Please48「暗躍は密やかに②」―Akbar Side―




 ――やはりここに来たか。

 中庭のティータイムの様子が良く見える垣根に隠れた東屋に、ある男がやって来た。ソイツは由緒ある公爵家の四男だが、それは名ばかりの盆暗ぼんくら。しかし、金持ちの風格さと華やかな容姿に騙される貴族の娘もいるだろう。

 実際はろくに働きもせずに時間を持て余しているボンボン。今もこうやってこの場所・・・・に赴けるほど暇のようだ。奴はオレの顔を見るなり、みるみると蒼白となっていった。

「アクバール王太子、何故貴方がここに! それにクレーブス殿も……」

 目の前の男は動揺しつつも、明らかな敵視を向けていた。分かり切っていたが歓迎されていないな。オレは男とは真逆の毅然とした態度でいた。そして失声の芝居をしているオレの代わりにクレーブスが話を切り出す。

「フィヨルド・ドゥーブルですね? 王太子から貴方にお話があります」
「!」

 ドゥーブルのさっきまで張っていた虚勢は何処にいったのやら。オレに過去のヴェローナとの仲を咎められるとでも思ったのか。奴は今にも冷や汗を流しそうな勢いで、顔を強張らせている。

 ちょうど中庭では優雅に茶を嗜むヴェローナの姿もある。今も隠れて彼女のストーカーをやっているからか、余計に緊張しているのだろう。少々奴が不憫に思えたが、オレはとっとと事を済ませたい。

「何のお話でしょうか」

 ドゥーブルは上擦った声だが警戒心剥き出しで問う。

「未だにヴェローナ様を追いかけているのですか? 未亡人となった彼女の隙を狙っていると?」

 オレはクレーブスに敢えて挑発的な内容で問うように命じた。

「!! ……い、いきなり何を言うんだ! 私は何もヴェローナ様を狙うような真似はしていない! 全く彼女とは無関係だ!」

 早速ドゥーブルは敬語を崩して狼狽えていた。こうまで直球に訊かれるとは思わなく、身構えが崩れたのだろう。とはいえ、咄嗟に自分はヴェローナとは無縁だと言い切れるところが厚顔だ。

「そうなのですか? ヴェローナ様が貴方を近づけまいと、近衛兵の数を増やしたと聞きましたが、それは何かの間違いでしょうか?」
「な、な、なんという事だ! ヴェローナ様の守衛が多くなったのは王太子の差し金だったのか!」

 ――は? なんだコイツ? 勝手に内容を脳内変換してないか?

 オレに訳の分からん言い掛かりをつけてきた。何がどうなってオレがヴェローナの近衛兵を増やした事になった?

「何故、王太子の差し金という話になるのですか?」
「ヴェローナ様のご意思で私を遠ざけるわけがない! 何故なら彼女は私を愛しているからだ! だからあの近衛兵達は彼女ではない人間が用意したのは分かっている! やはり睨んだ通り、王太子、貴方だったわけだ!」

 ――おい、ちょっと待て、被害妄想もいいところだ。

 オレは唖然となる。クレーブスは実にもの言いたげな眼差しを送ってきている。

『アクバール様、ドゥーブルヤバすぎて恐ろしいのですが?』
『見れば分かる。いいから早く計画通り話を進めろ』

 クレーブスは「え~面倒!」とでも言うような雰囲気を醸し出したが、言われた通りに口を開く。

「ヴェローナ様が貴方を愛しているわけありませんよね。愛しておられるのであれば、近衛兵がいようがいまいが、貴方に接してきますよ」
「違う! ヴェローナ様は二十年前から私だけを愛している! そう、私とヴェローナ様はあの時からずっと愛し合っているんだ!」

 ドゥーブルはかなり狂気を孕んでヤバイが、昂奮している今がチャンスだ。ここぞとばかりに一撃を食らわせれば、何か情報を漏らすかもしれない。

『クレーブス、今がチャンスだ。攻め落とせ』

「それこそ違いますよ。ヴェローナ様は別の男性を好いておられますから」
「それが王太子、ご自分だとおっしゃいたいのですか! なんていう傲慢な人なんだ!」

『馬鹿いえ。オレはレネット一筋だ』

 思わずそう声に出して言いかけたが、クレーブスがいち早く奴に告げる。

「馬鹿を言わないで下さい。王太子はレネット妃殿下お一筋です」
「だったらアイツ・・・か! やっぱりアイツも怪しいと思っていたんだ!」

 ドゥーブル口走った「アイツ」という名にオレはガッと食らいつく。

「アイツとは誰ですか?」
「決まっているだろう! バレヌ・ブリュスだ!」

 オレは顔が緩みそうになるのを必死で抑える。それはクレーブスも一緒だ。ヤツの無機質な顔に「やりましたね」という喜悦が交っていた。

 ――やはり繋がっていたか。ヴェローナとバレヌは……。

 上位に欲しかった情報がこうも初っ端から出るとは、どうやら幸運の女神はオレに味方をしてくれているようだ。

「なるほどバレヌ・ブリュスですか。私も王太子も彼は怪しいと思っていました。一見、ヴェローナ様とは繋がっていないようにみえて、裏でコソコソと関係があったようですね」
「や、やはりそうか! アイツがヴェローナ様と! アイツはとんだ狡猾な人間だからな!」
「狡猾とはなんですか?」
「分からないのか? 裏でアイツがヴェローナ様と繋がっていると知っているのであれば、奴の狡猾さが分かるだろう! アイツは裏で直接ヴェローナ様とはやり取りせず、間に使者を入れて接している! そんな密な関係は怪しいと思っていたんだ!」

 ――なるほど、そういう風に繋がっていたわけか。

 あの二人が裏で密会しているなど、下手な話をしなくて良かった。間に使者を入れて接しているのは奴等の関係を隠す為だ。叔父上派として繋がっている事を嗅ぎ取られない為だろう。そして間に入っている使者は叔父上派の人間だろう。

 ――にしてもよくもまぁドゥーブルはヴェローナの裏事情を知れたものだ。どうやって知ったのか知るのも怖いな。

「そもそも貴方はよくヴェローナ様がブリュス殿と裏で繋がりがあるとお分かりになりましたね?」

 オレは知るのが怖いと思っていた事をクレーブスはハッキリと知りたいようだ。

「そ、それは貴方がたには関係のない話だ! それともなんだ? 私が偽りを言ったとでも疑っているのか!」

『いやコイツは嘘を吐いていないだろうな』
『私もそう思いますよ』

「いえ、貴方が偽りを言っているようには見えません。……ちょっと失礼」
「な、なんだ! 急に触れてきて!」

 クレーブスは何を思ったのか、ドゥーブルの手の甲にそっと触れた。

「失礼致しました。虫が止まっていたように見えて追い払おうとしたのですが、何処かに飛んで行ってしまいました」

 クレーブスはシレッと嘘をぶっこいた。

『今、ドゥーブルの記憶に触れました』
『魔法を使ったのか?』

 上級魔導師ともなれば、ごく近い過去の記憶を呼び起こす事が出来るらしい。確か記憶の巻き戻しの術とかなんとかだったか?

『はい。どうやらドゥーブルは使者をヴェローナ様の新しい男だと勘違いしたようです。それで使者にヴェローナ様に近づくなと釘まで刺したみたいですよ』
『相変わらず怖い奴だな』
『使者がヴェローナ様との関係を否定しても、信用しなかったドゥーブルは使者をとことん調べ上げ、そこで彼がバレヌとも接触している事を嗅ぎ付けたみたいです。使者がヴェローナ様とバレヌの間を頻繁に訪れており、それでドゥーブルは二人の関係を怪しんだようですね』
『なるほど、そういう事か』

 そこまでのストーカー行為をやるから警戒され、ヴェローナの近衛兵が増やされたわけだな。ドゥーブルが邪魔な存在だと思っても、これでも奴は由緒ある公爵家の人間、下手に消せないのだろうな。
v  それに実際にヴェローナと深い仲であった事も事実だ。憶測だが中立派のヴェローナが叔父上派に成り下がったのも、ドゥーブルとの仲を知られ脅されたとみるのが有力だ。過去の過ち一つで、これまで彼女が積み上げてきたものが崩れ落ちるからな。

『だが、実際にヴェローナとバレヌの密会現場を見たわけではないのだな。二人が繋がっているのは確かだろうが、決定的とは言い難い。ところでクレーブス、使者が誰か分かるか?』
『はい、あれはヴォルカン様派の防衛省に所属するスコッチ・パインです』
『ソイツの記憶を読み取り、ヴェローナとバレヌの関係を引き出すぞ』
『そうですね、そうしましょう』

 確実な証拠を掴む糸口が見つかり、オレとクレーブスは薄っすらと笑い合った時だった。

「あら? そちらにいらっしゃるのはアクバール王太子とクレーブスさんではありませんか?

 突然、澄んだ女性の声に呼ばれた。

 ――この声はヴェローナ?

 ここでまさかの彼女の登場だ。彼女はオレとクレーブス以外の人物がいる事に気付かなかったのだろう。

「ヴェローナ様!!」

 感極まって震えているドゥーブルの姿を目にした時、表情の温度を失われていった。

「貴方……」

 ヴェローナは底冷えしたような声で呟く。昔ドゥーブルと恋人同士であったのが嘘のようだ。そして東屋の外で茶を楽しむ貴婦人の笑い声と反対に澱んだ空気が纏っていた。

「王太子、クレーブスさん、宜しければご一緒にお茶でもいかがでしょうか?」

 ヴェローナは話題を変えるように、オレの腕を引いて茶に誘う。まるでドゥーブルを避けるような行動だった。

『いやオレはそれどころでは……』

 そう断りたいのだが、生憎オレは声を出す事が出来ない。

「ヴェローナ様! 王太子はお忙しい方です。茶なら私が一緒に!」

 横からドゥーブルが率先して茶会に入ろうとしていたが、ヴェローナは奴の事を一瞬たりとも見ない。

「王太子、申し訳ございませんが、ここは私に合わせてこの場から去って下さると有難いです」

 こっそりとそうヴェローナから囁かれ、オレは断るタイミングを失って連れられて行かれる。背後からドゥーブルの気の毒な声が聞こえてくるが、ヴェローナの近衛兵達が集まってきて、これ以上奴は声を上げなくなった。

 そしてヴェローナに合わせたこの親切心が後にとんでもない事件を起こす。ドゥーブルの目はバレヌへ向けさせたつもりだったが、今回のヴェローナのやりとりで奴の怒りの矛先はオレに向き、さらにレネットにまで及んだ。

 後日、ドゥーブルはレッスン中のレネットの馬を暴走させ、彼女を拉致した。それもオレが監禁されている時だ。そうタイミング良く起きたのは裏であの魔法使いが手を引いていたからだ。

 分が悪いながらも、オレは叔父上派の人間が尻尾を出すのをジッと待っていた。そして、その絶好のチャンスが巡ってくる。駒達自らオレの前に現れたのだ。

 ――やっとだ、オレはこの機会は決して逃さない……。





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