第五十一話「ケンタウルスとの貴重な夜」
暫く私とケンタウルスはお互い見つめ合っていたけど、仲良くなる方法がさっぱ思いつかないな。あ、そうだ、まずはお決まりの挨拶からだよね。
「私は千景だよ。アナタはなんていう名前なの?」
「フン、オマエみたいなちんちくりん娘に名乗る名などない」
「ッカー、相変わらず口の減らない子ね!」
「フン!」
全くどこまでも可愛げがないわなー。どなんしよう、この子。さすがの私も手の施しようがないなと、諦めかけていた時だ。
「……っ!」
いきなりケンタウルスが顔を顰めたのだ。苦痛の表情へと変わって、私は慌てて近寄る。なんと包帯が巻かれている傷口から出血しているようで、みるみる包帯を赤く染めていく。
「ど、どうして」
さっき止血して薬も塗ったのに、急にどうして! ケンタウルスが苦しそうに呻き出し、私は大きく動揺して慌てふためく。
――ど、どうしよう、本当に苦しそうだよ。
私が立ち往生している間にも、さらに血が深まり包帯から流れ落ちてきた。その様子にビックリしてしまい、瞳が潤んできた。だ、誰か呼んで、また止血してもらわないと!
「ま、待っててね! すぐにまた手当してあげるから!」
私はドクンッドクンッと速まる鼓動とグラつく脳内の中、なんとか精神を保って扉へと走った。その時だ。
――コンコンコンッ。
ノックの音が入った。私は助け舟だと思ってすぐに扉を開ける。ギィィと扉が開き、瞳に映ったのは……?
「キール!」
私は突拍子もない声を上げて、現れた人物の名前を呼んだ。キールは寝衣姿だった。
「千景。オマエ、口元どうした?」
キールは私の顔を見るなり驚いていた。そういえばケンタウルスに蹴られて、口元は怪我してたんだよね。止血する為にバンソウコウのようなテープを貼っていた。
「キール! 私の事より今ね、ケンタウルスの傷口から出血が止まらないの! どうしたらいい!?」
私のあまりの切実で泣きそうな姿をキールは目を見張って見つめていたが、すぐに室内へと入ってきた。ケンタウルスの傍までやって来ると、彼の出血している足に視線を留めた。そしてスッと右手を傷口の前に翳す。
「なにして?」
私が疑問に思って言葉にした途端、なんと! あれだけ出血していた血がピタリと止まったのだ!
「あんれ?」
「!?」
私と苦悶していたケンタウルスは目を丸くする。キールは手際良く包帯を外していく。
「あんれぇ? 傷口も塞がっているよ! なんでなんで!?」
私はさらに驚愕してキールにせっついて訊いてみるが、彼は私には目もくれず、ベッドに腰掛けてケンタウルスと目線を合わせる。
「……術者?」
ケンタウルスがキールに向かって呟くと、
「そうだ」
キールは淡々と答えた。
「アナタはもしかしてバーントシェンナのお……」
「キール……」
「え?」
「キール・ロワイヤルだ」
キールはケンタウルスの言葉を遮って自分を名乗った。ケンタウルスは茫然として、キールを見つめている。
――なんだなんだ? この空気?
もしかして、キールの綺麗さに見惚れちゃっているのか? ケンタウルス君よ、その気持ちはわからんでもないよ。私もキールを初めて見た時は度胆を抜かされたからな。でもまだ少年って感じで、一目惚れはしなかったけどね。
「オマエ、名をなんという?」
「ボ、ボクはその……」
明らかに緊張している様子のケンタウルスだ。少年とはいえ、人間の男がデデンッと現れたら怖いわな。
「そう緊張するな。名を聞いたからといって、なにかしようとしているわけではない」
「はい、ボクはスーズ・モーニと申します」
おいおい、キールだと素直に名を言うんかい? 私の時はなんでちんちくりん扱いをしたのさ? 男女差別かよ。
「スーズか。何故怪我をした? 見る所によると、術をかけられていたようだな。通常の薬を塗っても治らない筈だ」
「は、はい。実はバーントシェンナ国に使いで参り、用件を済ませた帰り、突然奇襲に遭いました。目に入る攻撃をされたわけではなく、気が付いた時には足に痛みが走って倒れてしまい、人目を避ける為にして、宮殿近くの商店街へと姿をかくまっておりました」
そ、そうだったのか。しかも奇襲って? 私は思わず突っ込みそうになったが抑えた。なんだか間に口を挟める雰囲気じゃないもんな。
「そうか。言い訳に聞こえるかもしれぬが、バーントシェンナの術者に、ケンタウルスを奇襲する習性はない。最近、我が国に刺客が紛れ込むようになった。推測だが、他国の術者から狙われた可能性が高い」
「そうですか……」
スーズは複雑な表情をしていた。そりゃ、なんにもしてないのに、いきなり襲われちゃ顔も強張るよね。こんな可愛いケンタウルスを奇襲するなんて、とんだ頭のおかしいヤツがいたもんだ!
「臣従から話を聞き、早速ケンタウルスの長バカルディ殿へ報告を送ってある。傷が治り次第、無事にオマエを帰すように申し伝えている。気を焦らずにゆっくりと癒してから帰ればよい」
「有難うございます」
まぁ、なんと手際の良い事で。キールには素直にお礼を言っているね、スーズ君は。彼はキールと話をして心を開いたのか、私の時を打って変わって柔らかい表情を見せている。なんかキールに先越されて癪に障るなぁ~。あっしが先に見つけたケンタウルス君なのにな。フンフンッ。
「千景、スーズはもう大丈夫だ」
キールはにこやかな表情をして、私へと振り返った。
「見るからにそうでしょうね」
「なんだ? 妙に刺々しい言い方だな?」
「そんな事はありません」
「スーズは疲れているだろうから、オマエももう自分の部屋へ戻って寝ろ」
「嫌だよ、今日はスーズと一緒に寝るって決めているんだから」