Please15「専属の女官」
「あの、あの……あの、お、お話では女官の二名が来られると聞いていたのですが……」
私は挙動不審なのかと思うほど、おずおずとした様子で目の前の相手に問う。寝室を案内された私だが、その後、女官が挨拶に来るという話であったから、大人しく部屋で待っていた。
程なくして部屋を訪れてきた人物が。てっきり女官の方々だと思って扉を開けたら、予想が外れて毒気を抜かれる。アクバール様のような見事な銀髪をもつ短髪ヘアーの男性が立っていた。透明感があって美しい人ではあるけれど、表情が無機質で怖い。
身なりからクレーブスさんやテラローザさんほど華やかではないから、彼等より身分は高くないのだろう。私は数秒と彼を見た後 、すぐに視線を逸らしてしまった。相手には失礼だと思ったが、私は本当に男性に対して免疫がないから怖い。
「レネット王太子妃、私は女ですが」
「へ?」
相手の返答で、私は淑女ならぬ声を発して顔を上げた。
――い、今の声!? それに今、この方はなんて言った!?
私はマジマジと不躾な視線で相手を凝視する。外見はどう見ても男性だ……よ……ね? でも声が私よりもずっと高く可愛らしい女性の声だった! う、嘘、本当に女性!? うぅ~よく見てみれば異様に肌が綺麗だ。輪郭に男性らしい凹凸さもない。
――ほ、本当に女性なんだ!
私はあんぐりとした間抜けな表情となった。
「ぷっ、ははっ」
「え?」
目の前の女性? の背後から噴き出した笑い声が聞こえてきた。女性が振り返ると、彼女の背後で笑っている女性の姿があった。じょ、女性だよね? 笑い声がなんというかアルトとテノールの間の声で中性的なのだ。す、凄く可愛い人なんだけどな。
フワフワの色鮮やかなブロンド髪と森の荘厳な澄徹 した空を彷彿させる青い瞳、肌が磨き抜かれた陶器のように真っ白で荘厳な滑 らか。高級なお人形さんのように愛らしくて心を奪われる……ほど女性らしいのに、こ、声がね?
「オルトラーナ、なんだ?」
短髪の女性が険しい様子で可愛い女性へと問う。
「いやだってね~。だから前から言ってるじゃない? サルモーネはもっと女性らしくしないと、男だと勘違いされるって」
「これで問題なく仕事は出来ている。今更変える気などない」
「口調も堅苦しいしさ、見慣れない人からしたら男にしか見えないんだって。今後、何処かで支障をきたすかもよ?」
「どうでもいい。それに人の事を言えるのか。オマエのその声、容姿に似付かわしくない男っぽい声をしているぞ」
「失礼しちゃう! 人が気にしているってのに! これは地なんだからどうしようもないのよ! 知っているでしょ? そっちこそ、その容姿で超女らしい声してオカシイわよ!」
「ニューハーフに見えるオマエに言われたくないな」
「誰がオネェだっての!」
えっとどうしたらいいの? 短髪のサルモーネさんと可愛いオルトラーナさんの言い争いが始まってしまった。二人は一体何の目的で、私のところへと来たのだろうか。
「あ、あの……」
私は控え目な声で声をかけた。すると二人がハッとしたように我に返る。すぐにお詫びの言葉と挨拶をしてきたのはサルモーネさんの方だった。
「レネット妃殿下、大変失礼を致しました。私は王太子妃専属の女官サルモーネ・ブリスフルと申します」
「同じく女官のオルトラーナ・ブリスフルと申します。宜しくお願い致します、レネット妃殿下」
サルモーネさんに続いてオルトラーナさんも挨拶をされた。二人とも女官? この二人が私専属の? ……それと、ラストネームが一緒だったような? この二人ってもしかして……?
「はい、宜しくお願いします。あの、お二人は姉妹なのでしょうか?」
「おっしゃる通りですわ。サルモーネとは双子の姉妹です」
「ふ、双子ですか!」
オルトラーナさんの答えを聞いて、私は突拍子もない声を上げた。二人とも見た目も中身も全く似ていない。寧ろ正反対だ。二卵性なのだろうか。
「驚かれて当たり前です。二卵性なので全く似ておりません。似たくもありませんが」
「それはこっちのセリフよ! 本当に似てなくて良かったと思うわ!」
サルモーネさんの多い一言に、またオルトラーナさんが炎上してしまった。この二人、あまり仲が良くなさそうだ。
「あ、あのお二人はわざわざご挨拶に来て下さったのですよね?」
「さようです」
サルモーネさんが短く頷き答えた。
「立ち話もなんですから、中へお入りになって下さい」
いつまでも扉の前で話をさせるのも悪い。私は二人を中に招こうとしたのだが。
「とんでもございません。恐縮ですが簡単なご挨拶と食事のご案内を……「ではお言葉に甘えてお邪魔させて頂きまぁ~す」」
「え?」
サルモーネさんは私に遠慮しようとしたが、反対にオルトラーナさんは躊躇いもなく部屋へと入ってきた。そこに透かさずサルモーネさんから荒々しい声が上がる。
「オルトラーナ! 王太子と妃殿下の寝室だぞ!」
「え? だって妃殿下が良いとおっしゃったけど?」
「愚か者かオマエは! 遠慮というものを覚えろ!」
「サルモーネさん、私は構いませんよ」
私はどうどうとサルモーネさんの前に両手を当てて宥める。
「ですが……」
「本当に大丈夫ですから、サルモーネさんも遠慮なさらずにお入り下さい」
私の言葉にサルモーネさんも渋々といった様子で、中へと入って来た。
「やっぱり王太子と妃殿下のプライベートの部屋は豪奢ね~」
「オルトラーナ、あまり室内をジロジロと見渡すな。失礼に当たるぞ」
部屋に入ってからもサルモーネさんの注意は続く。オルトラーナさんが炎上しなければいいのだけれど。彼女は好奇心旺盛な目をして室内を眺めていた。部屋が豪華絢爛なのは重々に身に染みて分かっています。
「いいじゃない、減るもんじゃないし? それにしても部屋もそうだけど、妃殿下もあの王太子には勿体ないわよね~」
「え?」
一人呟くように零すオルトーナさんの言葉に、私は目を瞬かせる。何か今、アクバール様に対して棘のある言葉だったような気がしたんだけど?
「オルトラーナ!」
サルモーネさんの表情がグッときつくなる。それでもオルトラーナさんは呆気らかんとしていた。
「あら本当の事じゃない? 妃殿下はとても愛らしいし、外見からみて純真なのが分かるもの」
「い、いえ、私はそんな……」
オルトラーナさんの方がよっぽど女性らしい外見で綺麗なんだけど。
「ご謙遜するそのお姿がまさにそう。あんな腹黒王太子に穢されていかないかが、本当に心配だわ」
オルトラーナさんは実に深い溜め息を漏らした。えっと、やっぱり彼女はアクバール様を良く思っていないようだ。その時、何故か胸の奥がチクンッと軋んだ。なんだかとても哀しい気分になるのはなんでだろう。
「オルトラーナ、いい加減にしろ。妃殿下の前で王太子を悪く言うのは不快な思いをなさるだろう」
「妃殿下には王太子のすべてを知っておく必要があると思うわ。あの卑劣な性格を知らず、後で知る方がよっぽど不快な思いをなさるわよ」
――それは十分に思い知らされました。あのような荘厳な卑猥な事 させられて……。
砂を噛むような苦い顔をして、アクバール様への不満の口が止まらないオルトラーナさんを完全にサルモーネさんは呆れ返っていた。
「余計な事を口に出すな。私達の役目は妃殿下の身の周りの世話と教育を任されている」
「これも教育の一環よ。私は妃殿下の前だからって“王太子様は素晴らしいんです!”って口が裂けても言わないわよ」
「それはオマエの私情に過ぎない。妃殿下に変な先入観をもたせてはならないぞ」
もういい加減止めないと駄目よねと、私は思い切って二人の会話に口を挟んだ。
「あ、あの……」
「妃殿下、先程から不躾ばかり申し訳ございません」
ここでやはり真っ先にお詫びを言うのはサルモーネさんだ。頭を垂れ下げているし、彼女は本当に面目のようだ。
「いえ、私は構いませんよ。アクバール様の……その、黒い部分も少しは存じておりますし」
「まぁっ、そうでしたの? レネット様、お若いのになんて寛容な方なのかしら! さすが呪いを解いて下さっただけの事があるお方です」
オルトラーナさんの目が感心に輝いている。
「あ、いえそんな滅相もございません」
「妃殿下、そのような堅苦しい口調をおやめ下さい。貴女は王太子妃です。我々より当然身分がお高いのですから、我々の事もさんとは呼ばず、敬語もご遠慮下さいませ」
恭しい私の口調をサルモーネさんは注意した。こればかりは仕方ない。だって私は少し前まで田舎で暮らしていたしがない侯爵令嬢だったから。いきなり王太子妃の身分は重荷だし、王宮の人間に対して恐縮してしまうのは当たり前。
「妃殿下。ここ王族の最高権威をもつ主がいる王宮です。上下関係はとても厳しく見られます。身分のお高い妃殿下が下位の者に敬語を使うなど言語道断。教育方針が疑われます。慣れないかとは存じますが、どうかご理解下さいませ」
「は、はい」
いきなりの難題がきたな。サルモーネさんの言いたい事は分かる。だけど、いきなり敬語なしだなんて無理だ。
「はいではなく、わかったで宜しいです」
「は、はい……じゃない、わ、分かったわ」
「そちらで構いません」
ほんのりとサルモーネさんから笑みが浮かんでホッとする自分がいる。うぅ~難しいな。慣れるまでの辛抱だけど、時間がかかりそうだ。王宮のしきたりなんて私に身につくのだろうか。
「時期に慣れますわ。そうご心配なさらずに」
オルトラーナさんからも柔らかな笑みで言われ、私はコクンと頷いた。それから続いてサルモーネさんから今後の説明を受ける。
「既に正午は過ぎておりますので、さぞお腹が空いておられるでしょう。この後すぐに昼食をお持ち致します。食後ですが今宵の祝賀会ようのドレスをお選び頂き、そのままパーティの準備にかかります」
「わ、わかったわ」
「他に何かご要望はございますか?」
「えっとそしたら……」
私はグルリと室内を見渡す。勝手に使っていいとは言われているけど、使うにも何が何だか把握出来ていなかった。
「この部屋の説明を少しして頂け……貰えると嬉しいかな」
私の要望にサルモーネさんはテキパキと説明をしてくれた。手短だけど分かりやすいから、すぐに説明が終わる。
「では食後にまた伺います。食事はまた別の人間がお持ち致しますので、それまでごゆっくりと寛ぎ下さいませ」
そう最後にサルモーネさんは言葉を残すと、オルトラーナさんと共に室内から去って行った……。
