第三十話「目覚めて早々辱められる」




『キール、千景、いるんでしょ?』

 聞き覚えのある女性の声だった。

『中に入りたいんだけど、開けてもいい?』

 扉の向こうから何か話し掛けているようだが、なんせ言葉がわからないから、答えようがなかった。せめて扉を開けに行こうかとも思ったけど、さすがに裸体で出るわけにもいかないし。どうする事も出来ず、私はそのままベッドの中にいた。

『開けるわよ!』

 女性が痺れを切らしたのか、いきなり扉を開けられてしまった! 私は目を見張って現れた女性を見る。女性は私に気付くと、すぐにこっちへと向かって来た。深い紫色のウェーブが優雅に舞い、魂までも魅了させるような美貌をもつ、この女性は……。

「シャルトさん?」

 私は彼女の名を呼んだが、すぐにハッとして狼狽える。だってシャルトさんって、キールの彼女かもしれないし! この状況ってまるで浮気現場を目撃されたような気分にさせるんですけどぉおお! き、気まずい! 気が付けば、私は必死でなにかを伝えようとしていた!

「えっと……これは、その……」
「別に感想を聞く気ないし?」

 ひぃいい、そりゃそうだよね! 自分の彼氏と他のひととのラブラブが行為どうこうなんて聞きたくないよね! 私は脳内をパニックらせ、あたふたしていると、

「それよりもキールと契りを交わせたの?」

 ひょぇええ! 感想を聞きたくないって言っておきながら、それは訊いちゃうんですか! 度肝を抜かされる質問に、私の焦りは深まって目を白黒とさせる。

「それは……その……私にもよく……その……わからな……」
「もったいぶらいないで、ヤッたかヤラなかったのか、ハッキリ言いなさいよ!!」

 ひぃぃぃ! こ、怖いぃぃ!! 私はシャルトさんの気迫に押され、

「私にもわからないんですってば! 気が付いたら睡魔に襲われて、さっき目覚めたばっかりなんですぅぅぅ!!」

 咄嗟に叫んで答えた。ビクビクと怯える私とは異なり、シャルトさんは茫然としていて微動だに一つない。私はキョトンとして彼女を見つめていると、すぐに彼女はズカズカと眠っているキールの前までやって来て、

「ちょっとキール! 起きなさいよ!」

 怒鳴り声を上げたもんだから、私はビクッと躯を跳ね上げて退いた。かなり荒げた声だったがキールは全く起きる様子がなかった。

「起きろっつってんでしょ! ほっんと寝起きが悪いんだから!」

 シャルトさんは酷く苛立っているのか、ペシンッペシンッと、キールの頭を叩いて起こそうとしていた。

「シャルトさん、なにもそこまでしなくても。キールも気持ち良さそうに眠っていますし」
「小娘は黙ってな!!」
「はいぃぃ!!全くその通りでございます!!」

 私はシャルトさんのド迫力に負けて恐縮する。いつものソプラノの美声がドスの利いた低音に変わっていてマジビビッたよ!

「起きろぉおお!!」

 シャルトさんのエスカレートした声に、ようやくキールの目が開く。彼は鈍い動作でヌクッと上体を起こした。シャルトさんは間髪入れずに詰問へと入る。

「キール、千景と契りを交わしたの!? 今すぐ答えなさい!」
「してない」

 キールは躊躇う素振りも見せず即答した。

「はぁぁあああああ!? 「えぇぇえええええ!?」」

 シャルトさんと私の叫び声が見事にハモった。

「うるさい」

 キールは煩わしそうに顔を顰める。

「ちょっとキール!」

 キールの態度が釈に障ったようで、シャルトさんはガシッとキールの両肩を掴んで、無理に視線を合わせる。

「なんで交わせなかったの!? 千景の躯が勃たないぐらい貧相だったから!? それとも喘ぎ声が気持ち悪かったから!?」

 な、なんすか、それ! 全般的に私が悪いみたいな言い方をしてさ!

「違う」

 すぐにキールは否定する。ホッ、良かった!

「じゃぁ、なんで契れなかったの!?」
「…………………………」
「なんで黙ってるのよ! なにか理由があったから出来なかったんでしょ!」
「…………………………」
「ねえ! 契りを交わせないって、どういう意味かわかっているの!?」
「…………………………」

 どんなにシャルトさんが詰問しようとも、キールは憮然と口を閉ざしているだけだった。

 …………………………。

 シャルトさんはなにを言っても変わらないキールから乱暴に離れた。

「もう信じられない! この事をアイリに知らせてくるわ! 彼が来るまで此処にいるのよ! わかったわね!?」

 そしてシャルトさんは捨てセリフを吐くと、怒涛の嵐のようにこの部屋から去って行ってしまった。

 …………………………。

 この状況でキールと二人っきりになった私は非常に気まずいんですけど……。チラッとキールの様子を覗いてみると、相変わらず無表情で、なにを考えているのかわからない。

 そ、それよりも昨日の出来事を思い出すと、は、恥ずかしいんですけどぉおお! それなのにチラホラと行為が目に浮かんできて、私は真っ赤になりながら、雄叫びを上げそうになる! 一人で慌てふためいていたら、

「……千景」

 突然、キールから名前を呼ばれた。





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