Loop8「露呈される真実に心は乱れ」




 ――え? 今、ライはなんて?

 オレはうつけたように放心となる。

「ちょ、ちょっと待てよ、ライ! いくらなんでもキャメルが主犯だなんて有り得ないだろう!?」

 オレは身を乗り出して食ってかかる! あんな虫一匹も殺さないような可憐な美女が、殺し屋だなんて懐疑心を抱かないわけがない!

「レイン……」

 ライが憐憫の色を帯びてオレを見つめる。どうしてそんな顔をするんだよ!

「信じ難い気持ちは分かる。オレも最初に聞いた時は信じられなかった。でも確実に証拠を押さえていって、最後にキャメルへと辿り着いたんだよ」
「そ、そんな」

 オレは今にも泣き崩れそうになる。そんなオレにせめてもと、ライは経緯を説明し始めた。

「まずはキャメルの身分だが、男爵令嬢という貴族の称号なんてものはもっていない。徹底的に調べ上げた結果、彼女は生まれてすぐに孤児院で育てられ、しかも幼い頃に誘拐されている。その後の経緯は分からないが数十年後、彼女はある殺し屋組織のトップとなっていた」
「う、嘘だろ?」

 あんな可憐な笑顔を零すキャメルの過去が壮絶過ぎて、オレの思考はついていけない。

「すべて本当の事だ。そしてレインがキャメルを助けた時に捕まえた男だ。何故キャメルを襲ったのか。取り調べで男は衝動的にキャメルに手を出したと言っていたが、オレは釈然としなかった。あんな人通りのある場所で行うには不自然に思えたんだ」
「そういえば……」

 オレもあんな白昼堂々と犯罪行為をオープンするゲス野郎だと思ったんだよな。

「だから “オマエのやった行為は重罪だ。この先ずっとオマエは牢獄生活だ”と、脅しをかけた。すると男は態度を一変して喋り出し、自分はキャメルの頼まれて襲うように見せかけただけだと白状した」
「キャメルが? 一体なんの為に?」

 オレの問いにライは一瞬だけ目を細めた。口元が実に重々しいように見える。

「オレにキャメルを助けさせる為だ」
「な、なんだそれ?」

 そこまでしてやる目的ってなんだ? 思案してみると、ある考え・・・・へと至った。

「あんな芝居までしてライの気を引こうとしたって事か!? いくら芝居と言っても、あれは大事おおごと過ぎる! あそこまでするぐらいキャメルはライに惚れてたのか!」
 オレは舌を巻いて問いただす! 女の執念というのは恐ろしい。いや性別は関係なく人間性の問題か。冷静になって考えてみれば、確かにあの時、都合良くライが現れたよな。

 そんな色恋沙汰な話じゃないんだよ。その前に順を追って説明するけど、オレがキャメルを助ける前に、オマエが彼女を助けた事によって、奴等に大きな誤算が生じたんだ」
「そ、そうだったのか」

 オレはたまたまあそこを通っていて、危険に晒されているキャメルを助けようと思っただけなのに、それが余計なお世話だったとは皮肉な話だ。

「男のシナリオでいえば、オレが現場を見つけたら一目散に逃げる予定だったらしい。そして残されたキャメルはオレと接触しようと考えていた」
「やっぱりそれってライと仲良くなりたかったからじゃないのか?」
「……確かに親密な関係になろうとしていたみたいだ」
「やっぱそうじゃないか!」

 オレはライをなじるような声高に声を上げた。

「とはいってもオマエが考えているような意味はないんだって。キャメルはオレと親密になる事によって、今夜王宮に侵入する計画を立てていたからな」
「は? なんか話が飛躍してないか?」
「目的は王宮に侵入して秘宝を掻っ攫う事だ。そこで王宮に住んでいるオレを利用しようとしたんだよ」
「そ、それはつまり……」

 ――まさかだよな?

 オレは血の気が引きそうになる。あのライが殺された事件……反乱軍を手引きしてしまったのはライだったというのか? キャメルを王宮に連れて来る展開になっていた? そしてライは殺し屋か反乱軍の誰かに無残な殺され方をされた。

「その計画はレインがキャメルを助けた事によって崩された。男が捕まってしまったからな。あの時、キャメルが妙に青ざめていたのは襲われたからじゃない。男が口を割らないか恐れていたんだ」
「あ……」

 そうだ、そこでオレは思い出した事があった。

『あの、あの男はどうなるのですか?』

 と、酷く震えて問うキャメルの姿だ。どうして男の事なんか気にしていたのか、それはあの男が自分の計画を暴露しないか恐れていたからだ。

「まぁ、男はキャメルが王宮に侵入する計画までは知らなかったようだ、あの男はあの時に利用されただけの捨て駒に過ぎない」
「殺し屋の仲間にしては頼りない奴だもんな。……そういえばライ、キャメルを家まで送って行ったが大丈夫だったのか?」
「……いや、それが」

 ライが妙に口ごもる。これはなにか有りました的にしか見えないんだが?

「まさか……殺されかけたとか!?」
「いやそうじゃない。……色気仕掛けに誘惑された」
「はぁ?」

 物騒な出来事ではなくて良かったものの、オレにとってはとんでもない不快な事だ! ライは罰が悪そうな表情をしていた。

「だから言いづらかったんだって」
「納得だ」

 オレは無機質な顔でボソッと零した。あの日の夜、オレの部屋にやって来たライに問うたけど、なにも無かったと誤魔化されていたのか。もっと疑いをぶつけておけば良かったな。

「その誘惑に乗ってないよな?」

 オレは訝し気な視線をライにヒシヒシと送って問う。

「バカ言え。男の取り調べもあってオレはすぐに拘置所へ向かった。それにその時のオレの頭ん中はオマエの事でいっぱいだったし、誘惑はキッパリと断ったよ」
「!! ……そ、そ、そうだったんだ」

 オレは急にしおらしくモジモジとした気分になった。

「そうだよ。あの時にオレは自分の気持ちに気付いたんだからさ」

 改めて言われると歯痒いですって、ライさん。ってモジモジと恥じらっている暇はない。まだ本題が終わっちゃいないのだから。

「オレにも拒まれて完全に計画が狂ったキャメルが次に手を打ったのがレイン、オマエに危険を向ける事だった」
「え? オレ? ……あ! 最近やたら変な輩に絡まれたのはキャメルの差し金だったのか!」
「そうだ。計画を妨害された腹いせに、危険がオマエのところに及んだのもあるが、一番の理由はオマエを亡き者にすれば、オレの心は傷心し、そこをつけ込んでまたオレに近づこうとしていたみたいだ」
「とんでもない話だな」

 ――人を殺そとしていたなんて何処まで腐った奴等なんだ!

「全くだ。オレはレインに危険を向けた男達を徹底的に吐かせた。中には殺し屋の仲間も混ざっていたおかげで、最終的にキャメルへと繋がったわけだ。レイン、オマエが危険に晒されている時に守ってやれなくてゴメン。キャメルを捕まえる証拠を集めるのにかなり手間取っていた。せめて信頼と腕のある騎士仲間に、オマエを守るよう頼むのがやっとだった」
「それは気にするなよ。ライが心配するほど、オレは危険な目に遭っていないからさ」

 オレが笑顔で応えると、ライはホッと安堵した顔を見せた。そこでオレは気になっている事を訊く。

「さっき反乱軍は王宮を攻めていないと言っただろ? という事はもうキャメルは捕まっているのか?」
「あぁ。今夜、殺し屋を含む反乱軍を捕まえる為に、奴等を故意に泳がせた。オレを利用して王宮に入る事が失敗したとはいえ、トップのジュラフ騎士団長とオレが不在という情報を流しておけば、奴等は最後の機会だと思って攻めてくると考えた。こちらも個別で捕まえるよりも、今夜を利用した方が一気に片が付けられると思ってさ。王宮にはジュラフ団長率いる騎士が待機していた。もうとっくに反乱軍達を押さえているだろう」
「そうか、それは良かった。不謹慎に思うかもしれないけれど、王宮にライが行かなくて良かった」
「それは特別に団長がオレに休暇をくれたんだよ。主犯者を絞り出した成果にって。好きな子の誕生日ぐらい一緒に祝ってやれってさ」
「!」

 オレを驚いて感動する。団長凄く良い人だ。敵が攻めてくると分かっていたのに、ライに出動命令を出さなかった。しかもオレの誕生日を一緒に祝ってやれって。

 ――家族をこよなく愛する男は素晴らしい!

 感動しているオレとは打って変わって、ライは複雑そうな顔をしていた。

「レイン、オマエはジュラフ団長に今夜、反乱軍が王宮に侵入する事を仄めかしたようだな。何処でその情報を得たんだ?」
「そ、それは……深い事情があって言えない、でもオレは殺し屋や反乱軍とは全く繋がってないからな!」
「それは知っている。正義感の強いオマエが道理に外れるとは思っていない。だが、団長がとてもオマエを心配していたのは確かだ。オレから報告受けたキャメルに関する事件と、オマエから聞いた予言が見事に繋がったからな」
「…………………………」

 オレはなにも答えられなかった。キャメルも捕まってライと結ばれた今なら、本当の事を話しても大丈夫だろうか。オレの勝手な行動でライが死んでしまうような事があってはならない。

 ループした話なんて信じるだろうか。それに元はオレが男だと言ったら、かなり引かれるんじゃないのか。このまま答えられずにいたら、ライに不審がられて通じ合った心が離れていくかもしれない。懊悩した結果、オレは話す事に決めた。

「ライ、実は……」

 オレが口を開いた時だった。

 ――?

 微かに空気の異変を感じた。どうやらそれはライも同じようだったみたいだ。

「外が騒がしくないか?」

 下の階で誰かが話している。こんな時間に来客か? しかもこの部屋にまで声が聞こえてくるなんて、かなりでかいぞ。オレとライが不思議がっている間に、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

 ――え? まさかこの部屋に来ようとしている?

 オレとライは慌てて服を着る。予想通り数人の靴音がこの部屋の前で止まり、ドンドンドンと扉を荒げた音で叩かれた……。


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『殺し屋の首領キャメルが逃走している』

 そう王国専属の騎士達から報告を受けた。あろう事に人の部屋にまでやって来た理由が分かった。今宵、王宮に侵入する殺し屋を含む反乱軍を王国騎士団が取り押さえたのだが、殺し屋首領のキャメルだけを取り逃がしてしまったようだ。

 聞いた話によれば彼女の剣の腕は相当なもので、次々と騎士を切り伏せていったらしい。なんとか秘宝は盗まれずに済んだようだが彼女は捕まらなかった。その報告を受けたライは真っ先に王宮に戻ろうとした。

 彼は自分が不在だった事に、相当な責任を感じたのだ。しかし、オレは王宮には行って欲しくないと子供の用に駄々を捏ねた。嫌な予感しかなかった。ライを王宮に行かせたら、もう二度と会えなくなるような気がして。

 そんなオレの決死な思いは受け止めてもらえなかった。せめてオレも一緒に王宮へ行く! と押してみたが、駄目だと突き返された。そしてライは「必ず戻って来るから」という言葉を残して、オレの前から去って行った。

 オレは居ても立っても居られなくなり、すぐに後を追おうとした。ライ達は馬を利用して王宮へ向かったが、オレにはそんな上質な乗り物なんて持ってないから、走っていくほかなかった。向かって行く途中、オレは不安で不安で堪らなかった。

 オレとライは身も心も結ばれたのだから、彼が命を落とす事はなくなった筈だ。それなのになんでこんな胸騒ぎがするんだろう。シーンとした夜の静けさが、よりオレの心に闇を引き込んで不安を煽り立てる。

 ――ライ、オレが行くまで無事でいてくれよ!

 そう願った時、何か異変を感じた。第六感が身の毛がよだつようにして騒ぐ。

『危・険・だ』

 本能が刺激され、咄嗟にオレは足に急ブレーキをかけた。

 ――ガツ!!

 目の前に鋭い音が飛んできたと思ったら、地面に金属が弾かれる音が響き渡った。

 ――なんだ今の!?

 オレは酷く警戒して音が鳴った地面に目を向ける。ナイフだ! 夜闇でもハッキリと分かるギラギラとした鋭利なナイフが目の前に転がっている。オレは血の気が引く。こ、これ、もしオレが止まらなかったら、直撃食らっていたんだじゃないのか!?

 ――だ、誰がこんな物騒な物を飛ばしてきたんだ!

 オレはグルリと辺りを見渡す。木が一本だけ立っている殺風景な場所。人の気配なんて全く感じない。

「あ~ら残念。手元は狂っていなかったのに」

 ――!?

 頭上から女の甘ったるい声が聞こえた。

「誰だ!?」

 オレは顔を上げて声の主の姿を探す。風に吹かれるには不自然な揺れをしている葉っぱを目にして気付いた。

 ――樹木の上にいる!

「姿を見せろ! あんなナイフを投げつけてオマエ人殺しだ!」

 オレはありったけが声が夜空に響く。不気味な雰囲気に空気が震えているように見えた。

「そうよ~。だって私は人殺しも厭わない殺し屋ですもの」
「!?」

 ――殺し屋!?

 そう聞いて真っ先に思い浮かんだのは……まさか?

「キャメルなのか!?」

 オレは該当する人物の名を呼んだ、すると暗闇から光が灯され、相手の顔を見る事が出来た。ランタンを手にして幹の上に立つキャメルだ!

「やっぱり貴女にはもう私の正体がバレていたのね。それは貴女の大切な幼馴染が教えてくれたのかしら?」

 今まで打って変わって別人見える。顔つきも声も雰囲気も。可憐なイメージが今は殺気立った獣のように鋭い。あれならナイフも投げつける殺し屋にも見える。もうオレが知っている彼女は何処にもいないんだ。

「キャメル、オレには信じられなかったよ。オマエが殺し屋一味の人間だなんてさ。でもさっき人にナイフを投げつけ、今平然としているオマエの姿を見て殺し屋なんだと納得したよ。ずっとオレ達を騙していたんだな!」
「えぇ、目的を果たせばこの国から出る予定だったのに、それを悉く潰してくれたのは貴女なのよ? その責任どう取ってくれるのかしら?」
「バカ言え! 責任なんて取る必要ないだろ! 王宮の秘宝を盗む為に反乱軍を誑かし……いやそれだけじゃない! オレの大事なライも利用しようとしてただろう! このとんでもない悪女め!」
「殺し屋は手段を選ばないのよ。そして貴女、消してやろうと思ってもしぶとく生き残るし、本当に誤算だったわ。貴女なんであんなに強いのよ? ただの女には見えないわよ?」
「オマエには関係ない」
「そうね、関係……なくなるわ。だってここで貴女は私に殺されるのだから」
「!?」





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