Please24「朝からしどけない姿で」




 意識が微睡みの中を彷徨っているのだろうか。視界がぼんやりとしている。このままこの心地好い微睡みの中にずっといたいという葛藤と闘いながら、私は重い瞼を開いていく。すると……?

 ――………………!?

 至近距離にある絢爛なそれ・・を認識するのに、時間差が生じた。有り得ない、信じられないという驚きがあまりにも大き過ぎて。

「きゃぁああ!!」

 身の危険を感じた私は仰向けから躯を起こして悲鳴を上げた。それに相手・・はギョッと目を剥いて、私から少しだけ距離・・・・・・をとる。

「な、な、何故こちらにクレーブスさんがいらっしゃるのですか!」

 敬意も礼儀も何も考えずに、私は本能的に思った事を口にした。何故か目の前にクレーブスさんがいる。彼は私が目を醒ました時、有り得ない至近距離で、私の寝顔を見下ろしていたのだ。

「おはようございます、レネット様。お目覚めのお時間ですので、起こしに上がりました」

 動揺している私とは反対に、彼は優雅に微笑んで答えた。

「お、起こしに来たって、そ、そちらはサルモーネさんとオルトラーナさんのお役目ではありませんか!」

 昨日まではクレーブスさんが起こしに来る話になんてなってなかった。だからすっごく怪しい!

「レネット様、相変わらずアクバール様と仲が宜しいのですね」
「はい?」
「私は全く構いませんが、大事なお躯が少々露出なさっていますよ?」
「え?」

 私の話とは全く関係ない話を出され面食らったが、言われた内容がこれまたとんでもない事であり?

「きゃぁああああ!!」

 二度目の叫びは自分でも驚くほど酷いものだった。自分の姿を目にして瞳が飛び出すかと思った! 上半身に何も纏ってない。いや下も何も穿いていないし。しどけない姿で、私は掛けシーツを頭の上までスッポリと被った。

 ――アクバール様以外の男性に、は、裸を見られてしまった!

 ブルブルと躯が粟立つ。既にここにお嫁に来ているけれど、もうお嫁に行けないという心境となった。こんな姿なのも、昨日湯槽でアクバール様と……ごにょごにょ。確か彼が私をここまで運んでくれたのだろう。

 裸体の理由は分かっても、よりによってそれをアクバール様以外の男性に見られてしまうだなんて。なんだか自分がとても不埒な行いをしてしまったように思えて、背徳感に苛まれる。

「レネット様、お気持ちは分かりますが、そろそろお仕度を願います」

 シーツを被った頭の上から至って冷静な声が聞こえてきて、それはそれで驚いた。クレーブスさんは女性の躯を見ても、動揺一つしていないように見える。それだけ私の躯に魅力がないと言われれば、それまでなのだけど。

 私はそろりそろりと目元の下まで掛けシーツを脱ぎ取る。目だけ覗かして、じとっとクレーブスさんを見つめる。彼は私と視線を重なると……嫌に綺麗な笑みを零した。それに私はとてつもなく嫌な予感がした。

「レネット様は本当にアクバール様を愛しておられるのですね」
「へ?」

 こ、今度は何? 再び虚を衝かれ、私は酷く狼狽える。わ、私がアクバール様を愛しているとかって何の話なの?

「な、何故そのようなお話を?」
「レネット様はアクバール様を愛しておられるのですよね?」
「!」

 何故かクレーブスさんは真顔でズンズンとせっついて訊いてくる。なんでそんな恥ずかしい質問を答えさせようとしているのか、私には全く意味が分からない。

「そ、それは……」

 喉元で言葉の閊えを感じる。本来であれば、すぐに「はい」という答えが出てくるのだろうけれど、私は懊悩する。「はい」と答えられるほど、彼に対する愛に自信がないし、「いいえ」と答えてしまうのも寂寥を感じさせる。

 どちらの答えをとっても心に違和感を覚えるのだ。上手く適当に誤魔化せないものかと、考えれば考えるほど、泥沼に浸かっていくようで答えづらくなる。

「まさか愛しておられないのですか?」

 尚も質問を重ねられてしまい、私は散々悩んだ末ポロリと答えが口から出ていた。

「……愛して……います」

 とてもとても小さな声量だった上に俯いて答えたものだから、きっとクレーブスさんには聞こえていないだろうと思ったのだが実際は違った。

「そうですよね。愛しておられなければ、貴女は王宮ここにはいらっしゃいませんものね」

 そうクレーブスさんから言われて「はい」と、答えて良かったのかもしれない。「いいえ」で答えていたら、なんで王宮ここまで来たのか問い質されても困っただろうし。

「それに……」
「?」

 まだクレーブスさんの言葉は続いていた。

「愛してもいない者から、など付けさせないでしょうし」
「は……い?」

 ――な、なに印って?

 クレーブスさんはジーッと私の鎖骨の辺りに目を留めている? 嫌な予感しかなく、私はそろ~っと視線を鎖骨辺りに落とした。

「……いっやぁああっ」

 肌に鬱血はなが散らされていて、それが何を意味するか、世間知らずの私でも察してしまった。これはさすがによそ様に見せるようなものではない! 私はまた掛けシーツをスッポリ頭上まで被った。

 ――も、もう! アクバール様のバカバカバカ!

 湯槽の時には鬱血を付けるような行為がなかったから、私が寝ている間に付けたのよね! 寝ている人をどうこうしないって言ってたのに嘘つき嘘つき!

 ――バッタ―ン!!

 シーツの中で悶絶していた時に、勢い良く扉が開かれる音を耳にした。それと同時に、

「レネット妃殿下! どうなさいましたか!」

 女性の切羽詰まった声が耳に響いてきた。

 ――この声は?

 思い当たる人がいて、私をヒョコッと顔の部分だけ覗かせ、相手を確認する。

「サルモーネさん?」

 クールな彼女の表情に険が含まれていて驚く。彼女はすぐに私の元へと駆け寄って来てくれた。

「どうなさいましたか! 扉の向こうからでも貴女の悲鳴が聞こえてきました」
「そ、それは……」

 サルモーネさんに問われ、私はチラリと彼女の後ろに立つクレーブスさんを見遣る。

「きゃあ~~!! 変態がいるわ!!」

 ――え?

 口調は女性だったが男性の叫び声が聞こえてきた。そして扉の前でオルトラーナさんが幽霊にでも遭遇したような驚愕した顔で立っている。さっきの叫び声は男性じゃなくて彼女の声だったようだ。

「変態って何なのさ? 身分の高い人間に随分な物言いだね? 怒るどころか呆れ返ってしまうよ、オルトラーナ」
「申し訳ありません、妃殿下の寝室に王太子以外の男性が立つだなんて、変態の何者でもないと、本能的に叫んでおりました。どうかお許し下さい」

 口調は穏やかだけど、憮然とした態度のクレーブスさんは異様に凄味があって気圧される。でもオルトラーナさんは全く怯む様子もなく、淡々とした様子で詫びを入れた。

「私だと気付いて叫んでおきながら全く。私だから大目にみてあげるけどさ、これが他者なら不敬罪に問われるところだよ」
「以後、気を付けます」
「サルモーネ、オルトラーナの教育にも精を尽くすように」
「承知致しました」

 注意の目はオルトラーナさんだけではなく、サルモーネさんの方にまでいってしまった。サルモーネさんの表情が硬いよね? 微妙に怒気を孕んでいるようにも見える。それはクレーブスさんに対して怒っているのではなく、オルトラーナさんに対してだ。

 きっととばっちりがきたと思ったのだろう。後でまた二人が言い爭いにならないかが心配になってきた。そんなこんなんと考えている間にも、なんとも言えない微妙な空気が流れ始めていた……ところにだ。

「あの、何故こちらにクレーブス様がいらっしゃるのですか?」

 オルトラーナさんから尤もな質問が出た。それは私も是非知りたい。だってサルモーネさんとオルトラーナさんがこうやって来たという事は私を起こす係は二人の筈だ。そしたらクレーブスさんがここに来た理由というのは……。

「……まさか」

 ここでオルトラーナさんが私の姿を捉えた。そ、そういえば私の今の格好って、いくら掛けシーツで躯を覆っていても裸体は裸体。それに気付いオルトラーナさんが思う事と言ったら?

「オルトラーナ、今馬鹿な考えをしたね? 私がレネット様に無体を働こうとするわけがない」
「!」

 クレーブスさんの言葉に、私の両肩が飛び上がった。今の彼の言葉、ほんの少しだけ私も疑ったりもしたけど、さすがにそれはおこががましい考えだと思って、払拭していたのだけれど。

「では何故、こちらの部屋へと勝手にお入りになったのですか?」

 オルトラーナさんが目を細め、鋭く突っ込んだ。

「今日、レネット様のお姿を見掛けなかったからだよ。予定では午前からスケジュールが立て込んでいた筈。既に時刻は正午を迎えようといるし」

 ――え?

 クレーブスさんの言葉で気付いた。随分心地好く眠っていたと思ったけど……私は血の気が引いていった。

 ――今、そんな時間なの!? 初日から大寝坊じゃない!?

 大失態を犯してしまったように、私はあたふたと慌てふためく! ところが、そこに意外なフォローが入った。

「そちらに関しましては王太子から今朝、スケジュール変更の申し立てを頂きました」

 冷静沈着に応えるサルモーネさんの言葉に、私は息を呑んだ。

 ――スケジュール変更? いつの間に?

「アクバール様から?」

 私と一緒にクレーブスさんも驚いてる。

「さようです。妃殿下のお疲れが思ったよりも大きいと窺い、急遽午前中のスケジュールは午後のスケジュールに簡略的にでも組み込むようにと申し付かりました」

 サルモーネさんが補足説明を加えてくれた。

 ――そうだったの。

 アクバール様、私に気を遣って下さったんだ。ご自分はきちんとお仕事に行かれたというのに。

 ――優しいなぁ。

 と、素直に感動した。昨日のご褒美の件があったから? ポワ~ンと昨夜のアクバール様との睦事を思い出して、顔にジワジワと熱が集約してきた。と、とにかく今日アクバール様に会ったら、お礼を言おう。

「またアクバール様は勝手な事をして下さる」

 クレーブスさんが軽い溜め息を交えて零した。

「事情は分かったよ。ところでレネット様、今お躯の方は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「でしたら昼食を召し上がった後、午後の行事へとお入り下さいませ。今宵はまた大きな祝宴会がございますので、そちらの準備を至急願います」
「は、はい」
「では私は仕事に戻ります」

 クレーブスさんは敬礼されると、そのまま私達に背を向けて部屋を後にした。彼、さっきの様子からして寝過ごしていた私に、少なからず良い感情を抱いていなかったよね。

 午前から入っても忙しないスケジュールだというのに、その午前の時間を潰してしまったのだ。午後の時間のみで、あの内容を熟すのかと考えるだけで、クラリと眩暈が起きそうだった。

「結局、クレーブス様の不法侵入の件は上手く逃げられてしまったわよね」

 オルトラーナさんが腕を組み、ブスッと表情をして呟いた。

 ――そ、そういえばそうだった。

 侵入した理由は聞いておきたかった。またヒョッコリ入って来られても困るし。

「クレーブス様を信用していないというわけではないけれど、念の為、王太子に今日の件を伝えておいた方が良いかもね」
「そうだな」

 オルトラーナさんに感謝! そうしてもらえると有難い。サルモーネさんも同意したし、きちんとアクバール様に話が通るだろう。

「じゃぁ、サルモーネから宜しく」
「は?」

 オルトラーナさんはアクバール様に伝える役を何気なくサルモーネさんへと託したのだが……サルモーネんさんは「なんで私が?」という不満の顔を見せている。

「知っているでしょ? 出来るだけ私はあの王太子とは口を聞きたくないのよ」

 オルトラーナさんはシレッと当然のようにこう答えた……。





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