第六十三話「想いに戸惑い」
「どちらにせよ、決められるのはエクストラ王です。お答えを待つとしましょう」
牢獄へと監禁された初日、パナシェさんから出された不本意な交換条件。私達の解放にはエクストラ王の退位を求めた。その条件に王が呑まれないとなると、私達は処刑となるのだ。
―――監禁された翌日。
「シャークス、私達どうなるの?」
冷たい石の床に座り、途方に暮れる私はシャークスへ問う。王の決断次第なのだ。シャークスに問いたところでも、答えが出ないのはわかっていた。彼は黒の騎士としての地位はあるけれど、一般市民の私とシャークスの二人の為に、王が地位をお捨てになるとは思えない。となると、私達に残された道は……。
「……………………………」
背中を見せるシャークスは答えなかった。私と同じ心境にいるに違いない。正直まさかの展開だった。今更どうこう言っても、結局は自分で決めて進んだ結果がこれだ。誰のせいでもない。だけど、この先、命を絶つ事になれば…。父さん、母さん、兄さん達はどう思うだろう…。
男系家族で9人の兄達がいる中、唯一私だけが女のコで、そりゃぁ皆から大事に大事に育てられた。シャークスから、ガーネット宮殿で預かる話が上がった時も正直、父さんや母さんは心配して、すぐにはいいとは言わなかった。一人娘がいなくなるのが淋しかったようだ。
でも信頼ある黒の騎士シャークスの申し出があって、許しが出たのだ。……にも関わらず、まさか処刑されるかもしれないなんて。多分、白の騎士様の兄さん達なら、何処かしらで私の情報を得て、父さん達には知らせが行っているかもしれない。
私、本当に親不孝者だ。自分の夢の為とはいえ、いわば欲望の為に、父さん達を一番不幸な悲しませ方をさせてしまうんだ。そしてお別れも言えず、死に別れになるかもしれないなんて…。グッと込み上げる思いに、私は拳を作って堪えた。
「やっぱ、パナシェさんが黒幕だったって事だよね?」
気を紛らわす為に、さらに私はシャークスへと質問を投げた。すると、彼は振り返り…。
「それはまだ確証じゃないよ」
「え?だって他に誰が?」
「……………………………」
シャークスはまた答えなくなった。一体、なにを思っているのだろう?私達は監禁されている身柄の上、パナシェさんへ問いただす事が出来ずにいた。下手な事を口にして、万が一の事があってはと懸念し、なにも問えずにいたのだ。正確には私の身になにかあってはとシャークスの考慮が入っての事だった。
「…スターリー」
「なに?」
いつの間にか私の目の前まで来ていたシャークスと視線が合わさる。すると…?
「オレは君を愛している」
「え?」
「君は?」
ちょ、ちょっとシャークス?こんな時になに言い出してんの!?とても甘いムードになれる気分にはなれないんだけど!だけど、シャークスから、真剣な表情で見つめられ、私は一気に心臓がバクバクと跳ね上がり、大きく動揺する!
「そ、そんな事、急に言われても!」
赤面となっている顔を見られたくなくて、私はシャークスから視線を逸らす!普段から、ちょいちょい告られてはいたけど、冗談に思えて真面目に受け止めてなかった。でも今のこの雰囲気からして、本当のように思えて、どう対応したらいいのか戸惑う。
普段なら、こんな美形で、しかも黒の騎士様の長から告白なんて、夢のようだって舞い上がるところだけど、今この置かれている状況を考えると、素直には喜べない。でももうシャークスともお別れになるかもしれないんだよね。
―――ズキンッ。
突然の胸の痛みと共に、なんだか無性に泣きたい気分に駆られた。シャークスをもう目にする事が出来ないのかと思うと、急に胸が締め付けられる。そして…。
「私は…私は!「お邪魔を致し、申し訳ないのですが…」」
私が言いかけた時、別の人物から声が入り遮られた。私とシャークスは鉄格子の先へと目を向けると、パナシェさんの姿があった。
「王の決断次第で、貴方達二人の時間も限られているかもしれませんものね」
微笑む姿は聖職者らしい柔和な雰囲気ではあったけれど、言葉にはとんだ皮肉が込められていた。王の決断は私達を見捨てるとでも言いたいのだろう。
「お知らせに参りました。明後日ですが、このシルビア大聖堂の塔に、エクストラ王がお越し頂く事となりました。もちろん、その際は民衆も集まる予定でおります」
「王は決断されたのですか?」
透かさずシャークスが言葉を挟む。
「いいえ、決断はその当日まで我々もわかり兼ねる事となりました」
「「?」」
―――どういう意味!?なにもったいぶってんの!?
焦燥感に駆られる私はパナシェさんの態度に、苛立ちを覚えた。しかし…。
「公開日当日に王から決断が下されます。そこで王の退位表明となるのか、貴方達の処刑となるのか当日まで、誰にもわからぬという事です」
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―――運命の日。
朝からバックンバックンと心臓の音が鳴り止まない。それだけではなく、頭もグラグラとするし、躯全体が戦慄わなないていた。これも今日が「例の公開日」であるからだ。とうとうこの日を迎えてしまったのだ。
公開が王の退位表明となるのか、それとも私達の処刑となるのか、どちらにしても悪夢には違いなかった。この公開日を聞かされてから、気が気ではなく、ろくに睡眠をとる事も出来なかった。
シャークスとは王の決断についての話は一切していなかった。口には出さないけれど、やはり処刑の道が有力だろうと思っていた。だから王は当日まで決断を伝えずにいるのだ。
伝えないよりも伝えてしまう方が、ずっと恐怖だもの。これは王なりの配慮なのかもしれない。それでも私は命が救われる希望を捨てずに願っていた。もしかしたら…って。
―――カツカツカツカツ。
鉄格子の先から靴音が聞こえる。牢獄の中にいる私とシャークスは反射的に近づく音へと視線を向ける。目にした人物…パナシェさんの姿に、私の心臓はバクバクとはち切れんばかりに速まった。
「お迎えに上がりました。既に大聖堂の前には本日の公開を傍観しに来た民衆が集まっております」
いわばギャラリーか!この悪趣味め!私はキッとパナシェさんを睨むけれど、彼は涼しい表情を…いや、むしろ微笑んでいるようにも見える。今日のこの日を誰よりも待ち遠しく待っていたに違いない。
この人は本当に聖職者なのか?いや、悪魔に心を売った似非聖職者だ。こんな人がよりによってシルビア大聖堂の大司祭なんておかしいにも程がある!
シャークスは無表情だった。この似非大司祭には思う事がありすぎて、複雑な思いが交差しているのだろう。そして、いつの間にかパナシェさんの後ろから、二人の司祭が現れ、彼等の手には鎖の姿があり…?
「手荒な真似はしたくありませんが、貴方達の動きの自由を拘束させて頂きますよ?」
パナシェさんの言葉に、司祭の男達は持っていた鎖を私とシャークスの手足へと巻き付けてきたのだった…。