第二十話「ハードルの高い話はおよしになって下さい」




「なんだ。オマエ、バーントシェンナって言えるんじゃん」
「ん?」

 キールが小バカにしたような口調で、私と王の間に入ってきたぞ。以前、私がバーントシェンナって言えなくて、頭が悪い女だって言いやがったもんね! 私はその時の事を思い出すと、頭にきてキッとキールを睨んだんだけど、すぐにフニャって顔が緩んでしまった。

 何故かキールが嬉しそうに笑っていたから。急になんでそんな笑顔を見せたんだろう? そんなに私がバーントシェンナって言えた事に感動したのかな。キールの笑顔にスッカリと怒りが治まっていた。

「千景の気持ちはよくわかったよ。とりあえず今の話は白紙にしておくよ」

 王は感慨深い面持ちで告げてくれた。良かった、私の気持ちが伝わったみたいだ。

「でも契りの交わしは白紙には出来ないからね」

 その言葉に私は再び高く肩を聳え立たせた! そっちも私は承諾してないすよぉおお!

「それは義務感ですか?」

 私は腑に落ちない気持ちを遠回しにアピる。

「そうではないけれど、似ているかもしれないね」

 うー、その返答には凹む。だってやっぱ愛情がないって事だもんね。嫌だな、そんなんでエッチするの。私は気持ちがダウンして表情を曇らせる。

「娘、そんな顔をするな。オマエの行動一つで国が救えるんだ。名誉な事には違いない」

 いきなり付き人の女性から言葉を落されてビックリしたんすけど? てか名誉とかそんな問題じゃないっての! 人の清らかなボディーをなんだと思っていやがる! 私はフンフンッと鼻息を荒くしつつ、一番重要な事を思い出す。

 それは……誰とエッチするかだぁぁあああ!! そりゃぁ、一番まともな人と言えば王だし、話の流れからしてそうなるんだとは思うんだけど、それを確かめる勇気がないよぉ~。

「あの、私はどなたと契りを交わせば良いのでしょう?」

 って訊いちゃったよ、私ぃぃいい!! 王は意表を突かれたような表情を見せたが、すぐに嫋やかな笑みを広げて、逆にとんでもない質問を投げてきた。

「千景は誰と交わしたい?」

 ひぃいい、それを敢えて訊いてくるんですか! めっちゃめちゃ凄い質問ですけど!? 私は真っ赤を通り過ぎて焼け焦げとなっていた。

「とはいっても、千景にはもう約束をしている相手がいるみたいだけどね」
「へ?」

 聞き間違えしたよね、今? 私にもう約・束・を・し・て・い・る・相・手・が・い・るって聞こえたんすけど?

「あの、私どちら様とお約束をしておりましたでしょうか?」

 王がめちゃめちゃ恐ろしい事をおっしゃいましたよ? 約束なんて身に覚えないすよぉおお! 王は答えずにニコニコと微笑んでいるだけだった。こ、怖い、誰とするんだぁああ!!

『一通りの事は伝えたけど、マルーン国とヒヤシンス国の事は本当に伝えなくていいの?』

 私の心の絶叫を知らない王は次の話題へと入ったのだろうか。キールに向かって母国語で話を始める。

『必要ない。どうせ今日で事が終われば、関係のない話だ』
『そっか、それもそうだね。これからどうする?』
『シャルト、千景を部屋まで案内してくれ』

 今のキールの言葉で付き人の女性が反応をする。

『わかったわ。ねぇ、本当に大丈夫なのよね?』
『だいじょばなくてもやるしかないだろう』
『それ、ボクも同じセリフを言われた』
『もうしっかりしてよ! キール』

 女性は半ば切れたような様子でキールに言葉を投げた。お! キール、怒られてやんの~。当の本人はふて腐れた顔をして女性から視線を逸らしているけど。でもどうしたんだろ? なんか仲間外れにされた気がして嫌な感じ~。そう思っていたところに王がタイミング良く声をかけてきてくれた。

「千景、今日は色々とあって疲れているだろう。休めるよう部屋へ案内をするから、湯浴みに浸かって、ゆっくりと躯を休ませるといい」

 わぁ~い、お風呂に入れるんだ。安らぎのひと時だもんね。ゆっくりと浸かろうっと♪

「キール、少し顔色が悪くない? 貴方も休んだ方がいいわ。それとも先に湯浴みにする?」

 付き人の女性がキールの顔色を心配して声をかける。私もキールの表情を覗いてみると、確かに悪いかも。疲れているのかな。

「あぁ、先に湯浴みにする」
「一緒に入る? 背中流すわよ?」

 ――へ? 今なんと言いました? 付き人さん!?

 一緒に入るって言ったよね? え? え? えぇえええ!? 二人ってばそういう関係ですか! もう恥ずかしい会話をオープンにしないで欲しい~、聞かされるこっちは超ハズいっちゅーの!

「いやいい、今日は一人で入る」

 キールは断りを入れたけどさ、「今日は」って普段は一緒に入ってんだね。まぁ、私には興味のない話だけどさ。

「千景」

 いきなりキールから名前を呼ばれたよ。

「なによ?」

 私はぶっきらぼうに返事をする。さっきの付き人さんとの会話を聞かせられて、こうなんかね?

「一緒に入ってやってもいいけど?」
「はぁ?」

 な・ん・だ・今・の? 一緒に入ってやってもいいって、なにをどうしたら、そういう会話の流れになったんだ! 一緒に入るという考えも問題だが、何故上から目線で言ってきやがるんだ!

「入らないよ!」

 私は怒気を孕んで答えた。

「なんでだよ?」
「一緒に入る意味がわからない!」
「どうせ後でヤルんだから、一緒に風呂から入ってもいいだろ?」
「はぁ?」

 意味がわからない、意味がわからない! なにをやるんだよ!? フンガー!!

「キール、彼女を先に部屋へ案内するわよ」
「わかった」

 付き人さんがキールに声をかけてくれたおかげで、ヤツとの会話が遮られ、さらに離れられると思ったら、ヤッホーと心の中で叫んでしまったよ♪

「またね、千景」

 挨拶をしてくれた王の顔が目に入る。その意味ありげな面差しが気になったまま、私は付き人さんの後に続いて、大広間から出たのであった……。





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