Please70「愛する人を救う為に」




「あっ、見つけました! 処刑当日ですよ!」

 ラシャさんも同じ考えが思い浮かんだようだ。

「ちょうど私も同じ事を思っていたの。処刑当日であれば、王族貴族のほか一般市民も来るわ。そして牢獄の封印を解く必要もなく、アクバール様とクレーブスさんが出される絶好の機会と言えるわね」
「はい!」
「なかなか良い線にいっているね」

 珍しく神官様が褒めて下さる。もしかしたら彼も同じ考えを持っていたのかもしれない。

「ただ処刑当日というのはあまりにもギリギリ過ぎて、失敗した時に後がないのが恐ろしいわね」

 事が上手くいかなければ、火刑が実行されてしまう恐れがある。やっぱり理想は刑が実行される前に、アクバール様達を牢獄から救う事だろう。しかし、

「処刑当日以外にベストな機会はないんじゃないかな」

 神官様がピシャリとおっしゃった。やはり牢獄から救い出す方法はお考えになって下さらないようだ。

「それよりもさ、魔法使いの正体を晒す方法や正体が明かされた後をどうするの?」

 再び鋭く問われる。形とするにはまだまだ難が絶えない。

 ――カスティール様を利用して、デュバリーにとって思いがけない出来事を作り出す……これはもう……。

 ある考え・・・・が思い浮かんだが、それはかなりのリスクがある。

「思い浮かんだ事を口に出したらいいんじゃない?」

 神官様は私の表情を読み取ったのか、案を口にしてみろと顔がおっしゃっている。

「はい。処刑台の前にカスティール様が現れたら、さすがの魔法使いでも動揺するのではないでしょうか。さらに刑を実行するかのように見せ掛ければ、彼女を助ける為に魔法使いが魔力を使う可能性があります」
「おお~、それは妙案です!」

 ラシャさんは絶賛してくれるけれど、これは本当にリスクが高い。

「でも事の流れではカスティール様が処刑される可能性があって、かなりの危険を伴いますが」
「た、確かにそうですね」

 私の補足にラシャさんの昂奮がしぼんだ。

「どう思われますか、神官様?」

 私は意見を問う。この問い・・・・にはある意図的な意味が含まれている。

「へぇ~、私にその質問を投げるとはかなりの策士だね。ここで私が意見に賛成したら、あの事・・・に確信が持てるわけだ」

 私からしたら神官様の方がよっぽど策士に思える。私に意図をいとも簡単に見破ったのだから。

「えぇ、さっきの案はあくまでもカスティール様が生きていらっしゃる・・・・・・・・・が前提です。でなければ成り立ちませんから」
「その答えは魔法使いが正体を明かし、彼を捕縛出来る方法が見つかったら話をしようか」

 やはり一筋縄ではいかないようだ。

「魔法使いが正体を明かせば、宮廷魔導師も退魔師も味方となり、魔法使いの捕縛に掛かる筈です」
「確かに味方になってくれるかもしれないけど、魔法使いを倒せるかどうかはまた別問題じゃない?」
「綺麗なやり方ではありませんが、大勢で魔法使いを追いつめれば勝てるのではないでしょうか」
「残念だけど、どんなに彼等が束になっても、あの魔法使いには勝てないと思うよ。あれは魔法使いの中でもトップレベルだ。並の人間では敵わないよ」
「そんな……」

 最も有能な宮廷魔導師と退魔師が束になっても敵わないのであれば、それはもう絶望的ではないか。

 ――諦めては駄目よ! その為に人間は知恵があるんじゃない!

 前向きになって考えを改めようとした時だ。

「では神官様が魔法使いの相手になって下さい!」

 ラシャさんが思いがけないお願いを口にした。

「馬鹿を言うもんじゃないよ。私は戦闘向きじゃない」
「ですが、もう神官様ほどのお力がある方ではないと勝てません」
「無理なものは無理だよ。別の方法を考えて」
「ではクレーブス様にお願いします!」

 ――ええ!?

 またラシャさんがとんでもない事を言い出した。

「ラシャ、処刑当日のクレーブスは憔悴し切っていて、とても闘えないだろうね」
「私の魔力を注入してクレーブス様を回復させます!」

 私は瞬きを繰り返してラシャさんを見つめる。

「それラシャさんの躯は大丈夫なの?」
「はい、死なない程度にやりますから」

 それは大丈夫なの? 魔力云々の話は完全に私には管轄外の話だ。

「無理はしないで。でも確かにクレーブスさんが回復して姿を現す事態が起きたら、魔法使いはカスティール様に続いて驚くでしょうね。動揺を煽るにはいいかもしれないわ」
「はい、グッドアイディアです!」

 満面の笑顔のラシャさんを見ると、なんだか益々私もその気になってきた。これが私達が出した最良の策だ。

「この策戦で如何でしょうか、神官様」
「そうだねー」

 何処か腑に落ちない様子の彼だが、バッサリと否定するわけでもないから望みはあるのかもしれない。

「この策戦にはどうしても神官様のお力が必要です。カスティール様が眠る部屋にお入り出来るのも、彼女を連れ出すのも神官様のみが出来る事です。どうか私達にお力を貸して下さいませ」

 私は頭を深々と下げた。すると隣にいたラシャさんも慌てて頭を下げる。

 …………………………。

 神官様は何もお答えにならない。辺りはシーンと静まり返り、自分の心臓の音だけが鳴り響く。一秒一秒の時間が永遠のように長く感じていた。

 ――そして……。

「……分かったよ、力を貸そう。ただし望みの展開になる保証はないし、最悪な事態が起きてもこちらに責任転嫁はしないでね」
「お約束します。お力添えに感謝します」

 私はもう一度深々と頭を下げてお礼を言う。

 ――あぁ、良かった……。

 私は安堵と嬉しさのあまり視界が涙で滲む。

「やはりカスティール様は生きておられるのですね」

 神官様がお力添え頂けるという事は彼女が生きているという事だ。

「今は魔法使いの魔法によって仮死状態でいるよ」
「仮死状態? 魔法を掛けられているのですか? では処刑の場には眠ったままお連れする形になりますね」

 果たして眠ったままのカスティール様を処刑台に掛けても良いのだろうか。

「複雑な魔法ではないから、私の方で解く事が出来るよ。当日、魔法使いが処刑の場に向かった後、カスティール様の仮死状態を解く事にしよう」
「良かったです。眠ったまま何も知らないカスティール様を利用するのは気が引けますから」
「彼女が目を醒ました時、私から事情を話すとしよう。彼女には魔力を封じない枷を嵌めてアムブロジア広場に行ってもらう事にする。万が一、魔法使いがカスティール様を助けずに刑が実行されそうになったら、彼女には自力で脱出してもらうよう力を回復させておくよ。言っておくけど、私が協力出来るのはそこまでだよ。カスティール様をお連れするのは別の人間にやってもらってくれ」
「では私がお連れします!」

 ラシャさんが名乗り出てくれた。

「さてまだ問題が残っているね。当日刑のめいを下すのは陛下だ。彼に協力を貰わなければ、事は上手く運ぶのは難しいだろう。今は魔法使いがベッタリ傍にいるみたいだけど、どうにかして計画を話す機会を作らなければならないね」
「はい。それは何とか出来るかと思います」

 ――隠し通路を使ってラシャさんと一緒に陛下の私室に行こう。

 私はラシャさんを一瞥すると、彼女はコクンと静かに頷いた。私の言いたい事が伝わったようだ。

「君達はか弱そうに見えて頼もしいんだね。ラシャなんてクレーブスが死ぬかもしれないというのに、彼に魔法使いの討伐をお願いするなんて凄い精神力だよね」

 神官様がまたとんでもない事を口に出された。

「クレーブス様は決してられたりはしませんから!」

 珍しくラシャさんがプンプンと怒っている。

「運だね。ぶっちゃけ実力は魔法使いの方が強いし。それにクレーブスがどう立ち向かうのか。あと王太子も魔力が覚醒されたんだから、彼も闘うだろうね。その辺は王太子妃の覚悟は大丈夫?」
「そ、そんなアクバール様は魔力を使った経験がないのに危険です!」

 ――そんな彼があの魔法使いと闘うなんて!

 クレーブスさんですら命の危険があるという闘いでアクバール様が敵う筈がない! 気が気ではなくなる。

「国を守るのは王族としての責任だからね。のほほんと傍観しているだけじゃ、国は背負えないよ」

 今の神官様の言い方はアクバール様も闘うべきだと言っているようなものだ。

「そんな……」
「それにアクバール王太子であれば闘う事を選ぶだろうね。大事なクレーブスだけを危険な目に合わせたりしないと思うよ」

 確かにアクバール様であればそうだろう。ラシャさんも苦しそうな顔をしている。彼女も神官様と同じ考えなのだろう。

「レネット王太子妃、覚悟を決めなさい。今回の出来事で王太子は危険から避けて通れない。貴女が覚悟を決められないのであれば、私は今件に手を貸すのを控えるよ」
「……っ」

 酷な事をぶつけられ、私は瞳が涙で熱くなる。神官様の力をお借りしなければ、アクバール様達を救えない。でもその後にまた別の意味で死が待っているというのに、覚悟を決めろだなんて。

「王太子と本当の意味で幸せになりたいのであれば、覚悟を決めるべきだ」
「!」
「貴女だって呪いなんて柵無しに王太子と幸せになりたいでしょう? それに貴女と王太子が幸せにならないと、そこのラシャもクレーブスと結婚出来ないよ」
「え?」

 思いがけない言葉を言われて意識が弾かれた。

「クレーブスは王太子の呪いが解けるまでラシャと結婚しないでいた男だ。魔法使いの件が片付けば晴れてラシャはクレーブスと結婚出来る。そろそろラシャ達の幸せを考えてやるつもりで、覚悟を決めてやって欲しいね」

 そうだったんだ。クレーブスさんはアクバール様より先に幸せになる事を避けていたんだ。二十年間もアクバール様と一緒にいて、その間ラシャさんはずっとクレーブスさんが帰って来るのを待っていたに違いない。

「ラシャさん……」

 私は彼女を見つめる。彼女は心配そうに私の顔を見返している。辛いのは私だけじゃないんだ。彼女だって辛い思いをしているのに、私と違って覚悟を決めている。

「分かりました。アクバール様とクレーブスさんが決して負けないよう、最善を尽くしたいと思います」

 その後、私達はより具体的に策戦を立てた。本当はもっと時間をかけて計画を立てたかったが、何処でデュバリーの邪魔が入るか分からない為、この日が最後の機会と思って念入りに策戦を立てた。

 それから神官様と別れた後、私はその日の夜には陛下の協力を得ようとラシャさんと共に隠し通路を使って会いに行った。運良く陛下と話ができ、そして協力を得る事が出来た。これが私達が考えたデュバリーを貶める策戦であった……。





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