第三章
「揺るがされた思い」
一つの怒涛の嵐が過ぎ去ったような気分だった。
でも本当の嵐に向かうのはこれからだ。
閑散とした廊下に一人佇む私は、まるで取り残された子供のようであった。
実はつい先程、美奈萌ちゃんと離れる事になり、彼女を見送ったばかりであった。
何故、美奈萌ちゃんと離れる事になったのか…。
それはガーディアンのトップ「エンペラー」から送還するよう命令が下されたからだ。
しかもエンペラーの最高地位を誇る皇帝から、直接との事だった。
美奈萌ちゃんは初め、私を利用して妖魔を誘き出す計画を阻止しようと交渉に入ってくれた。
でもエンペラーが下した答えは「ノー」だった。
理由はアールさんと同じく「これ以上の市民の犠牲を出す前に、処理する事が先決」だったそうだ。
その為のガーデスの協力は不可欠…いや当然だという考えのようだ。
ガーデスは妖魔とは対になる存在であり、妖魔との戦いは免れない。
その概念がある為か、ガーデスが妖魔の前へと出る事は本来の姿であると、異論を立てる側が非となった。
元々、私は自ら身を乗り出した覚悟があった為、そこに慨嘆する気持ちはなかった。
むしろ美奈萌ちゃんの気遣いに深く感謝した。
ただ次に美奈萌ちゃんが要求を申し出た「妖魔と接触をする前に、私を安全な場所へと匿う」事についての返答には愕然とした。
この件についても、「ノー」の答えを下されたからだ。
これにはさすがに私も蒼白となった。
妖魔との対戦を余儀なく行えという意味なのだろうか。
戦う概念をもつエンペラーからしたら、至極当然という考えだろうが、私には戦闘能力も知識も備わっていない。
そもそも私は神力のコントロールが不安定であり、力になるどころか返って足手まといとなる身だ。
エンペラーからは申し出を否定した理由は聞かされず、私の事は現場のマーキスさん達に託すようにとだけ言われたようだった。
その下しに、憤慨した美奈萌ちゃんはエンペラーへ楯突き抗議へとかかった。
でもそれでも上からの答えを変らなかったのだ。
そしてさらに美奈萌ちゃんは皇帝直に強制送還の命令まで下された…。
私は目を瞑り、今更ながら己の考えが浅はかだったのではないかと後悔の念に苛まれていた。
マーキスさん達を信用していないわけではない。
でも守護者の美奈萌ちゃんが傍にいなくなってしまった以上、完全に彼等の足手まといになる私が事を上手く運ばせられるわけがないと、大きな不安が押し寄せていた。
しかし、今更決断を覆す事も出来ない。
既に今、マーキスさん達は妖魔との対戦に備えて準備を行っている。
私は彼等の支度が終えるのを待っているのだ。
ドクドクと恐怖を煽ぐ心臓の音に、精神を保っているのがやっとだった。
そして、こんな状況なのに、輪をかけて余計な考えが湧き出ていた。
なんでこんな時に…。
いや、こんな時だからこそ、返って頭の中が錯乱し、自分にとってマイナスの考えが纏わりついてくるのだ。
それは…美奈萌ちゃんとの関係との事だった。
彼女は初めから私を守る為に、同じ大学には入り、そして傍で守ってくれていた。
私は美奈萌ちゃんがいなければ、きっと大学での友達は出来なかったのではないかと思っている。
田舎育ちの私に、都会の国立大学は華やか過ぎて、正直私は浮いてしまっていた。
さらに極度の人見知りもあって、自分から声をかけられる性格でもない。
そんな私に屈託もなく、声をかけてきてくれた美奈萌ちゃんの存在に、どれだけ心が救われていた事か。
彼女は任務がなければ、輪の中心となるような人だ。
私とは異なり、本来、彼女は遠くから見る存在だっただろう。
そんな主立った彼女と接する事が出来て、私は心が浮かれるぐらい、とても嬉しかった。
でも実際、彼女からしてみれば、私との接点は仕事の他ならない。
そこに彼女の意思云々は関係ないのだ。
その事実を知った時、心に大きな穴が空いたように思えた。
美奈萌ちゃんの存在が大きかった分、またその空いた穴も大きいのだ。
(それがとても辛い、悲しい、切ない)
満たされていた心に、何を埋めればいいのだろう。
心が沈むに比例して、考えがどんどん悪い方向へといっていた。
「神力がなければ、私の存在価値はなかったのか」
「国立に入る為に頑張った先にあったものは認められない自分なのか」
「何故、私はサイキックなのだろうか。何故、普通ではないのだろうか。神力をもっていても何も出来ないではないか」
―――ポタ、ポタ、ポタポタッ、
次から次へと降って湧いてくる負の念に押され、いつしか頬に涙が伝っていた。
それに気づいた時には止どめなく涙が溢れ、私は悲しみに陥った。
急に突き放されて、世界でたった独りぼっちになったような気持ちになり、誰かにすがりたくて仕方なかった。
でも唯一の存在の美奈萌ちゃんが離れてしまい、私に満たすものは何もない。
顔を俯かせ、私はひたすら涙を流した。
(…………………………ハッ!)
悲しみに溺れ、辺りを気にする余裕がなかったが、咄嗟に人の気配を感じて顔を上げる。
映した人物に私は大きく瞠目する。
「…マーキスさん」
涙で視界が滲んでいたけど、マーキスさんだと分かった。