Please19「祝宴会の裏側で」―Akbar Side―




 この祝宴会はオレの帰還を祝うのとは別に、もう一つの目的がある。今ここにアイツがいない事を絶好の機会とし、ヤツにまつわる情報を収集する。まずアイツの人間関係からだ。特に魔法使いに繋がる情報を第一に、また執政の流れや王都の情勢を知る事も重要だ。

 まぁ、この祝宴会の中にアイツの手先が紛れ込んでいるだろうが、別にそれはそれで構わない。所詮それらは駒に過ぎないからな。アイツと関係性の深い人間はここに参加するとは思えなかった。

 現この王宮には王太子派、叔父上派、そのどちらもでない中立派の三つが存在し、今この広間にいる殆どの者が王太子派か中立派だ。今ならアイツに関わる情報を好きに手に入れられるわけだ。

 他愛ない世間話から、さり気なく欲しい情報を引き出していく。これには巧みな話術が必要だが、そのすべは散々と学ばせられた。失声していたあの二十年間、オレはのうのうと暮らしていたわけではない。

 執政に関わる専門の人間やあらゆる分野の多聞博識の人間を教師としてつけ、知識を存分に叩き込まれた。王都に居た頃とは比にならない地獄の日々、まさに血が滲むような思いだった。

 なんといっても失声を患っているおかげで勉強の効率が悪い。さらに教師達にあの辺鄙な森まで来てもらう面倒もあり、なお進捗が遅れていた。それでもオレは辛抱強く耐え、何年も勉学に勤しんだ。

 二十年もの月日が経ち、ようやく呪いが解け王位の座を奪還出来る機会が来た。その目的をもったオレは何の前触れも知らせずに、この王宮へと戻った。アイツはきっとまた全力でオレを排除してくるだろう。

 こちらはこちらで一番狙っている事はアイツと例のあの魔法使いとの繋がりだ。そこはこの二十年間、いくら調べても全くボロが出ない部分だった。無いのであれば粗が出るように仕向ければ良い。それがオレの帰還という形だった。

 ――アイツは何処かのタイミングで必ず魔法使いと接点を取る。

 そうオレとクレーブスは睨んでいる。

 ――魔法使いさえ捕まえてしまえば、何も怖いものはない。

 アイツも今すぐ魔法使いとどうこう行動を起こせないだろう。何故ならこの王宮には魔物や魔法使いといった生き物から守っている魔導師達の目がある。容易に魔法使いとコンタクトは取れまい。

 アイツが悶々としてる間に、オレはレネットを連れて情報収集に勤しむ。レネットは初めての社交デビューだというのに、懸命に笑顔を振り捲いて応対していた。さすが厳しい英才教育を受けただけあって、本領発揮している。

 ――パーティが終わったら、何か褒美でもやろう。

 そして頃合いをみて、レネットを母上に紹介しようと思っていた。オレはずっと母上には悪いと思っていた。計画があり、婚姻前にレネットを紹介する事が出来なかった。だが、母上は快くレネットを迎い入れてくれた。そう思っていたのだが……。

 ――レネットの様子がおかしい。

 そう気付いたのはオレが貴婦人達と談話をした後だった。レネットに目を向けると、彼女の顔が緊張とはまた別の意味で強張っていた。母上と話をしていたが何か言われたのだろうか。

 母上は簡単に人を傷つけるような人ではない。……だが、彼女達の間の空気が微妙に強張っている。どうしてこうなった? まさか母上が一人息子を取られたと嫉妬されたのか、それとも挨拶無しに番いとなったレネットに不満をぶつけたのか。

 いや、それは有り得ないな。母上はそのような狭量の持ち主ではない。もし母上が何か言ったのであれば、余程の理由・・・・・がある筈だ。それよりも今は早くここからレネットを連れ出す方が先か。

「母上、この辺りで失礼致します。まだ挨拶をしたい人がおりますので」

 尤もらしい理由をつけ、オレはレネットの手を引いて、その場から去った。母上から離れてすぐにレネットへと問う。

「何かあったのか?」
「え?」

 森のように深みのある双眸グリーンが大きく揺らいだ。やはり何かあったな。だが、

「何も……ありません」

 レネットはけぶるような睫を伏せて、何も話そうとはしない。相手が母上だからか。話したくても簡単に口を割る事が出来ないのだろう。

 ――今すぐここで話をさせる事もないか。

 折りを見てまた聞き出せばいい。それよりもさっきまでレネットは愛想笑いを振り捲いて、だいぶ疲れている頃だ。そろそろ休ませてやらんと。

「そうか。慣れないなりに笑顔を振り捲いて疲れたのだろう。料理でも口にして休んでおけ」
「大丈夫です。まだご挨拶が残っていますし」
「無理をするな。ちょっと来い」
「え? アクバール様?」

 オレは再びレネットの手を引き、料理が並ぶテーブルの前までやって来た。近くにきた使用人に料理を盛ってもらい、その皿をオレは受け取る。

「ほれ、甘い物でも食べれば気分も上がるだろう?」
「え? あ、あの、あの?」

 レネットはオレと料理を交互に見つめ、困惑していた。その様子をオレは怪訝に思う。

「どうした?」
「あ、あの、じ、自分で食べられますから!」

 今の言葉でレネットが躊躇っている様子が分かった。オレは彼女に皿を渡して食べろと言ったのはでなく、フォークに刺したドルチェを彼女の口元に差し出しているのだ。

「遠慮するな」

 ここで食わせてやらんと、彼女は何も食べず挨拶に回るだろう。祝宴会が終了するまで時間は長い。休める時に休んでおかないとな。

「え、遠慮などしていません。た、食べさせて頂く事が、は、恥ずかしいんです!」
「なんだ? オレとはもっと恥ずかしい事をやっているだろう? 今更これぐらいで恥ずかしがる事もないぞ」
「な、な、何をおっしゃるのですか!」

 レネットは耳の付け根まで朱色に染めた。どうやらオレとの睦事でも思い出したのだろう。分かりやすいヤツだ。

「閨より恥ずかしい事はないだろう? ほれ、素直に食べろ」
「うぅ~」

 レネットは眉根を下げ、フォークに刺さったドルチェを見つめる。オレが彼女の口元にドルチェを近づけると、渋々と口を開けた。ドルチェが口の中に入ると、彼女の表情がパッと明るくなった。美味いのだろう。そして咀嚼した後、満面の笑顔になる。

「とても美味しいです!」
「そうか。じゃぁ、遠慮せずに食べろ」

 そう言ってオレはまたドルチェをフォークに刺して差し出した。やはり彼女は躊躇うが、その内に諦めたのか、素直に口にするようになる。食べる姿が小動物みたいで愛らしく、オレは餌をあげている親鳥にでもなったような気分だ。

 周りから「仲が良い」と声が上がる度に、レネットは頬の赤みを深めていたが、オレは気にもせずに……とはいえ、そういった視線・・・・・・・に関してのみだ。好奇の視線に交じって別の視線を感じる。

 ――アイツは何処にいる?

 オレは視線を巡らせ、クレーブスの姿を探す。……居た。アイツ、華を飾った貴婦人達に囲まれ、締まりのない顔をしている。ちゃんとオレが言った仕事をやっているのか?

 ――クレーブス!

 オレは怒気を孕んだオーラを放って、ヤツの名を心の中で叫ぶ。すると、ヤツはハッと顔を引き締め、視線を彷徨わせる。オレの姿を見つけると、貴婦人達の輪から抜けて、こちらへとやって来た。

 さっきの現象だが、オレが心の中で呼びかけると、その声をアイツは拾い上げる事が出来る。アイツの高い魔力のおかげで、オレは声を失っている間もアイツと会話をする事が出来た。今もその能力は健全のようだな。

「アクバール様、お呼びしましたか~?」

 クレーブスは能天気な口調をしていて、まるで危機感がない。そしてヤツの視線はオレから逸れてレネットへと移った。

「こんばんは、レネット様。今宵のドレス姿は大変お綺麗ですね。グリーンのドレスがよくお似合いで、何処の森から抜け出した美しい妖精なのだろうと、自分の目を疑ってしまいました」
「は、はぁ」

 クレーブスの訳の分からん褒めにレネットが完全に引いている。妖精は架空の生き物だが、物語などでは大変美しい生き物だと綴られている。確かにレネットは妖精のように愛らしいが、クレーブスのヤツ、色々と気が緩んでいないか?

「クレーブス、言われた事を忘れてないよな?」
「勿論、忘れるわけがありません。きちんと任務を全うしていますよ」

 ヤツからふざけた様子は消え、鋭い表情へと変わった。冗談ではなさそうだな。

「駒は一匹ではありませんからね。アクバール様が片時もレネット様から離れないものですから、駒達も身動きが取れないのでしょう」
「オレはレネットから離れるつもりはない」

 彼女を守ると約束している。オレが離れたら駒達の餌食となるだろう。現に虎視眈々と目を光らせている輩が目につく。あれらはすべて叔父上派だ。

「何処の悪い虫がつくか分からないからですか?」
「そうだ。色欲を抱く愚か者の他に厄介な虫がいるようだ。当然それにオマエも気付いているだろ?」
「勿論です。私に抜かりはありませんから、……ってなんですか、その胡乱な眼差しは?」
「オマエ、さっきまで女に囲まれて締まりのない顔をしていたからな。信憑性にかけるだろう」
「演技ですから」

 シレッと答えたな、なんの躊躇いも無しに。ここまで太々しい神経はアイツ・・・と匹敵するんじゃないのか? ……いいように考えれば、これぐらいの図太い神経がなければ、アイツと対立出来ないぐらいの考えでいようか。

「クレーブス、引き続き頼んだぞ」
「アイアイサー!」
「…………………………」

 やっぱふざけてんな。まぁ、責任もってやっているのであれば、なんでもいいが。返事をしたクレーブスはオレ達から離れると、軽やかな足取りで……また貴婦人達の輪の中へと入っていった。

 ――思うんだがクレーブスをあんな好き勝手にさせて大丈夫なのか。……とはいってもあ奴・・も変わり者だからな。普通の考え方とは違うのか。

 オレは軽く溜め息をついた後、隣にいるレネットに意識を戻した。

「済まなかったな。クレーブスと話し込んでいて」
「いいえ、大丈夫です。お仕事の話でしょうから」
「あぁ。……食事も途中だったな。ほれ」

 オレがまたドルチェを食べさせようとすると、レネットは頬を染め、モジモジとした様子を見せる。さっき素直に食べていたってのに、ちょっとの間でまた羞恥を抱くようになったのか。

「どうした?」

 オレはわざとらしくレネットに問う。

「やはり人前ですし、あまりこういうのは」
「オレ達は夫婦だろう? 恥ずかしがる事はないぞ」
「そ、そうですけど」
「いいから食え。ここで食わないと後が持たないぞ」

 オレの念押しにようやくレネットは口を開く。抵抗を見せるが、ドルチェを口にすれば笑みを零すんだな。オレは微笑ましく彼女の食べる様子を見つめる。

「あ、あのアクバール様は召し上がらなくいいのですか?」
「あぁ、そうだな。では今度はオマエがオレに食べさせてくれ」
「!」

 今のレネットの顔はさすがに噴き出しそうになった。ちょっとからかうつもりが、本気でからかいたくなる。彼女を見ていると、心が清廉される。彼女とのこの時間を純粋に楽しめたらどんなにいいか。しかし、オレは心の中の目を鋭く光らせた。

 ――駒の目がうざったいな。

 あれらの駒がこの先、どう動くのか様子をみるとするか……。





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