Please80「守られし我が愛する者」




 デュバリーと対戦したあの恐ろしい日から丸三週間が経ち、あの事件の翌日には亡くなった方々への追悼式が行われた。デュバリーの手によって命を落とされた十一名の方々を悼む大きな式となった。

 三週間経っても私は未だにあの出来事は脳裏から離れず、生々しい光景が焼き付いていた。あの時、己の意識をカスティール様やデュバリーにもっていかれ、あたかも本人になったようなあの経験はデュバリーを追い詰める為の幻想だったのだろう。

 それらを作り出したのは私のお腹の中にいる御子達だ。受精してほんの数ヵ月しか経っていない小さな生命だというのに、彼等は私を守ってくれた。信じ難い出来事だが、アクバール様達が生きている事が何よりの証拠だ。

 ――ずっと守ってくれていた……。

 まだ安定していなかった彼等の存在はあのデュバリーでさえ気付いていなかった。だが、アムロジア広場で急に彼が訳も分からず激昂した時があった。

『そうか、そういう事かっ。そうと分かっていれば、一番に貴様を殺したというのに!!』

 私の懐妊に気付いたのだ。彼はダファディル家の血を絶やす目論見を持っていた為、その血を持つ御子の存在が許せなかったのだ。私は殺される勢いだったが御子達の力で守られた。

 その命を無駄にしない為にも、私とアクバール様はこの世界で生きる道を切り開く事を決意する。国中を震撼させた未曾有の出来事は収束を迎えたが、王宮内は依然として騒がれていた。まずはヴェローナさんとバレヌさんの処罰について。

 記憶の一部を失っていた彼等だが、デュバリーの死により記憶を取り戻していた。デュバリーの陰謀を知らなかったとはいえ、彼等は反王太子派として罪を犯している。共に己の保身の為に王太子を謀った罪は非常に重い。

 ヴェローナさんは公爵の地位を剥奪され、我が国で一番大きな修道院マトリョーシュカで生涯身を捧げる事となる。当初は流刑させる事も考えていたそうだが、彼女のこれまでの功績を考慮し、今後も首都で活動が出来る形を残した。

 人によっては甘いのではないかと非難する声も上がったが、生粋のお嬢様として育った彼女がシスターして慎ましやかに生きる事は酷な事である。実際、今の彼女を目にした人は以前のような覇気は失われたと言う。

 そしてバレヌさんは生涯牢獄の中で過ごす身となる。彼の悪辣は王宮内部のみならず、市井でも行われており、薬物・娼婦・紙幣の賄賂など様々な面で不正取引に糸を引き、決して自分に足がつかぬよう巧みに人を操っていた。

 これは不意に耳にした事だがヴェローナさんに執着していたフィヨルドさんは心療内科で治療を受けている。彼はヴェローナさんに執着するあまり、デュバリーにつけ込まれて利用されていた。

 フィヨルドさんが私を攫った時、私の馬を暴走させた謎の男の存在が浮上したが、その人物こそテラローザの姿をしたデュバリーであった。今フィヨルドさんは憔悴し切って精神的な面で治療が必要だと判断されたそうだ。

 残るアクバールとカスティール様は……。真実を知った上で処刑は保留となったのだが、このまま彼等を生かすにしても、これまでのような王族として暮らしていく事に多くの反対が上がった。

 これは自国の問題だけではなく他国の目もあり、国交問題が生じる。他国も我が国と同様に魔女や魔法使いを敵と見做している。私はまた森の暮らしに戻るのではないかと覚悟していたが、それを覆そうとしたのはヴォルカン陛下であった。

 陛下は退位を申し出た。アクバール様を守る為とはいえ、デュバリーの言いなりとなり、アクバール様を虐げてしまった事に重きを置かれていた。加えてデュバリーの支配のもと、強要で国王の座に就かされていた。

 このまま君主は続けられないとおっしゃったのだ。時期国王をアクバール様に譲ろうとなさったが、反対の声によって阻まれる。我が国は宰相をも失っており、誰が次期国王として相応しいか議論が絶えず続いていた。

 今、国の主になるという事は今回の問題を収束させる器量が必要であった。今回のような出来事は歴史上でも無く処理が非常に困難な上、国交まで考慮して処理しなければならない。

 生半可な気持ちで担う事は難しく、幾人か国王の候補が上がっても押し付け合いとなっている現状だ。その様子をさも情けないと言うようにアクバール様は自ら国王となる事を立候補された。

 元から彼は王宮から離れる事を考えていなかった。無論、魔女の血で反対されている事は百も承知であり、ある新制度を発案した。「海底に棲む魔女と魔法使いとの共存する世界を作る」と。

 魔女達との確執の原因は魔物だ。魔物の増加が人間を脅かし、魔女達との確執がさらなる脅威を大きくしていた。そこでアクバール様は自分が人間と魔女達との架け橋となり、魔女達を味方につける事を主張した。

 だが、そんな都合良く事が運ぶのかと非難の声が相次ぐ。魔女達を懐柔する事は至難な上に、他国にも新制度を取り入れて貰う必要がある為、現実的ではないという意見が多かった。

 しかし、反対意見を言う重鎮達の誰もがあの出来事を目にしていた。燃やされた人間、石化にされた人間、一瞬にして作り出した>跡地クレーターなど、魔法使いが如何に恐ろしい存在であったか、今でも人々の心に恐怖を植え付けている。

 あの時、逃げずに闘った王族はアクバール様と彼の従者のクレーブスさんのみ。彼等は命を張って国を守る責任を果たした。その気概ある雄姿にアクバール様が王に相応しいのではないかという声が上がり出す。

 何より前国王であったフォクシー様は名君であり、ダファディル家の血を絶やすのは惜しいという意見までもが出た。その後、国王の補佐をする諮問機関「枢密院」で議論の末、アクバール様の王位継承が認められた……。

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 アクバール様の正式な戴冠式が行われる少し前の事、私はアクバール様と一緒にフォクシー様のお墓参りに行った。歴代の王が眠る霊園。銀色の>墓プレートが並び、一番華やかに花が飾られているお墓がフォクシー様だ。

 お亡くなりになって既に二十年以上と経つが、今でも彼の死を惜しむ王侯貴族が絶えず、ここに訪れているそうだ。>高級花シャモアを添えて、私とアクバール様は瞼を閉じ、フォクシー様に祈りを捧げる。

「あの魔法使いの脅威が無くなり、父上もあの世で胸を撫で下ろしているだろうな」
「そうですね」

 魔女や魔法使いは息を引き取ると徐々に肉体が砂状となって散り散りとなる。神殿に預けたデュバリーも砂状となって、もうこの世には存在しない。一番安堵したのはカスティール様だった。

「カスティール様も徐々に元気を取り戻して良かったですね」
「あぁ」

 彼女はヴォルカン様と同じく、アクバール様を王宮から離れさせようとさせた自責の念から処罰を望んだ。彼女と陛下の処罰は議論の末、王宮に留まってもらう形となった。

 ヴォルカン様は王政の補佐、カスティール様は新制度の補佐役に任命された。元ヴォルカン陛下派の人間も余程悪質な行いをしていない限り、重い処罰は与えられなかった。

「母上には新制度導入に当たって不可欠な人だ。魔女達との架け橋となる人物として彼女は不可欠だからな」
「魔女達の世界では互いが無関心とはいえ、カスティール様の存在は偉大のようですからね」
「あぁ、魔女達の事は母上の力で前向きとなっても、問題は>人間こちら側だな」

 まだまだ>人間こちら側が魔女達を受け入れるという認識は薄い。肝となる三大国オーベルジーヌ・アルジェリアン、シレスティアルと、どの国にもまだ受け入れて貰えていない。でも現段階で無理に思えてもアクバール様は勝算を考えていた。
v  大国オーベルジーヌに新制度を受け入れてもらえれば案は実現出来る、と。オーベルジーヌ国はダーダネラ王妃が魔女の呪いをかけられ、王妃のお腹の中にいた御子を異世界にいる>天神あまがみに移して召喚させたという異例なる大国である。

 あの魔女との出来事は森に住んでいた私でさえも知って驚異した大事件だ。あの事件でオーベルジーヌ国の陛下アトラクト様が誰よりも魔女達との共存を願っておられるのではないかと、そこにアクバール様は一縷の望みを懸けていた。

「私の勝手な想いではありますが、アトラクト陛下はきっと新制度を受け入れて下さると思います」
「レネットがそう言うのであればそうなるだろうな」
「根拠がなくても信じて下さるのですか?」
「あぁ、何といってもオマエは奇跡を持ち合わせているからな」

 そう言ってアクバール様は私のお腹に目を落とされる。

「そうですね。御子達がいれば必ず奇跡は起こります」

 デュバリーからアクバール様を守ってくれたこの子達なら、また思いがけない奇跡を起こしてくれるかもしれない。私はお腹に手を添えて口許を綻んだ。その時……。

『また逢いに来てくれたのか。我が義娘と、そして孫達よ』

 ――え……?

 突然穏やかな声が落とされた。

 ――この声は……フォクシー様?

 以前の時は何てお声を掛けて頂いたのか分からなかった。でも今はハッキリ明確に聞こえた。高揚、歓喜、感動が湧き起こって涙が伝う。この感覚は以前にもあった。

 ――あぁ、そうだ。

 フォクシー様に少しでも触れられて喜んでいるのだ、>御子達・・・が。彼等にとって血の繋がった肉親だもの。その喜びは同じくフォクシー様も感じていらっしゃる。その想いが私に伝播して涙が溢れるのだ。

「有難うございます、フォクシー様」
「レネット?」
「お声が聞こえたんです。“また逢いに来てくれたのか。我が義娘と、そして孫達よ”と。フォクシー様は私の事を義理の娘と認めて下さり、さらに御子達の存在に気付いていらっしゃったんですね」v
 アクバール様は一瞬ポカンと呆気にとられた。

「……実の息子を差し置いてか?」
「ふふっ、そうですね」

 そんなところを気にされていたのか。自分が入っていなかった事を少し寂しく思われたのだろう。

「今思えばフォクシー様に守って頂いていたのが身に染みて分かります。以前ここに訪れた時に見たフォクシー様と聖獣との出来事はきっとデュバリーを倒す>助言ヒントを下さったんだと思います」

 ――人間には聖獣と同様に知恵がある。

 時には力よりも知恵が勝る。そしてデュバリーの弱点はカスティール様だった。彼女の意志がデュバリーを永眠へとつかせる事が出来たのだ。

「そうだな。母上の事を懸念して想いの残滓が起こした奇跡かと思ったら……そうか。まだ父上は成仏出来ていなかったのか。これでやっとあの世に行く事が出来るな」
「きっと安らかにお眠りになりますよ」

 そう私が答えると、アクバール様は腰を下ろしてお墓を見つめる。

「父上、今後は母上を含めてこのシュバインフルト国をお守り致します。ですのでどうか安らかにお眠り下さい」

 ――アクバール様……。

 切な気な表情なのに瞳は頑なな強い意志が感じられた。

「私も共にアクバール様を支えて参りますので、どうぞ安らかにお休み下さいませ」

 私もアクバール様に倣って腰を落として決意を表明する。

「レネット……」

 アクバール様はとても優し気な笑みを広げて私の右手を強く握った。

『任せたぞ、我が息子と義娘よ』

「「え?」」

 私と同じ驚きをアクバール様もされた。それからフォクシー様のお墓は星屑を降り注がれているように燦々と光彩を放ち、やがて穏やかな陽光と凪いだ風を運んできたのだった……。





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