第三十三話「恋のゴングが鳴りました♪」




 めっずらしい。この一週間、夜以外でキールの顔を見掛ける事はなかったから。彼は浮彫りレリーフのデザインが織り込まれた礼服を着ていて、相変わらず絢爛美麗を振り撒いてんなぁ。女の私が頑張っても、こんな綺麗な容姿にはなれないぞ!

 つぅかキールの後ろに数人の衛兵や付き人がいるのは何故だい? 目の前の男性もキールの姿を目にして、深々と頭を下げているし。毎回思うんだけど、このコってどんだけ偉いんすか?

『顔を上げてくれ』

 キールが目の前の男性に声を掛けると、その男性はゆっくりと顔を上げた。

『キール様、お久しぶりでございます。ご機嫌は……』
『堅苦しい挨拶はしなくていい。今日もシェフにお届けか?』
『はい。いつもご使用を頂き、光栄でございます』
『そうか。ソナタが作る野菜は新鮮な上に、栄養素も高く、美味な料理に仕上がると、シェフも喜んでいる。なによりそれを口にする我々が一番幸せだ』
わたくしには勿体ないお言葉でございます。有り難き幸せでございます』

 なんだ、なんだ? 二人とも嬉しそうな表情で会話をしているぞ? 知り合いって事だよね?

『キール?』

 私が首を傾げてキールに声を掛けると、彼は小声で答える(人前で日本語を出すのは厳禁なのだ!)。

「彼はシェフがお気に入りのチナールだ。宮殿の料理は主に彼の畑で作った農作物を使用している」
「へぇー、そうなんだ」

 宮殿のお料理は抜群に美味しい! 作ってくれているシェフさんの腕が良いんだろうけど、生野菜やフルーツは新鮮で瑞々しく、今まで口にした中でも一番というぐらい美味しい!

 へぇー、目の前の男の人が作っているんだ。人の良さそうな男性だもんね。褐色系の肌をして、如何にも陽射しの下で土弄りをしてますって感じだし。愛情を込めて作っている人の良さが窺える。

『やちゃい、くぢゅもにょ、美味ちい。いぴも有難う』
『野菜、果物美味しい。いつも有難うと、彼女は言っている』

 キールは私の言葉を訳して、男性に伝えてくれた。すると、男性が照れながらも満面の笑顔を返してくれた! その瞬間…………マイハートが射られたぁぁああああ!!

 素朴な彼だけど、笑顔はクシュッとして甘く、こんな表情をされたら、キュンキュンしてしまうではないですか! いやぁ~今、私の心ではリンゴォ~ンと祝福の鐘が鳴っているよ!

 彼みたいな人と結婚したら、骨まで愛してくれそうな気がするな♪なんたって農作物を愛している人だもんね。まさに理想の男性だ。私は無意識にニタァーと表情を緩めて男性を眺めていた。というか彼しか見えていなかった。

 そこに後ろからツンツンと肘で小突かれて我に返る。こんな煩わしい事をするのはキール以外いない! アイリッシュ王の時もそうだったけど、いっちいち茶々入れてくるんだよなぁ!

『では我々はそろそろ失礼する』
『お引き留めを致しまして失礼しました』
『いや、気にしなくていい。千景、一緒に行くぞ』
『なんで?』

 元々別行動してたのに、なんで一緒に去らなきゃならんのだよ? あっしは目の前の男性を傍観していたいんだって!

『いいから来い』

 無理やり命令されてムカッとなる。が、キールの視線の凄味に怯み、私は渋々に従う。そしてキール達の後へと続く。例の男性は私達の姿が見えなくなるまで、深々と頭を下げていたのだった……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

『今日のお昼は栄養満点野菜たっぷりのコンソメスープ、三種類の麦を使用したモチモチパン、ほうれん草とポテトのふわふわキッシュ、そしてメインはシメジと生野菜を添えたホワイトソース漬けのムニエル、デザートは生クリームをのせた苺タルトとチョコレートアイスでした。そして飲み物はジャスミンティーです』
「オッケー。千景、この頃どうしたの? 物覚えが良すぎるじゃない? やっぱり最初の頃はふざけてたのね」

 私はシャルトと勉強会の真っ只中であった。そこに何故かキールの姿もあり、私達の勉強の様子を見届けている。今日は暇なんかい? 勉強を始めて二週間ほど経つけど、私の勉強の様子なんて一度も見に来た事はなかったもんね。

「ふざけてたわけじゃないよ」

 シャルトの言葉に、私は首を横に振りながら答えた。

「じゃぁ、なんでそんなに覚えが良くなったの?」

 シャルトから実に不思議そうに見つめられる。私ははにかみながら、しおらしい姿を見せる。

「実はわたくし、恋をしていますの。女は恋をすると、どんな困難にも乗り越えられますのよ」
「はぁ? 誰に? キール?」

 シャルトはしかめっ面をして訊いてくる。ちなみにこの時にはシャルトがキールの彼女じゃない事を知っていた。少し前に本人に尋ねてみたら、目ん玉が飛び出る答えが返ってきた! そう彼女は……「彼女」じゃない! 性別的に……。

 つぅかこんな綺麗な美貌とソプラノの声をしてりゃあ、誰だって勘違いするってば! キールもさ、とっとと教えてくれればいいのに、私に勘違いさせたまま面白がっているから、本当にたちが悪いわ。って話が逸れた。

「ちっがうよ!」

 私はシャルトの質問に即行否定をした。すると、シャルトの表情が益々と歪んでいく。

『なにそれ? ちょっとキール、どういう事よ? 千景の気持ちを考えて、契りを先延ばしにしているってのに、当の本人は全く別の人間に恋い焦がれているだなんて。それってあんまりじゃない! アンタ、よくそれで平然としていられるわね!』

 どうしてかシャルトが怒りを湧き起こしているようだが、私には会話の内容が理解出来ない。

『別にいいさ。その内に諦めるだろう』
『なにそれ、どういう事? ……ん? まさか……? アンタさ、教えてあげなよ』
『教えたら物覚えの悪いのが戻るだろ? 利用出来るものは利用しとけばいい』
『うっわぁ~、やっぱ相当怒ってんのね。さすがに千景が気の毒だわ。アンタだけは怒らせたくないわ~』

 シャルトは呆れているのか、首を横に振っている。この時の二人の会話が後々の私を如何に泣かせるものになるのか、この時の私には当然知る由もなく、むしろ自分には全く関係のない事だろうと、のほほんとしていたのであった……。





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