Please68「デリュージュ神殿の神官」
私とラシャさんは人目を盗んで目的の場所へと進む。裏の経路は表内部のような森を彷彿させる神秘的さは無く、殺風景な構造だ。ただ思ったよりも複雑な経路となっている。
枝分かれの道がいくつかあったが、ラシャさんが経路を知っているように進んで行き、私も後に続いた。どうやら地下の方へと進んでいる。そこに眠るカスティール様がいらっしゃるのか。
「ラシャさん、この先にカスティール様にいるの?」
「恐らく。特別な結界が張られている箇所を感じますので、そこにおられるのではないかと思っています。その場所を確認しに行きましょう」
私達は急ぎ足で地下へと降り、幸いにも人の目に留まる事無く、目的の場所へと着いた。
「ここのようですね」
複雑な模様が描かれた鉄の扉の前でラシャさんが止まった。扉から不思議な感じがする。
「この扉の奥にカスティール様がいるの?」
「はい、ここで間違いないかと思います」
「中に入れるかしら?」
「開けてみましょう」
ラシャさんが扉の取っ手を掴んだ、その時、
「これこれ、勝手に入るんじゃないよ」
――え?
背後から注意の声が入った。
――いつの間に人が来ていたの?
物音一つ聞こえなかったのに。私の心臓がざわめく。振り返ると、腰よりも長い白銀の髪と亜麻色の瞳をもつ麗人が立っていた。スラリとして背も高い。年齢は私の倍ほどあるだろうか。
そして格式ある聖職者の服を着ているところを見ると、かなり身分の高い人なのだろう。神秘的で近寄り難い雰囲気がある。その女性はじーっとラシャの方を見つめていた。
「君、何処かで見た記憶が……確か宮廷魔導士のドジッ子ちゃんだっけ?」
「ラシャ・ターキッシュです!」
ラシャさんはすぐに突っ込み……名前を訂正した。
――ド、ドジッ子?
「ラシャ・ターキッシュ? あぁ、クレーブスの愛人ね」
「婚約者です!」
――あ、愛人?
女性から聖職者らしく ない言葉がサラリと出て目を丸くする。女性はラシャさんの突っ込みを気にもせず、私の方へ視線を移して質問する。
「そちらの女性は?」
「王太子妃のレネット様です」
ラシャさんはキリッと表情を改めて私を紹介した。v
「貴女が……」
女性からは品定めするような視線を向けられ、私は委縮する。
「それでラシャは王太子妃の引き立て役に来たのかな」
「違います! 神官様にお願いがあって参りました!」
「忍び込んで来た理由はそれ?」
「そうです!」
「感心しないね。不法侵入は罰せられる。耳を傾けるわけにはいかないね」
「リヴァ神官様、どうか話をお聞き下さい!」
――え? この女性が神官様なの?
私は口がポカンとなって神官様を見返す。神として崇められる「神官」がこの女性? 性格にビックリするけれど、神官がまさかの女性だったなんて。
「神官様って女性だったのね」
思わずポロリと口に出してしまった。
「驚いた。外貌で見紛うのはあっても、声を聞いても女性と間違う人は初めてだよ」
今度は神官様がポカンとされていた。
「え? も、申し訳ありません。男性でおられるのですね」
外見は女性に見えて声が男性っぽいオルトラーナのような人だと思っていた。顔立ちや肌質、髪の艶感とか、どう見ても女性にしか見えないし。
「へー、なかなか面白い女性だね。レネット王太子妃は」
神官様に興味深げな表情で言われ、躯がムズムズする。
「要件を聞こうか」
何の心境の変化か、神官様は耳を傾ける気になって下さった。
「この扉の奥にカスティール様がいらっしゃいますよね!」
ズンと前に出たラシャさんが問う。カスティール様の名前を出し、神官様に何か反応が見られるかと思ったが、彼は全く変わらなかった。
「それで?」
「カスティール様がお亡くなりになったのが、信じられなくて確かめに参りました」
「彼女は永眠なさったよ」
――永眠……。
神官様の言葉を聞いて希望が絶望へと変わる。
「お会いさせて下さい!」
まだ信じられないとラシャさんが食い下がる。
「この先は誰も通さないように言われているから無理だよ」
「そこを何とかお願いします!」
「私以外の人間が入った時点で、王宮の人間に知られるようになっているから無理だって」
「そんな……」
ラシャさんの威勢が弱々しくなっていく。ここでカスティール様の件を終わらせたくないが、神官様に会えた時間を有効的に使わないと。
「では神官様、別のお話を聞いて下さいませんか。ラシャさん、何かお願いがあるのでしょう?」
私は敢えて別の話へと切り替えた。
「あ、はい」
ラシャさんは私の言葉に威勢を取り戻す。
「お願いって何?」
神官様が首を傾げて問う。
「どうか王宮の地下牢獄の魔力を封じる結界を解いて頂けませんか!」
――え?
突拍子もないラシャさんの申し出に私は瞠目する。
「あの地下牢獄の結界は神官様のみが解けると聞いております」
「脱獄の手伝いをしろって? それを私が聞き入れるとでも思うの?」
私にはとても聞き入れるとは思えない。事情を知らない神官様に協力は無理だ。
「神官様、何故カスティール様やアクバール様達が捕まったのか、その背景をお話しますので、それを聞いた上でお力添えを検討頂きたいのです」
私はこれまでの経緯を説明する。
…………………………。
「なるほど、そんな事が起こってたんだ」
ポワンとしていた神官様だが、さすがに今は神妙な面持ちだ。
「このままでは魔法使いにとって言いような未来しかありません」
「そうだね。でもだからといって結界の封印は解かないよ」
「な、何故ですか!」
予想と反対の答えが返って私は声を荒げて問う。
「考えてもみてよ。魔力を封じる結界を解いたら、他の罪人も脱走する恐れがあるでしょ。仮に王太子とクレーブスだけを助ける事に成功したとしよう。でもその後は? 彼等は罪人だ。またすぐに捕まってしまうよ? どうするの?」
「し、真実を明らかにして魔法使いを捕まえます」
私は急な問いに戸惑いながらも、何とか答えた。
「それを信じさせる方法は? 今の貴女が真実を告げようとしても、王太子達を助けたい一心で悪足掻きしているとしか見られないだろうね」
「ですが他に方法が!」
「悪いけど神殿の信頼を失うリスクを背負ってまで力を貸す話ではないよ」
「神官様は理不尽に王太子とクレーブスさんが処刑されるのを黙って、ご覧になるおつもりですか!」
国を背負う人の命が懸かっているというのに、神殿の信頼って何なの!
「神官は個人的な感情で動くわけにはいかないんだよ。現時点ではテラローザ宰相が魔法使いだという確証もないし」
「そんな……」
あのデュバリーが易々と正体を見せてくれるわけがない。それに他の方法も思いつかない。私は行き詰って懊悩する。その時、フォクシー様の記憶の出来事を思い出した。フォクシー様のおっしゃる可能性に方法が隠されていないだろうか。
「あの、実は先程このような出来事が起きたんです」
関連性がないかもしれないが、私はフォクシー様の記憶の事を話した。
…………………………。
「なるほどね」
私の話を聞き終えた神官様は腑に落ちた顔をされていた。
「神官様はお分かりになったのですか! あれはどういう意味なのでしょうか!」
「それを答えても魔法使いをどうこう出来るわけではないよ。結局、彼をどうするかは貴女自身で考える事になる」
「……っ」
結局答えは出ない。考えて答えが出るならいくらでも考える。でも本当に何も思い浮かばないのだ。
――アクバール様を失いたくない! 失いたくない! 失いたくない!
困惑に陥った私は胸の内で何度も悲願を叫んで瞳に涙が溜まる。
「妃殿下、落ち着いて下さい。私も一緒に考えます」
ラシャさんが私の右手を両手で包んで気を落ちつかせようとしてくれる。私は泣くのを堪え、もう一度あの出来事を振り返ってみた。あの時、見た光景……魔女と魔物、人間と聖獣。それぞれ似通った性質を持っているという話を聖獣はフォクシー様にしていた。
それから突然、奇妙な魔女が現れた。聖獣は自分よりも魔力の高い魔女を相手に闘った。酸素中毒を計算して見事に魔女を倒した聖獣、その聖獣に問われたフォクシー様は「まだ可能性がある」と、おっしゃった。
「私が思うに似通った性質に答えが隠されていると思います」
思案を巡らせていると、ラシャさんが言葉を挟んできた。
――「似通った性質」。
魔物は人間に危害を加える。人間のように考える脳が発達していない為、本能的に他生物を危険視する。
――本能?
そういえば聖獣と闘った魔女も本能的な行動だった。だとしたら魔女も本能的な生き物という事? でもデュバリーやカスティール様は人間に近しい。……いや待って、欲望に忠実なところは本能的だ。
――魔女、魔法使い、魔物は本能的な生き物……。じゃあ、獣と人間が近しい性質を持っているという話は?
あの聖獣は考えがあって闘いに挑んだ。逃げようという本能よりも理性が働き、自分より魔力の高い魔女に酸素中毒を起こさせ倒そうとする知恵があった。
「聖獣は本能よりも理性が働く生き物だわ。そして人間は聖獣に性質が近いと言っていた。人間も理性 があるという事を言いたかったのかしら? だからフォクシー様は可能性があるとお答えになった」
「あ、そうだと思います!」
私の回答にラシャさんがパァと頬を紅潮させて賛同する。
「あの聖獣は知恵のある人間なら、例え魔力の強い魔女でも魔法使いでも倒せる、という事を言いたかったのではないでしょうか」
「そうね、私もそう思うわ。でも魔法使いを倒せる解決策にはなっていないのよね」
謎かけのような形で解決にまでは至らない。
「だから言ったでしょ? 魔法使いをどうするかは貴女達で考える事になるって」
神官様にこれで分かったでしょと、呆れ顔で言われた。デュバリーをどうにかにする方法を見つけなければ、力を貸して貰えないだろう。
「どうしたらいいの……」
絶望的だった。私には魔女や魔法使いに対する知識があまりにも無さすぎる。
「分かりました! 聖獣に知恵を拝借したいと申し出れば良いのですね!」
ラシャは瞳を輝かせて答えたが、神官様は深い溜息をつかれた。
「あれ違うのですか? もうこうなりましたら神官様を拘束して、お力添えを強要する他ありませんかね」
「ラシャ、オマエはそんなんだから、いつまで経ってもドジッ子呼ばわりされるんだよ」
「はぅー」
ラシャさんと神官様のやり取りを私は耳にしていなかった。
――酸素中毒、それは魔女にとって思いがけない出来事で、そして弱点であった。
私は伏せていた視線を上げると、鉄の扉が映った。この奥にカスティール様が眠っていらっしゃる。
「……神官様、カスティール様は扉の奥の部屋で永眠なさっているのですか」
「ああ、そうだね」
「どうか、どうかお力添え下さい」
私は声を絞り出して懇願したが、神官様がアクバール様達を牢獄から救って下さる事はなかった……。
