第二十二話「契り前の出来事」




「千景、アナタ変わっているわね」

 いやいや、シャルトさんの方が変わってますって。私は心の中で盛大な突っ込みを入れた。

「キールはね、本当に綺麗なコだから、宮殿の内でも外でもギャラリーや付き纏いが多くて大変なの」
「はぁ」

 まぁ、確かにキールはすこぶる容姿端麗で、黙ってりゃ美少年なのは認めますけどね、黙ってればね。

「あの美顔だから色恋沙汰がなくても、躯だけでもって求めてくる腐女も多くて」
「え、ふじょ?」
「アナタもそうだと思っていたんだけど」
「はい?」

 そう思ってるって、なんか無理やり感がありません? 私、別に顔が良いからってキールとエッチしたいなんて思いませんから! 顔より中身だっつーの! 腹立つから話を変えよう、変えよう。

「私は王やシャルトさんも負けず劣らず、お綺麗だと思いますが?」
「そうね」

 おいおい、そこは少しの否定もしないんかい? さすがに今のシャルトさんの反応には呆れたよ。

『異世界の人って変わっているのね。少しもキールに気持ちがなくて、本当に大丈夫かしら?』

 なんだかシャルトさんが困惑した様子で母国語を吐いた。

「千景、とにかくキールとは宜しく頼むわよ」
「はぁ」

 私はシャルトさんの内に潜む思いを全く読み取る事が出来なかった。この「宜しく」が後にどれだけ重要で恐ろしい事か、この時の私には想像もつかなかったけれど……。

「とりあえず、私はこれで出るわよ。もう間もなく日が暮れるわ。アナタはゆっくりと湯に浸かってきて? その間に部屋に食事を用意しておくから。それと、着替えはベッドの上に置いてあるわ」
「わぁ! 有難うございます!」

 そっか、こっちに来てから、けっこうな時間経っていたんだね。お腹ペコリンコだもん。そして私に用件を伝えたシャルトさんは部屋から出て行った……。私はというと、早速別室のバスルームへと移動する。

「わぁ、バスルームも可愛いや!」

 壁と床のタイルが淡いパープル色で、アラビアン風のデザインと格式のあるバスタブはパイプが金色だ。あぁ~まさに宮殿のバスルームって感じ。本当にお姫様になった気分だな♪私はムフムフとした良い気分になって洋服を脱いだ。

 バスタブの中へと入ると、シャワーのお湯を出した。湯加減を調節して丁度いい感じ! それからボディタオルにソープをつけて躯をゴシゴシと洗う。フルーティーな甘い香りがするではないですか。続いて髪も洗う。シャンプーはバラの香りみたいに品のいい匂いがするぞ。

 ――こういう香りって大好き! 乙女心わかってますな。

 心の中で小躍りをしながら、ワシワシと髪も洗い、綺麗にお湯で洗い流して、最後にゆっくりと湯舟に浸かる。

「今日は色々あったなー」

 確か合コンのカラオケに参加していたのに、いきなりこの世界に飛ばされ、早々によくわからん商人に連れ攫われてしまって、そこにキールが現れて助けられた。キールはヒーローのポジションではあるが、ヤツは本当にドSエロスなんだよねー。あの発情なんとかならんかね?

 さっきシャルトさんが言ってたけど、いい寄る女性が多いみたいだから、みんなボクをウエルカムさ! みたいに思っちゃってんだろうなぁ……。その勘違い、ご愁傷様! 少なくとも私は絶対にキールに心も躯も許す事はないからね!

 そして、この宮殿に来てからはアイリッシュ王に会って胸キュンをしたかと思えば、数時間後にノックアウト! んでもって私は禍という存在で、下手したら封印されていたかもしれないという恐ろしい事実を聞かされ。

 そこに禍から抜け出せるって話を聞いて喜ぶのも束の間、なんと不思議な能力を持つ術者さんと肉体的な契りを交わさないとならないなんてさ! その術者は王かキールかシャルトさんの三人の誰かときたものだ。一体、誰としなきゃならないのさ!

 イイ感じに癒された私はバスタブから上がって、タイルの上で躯を拭く。あ、用意してもらった着替えを持って来るの忘れちゃったな。私はすっぽんぽんの姿で部屋へと戻ると、既にテーブルの上には豪華なお料理が並んでいてビックリした。

 タンドリーチキンやフィッシュムニエル、スープ、ピラフ、ワイン、フルーツetcと私の好きなものいっぱいで目が満天の星のような輝く。早く着替えてお腹に入れようっと! 私はウハウハになりながら、着替えを手にかけた時だった。

 ――コンコンコンッ。

 いきなり扉からノックする音が鳴るもんだから、私は肩を跳ね上げ驚く。私まだすっぽんぽんだしね! 「ちょっとお待ち下さい」って言う前にギィーッて扉が開いちゃったよ? 私は口をポカンとして立ち尽くしていると、姿を現した人物……は、よりによってキールだった!

 ――げぇええ!!

 私は辟易とした表情に変わる。有無を言わさず、入ってくる無礼なヤツだよね、キールはさ! 彼は私の姿を目にすると、

「あ」

 と、小さく呟いた。あっじゃねーよ!! 私は咄嗟に目の前にあった服で身を隠すけど、全っ然長さ足りなくて見え見えだよ!

「なにただ見してんだよ! あっち向けよな!」

 私が糾弾の声を上げたにも関わらず、キールは平然としてこっちを覗いている。

「オマエさ、もっと可愛らしい反応が出来ないわけ?」
「はぁ?」

 キールは大層不満げな色を浮かべて言う。なんだ、可愛らしい反応ってのは!

「裸を見られてんのに、ちっとも羞恥心を感じてないじゃん?」
「羞恥心よりもただ見されている方が腹立たしいっての!」
「オレの事、男として見ていないのか?」
「はぁ?」

 男っつうよりは男の子だよね? 実際八歳も下だしさ。なに色気づいた事を訊いてきてんだよ! 男の対象外だっての! もっと年季入ってから訊けよな!

「いいから向こうを向けよ!」

 私はもう一度、怒鳴り声を上げた! するとキールは黙って私に背を向ける。私は着替えを手に取ると……なんすか、これ? 透け透けのキャミソール型のワンピース? こりは男を悩殺する下着ですか?

 全くさ、何を考えたらこんな服を選んじゃうだろうね! どうせならベリーダンスみたいなセクシー衣装の方がまだ良いっての! フンフンッ! あれこれと心の中で文句を垂れ流ししていたら、ふと目の前が翳った事に気付く。

 ――え?

 サッと顔を上げると、いつの間にかキールが目の前に来ていて……? 全く気配を感じなかった。なんで? 時が止まったように茫然してキールを見つめていると、彼は私の頬に手を置き、さらに私の唇に自分の唇を塞いできたのだ……。





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