Please49「再び愛が繋がれる時」




 目まぐるしい怒涛の一日だった。アクバール様と共に寝室へ戻った私だが、今日の出来事が壮絶すぎて、まだ心臓がドクドクと脈打ち、躯が小刻みに震えていた。

 ――まさかヴェローナさんとバレヌさんが陛下派の人間で、アクバール様を貶めようとしていたなんて……。

 二人が身柄を拘束された後、嵐が去ったような静けさが訪れたが、それは嵐が来る前の静けさに過ぎなかった。塔から出て王宮へと戻ると、王宮内は点火したように騒然となった。

 監禁されていた筈のアクバール様が戻り、ヴェローナさんとバレヌさんの二人が兵達に拘束されている姿は人々を混乱させた。二人は王宮内でも名が知れた人物で目立ちを隠せない。

 そしてアクバール様は至急陛下に取り次ぐよう命令を下したが、私達の前に陛下が現れる事はなかった。痺れを切らしたアクバール様はじかに会いに行こうとしたが、テラローザさん達に阻まれてしまった。

 王太子が謀れたという事の重大さを伝えても全く取り合って貰えず、逆に塔から出た事を罵られ、凄絶な火花が散った。その後、明日緊急会議を行うという形でなんとか収束が付いた。

 そしてヴェローナさんとバレヌさんは王宮の地下牢獄へ入れられている。この一晩で逃げられる事がないよう、クレーブスさん率いる上級魔導師達が厳重な体制で見張る事となったのだった……。

「大丈夫か?」

 アクバール様に声を掛けられ、私は自分が俯いていた事に気付く。

「……あ、はい」
「ではなさそうだな」

 そっと私の手を握り、顔を覗てくるアクバール様の表情は浮かない。心配させているのが分かる。

「そ、そんな事は……」
「無理をするな」

 ピシャリと言われてしまい、私はこれ以上の言い訳をやめた。

「……私は何も知らなかったのですね」

 自分の事で手が一杯で何も見えていなかった。自分の知らないところで、私は守られていたのだ。サルモーネとオルトラーナがそう、私の世話係をするだけではなく、周りに危険がないか常に気を張ってくれていた。

 ラシャさんもそうだ。魔法使いに監視されている私の為に、彼女は守ってくれていた。賊やフィヨルドさんに襲われそうになった時、彼女が助けに入ってくれたおかげで、私は今無事でいられるのだ。

 そこで思い出した。森からここの王宮に向かっていた時、馬車の中でアクバールが私の手を握って「必ずオレがオマエを守る」という言葉を。その言葉を彼は守ってくれていたのだ。

 ずっと守られていたというのに、私はウジウジと悩んでここから去ろうとした。どれだけ周りの厚意を無駄にして迷惑かけただろうか。ここでアクバール様から咎められても仕方ない。

「出来ればオマエには知られずに事を済ませたかった。オマエはここの生活に慣れるだけで精一杯だったろうし、ましてや魔法使いの目まである。これ以上の負担にさせたくない気持ちが、却って迷惑かけたな。叔父上派の人間の策略に巻き込まれた挙句、ドゥーブルにまで拉致され、怖い思いばかりさせてしまった。そして敵を炙り出す為とはいえ、失声の演技をオマエには隠していた。騙したような真似をして悪かったと思っている」 「い、いえ。て、敵を欺くにはまず味方からと言いますから!」

 申し訳なさそうにしているアクバール様に、とても文句を言う気にはなれなかった。

「そうだな。良く言えばそうかもしれない。レネット、オマエは素直すぎる。何かの拍子に失声が演技だとバレるのを恐れて伏せてしまった。とはいえ、オマエを苦しめた事には変わりないな」
「わ、私は大丈夫です。結果、敵を引き出せたので報われました」
「オマエは優しいな。普通であれば怒りや文句の一つはぶつけるだろうに」

 アクバール様は苦笑いをしながら、ホッとしたような様子だ。でもすぐに神妙な面持ちへと変わる。

「レネット、王宮ここに来た当初、オレがオマエに忠告した言葉を憶えているか?」
「え? ……あ」


 言われて私はすぐに罰が悪そうな顔になる。

『ここでは容易に人を信頼するな』


 これは一度ならず二度も念入りに言われていた忠告だ。“むやみやたらに人を信じるな、とんだ痛い目みて自分の居場所を無くす。”それを私は身を持って体験した。確かに私はここでの居場所を無くしかけていた。

 ヴェローナさんの方がアクバール様に相応しいと思い、自ら身を引こうとしたつもりだが、結果、陛下派の人間の策略に嵌まって追い出されそうになった。しかも自分だけじゃない、アクバール様にまで危険な目に合わせてしまった。

 そんな自分の不甲斐なさに眦に涙が浮かんできた。私は何て愚かだったのだろう。あんな子供でも分かる事を守れなかった。あの忠告は何も知らない私が出来る唯一の保身だったというのに。

「……スミマセン。アクバール様はここでは簡単に人を信じるなとおっしゃいました、それなのに私はバレヌさんの言葉もヴェローナさんの言葉も信じて、気が付けば自分の居場所を失っておりました」
「いや、身に染みて分かったのならいい。今のここは一つの戦場だ。叔父上派の人間はオレを排斥したがる。……まぁそれも明日になれば、風向きが変わってくるだろうがな」

 ――明日……。

 会議でヴェローナさん達の悪事が露呈される事によって、風向きが変わるのだろう。

「オレは必ずヴェローナとブリュスに叔父上との繋がりを吐かせ、そして叔父上がオレを排斥した事実を露呈させる。魔法使いとの繋がりが出せれば、叔父上は失脚から逃れられまい。退位させた後、今度こそオレが国王の座へと就く」

 アクバール様の琥珀色の双眸が漲っていた。それだけ彼の意志が本物だという事だ。

「叔父上を退けばオマエに肩身の狭い思いをさせない。ここで堂々と王妃としてオレの傍にいればいい」
「!」

 ビックリしすぎて声が出ない。

 ――お、王妃? わ、私が?

 現実味が湧かなくて目がクラクラしそうだ。

「なんだ? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。オレが王になればオマエが王妃となるのは当たり前だろ?」
「そ、そうですけど……」
「務められるか自信がないって顔をしているな。ではオマエはまたオレから離れる道を選ぶのか?」
「そ、そんな事はもう二度と致しません! ……わ、私はアクバール様を愛しておりますので、ずっとお傍にいます!」

 半ばヤケになって恥ずかしい言葉を叫んでしまった。アクバール様から自分の想いを疑われているのかと思ったら、思わず叫んでしまっていた。疑われる事をしたのは自分だけど、それでも切ない。

「レネット、やっと覚悟を決めたな」
「え?」

 アクバール様の綽然とした笑みに、私はドキッと鼓動が跳ね上がった。

「初夜を迎えてから、ずっとオマエはオレに対して不安定な気持ちでいただろ?」
「そ、それは……」

 ぐぅの音が出ない。アクバール様に対する疑念や己の自身のなさで、愛しているのか迷いがあった。


「今オレは純粋に嬉しいと思っている。ヴェローナやブリュスの前でも、そして今もオマエは素でオレを愛していると言ってくれた。オレはやっとオマエからの迷いのない真っ直ぐな想いを手に入れられたのだな」
「そ、そうですが、アクバール様のお声が出ている内は私達の想いは重ねっていたのではありませんか?」

 私は恥ずかしさから可愛げのない事を口走る。


「しかし、オマエに迷いがあったのは確かだろう? 以前にも言ったがオレの声が戻ってから、オマエは一度もオレを愛していると言わなかった」
「うっ」
「まぁ、正確には一度だけ愛していると声に出した事はあったけどな」
「え? い、いつですか!」

 ――そ、そんな知らない! 全く身に覚えがないんですけど?

 アクバール様のニヤリとした表情が怖い。

「湯浴みで睦み合った時だ。オマエを部屋まで運んだ時、オレはオマエの耳元でこう囁いたんだ。“オマエはオレを愛しているか?”と。するとオマエはこう答えた。“はい、愛しております”と」
「え? え? そ、それは、む、無意識です! それに私の気持ちを聞いていたのであれば、秘境の地で、何故お訊きになったのですか!」
「湯浴みの時は無意識だったのだろ? 言葉にして貰わないと信じ難い。それは前にも言った筈だ」
「そ、そんなに言葉にする事が大事なのですか?」
「勿論だ」

 アクバール様から改めて名を呼ばれ、そっと頬を温かな手に包まれる。

「レネット、覚悟をしろよ、オレからもう二度と離れないようにしてやる」

「わ、私なんかに妃が務まるのかどうか……」
「まだそんな尻込みを言うのか? だったらもうオレから逃げるな、何より自分から逃げるな。レネット、オレはオマエだから正妃に選んだ。他の誰でもないオマエだからだ。もっと自分に自信を持て」
「アクバール様……」

 グッと顔を近づけられ、力強い声で身に余る言葉を伝えてくれた。眦にぶわっと涙が浮かぶ。一度私はアクバール様から離れようとした。彼からしたら裏切られたと思っても過言ではないのに。

 彼は以前と変わらない大きな愛で私を包んでくれる。それが私には堪らなく嬉しかった。だからもう迷う事はやめよう、無理だと決めつけて逃げる事をやめよう。そう私は心に固く誓った。

「はい、私は貴方の言葉を、愛を信じて共に未来まえへ進んでいこうと思います」
「レネット……」

 私達は誓いの言葉を立てた時のように、自然と唇が重なった。触れ合った瞬間、わだかまっていた心が弾けて想いが溢れ出る。躯全体が幸福感に包まれ、時が二人だけの世界を作る。躯は甘やかな痺れを孕み、喜びに打ち震えていた。

「レネット、愛している」

 甘い吐息と共に愛の言葉を囁かれ、それだけでこの上ない幸せに彩られる。

「わ、私もアクバール様を愛しております」

 同じ気持ちで私が答えると、再び互いに唇を熱く求め合う。もう二度と離れまいと深く口づけ、溢れた想いは愉悦となって互いの躯の芯にまで溶けていく。舌が絡めば快感が膨らみ、より深く密に絡みたいと本能を刺激した。

 舌で甘くくすぐられても、貪られるように激しく蠢かれても、すべてが快感で心が甘く満たされ、躯全体が幸せだと叫んでいる。その内に舌の動きに合わせて水音が搔き鳴らすようになる。

 時折唇を離されれば、名残り惜しむように透明な液が糸を引き、より官能を揺さぶられた。目が眩みそうになりがらも私は一瞬の幸せも逃さまいと、甘美な口づけを味わった。この密な時間の時だけは嫌な事も不安な事も忘れられる。

 それからどのくらい没頭していただろうか。長い間、濃密に絡み合っていたが、ふとした瞬間、異変に気が付いた私はビクッと躯を震わせた。アクバールの手がおんなの膨らみを愛撫し始めたからだ。

の膨らみを愛撫し始めたからだ。

「アクバール様!」

 思わず私は唇を離して彼の名を叫んだ。アクバール様は何事かと目を剥いている。

「なんだ、立ったままが嫌なのか? だったら寝台に」
「そ、そうではなく大変な問題が解決されていない今の状況で、この先をやっていいものかと思いまして」
「オマエは口づけだけで満足なのか?」
「そ、それは……」

 私には明らかに飢餓感があった。数日間、アクバール様に触れられていなかった分、今猛烈に躯は彼を求めている。

「悪いがオレはここ数日間、オマエに触れられない禁欲生活で、どうにかなりそうなんだ。このまま何もせずに眠られるほど、オレは出来た人間じゃないぞ」

 気持ちはアクバール様も一緒のようだ。彼の言葉はこのまま流されてもいいと、私の理性をいとも簡単に溶かしていった……。





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