Please57「本当の意味での守り方」




「気持ちは有難いが、母上の守るはオレを叔父上から引き離す事だ。それはオレが求めているものとは違う。寧ろ正反対だな」
「そう……ですね」

 今宵、私とアクバール様は寝間着姿で寝台に入って、今日の出来事を話し合っていた。アクバール様はラシャさんの報告を踏まえ、カスティール様の「守る」について話をしていた。

 カスティール様の我が子を守りたいという気持ちは、アクバール様にも十分に伝わっているが、気持ちは食い違っているようだ。私は何とも言えない気持ちで話を聞いていた。

「それとまた母上の事で嫌な思いをさせて悪かったな」
「い、いえ、私は気にしていませんから」

 というのは嘘だ。またカスティール様に拒否られたと、私は落ち込んでいた。それを察したのか、アクバール様のお顔は複雑そうだった。

「あの……私はやはりカスティール様の記憶に触れたのでしょうか」
「その件は調べている。深く考えるな」

 そう答えてくれた彼の顔色を窺う。何か彼に濁った感情がないかと勘繰ってしまう。あらぬ疑いをかけられたくない、嫌われたくないのだ。

「……私には魔力はありませんから」

 私はボソッと心の声を洩らしていた。無意識だった。

「浮かない様子だと思っていたが、それを気にしていたのか。魔女ではないかと疑われているとでも思ったのか? オレは端から疑ってなどいないぞ」

 アクバール様の言葉に、ホッと胸が軽くなる。良かった、疑われてなくて。

「そうだな。仮にオマエが魔女だとしても、オレの心が変わらないけどな」
「え?」

 いきなり突拍子もない話を出されて、私はポカンとなった。アクバール様は微笑む。

「もしもの話だ。オレはもうオマエを手放したりしない」
「アクバール様……」

 ――ど、どうしよう、嬉しすぎて涙が出そう。

 人種を超えても私自身を見てくれるのが嬉しかった。同時にアクバール様に対する愛が溢れ出てくる。

「オマエは?」
「え?」
「オレが魔法使いだったらどうする?」

 アクバール様に真顔で問われ、ドクンと私の心臓の音が波打った。

「そ、それは……」
「怖いか?」

 すぐに答えを口に出来なかった。アクバール様と同様に貴方を手放したくないと答えたいのに、何故かためらってしまう自分がいる。魔法使いというと、アクバール様に呪いをかけた彼を思い出してしまい、恐怖の対象であった。

「……怖くないと言えば嘘になります」

 こんな答えしか出させない自分が情けなくて泣きそうになる。

「済みません」
「謝る必要はない。普通であれば恐怖心を抱く」
「ですが、アクバール様は……」
「オレは王太子だ。普通の人間よりも気概があり、肝が据わっている」

 そうアクバール様はおっしゃるけれど、彼の心が寛容なのだ。私が彼の立場なら傷ついている。

「本題からずれたが、あくまでも例え話で言っている。オレは魔法使いではない。そうであれば、とっくに魔力で叔父上を一泡吹かせているとは思わないか?」
「そうですよね」

 ふふふと私は笑いを零した。魔女や魔法使いは怖い。でも魔力がある事が羨ましいと思っている。

「もし私に魔力があれば、その力でアクバール様をお守りしたいです」
「レネット?」

 私には何の力もない。人間でもクレーブスさんのように魔力があれば、アクバール様をお守り出来るのに。

 ――彼を失わない力が欲しい、彼が望む守り方をしたい。

 どうすれば守れるのだろうか。それは日々悩んでも答えを出せないものだった。

「レネット、オマエはオレにかけられた呪いを半分解いている。それだけで十分オレの力になった。これ以上をオマエに望む事は贅沢に過ぎない」
「そのようにおっしゃって下さり、有難うございます」

 アクバール様から宥めるように言われ、私は微かに笑みを浮かべる。でも私は完全に呪いを解きたいのだ。アクバール様に呪いの枷に囚われて欲しくない。自由を与えたい。

 ――形として守れる力が欲しい。

 彼の背負う重荷を少しでも分かりたい。一緒に立ち向かって戦いたい。その為の力を得る事は出来ないだろうか。そう強く切望するばかりであった……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

「これはレネット様」

 乗馬のレッスンが始まる前、愛馬エクリュを迎えに来た私だが、小屋の前でクレーブスさんと会った。

「これから乗馬のレッスンですか?」
「はい、そうです」

 私の乗馬服の姿を見たクレーブスさんに問われる。

「頑張って下さい。エクリュはレネット様の事を慕っているようですね。いつも頑張っている姿に好感を持っているようです」
「クレーブスさんはもしかして動物の声がお分かりになるのですか?」
「声といいますか、魔力で感情を読み取る事が出来ます」
「す、凄いですね!」

 魔法ってそんな事まで出来るんだ。

「羨ましいですね。魔力があるというのは……」

 思わず本音がポロリと零れた。最近ずっと私は自分にも魔力があればと、非現実的な事ばかり考えている。

「それは何故ですか?」

 クレーブスさんに問われ、私はあやふやな顔を浮かべる。

「魔力があればクレーブスさんのように、アクバール様を近くでお守りが出来ると思ったからです」
「そうでもありませんよ」
「え?」

 クレーブスさんの表情が少しだけ憂いを含む。

「強力な魔力を持っていても、魔法使いを仕留める事が出来ていません。かれこれ二十年ほど、追っておりますが……。とても主の役に立っているとは思えませんね」
「そんな……。魔法使いは人間よりも魔力が上です。一筋縄ではいかないのではありませんか」
「それでも主が望む結果が得られなければ意味がありません」

 私はなんて言葉を返したらいいのか分からなかった。きっと私が想像するよりもクレーブスさんはずっと苦悩しているのかもしれない。

「クレーブスさんはずっとアクバール様をお守りしていますからね。その分、責任感がお強いのですね」
「アクバール様を守りたいという気持ちはレネット様も一緒ではございませんか?」
「そ、それは勿論」

 大切な人を守りたいという気持ちは私もクレーブスさんも一緒なのだ。

「これについてはカスティール様も一緒ですね。あの方もあの方なりにアクバール様をお守りなさろうとしている」
「そうですね」

 ここでクレーブスさんがカスティール様の名前を出したのは故意か。彼女の名を聞いた途端、私の心は憂いに翳った。

「ですが、カスティール様のお守りはアクバール様の意に反しています。私は真実・・を知る事が何よりアクバールをお守りする事だと思っております。逃げていては本当の意味で守っているとは思えませんから」

 クレーブスさんの言う事は尤もだと思う。だけど、真実を知る事はアクバール様の命の危険でもある。

「アクバール様の命がご心配なのですね」
「はい」

 正直、私はアクバール様の意に反しても彼には生きて欲しいと思っている。

「根本的に解決しなければ、何も変わりませんよ。私は主が求めるまま進んでいきます。……随分と長いさせてしまいましたね。そろそろ教師の元へ行かれた方が宜しいのではありませんか」v 「あ、そうでした」

 クレーブスさんに言われて気が付いた。私はバリバリレッスンの途中だったのだ。私は急いでエクリュを連れていく。

「お気をつけて行ってらっしゃいませ、レネット様」
「はい、それでは」

 最後、軽く挨拶をして私はこの場から去って行った……。

*✿*。.。・*✿*・。.。*✿*

「エクリュ、どうしたの? そっちじゃないわよ」

 パかパカパカと広大な庭園での散歩をしている時だ。エクリュがいきなり別の方角へと歩き出した。私よりも道に詳しい彼が間違う筈ないのに、一体どうしたというのだ?

「エクリュ! エクリュ!」

 私の声を無視してエクリュはズンズンと歩いていく。最近は私の言う事をきちんと聞いてくれていたのに急にどうして? 私は教師に助けを求めに視線を投げるが、彼女も訳が分からないといった様子で、こちらの後を追っているだけだ。

 以前、エクリュは魔力をかけられて暴走した事があるから心配だった。でも今回はそんな感じは無さそうで、目的の場所へ無心で向かっているように見えた。不安を抱えたまま彼の行動を見守っていると、

「ヒヒィ――」

 あるところでエクリュが小さく声を上げた。道が開け何処かの広場へと出た。その時、視界に上質な黒馬の姿を目にする。

 ――あれは?

 鬣髪が立派な黒馬に目が奪われるが、それよりも馬に乗っているあの方は……? それがなのか分かった時、突然視界が真っ白に染まった。

 ――な、何!?

 一瞬、意識が飛んでしまったのかと思ったが、ハッキリとしている。それにエクリュに乗馬していたのに、今の私は地に足が着いていて、真っ白な空間にポツリと一人でいた。

 ――何が起こったの!?

 また訳の分からない現象に私は怯える。また魔法使いに遭うのだろうか。オロオロキョロキョロとしている間に、真っ白な景色は次第に霧散していった。

 ――何処ここは?

 知らない部屋にいた。それも目にした事のない豪華絢爛な部屋。天井が四角に窪んでいて高く、極上の花シャモアのような形をしたシャンデリアが燦然と輝いて眩い。何処かの客間かと思ったが、生活と見られる調度品が設えていて個人の一室のようだ。

 クローゼットの壁も家具も金色の縁に彩られた視認性の優れたデザインの物ばかり。身分の高い方の部屋なのだろう。自分が奢侈の空間にいるようで落ち着かなかった。早く部屋から出なきゃと思う一方で、奥が別室へと続いている事に気付く。

 私は好奇心に負けて奥へと進んだ。足を踏み入れると目を瞠った。目の前にガラスの壁があり、その奥には天蓋付きの寝台が見える。私やアクバール様の寝台よりも豪華だ。それよりも手前にあるガラスの壁……。

 ――まさか防衛?

 私はそっとガラスの扉にノブを引いて中へと入った。寝台を見つめながら考える。寝室って無防備な場所だ。寝込みを襲われるのを危惧して、こういった作りにする場合があると聞いた事がある。

 ――一体、誰の部屋なの? ……あれ?

 さらに寝室の奥にまた扉がある事に気付いた。小さめの扉に違和感があった。そこにまた私は足を踏み入れる。

 ――ここは……?

 四方の壁に多くの人物画が飾ってあった。私は目を凝らして見つめる。どれも麗しい人ばかり。その方達の日常の自然な姿が描かれている。中でも髪の毛がプラチナ色の男の子に目を惹いた。

 ――あの男の子は……もしかしてアクバール様?

 赤子の彼、生まれて数年経った幼き姿の彼、少年の頃の彼、そして少年から青年へと移り変わる頃の彼、幼い頃は目が潤んでしまいそうなほど可愛いし、少年の頃は少女のように愛らしい。

 成人したての頃は今よりも幼い面差しだけれど、見目麗しいのは今と変わらない。一人で描かれている姿と、彼と一緒によく描かれている男性の姿があった。その男性に私は見覚えがあり、喉をゴクリと鳴らす。

 男性と一緒のアクバール様はどれも垢抜けた笑みを浮かべ、一目でその男性を慕っているのが分かる。幼少期なんて男性に頬ずりをしている姿で物凄く可愛い。そんな無垢な姿を見せているアクバール様を抱っこする男性がまさかの……。

 ――ヴォルカン国王陛下!?





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