Rival2「初めて貴族社会に足を踏み入れました」
「え? オレをお茶会に招待したいって?」
「そうなんだ」
レパード嬢が店に現れて一騒動起こした翌日の事だ。夜にライが報告にやって来た。彼は今日にはレパード嬢へ忠告しに行ってくれていた。彼女はライの前では昔のしおらしい態度で素直に謝罪したそうだ。(オレとの差はなんだ?)
オレには近づかない約束で終わる筈が、レパード嬢はお詫びをしたいからオレをお茶会に招きたいと言い出したそうだ。ライがその場で丁重に断ったにも関わらず、レパード嬢は引き下がらずにオレに訊いてきて欲しいと言ってきた。
「オレ、貴族のお茶会なんて行きたくないぞ」
作法も会話もないだろう。
「オレもレインはそういった事は苦手だと思って断ったんだ。でも彼女から必死になってオマエに訊いてくれって言われて」
レパード嬢はライに嫌われたくないからか、誠意を見せたかったのかもしれないな。
「お詫びは気持ちだけでと伝えてもらってもいいか?」
「分かった、伝えておく。でもその前にもしレインが断るような事があれば、これを渡して欲しいと言われて預かってきた物があるんだ」
「何だ?」
ライは手にしている白い封筒をオレに差し出してきた。
「これは招待状か?」
オレは渡された封筒をマジマジと見つめる。裏面には封蝋まである、ご立派な。
「中身を見てみてくれ」
ライに言われてオレは机の引き出しから小型ナイフを取り出して招待状を開封する。まっさらな紙に綴られた流麗な文字。一通り読んでみると……、
「何て書いてあった?」
「お茶会への誘いだ。しかも彼女の父親からみたいだ。娘がした事へのお詫びだと書かれている」
オレは手紙をライに渡す。
「確かにこれは当主アントイーター侯爵から直々だな」
何故彼女の父親が出てくるんだ。オレが思っている以上に向こうでは大事 になっているのか。
「ライ、これはどうしたら。断っても大丈夫だよな?」
ライは答えずに気色ばんだ顔をしている。どうしたんだ?
「これは侯爵が出てきたら、オレが断りづらいのを分かって出してきたな」
「どういう意味だ?」
「アントイーター侯爵は騎士団を総合的に指揮する武官の一人だ。身分がかなり高い」
「もし断ったらライの仕事に支障が出るという事か」
腹いせに権力でライに何かしてくる可能性があるという事か。
「いやそこまではさすがにしてこないとは思うが……」
あのレパード嬢の父親だからな。ないとは言えないんじゃないのか?
「でも顔は合わせらづらくなるだろう?」
「……多少はな。でもだからといってレインに嫌々引き受けてもらうわけには……」
「オレお茶会に行くわ。それだけでライが仕事しづらいの無くなるわけだろ?」
「レイン、無理しなくていい」
「たかが数時間の我慢だろ? 出来ればライも一緒に行ってくれると心強いんだけど、駄目かな?」
「そうしてやりたいんところなんだが、この指定された日がアカプルコへ視察に行く日と重なっているんだ」
「そしたら一人で行くしかないな」
「大丈夫か? 無理しなくていいぞ」
――ライを守る為だ。行かないわけにはいかない。
「行くよ。でも貴族のお茶会に行けるようなドレスは持っていないんだよな」
貴族との付き合いがないオレはドレスなんて物は持っていない。そんな理由で断れないしな。
「心配しなくていい。オレが用意するよ」
「それは悪いからいい」
「いやオレの為に茶会に行ってくれるんだ。ドレスぐらい用意させてくれ」
「でもドレスは高価な物じゃ?」
「そしたら余計オレが用意する。急な出費はレインが困るだろ?」
「そ、それはそうだけど」
うちは倹約家だ。店の売り上げによって幅があるから、少ない月の時を考えて普段から貯蓄するようにしている。だから正直ドレスの出費は痛い。
「レイン、お願いだ。ドレスの用意ぐらいさせてくれ」
「……分かった、そこまで言うならお任せするよ」
「あぁ。じゃあ、招待状は参加という事で返事を出そう」
「うん」
それからオレは返事の書き方をライに教えて貰って彼に招待状を託した……。
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お茶会は招待状が届いた日からちょうど一週間後だ。それまでの間、ライにはドレスの他に靴や宝石まで揃えてくれた。しかもお茶会当日には知り合いの女性にドレスアップまで依頼して、オレは無事に着飾る事が出来た。
ドレスは予め派手じゃないものをお願いしておいた。ドレスは淡いスカイブルーの色で上半身がピタッとボディラインにフィットし、スカートが裾広がりになっているフィット&フレアのデザインのもの。派手過ぎず、それでいて可愛らしさがある。
お茶会やパーティなどドレスを着なれていない初心者から人気を集めている型のドレスらしい。その理由は上半身 のフィット具合を背中のスピンドル紐で調節して、自分の体型に合わせる事が出来るからだ。
初ドレスのオレでもしっくり感があって凄い。そしてドレスの色に合わせたブルーのヒールは踵の部分に薔薇の花びらのようなリボンが付いていて洒落ている。またイヤリングやネックレスなどの宝飾品は小ぶりな物なのにギュッと輝きが凝縮されていた。
何とか形だけは貴族令嬢に見えているかな。自分ではよく分からなかったが、ドレスアップしてくれた女性は「よく似合っている」と言って満足そうだった。約束の時間になるとアントイーター家から馬車の迎えが来た。
三頭四輪の馬車は外観だけで大層ご立派なもの。内装もカーテンやクッションがビロード素材で足を踏み入れるのも躊躇う。御者の他に使いの者がいてオレはその男性と一緒に乗ったが、人見知りしないオレでも会話が続かなかった。
住む世界が違う感半端ない。使いが慇懃無礼な態度なのがよく分かった。下々な人間を相手するのが嫌なのだろう。使いでこれだ。果たしてあのレパード嬢との会話は大丈夫なのだろうか。しかもお茶会だから彼女だけではない。
――先が思いやられるわ。
オレは不安を抱えたままアントイーター家へと向かったのだった……。
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馬車から降りると屋敷の大きさにポカンとなる。正門からしておったまげ。金色の鉄製門扉は見上げるほど高く、甲冑姿の門番が二人も立っていた。屋敷の大きさもオレの家 の周り一画ぐらいの広さがあって正門から屋敷までは馬車で移動する。
庶民の家しか知らないオレは知らない世界に踏み込んだような気分だ。侯爵という地位がどれほどのものか分からんかったが、これで実感出来たわ。さすがにここまでくると緊張が高まる。
一緒に馬車に乗っていた使いが、そのままお茶会の場所まで案内してくれた。てっきり室内だと思っていたのだが、案内された場所は中庭らしき場所だった。剪定された垣根や彩り豊かな花のグラデーションが美しい庭だ。
暫く垣根を歩いていくと、ある東屋が見えてきた。そこには華やかなドレスに身を包む貴族令嬢達の姿があった。その中でも一際目立つのが全身金色に彩っているライの元カノだ! この間の薔薇色ドレスも派手だったが今回はさらにゴージャス。
裾がギャザーの形となったAライン型のドレスは上半身 に金色のビジューが鏤められた精美な刺繍のデザイン。スカートは下に行くにつれてグラデーションが濃くなり、丈の辺りはキラキラとしている。
――無駄に派手じゃね?
豪華を通り越して呆れ物だ。周りの令嬢も綺麗に着飾っているのにレパード嬢がインパクト大すぎて影が薄くなっていた。
「あら?」
あ、レパード嬢がオレの存在に気付いた。続いて周りの令嬢も振り向く。他四人の令嬢の内二人はこの間、店にやってきた面子だ。今日も色々な意味で凄いな。
「ようこそいらしてくれましたわ」
レパード嬢は立ち上がり、この間とは打って変わった好意的な態度をしてオレを招いた。妙な感覚がして躯がムズイ。きな臭さを感じる。それから近くにいた執事らしき男性が椅子を引いてくれて、そこにオレは座った。
――周りの令嬢からの視線が集まって痛い。
ここは「お招き頂き、有難うございます」ぐらいは言うのだろうか。でもこのお茶会はレパード嬢の謝罪の場だし、礼を言うの変だよな。居た堪れない気持ちになりながらも、オレはレパード嬢がどう出るのか静かに見ていた。
「今日は来て下さって嬉しいわ」
害のなさそうな笑みでレパード嬢は歓迎の言葉を掛けた。
――ほぼ強制的だけどね。
皮肉にもそうオレは思った。
「ここまで丁寧じゃなくても良かったのに」
「そうもいかないわ。この間はとても悪い事をしてしまったもの」
お茶会なんてオレにとっては大それている。
「私も深く反省しているわ」
「その節はごめんなさいね」
レパード嬢と一緒に居た令嬢二人も詫びを入れてきた。オレは高慢な令嬢達もちゃんと謝るんだなと感心した。ライからの忠告は絶大。
「さあせっかくですので、お茶を楽しみましょう」
レパード嬢の言葉に待機していた使用人達がお茶と菓子の用意を始める。あっという間に円卓テーブルには香り高い紅茶とお洒落な形の焼き菓子が乗せられた。上品な香りで食欲をそそる。
「遠慮なく召し上がって」
満面笑顔のレパード嬢に促されてオレは「頂きます」を言って焼き菓子に手をつけた。すると「まぁ」と周りから驚きの声が上がってクスクスと嗤い声が洩れる。
「あの……何か?」
オレは焼き菓子を皿に戻して問う。
「仕方ありませんわ。レインさんはこういったお茶会が初めてでしょうから。レインさん、初めはお茶からお飲みになるのがマナーですわ」
「そうか、教えてくれて有難う」
レパードに教えられ、オレは純粋な気持ちでお礼を言った後、紅茶を一口だけ飲んだ。
――あつっ!
というのが素直な感想。それを顔や態度には出していないのだが何故かまた令嬢達に嘲笑される。
「お茶は香りを味わってからお口にするんですわ。それもマナーですの」
「え?」
立て続けに言われてオレはポカンとなる。
――香りを味わうって飲む前に香りを堪能してから飲むって事か?
さっきから令嬢が嗤っていたのはオレの教養のなさを目にしたからか。
「そうか、また一つ学ばせてもらったよ、有難う」
ここは素直に礼をいって流そう。オレはカップを手にして香りを吸い込む。確かに薔薇のような上品な香りがするな。
――熱いのは変わらんけど。
チラッと周りの令嬢達を盗み見すると、皆 香りを大袈裟なぐらい味わい、そして「芳しい香りが心を清廉してくれるようですわ」とか「香りだけでお腹が満たされますわ」とか感想を零してから飲む。
芝居かかった言葉をおのずと出るのが凄い。貴族社会は大変だな。何も言わずに紅茶を口にしたオレは教養なしだって思われたな。覚悟してきたけど思った以上に肩身が狭い。これから令嬢達の行動を真似しながら食そう。
「今日は素敵なドレスを着ていらっしゃるのね。この間の恰好より断然いいわ」
カップを置いたレパード嬢がオレの服装について褒めた。
「これはドレスからすべてライが用意してくれたものだ」
ライにマジ感謝だな。
「さすがライノー様ね。センスが良いし何より面倒見が良いのね」
「それだけ世話が焼けるという事かしら、ふふっ」
――ん?
レパード嬢と栗色の髪の毛にオレンジのメッシュを入れたケバイ化粧の令嬢二人の言葉に棘があるのを感じた。普通なら「愛されているのね」とか「お優しいのね」とかそういった事が出るもんだよな?
「ライノー様がお優しいのはお分かりになりますけど、あまり甘えすぎるのは宜しくなくてよ? 彼のご負担になってしまうもの」
続いてロリータの令嬢も便乗してきた。
「そうだな。オレには勿体ないぐらいの優しさをくれるから、つい甘えてしまう。気をつけるよ」
令嬢達の棘ある言葉は痛いが、確かにライに甘えている自分にも悪い部分はある。オレは素直に反省の色を見せた。ところがだ。
「あらあら今回のドレスや宝飾品は貴女の我儘で強請ったものだったのかしら?」
「多少の我儘は可愛く思って貰えても、度を越えてしまうと気持ちが冷められてしまうわね」
次々と令嬢達から非難の声が上がる。オレはじわじわと不快感を覚える。彼女達は助言ではなく毒を吐いているのだ。それは会話が進むにつ入れてエスカレートしていった。このお茶会、謝罪ではなく本当の目的はオレを嬲る為なんじゃないか?
――彼女達は遠回しに言っているのだ。「オマエなんかライには相応しくない」のだと……。
