Please69「迎えた運命の日」




 アクバール様とクレーブスさんの処刑の日を迎えた。この日までに彼等を救う手立ては見つからなかった。どう足掻いてもデュバリーの目に引っ掛かり、最高の魔力を持つ神官ですら、どうする事も出来なかったのだ。

 私とラシャさんはリヴァ神官の元まで訪れたが、処刑日は迎えざる得なかった。どれほど私は自分を恨んだ事か。アクバール様の命が落とされるような事があれば、私は責を感じて生きていられないだろう。

 どうしてアクバール様とクレーブスさんが処刑されなきゃならないの? アクバール様は自分が魔女の子だと知らずに生きてきたし、そんな彼の傍らにいたクレーブスさんだって何も知らずに罪はないのだ。

 カスティール様もまた王族だったにも関わらず、魔女だという理由で然るべき葬儀もされずに、ご遺体はひっそりと埋葬されたという。有り得ない話だ。私も含めて殆どの人間は彼女が埋葬された場を見ていない。

 事は密やかに行われ、ごく限られた人間のみが最後を見届けたそうだ。その事後報告を受けた時、私は言葉を失った。デュバリーはあまりにも身勝手過ぎる。さらに身勝手さはそれだけではない。

 処刑は本来、幽閉の塔の最上階テラスで行われる筈なのに、アクバールとクレーブスさんの処刑はアムブロジア広場で公に行われる。これはデュバリーの悪意なる嗜好であり、彼の強い推しで決定された。

 今の彼は陛下さえも差し押さえる絶対的な権力を握っている。そして公開処刑の場に私は呼ばれた。王太子の最後を見届けるのも伴侶の務めであるという理由で。デュバリーは完全に処刑を娯楽の催し物だと思っている。

 公開処刑は午後一番に始められる。正午間近になる頃、私は意思に関係なくアムブロジア広場へと連れて行かれた。いつもより近衛兵の数が多い。私が下手な行動を取らないよう、監視役が紛れているのだろう。

 王宮を出た時、どんよりとくすんだ黒い雲が広がっていて、嵐が吹き荒れる前触れのように感じた。とても不気味な空だ。今の人々の心情そのものを現しているようで、とても気味が悪い。

 馬車で走る事、十五分ほどで石畳が広がるアムブロジア広場へと到着した。競技場のような円状となった席の一つに案内され、程なくしてヴォルカン陛下とテラローザの姿をしたデュバリーが現れた。

 厳めしい表情をなさっている陛下とは反対に、デュバリーは涼しい顔をしている。彼の表情の裏にはこの日を心待ちしていた喜びが隠されているように見えた。そんな彼を目にした時、私は胸の内にドス黒い感情が渦巻く。

 彼の対する憎しみが溢れて止められない。無意識の内に私は彼を高圧的に睨んでしまい、ふと彼と視線が交じったが、反射的に私は逸らした。視線は高低差がある中央に置かれた二メートルを超える十字架二体に移った。

 あれは処刑台だ。あの十字架にアクバール様とクレーブスさんは磔となって火を炙られる。十字架の近くには幾つもの燃え盛る松明が立っていた。あの炎を見ていると、死の道へといざなわれるようで震え上がる。

 気が付けば次々と席に人が集まっていて、王族貴族は勿論、後部座席には一般の市民までもが来ていた。興味本位や嬉々とした顏をする人の神経が知れず、処刑が見世物のように見られている事に怒りを覚えた。

 ――ゴォオオ―――――ン、ゴォオオ―――――ン、ゴォオオ―――――ン……

 正午を知らせる鐘楼の鐘が広場一面に鳴り響く。死の宣告を受けたような恐ろしい音に聞こえ、広場は静寂に包まれた。

 ――いよいよ……。

 私は瞼を閉じて覚悟する。瞳を開いた時、陛下只一人が立ち上がっていて、

「これから焚刑を決行する。罪人を処刑台の前へと通せ!」

 処刑台に向かってめいを下した。周りは一斉にどよめき、私の脈拍が速くなる。中央の石畳に向かって兵士に引きずられるようにして歩く罪人はローブのフードを目深く被っていて顔が分からない。罪人は一人のみだ。

 あれはアクバール様なのかクレーブスさんなのか、そういった声が周りから沸き起こる。罪人は素顔を晒されないまま、十字架へ磔となった。すぐ近くには燃え盛る松明を持った兵士がいる。あの兵士が罪人の躯を炙るのだろう。

 罪人はグッタリと顔を伏せていた。憔悴し切っているのが分かる。無理もない。この十日間、精神的にも肉体的にも苦痛を味わわせられたのだ。意識があるのもやっとなぐらいだ。

「罪人よ。最後に言う事があれば申してみよ」

 陛下が最後の慈悲をかけると、近くいた長身の兵士が罪人のフードを取り払った。

 ――!?

 瞬時に場の空気が凍り付く。何故ならフードから顔を覗かせたのはアクバール様でもクレーブスさんでもなかったからだ!

「あれはどういう事だ!?」
「どうしてあそこにお亡くなりになったカスティール様がおられるの!?」

 罪人はまさかのカスティール様だった! 彼女は憔悴し切っていても艶で輝くプラチナの髪と陶器のようにきめ細やかな白い肌が美しい。どよめく声が次々に連鎖していく。誰もがこの予想に反した出来事に震撼しているのだ。

「何故、何故ヴィオレがあそこにいる!? あれはどういう事ですか、陛下!!」

 中でも一番驚駭しているのがデュバリーであった。彼は噛みつく勢いで陛下へと迫る。

「一番の罪人が生きている事が発覚したのだ。誰かが匿っていたのだろう。あるまじき行為だ。よってカスティール・ダファディルの火刑を最初に執り行う。罪人が何も言わないのであれば、直ちに火を炙れ!」

 陛下に取りつく島もなく、カスティール様の刑は実行されようとしていた。松明を持った兵士が十字架に掛けられているカスティール様のもとへとやって来た。彼はてらいもなく松明の火をカスティール様の足元に移そうとした。その時だ。

 ――ヒュッ!!

 勢い良く空気を切り裂く風音が耳を震わせた。

 ――今の何の音?

 音に気を取られていたら、

「ぎゃぁああああ――――!!」

 夥しい叫び声が轟いた。中央の処刑の場からだ。炎に身を包まれて悶える人の影がのた打ち回る悲惨な光景に、私は胃が抉られて嗚咽が込み上げてきた。

 ――あっ……あっ…………。

 赤々と燃え盛る光景に目が焼かれそうだ。炎はあっという間に人を呑み込んで、原形を残さない姿に変えると勢いを失った。まるで意思を持っているかのように燃えて鎮まった。

 ――シ――――ン…………。

 瞬く間に静寂に包まれる。誰もが焼き焦がされた遺体を目にして絶句していた。あの焦げた遺体は……カスティール様ではない! 彼女に火を炙ろうとしていた兵士だ!

「人間の分際でヴィオレを手に掛けようなど死んで当然だ」

 吐き捨てるようにして暴言を吐く声の方へ、私は視線を移す。デュバリーだ。彼は恐ろしい形相で焦げた遺体を見つめていた。

「魔力で火を放ったのはオマエだな、テラローザ。何て事をやってくれたのだ!」

 陛下は怒りを露わにして声を上げた。立松の火が独りでに暴走する筈がない。誰かが魔法でも使わない限り。あれはデュバリーの仕業だ。陛下は間近で彼が魔法を放つのを見たのだ。

「どういう事だ? テラローザ宰相は魔力はお持ちでない筈では!」 「だが、確かに宰相から何か光が放たれたのを見たぞ! 次の瞬間、兵士が炎に包まれてた!」
「嘘! テラローザ宰相は何の為に魔力を隠していたの!」

 周りがざわざわと騒ぎ始める。

「ご冗談を。陛下こそ何をなさろうとしたのです? ヴィオレを火刑にするなど、私は訊いてはおりませんよ?」

 周りが騒ごうか陛下に詰られようが、冷静さを崩さないデュバリーが恐ろしかった。

「カスティールを死んだと思わせ、匿っていたのはオマエだな」
「……なるほど、そういう策に出たわけですね。すべての罪を私一人に押し付けようとなさっているのか」

 デュバリーは気付いた、私達の策略・・・・・に。私とラシャさんはリヴァ神官の元へ訪れた時、お力添えを願った。しかし、神官様は確実な策戦にしか手を貸さないとキッパリ言い切られた。

 だからリスクを伴うアクバール様とクレーブスさんの牢獄出しには手を貸しては下さらなかったが、私とラシャさんが懸命に策を考えた結果、彼はとうとうお力添え下さる事を承諾してくれた。

 ――あの時……。

「力を貸すにも何も策がないのわねー」

 神官様に何度か釘を刺されていたが私は引かなかった。

「カスティール様が生きていらっしゃる事を前提で考えてみます」

 ――まずは……。

「デュバリーの最大の弱点はカスティール様です」

 そう、私は扉の奥を見つめていて気付いた。あのフォクシー様の記憶で見た出来事で、魔女の弱点は過剰な酸素の量だった。だからデュバリーにとっての弱点は……と考えた時、カスティール様の姿が思い浮かんだのだ。

「なるほど、彼女を利用したいが為に生きていて貰わないと困るという事だね」
「端的に言えば、その通りです。彼女を使って魔法使いの正体を暴きます。彼が魔法使いである事が周囲に知られれば、味方についてくれる人間がいる筈です」
「それでどう魔法使いを追い詰めるのさ?」
「それは……」

 漠然と策を考えても具体性が無かった。

「魔法使いが正体を明かす状況を作らなければなりませんよね」

 ラシャさんがうんうんと首を縦にして言う。

「本人にとって思わぬアクシデントが起き、かつ魔法を使わざるを得ない状況を作れるかですかね」
「アクシデント……、魔法……」

 私はラシャさんの言葉を反芻する。

「状況的にあまり良いイメージが浮かばないわ。やっぱりカスティール様を利用するのはとても危険性があるわね」
「あの魔法使いを相手に穏便に事を済ませる事は不可能だと思いますよ」
「そうね。ではどうやって正体を暴いていくか」
「一層カスティール様を隠すのはどうでしょうか。それからこっそりと王太子とクレーブス様を牢から出せばいいですよ! 完璧です!」
「真っ先に疑われるのはこの私だよ? 間違いなく私は殺されるね。それだけじゃない。王太子やクレーブスも嬲り殺しにされるね。それにそれの何処が周囲に魔法使いだと知らせているのさ? その内容だと魔法使いが魔力を使うかどうかも定かではないし。あともう一つ、脱獄には絶対に手を貸さないよ」

 神官様から白い目で突っ込まれてしまう。

「却下っ、却下します!」

 ラシャさんはあわわと目を白黒させて提案を却下した。

 ――人が多く集まる場所。一番に浮かぶのは舞踏会……。

 でもこんな不安定な状況の時に、舞踏会といった催しものをしている場合ではない。そしたら公共の場か娯楽の場の何処か……いやデュバリーが来るとは限らないし、むやみに一般市民を巻き込むわけにもいかない。

 ――ここで妙案が出来なければ、アクバール様達を牢獄から出して上げられないのに!

 頭の中が混乱で渦巻く。

 ――どうしたらいいの!?

 人目に付く場所、牢獄から出す、人目に付く場所、牢獄から出す、謎掛けを解いていくように私は何度も何度もキーワードを口にする。

 ――!!

 待って! 人目に付いてアクバール様達を牢獄から出す、両方を兼ねた方法がある!

 ――それは……処刑の日!





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