Please67「渦巻く迷走の闇」―Akbar&Rainette Side―




 牢獄にぶち込まれてから丸三日が過ぎた。オレと母上、そしてクレーブスは個々の牢に閉じ込められていた。一緒の牢に閉じ込めれば悪知恵が働き、脱走の危惧を考え別々にさせたのだろう。今のオレは手足に枷を付けられ、身動きを封じられていた。

 食事も一切出されていない。それは近い内にオレも母上も処刑されるのだろう。クレーブスも道連れだ。この国では魔女と魔法使いは危険視されている。あの魔法使いの事だ。話を脚色してオレ達の処刑を急がせるだろう。

 ――アイツは母上まで殺す気なのか……。

 あれだけ母上に固執していた奴がそうそうに手を掛けるだろうか。いや愛と憎しみは紙一重だという。狂愛するアイツなら殺す事も躊躇わないかもしれない。みすみす殺されては堪るかと思うが、この現状で脱走は不可能だ。

 この地下牢には魔力を封じる特別な力が掛けられている。解けるのは神官のみで、それを知っているのはごく僅かな人間だ。あわよくば誰かが神官に願い出て、この牢の魔力を解くかと思ったが、現時点でクレーブスに動きがないところをみると、可能性は低い。

 例え国王が封印を解く申し出をしたとしても、あの頭の固い神官が易々に受け入れるとも思えない。神殿の信用が失われると撥ね退けるだろう。それに封印を解いたとしても、他の罪人が脱走する危険性もある。

 ――レネット……。

 彼女に約束した。オレは死なないと。だが、このままでは死は免れないだろう。

 ――こんなところで死ぬわけにはいかない。

 そう決死の思いを抱いた時だ。

 ――カツカツカツ。

 靴音が響いてきた。誰かがこちらへとやって来る。オレは目を眇めて音先を探る。直感で分かった。

 ――魔法使いアイツだと。

 片手にカンテラを持った奴が現れた。それも堂々と素の姿・・・でだ。皮膚の一部が溶けたように爛れている顔なんぞ、胸糞気分が悪い。

「……お久しぶりです。ご気分は如何でしょうか?」
「愚問だな。飯一つも出されないというのに気分が良いと思うのか?」
「形式的なご挨拶ですよ」
「もっとマシな言葉が出てこないのか。仮にも宰相だろ? そのままでは国の主は務まらんぞ」
「驚きました。まだそんな憎まれ口を叩けるほど余裕がおありなのですね。死を覚悟しているからこそ、投げやりとなっているのですか。いえ貴方なりの矜持でしょうか」

 慇懃無礼にもほどがある。オレの発言が欺瞞に思えたのか。コイツをどうこう考えるのも悍ましい。

「用件はなんだ?」

 大体予想はついていたが、オレはわざとらしく訊いてやった。

「今後の事を話しに参りました。今から一週間後の正午、貴方達の処刑が決定されました。刑の内容は火炙りとなります。お伝えしておきますが、魔力を封じた枷を用意しますので逃げ出す事は出来ませんよ」
「母上もやるのか?」
「ヴィオレについては自害したというシナリオを作りました。実際は違いますが」
「表立っては自害した事にし、裏で監禁する気か」

 母上が殺されずに済むという安堵感もあるが、コイツの許で一生監禁となるのは母上にとって死ぬよりも酷な事だろう。そしてコイツは母上を自害させないよう、姑息な手を使うに違いない。

「否定はしません」
「クレーブスは? アイツは魔法使いではないのだから、早くここから出せ」
「彼をここから出したら、貴方を脱走させる危惧があります。それを分かっていて出す愚か者はおりませんよ」
「だったらオレを処刑した後に出せばいい」
「いいえ、一緒に処刑します。彼が生きていれば報復し兼ねませんから。私が彼に負ける事はないでしょうが、厄介者は早めに摘んでおく事が賢明です」

 ――本当にコイツはとち狂っている。

「貴方もクレーブスも死から逃げられませんよ。覚悟をお決め下さい」

 奴は氷のような眼差しで捨て台詞を吐き、この場から去って行った……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

 アクバール様達を救う手立ても、フォクシー様と聖獣が交わしていたあの意味深な会話の意味も、何も分からないまま、その三日後に信じられない事件が起きた。

「妃殿下、今朝知らせがございました。カスティール様が牢獄で毒薬を呑んで自害なさったそうです」
「……え?」

 ――今サルモーネはなんて? カスティール様が……?

 思考回路が焼き切れる。

「自害、自害って……お亡くなりになったの?」
「残念ながら」

 サルモーネの悲愴な表情を目にして現実なのだと思い知らされる。あまりのショックに脈動が速まって意識が切れそうになった。

 ――そ、そんな信じられない!

 思い詰めた結果に死を選んだというの! でもあの気丈なカスティール様がアクバール様を残して一人で命を絶つなんて有り得ない!

「し、信じられないわ! 今すぐにカスティール様の所へ行かせて、お願い!」
「妃殿下、どうか落ち着いて下さいませ。実は私達はカスティール様のご遺体が何処あるのか分からないのです」

 答えたのはオルトラーナだ。

「何故分からないの?」
「カスティール様が魔女という事もあり、通常とは異なる場所にご遺体が置かれているそうです」
「誰かに教えて貰えないの?」
「残念ながらお答え頂けないかと思います。それと今は行動をなさらない方が宜しいです」
「何故?」
「宮中は混乱しています。何が身に起こるか分かりませんので」

 妙な引っ掛かりを感じる。濁した言い方に聞こえた。

「分かった、今は大人しくしているわ」
「ご理解頂けて良かったですわ」

 甘んじて私が受け入れると、二人はとても安心した表情を見せた。

 ――やっぱり何か・・ある。

 後で秘密の通路を使って探りに行こう。隠し事が重要でならない気がする。

「では私は仕事場へと戻ります。妃殿下を頼んだぞ、オルトラーナ」

 サルモーネは外に、オルトラーナが私の付き添いでここに残るのだろう。そこに透かさず私は声を掛けた。

「待って、一人にして欲しいの」
「ですが、ショックを受けておられる妃殿下を一人にするわけには参りません」

 即オルトラーナは私の申し出を断ろうとした。

「逆よ。ショック過ぎて、とても人と一緒に居たい気分ではないの。悪いけど午前中は一人にして欲しいわ」

 私も引かなかった。オルトラーナがサルモーネに目線で意見を請う。

「承知しました。昼前には私が食事を持って参ります。それまでお休み下さいませ」

 サルモーネが折れてくれた。

「有難う」

 嘘に心が痛んだが、今はそこを気にしている場合ではない。カスティール様の居場所や外の様子を一刻も早く知らなければ。それからサルモーネとオルトラーナの二人は部屋を去って行った。

 ――さてと……。

 私は秘密の通路を開けようと、急いで鍵となる燭台に手を掛けようとした。その時、ギギギィ――と物音が響いた。

 ――え? この音って?

 私は隠し扉の方へと目を向けると案の定、扉が開いていた。

「妃殿下!」
「わっ、ラシャさん!」

 突然姿を現したのは彼女だった。

「ど、どうしたの、いきなりそこから現れて」
「このような場所から失礼します」
「人がいない時で良かったわ」
「透視の力でタイミングを図って出て参りました」
「え? 透視?」

 とても凄い事を聞いたような気がしたけれど、ラシャさんが急いで私の前までやって来た。

「大変な事が起きまして、妃殿下にお伝えに参りました!」
「それはカスティール様が毒を飲んで自害なさった件?」
「ご存知だったんですね。そちらの件だけでも大変な騒ぎとなっているのですが、さらに王太子とクレーブス様の処刑日が一週間後に決定しました!」
「何ですって! それは本当なの!?」
「は、はい」

 私の物凄い気迫にラシャさんが狼狽える。

 ――だからサルモーネもオルトラーナも私を部屋の外に出したくなかったんだ!

 処刑の日を耳にした私が壊れてしまうのではないかと気遣ったのだろう。このまま何も知らないまま処刑の日を迎えていたらと思うと……ゾッと背筋が凍って震え上がり、ラシャさんに躯を支えられる。

「妃殿下、お気持ちは私も同じなので分かりますが、時間がありません。今は行動を起こしましょう」
「どうやって? この間、ラシャさんと隠し通路を使ったあの日から、ずっと助ける方法を考えているのに、全く思いつかないの」
「それは私も同じです」
「じゃあ、どうするの?」
「妃殿下、カスティール様のご遺体を知る者がおりません」

 私の質問にラシャさんはまた見当違いな事を言い出した。

「? ……それも聞いたわ。彼女が魔女だから通常の場所とは異なった場所に置かれているのよね?」
「はい、私もそう聞いております。妙だと思いました。魔女だからという理由だけで、誰もご遺体の場所を知らないというのが」

 そう言われて私はある仮説が思い浮かんだ。

「まさかカスティール様は生きたまま別の場所に連れて行かれたという事?」
「その可能性があります。考えてみて下さい。あれだけカスティール様に執心していた魔法使いがそうそうに彼女を死に至らすでしょうか」
「そうね、全くその通りだわ。カスティール様は何処かに監禁されているのね。もしかして海底に連れ戻されたんじゃ?」

 ――そしたら奪い返す事が難しいのでは?

「いいえ、現時点ではその可能性は低いと思われます。葬儀の関係もあるので、ご遺体は必ず地上にある筈です」
「なるほど」
「私に思い当たる節があります」
「え? そ、それは何処なの!」
「恐らくデリュージュ神殿ではないかと思います。魔法使いも四六時中、自分がカスティール様を見られるわけではありません。宮中の何処かではカスティール様が奪われる可能性がありますので、神殿の神官様に預けている可能性が高いです。あくまでも私の推測なので、今から確かめに行きたいと思います。それに合わせて神官様にお願いしたい事もあるんです。妃殿下もご一緒に来て頂けませんか」
「行くわ! 午前中は人を門前払いしているから、行くなら今がチャンスよ」
「ではすぐに参りましょう」

 早速、私はローブに似た外套を纏った。王太子妃であると身分を隠す為だ。それから私達は秘密の通路を使って城外へと出た。背後には聳え立つ王宮がある。

「妃殿下、ここから馬車を捕まえて神殿へと向かいます。この先に馬車の乗り場がございますので、そこまで歩きましょう」
「分かったわ」

 私はラシャさんの後に続いて乗り場まで急いだ。五分ほどで着き、馬車に乗る事が出来た。走る事十分ほどで目的のデリュージュ神殿に到着した。

「ラシャさん、何処に行こうとしているの?」

 てっきり正面の扉に向かっていると思ったが、ラシャさんは別の方向へ行こうとしていた。

「妃殿下、正面の扉からは参りません」
「え?」
「勝手ながら裏口から入って神官様に会いに行こうと思っています。正面から面会を申し出ても門前払いされるだけですから」
「だ、大丈夫なの?」
「正攻法ではございませんが、確実に神官様にお会いするのであれば、ここから行くのがベストです」
「分かったわ、行きましょう」

 本当は関係者以外、入ってはならない扉なのだろうけど、今はそんな事を考えている場合ではない。





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