた。

「ではスーズ、千景を頼んだ」
「は、はいっ」
「あ、キール」
「なんだ?」
「色々と有難う。それと今日の夜は淋しい思いをさせてごめんね」
「お礼はともかくいらない心配だ」
「はい?」

 ゴメンね、がいらないだと? なんちゅーヤツだ! せっかく素直に謝っとんのにさ!

「では失礼する」
「はい!」

 私の不満に構わず、キールは背を向けて部屋から出て行ってしまった……。

「千景、本当に良かったの? キール様、本当は怒ってないのかな?」
「いいよ。キールとは毎日一緒に寝てるし、一日ぐらいどっ事ないって」
「え!」

 スーズはあんぐりと口を開けて驚いた表情を見せているが、私は気にもせずにムフムフした気持ちで躯を倒した。

「ささ、スーズもお疲れでしょ? 今日はもうおねん寝しましょうね~」
「う、うん」

 私が促すとスーズは身を丸めた。彼にシーツを掛けてあげる……前に獣部分の下半身をナデナデとする。

「上半身から上は人と変わらないのに、下は動物さんなんだね。すっごいなぁ」

 グヘヘヘ、やっとやっとや――――っとナデナデ出来た! マジ感動だよ~。私は感極まってナデナデしまくる。

「く、くすぐったいよ~」

 スーズは照れながら言った。その姿も萌えじゃないか。初めのあの高圧的な姿が嘘のようだね。私はとにかく嬉しくて嬉しくてニンマリとしていた。

「ねぇ、スーズはお使いでここに来たの?」
「そうだよ。というかボクちょうど成人を迎えて、最初の仕事がバーントシェンナまでのお届けだったんだ。この国は争いもなく平穏で成人したてのオスは大体この国の使いから始まるんだ。だけど、突然に襲われて」
「誰がそんな酷い事したんだろうね! 全くこんな美味しそうな子にさ! 思わず食べたくなる気持ちはわからないでもないけどね」
「え? 美味しそう? 食べたくなる?」

 スーズは目をパチクリさせながら固まっていたけど、私は言葉を続けた。

「前からね、気になっていたんだけど、ケンタウルスの下半身って食べられるの?」





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