Loop10「真実と秘密を打ち明ける時」




「そうだ」

 女神は何の躊躇いもなく答えた。オレは背中からゾワゾワと這い上がってくる悍ましい感覚に身を震わせた。

「ライは躯を何十ヵ所も刺されて死んでいました。あんな残虐な殺し方をしたのが、あのキャメルだと言うんですか!」
「あの殺し屋は血を見ると、異様に興奮する性癖をもっていた」
「そ、そんな趣味でライをあんな目に合わせたのか! 狂っているじゃないか!」
「あれは血を美しいと好んでいるからこそ、人を殺す事を何も厭わない人間だ」
「そんなの人じゃない!」

 あのキャメルがまともな神経を持っているとは思えないが、血を美しいと好むとかそこまでオカシイ奴だったとは! そんな奴に一度ライは殺されたかと思うと本当に悔しい!

「あの殺し屋は狂人だ。反乱軍が王宮を攻めたあの夜、殺し屋は其方の幼馴染を殺し、その後、王宮の見張り兵も殺して仲間を呼び寄せた。そして反乱軍を侵入させる事まで成功したのだ」
「ライが最初の犠牲者になったというわけですね。でもこの世界のライはキャメルの計画には気付いていました。それなのに死ぬ運命だったと言うのですか?」
「そうだ。反乱軍に攻められる時間に幼馴染が王宮にいれば、必ず殺される運命さだめであった。それが止められたのは反乱軍が攻めて来る時間に、其方と一緒に居る事のみだ」
「そうだったんですか」

 ――オレが女になる事ってライの命を救うほど、大事だったんだな。

 ふにゃとオレの躯の力が抜ける。本当にライが死なずに済んで良かったよ。

「にしても結ばれた筈のオレとライは何故かキャメルに殺されかけていましたよね! あんなハプニングがあるとは聞いていませんけど!?」

 ―生憎オレは殺されていたかもしれないよな!

「結果死なずには済んでおるだろう」
「無理やり結果オーライみたいな感じに畳まないで下さい!」

 オレの突っ込みに女神は相変わらず顔色一つ変えずに、全く味気のない人間だ。あ、人間じゃないのか。

 ――そういえば……。

 そこでオレはふとある疑問が浮かんだ。女神の言った条件を満たしたオレだが、今後どうなるんだ?

「オレはこのまま女のままなんですか? それとも男に戻れるんですか?」
「其方は男に戻りたいのか?」

 女神の口調が鋭くなる。なにか核心に迫るような雰囲気だ。

「戻れるんですか? 戻ったらライがまた死んでしまうって事はありませんよね?」
「幼馴染が死なずにおれば、其方は男に戻るのか?」
「そ、それは……」

 戻りたいとは答えられなかった。元々オレは男だし、騎士になる夢も叶えて充実した日々を送っていた。ライが生きているのであれば、男に戻ればいい。そう思うのに胸に妙な突っかかりがある。

 男に戻ったらライとは愛し合えない。友情という形で繋がる事は出来るだろうけれど、オレにはそれが嫌だった。きっとライはまた別の女を愛するだろう。それが堪らなく胸を締め付ける。ライにはオレ以外の女を好きになって欲しくない。

「男に戻るのが不服そうだな」

 どうやら女神にオレの気持ちが伝わってしまったようだ。だが、

「そういう訳じゃ……。このままでいいのであれば、無理に男に戻る必要もないかなと」

 オレはまどろっこしい答え方をした。女のままでいいなんて、気恥ずかしくてストレートに言えるか。

「素直に女のままでいいと言えば良いものを。まぁ其方は本来、女として生まれる筈だったのだから、元来の形に無事に収まったのだな」
「は? オレ元は男ですけど?」

 ――どうした女神よ。最初に会った時、オレは男の姿だったぞ。

 オレはキョトンとした顔で女神を見つめ返す。

「いや其方は女に生まれる筈だった。それが男として生まれてしまったのだ」
「え? ……え?」

 ――オ、オレ、女に生まれる筈だったってどういう事だよ!?

 開いた口が塞がらないとはこういう事だ!

「な、なんでオレ男になって生まれてきたんですか!」
「運命の悪戯かなにかだろう」
「運命の悪戯……?」

 ――ってなんだ?

 オレは目をパチパチとさせる。

 ……………………………。

 そして真面目に思案してみると、ある仮説に辿り着いた。

 ――もしかして……?

「運命の悪戯とか言いましたけど、貴女の手違いか何かで女に生まれる筈のオレが男として生まれてしまったっていう事はありませんよね?」

 オレは胡乱な視線を女神に向けて問う。すると無機質な女神の顔がピクンと反応した事をオレは見逃さなかった! ドッカーンとオレは頭のてっぺんから怒りが噴火した!

「やっぱりそうなのか! それでなんとかオレを本来の女にしようとしたってわけか!」
「其方が女であれば落とさない命が、男として生まれてしまったが為に落ちてしまった。私は本来あるべき道に修正したまでだ」
「うわっ、尤もらしい答えをして己の責任を認めない!」

 救いの女神かと思ったが、とんでもない自分勝手な奴だ! もう美しい女神でもなんでもない! 敬語もなしなし!

「ようは自分の不手際でライの命が落とす羽目になって、責任感じてオレの前に現れたわけだ!」
「あまり小言ばかり言うと男に戻すぞ」
「うわっ、しまいには脅してきた! オレはこのまま女でいい! この姿でライと一緒にいる!」

 半ばオレはヤケクソになって答えた。

「レイン」
「え?」

 初めて女神から名を呼ばれてオレは驚いた。そして彼女は最後・・にこう告げる。

「幸せになれ」

 オレはハッと吐息を呑んだ。たった一言の言葉なのに強く胸に響いた。そして温もりのような熱がじんわりと広がっていくと、女神の姿が薄くなっていく。あぁ、お別れなんだと、オレは切ない気持ちが湧いたのと同時に、深い深い眠りの世界へと引き込まれて行った……。


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 ――あれ?
 瞼が重い。どうやらオレは深い眠りから醒めたばかりのようだ。とてつもない倦怠感を感じる。

 ――躯がしんどいな。このままずっと眠りの中に入っていたい。
 そう思ってオレは覚醒するのを諦めた、その時。
 ――…………ンッ。

 誰かの声が聞こえたような気がした。

 ――……インッ。

 オレの名前を呼んでいるのか? 誰が呼んでいる?

 ――レインッ。

 もう一度名を呼ばれ、今度はハッキリと明確に聞こえた。

 ――この声は……?

 とても大事な人の声だ。眠りの底に沈んでいきそうだった意識がグングンと浮上していき、霞みがかっていた視界が鮮明に映し出されていく。

「…………ライ?」

 目の前にライの顔がある。無駄に近くないか?

「レインッ! 目を醒ましたんだな!」
「うおっ」

 どうやらオレは仰向けの体勢でいて、その上をぎゅむっと抱き締められていた。情熱的な抱擁だが背中が痛い。

 ――あぁそうか。確かオレはあのキャメルに……。

 ふわりと記憶が蘇るが、とても気分の良いものではない。グルリと視線を巡らせると、ここは病院の一室のようだ。オレは気絶して運ばれたのか。

「ライ、足は大丈夫なのか?」

 オレは背中を負傷しているが、ライも同じく足を刺され怪我している筈だ。オレの言葉にライはガバッと躯を離して、強い眼差しを向ける。

「レイン、オレの心配よりも自分の方だろ? オマエはすぐに怪我の処置はされたが、丸三日も目を醒まさなかったんだぞ」
「そ、そうだったのか」

 そういえばオレ気絶したんだっけ? ライに助けられて緊張の糸がプツリと切れたんだ。それから三日も眠っていたのか。目覚めた時の倦怠感は背中の怪我が原因か。

「オマエが目を醒まさない間、オレはずっと気が気じゃなかったぞ」
「心配かけて悪かったよ。オレはもう大丈夫だ。ライが守ってくれたからな」

 厳しい顔をしていたライの表情が少しだけ和らいだように見えた。

「そういえばあの時、ライは王宮に向かっていた筈なのに、どうしてオレの所に来たんだ?」

 あの時、ライが現れたのは奇跡だ。もし彼が引き返して来なかったら、もうオレはこの世にいなかっただろう。

「レインはオレを引き止めていただろ? オレが王宮に行ったら、もう会えなくなるような気がするって必死に話をしていたのに、それをオレは振り払って王宮へと向かった。でも途中で妙な胸騒ぎがして、オマエには予知する力があるんだろう? このままオマエの元を離れたら、もう会えなくなるんじゃないかって怖くなって、急いで引き返したんだよ。まさかその途中で、オマエがキャメルと闘っているなんて、オレは心臓が止まるかと思った」

 ライはギュッとオレの左手を力強く握った。

「そうだったのか。オレの言葉を信じて戻って来てくれて有難う」
「レイン……。オレはオマエに謝りたかったんだ。あの日、オマエはオレを心配して追いかけてくれたんだろ? オレが早く言う事を聞いていれば、オマエにこんな酷い怪我を負わせる事もなかったのに」

 オレの手を握るライの手が震えていた。後悔に苛まれているライの姿に、オレは涙が出そうになる。

「自分を責めないで。ライが助けてくれたから、オレはこうやって生きているんだからさ」
「レイン……」

 ライは切な気な笑みを浮かべ、そしてオレの額にチュッとキスを落とした。

 ――わわっ。
 急に空気が甘くなって動揺したオレは、背中をモゾモゾさせたら痛みが走ってしまった。

「……っ」
「大丈夫か、レイン!」

 ライから心配そうに覗き込まれる。

「だ、大丈夫だ」

 背中は痛いのに心はピンク色に染まっていて複雑だ。ここは苦い顔をするところなのに、きっと今のオレの顔は真っ赤に染まっている。こういうドキドキした感情を抱くところが乙女っぽいんだよな。

 ――オレ、本当は女だったんだな。

 女神が最後に残した爆弾発言。複雑と言えば複雑だけど、さっきみたいに甘い事が出来るのはオレが女だからだな。初めて女になって良かったと思えた。

 ――……今なら話をしても大丈夫だろうか。

 きっと今でもライはオレの予知を不思議に思っているだろう。

「ライ、話しておきたい事があるんだ」

 改まったオレの様子にライの表情がキュッと引き締まる。真面目な様子のオレから、なにかを感じ取ったのだろう。

「どうした?」
「あ、あのな、信じ難い話なんだけど、実はオレ反乱軍が王宮を襲って来る事を予期出来たのは、一度軍が攻めてくる現実を体験したからなんだ」
「何言って?」

 ライの大きな瞳が揺れ動く。唐突過ぎるカミングアウトに信じられるわけないよな。

「そういう反応になるよな。でもオレの言う事を信じて欲しい。元々オレは男でライと同じ王国騎士団に所属していた。そして反乱軍が攻めて来るあの夜、実はライ、オマエはキャメルに手掛けられて命を落としている」

 オレが物騒な事を口にしたのが癪に障ったのか、ライの表情が益々険しくなる。だけど、オレは言葉を続けた。もう心に澱みを残したくはないから。

「オレ、ライを失って泣きながら天に祈った。ライを生き返るのであれば、オレはなんでもすると。そしたら奇跡が起こって女神が現れたんだ。彼女はライを生き返らせたいのであれば、ある条件を呑めと言った。それはオレが女になって時を遡り、約束の日時までにライと身も心も結ばれる事だった」
「…………………………」

 オレの話を聞いたライは何も返さず、ただ思案するような難しい顔をしていた。オレは下手に話さない方が良かったのかと後悔の念が生じ、目尻に涙が溜まる。その時、ライがそっと口を開けた。

「レイン、もしかしてオマエはオレを助けたいが為に、身を捧げたのか?」

 ライの言葉にオレはカッと感情が弾け、背中の痛みを忘れて上半身を起こした。

「それは違う! 勘違いするなよ! 躯だけじゃ条件を満たす事は出来ない! オ、オレは心からライの事が好きなんだ!」

 感情が溢れて涙がボロボロに出た。その時、ふわっとライに引き寄せられてオレは瞠目した。

「疑って悪かったよ。一瞬だけそう思ったんだ。オレの為に大事な初めてを捧げたのかなって。でもそうじゃないって分かった。レイン、オレを心から好きになってくれて有難う」

 頭上から優しく柔らかに言われ、オレは悔し泣きから感動の涙へと変わり、そっとライの躯を抱き返す。

「オレの話を信じてくれたのか?」

 ライの為に身を捧げたのかという疑いは辛かったが、オレの話を信じてくれたとも受け取れた。

「あぁ。オレを追いかけて背中に傷を負ったオマエの言葉は疑わないよ。それにレインは無意味な嘘は言わないだろ?」
「ライ……」

 良かった。女の昔のオレは自身では分からないけれど、ライの信頼は得ていたようで心の底から安堵する。

「信じてくれて有難う。でも男だったオレなのに、気持ち悪いって思わないのか?」
「なんでだ? オレの為に性別を変えて救ってくれたんだろ?」
「そ、それはそうだけど」
「寧ろオレは申し訳ないと思っている。オマエの元の人生を壊してしまったんだからな。本当にごめん」

 ライが苦し気に深く詫びを言う。こんな風に辛い思いをさせる為に話をしたわけじゃない。それに元はオレは女になる筈だった。

「いやそれが実はその辺も複雑な事情があってさ。女神が言うにはオレは本来女に生まれる筈だったのに、何かの手違いで男になったみたいなんだ。それで女神はオレを女に戻す為に、オレの願いを叶えようとしたみたいだ」
「なんだそれは? ややこしいな?」
「うん、そうなんだ。でも本来オレは女だったわけだから、ライが気にする事は何もないんだ。それにオレは女になれて……そ、そのこうやってライの傍にいられる幸福しあわせがあるからさ」

 さすがにライの目を見てこっ恥ずかしい発言は出来なかったが、オレは精一杯自分の想いを伝えたつもりだ。

「レイン……」

 ライはオレの名を零すと、そっとオレの頬に手を添えて唇にキスを落とした。それにオレはまたビクッと躯が反応してしまい、背中の傷を軋ませる。

「いてっ……」
「大丈夫か。無理させて悪かった、こうやって躯を起こすだけでも躯の負担になるんだよな。ゆっくりと休んでくれ」

 気遣うライはオレから躯を離そうとしたが、オレは逆に離れまいと躯をくっ付けた。今ライの温もりから離れるのが不安だった。躯が軋むよりずっと……。

「レイン?」
「このままでいいんだ。この方が落ち着く」
「レイン……」

 ライはオレの髪を優しく梳く。さっきのキスもだけど、言葉にされなくても好きのお返しをもらったみたいで面映ゆかった。この瞬間は何よりも幸せだ。

「レイン、オレもオマエが女でいてくれて嬉しいよ。オマエが命懸けで守ってくれたオレの命は、この先もずっとオマエだけのものだ。ずっと傍にいて欲しい」
「も、勿論、オレはずっとライの傍にいるぞ」

 言い慣れないセリフばかりで声がくぐもってばっかだが、また額に優しいキスが落とされ、想いは伝わったようだ。守り抜いたライの命はこれからもオレが守る。今後もずっと一緒だ。オレは幸せを噛み締め、また心地好い眠りへとついた……。





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