第ニ章
「goddess―ガーデス―」
「え?」
不意を突かれたかのように私は固まる。
(自分の存在)
そしてサイキックの能力、それはいくら思考を巡らせても答えは見つからない未知の世界。
誰にも明かす事も出来ず密やかにある存在。
それがなんなのか答えが見つかる日が来るとは思いもよらなかった。
「ガーデスってなに?」
自分の声が戦慄いているのが分かる。
「ガーデスとは“女神”を表しているわ」
「女神って? 私、えっと確かにサイキックだけど、女神なんてそんな大それた名で呼ばれるほど能力があるわけじゃ」
「まだ覚醒していないだけよ」
「え?」
――ドクンッ。
妙な緊張が迸る。
覚醒って? なにかとてつもない何かが潜んでいるように思える。
「日本は平和な国なのか特に力が発動する機会がなかったのね。あっても微動するぐらいだったんじゃないかしら」
「私は?」
「ガーデスとは妖魔と対となる存在であり、そして……」
美奈萌ちゃんは何故か間を置く。
「人間とは異なる特別な存在よ」
私は絶句する。
美奈萌ちゃんはなんて? ガーデスとは“人間とは異なる”? それは私が「人間ではない」という事?
「ま、待って美奈萌ちゃん! 確かに私は人には持っていない能力があるけど、だからといって! それに両親は普通の人間でその両親から私は生まれてきたんだよ!」
「そうね」
「だったら!」
私は美奈萌ちゃんに言い募っていた。
美奈萌ちゃんの表情が崩れたのが異様な不安を過らせたのだ。
「恐縮でございます。美奈萌様、私から少々説明をさせて頂いても宜しいでしょうか」
「構わないわ」
興奮した私を見兼ねたのだろうか、アーグレイヴさんがフォローと言わんばかりに間に入られた。
「ガーデス様、合間に口を挟む事をお許し下さい」
「大丈夫です」
そんなに畏まらなくても私如きですから。美奈萌ちゃんの隣へ立つアーグレイヴさんはあくまでも謙遜した対応を取っていた。
「ガーデス様、ここから先は神秘的なお話になります。宜しいでしょうか」
「はい」
今度は私が畏まってしまう。
アーグレイヴさんのこの冷静沈着な姿勢が私の興奮した熱を冷ましていくようだ。
「私共の申し上げるガーデスとはキリスト教聖書の中で綴られる神の存在と酷似しております」
「キリスト教聖書?」
ちょうど大学の授業でも学んでいるけど、キリスト教の神は「イエス・キリスト」だよね。
「神の子キリストはイエスという人間性をとって、この地上に生まれたと言われております」
「受肉という事ですよね?」
「その通りです」
受肉とは別名「托身」「化肉」とも呼ばれ、神が人の形をとって現れる事だ。
でもそれとガーデスが酷似ってまさか……?
「ガーデスも受肉をし、人の姿をしております」
予測通りの答えではあったけど、私は失意する気分だ。
私は人の肉体に宿っているというの? そんな事って。
「受肉をしたガーデスは有期の生命となりますので必ず死期を迎えます」
「?」
愕然としている私を前にアーグレイヴさんは話を進める。
「生を失ったガーデスの魂は次の肉体を求め、そして再び受肉へと入ります。人間でいう輪廻転生の概念と似ているように思われますが、ガーデスは生まれ変わるというよりは肉体のみが変わると申し上げた方が正しいですね」
「…………………………」
言葉が出ない。なんて返したらいいのか分からないよ。
「とはいえ肉体は新しくなる為か、ガーデスの記憶はリセットされるようです。となると輪廻転生の概念と近しくはなりますが、神力は既存のまま残されております」
「…………………………」
そしたら私は、な、なんなんだろう。人間なの? いやでも異なると言われたよね? 私は思考がヒートしてしまい、それが表情に現れてしまう。
「聖羅様は人間です。ですが内にガーデス様のお力をお持ちでいらっしゃるのです」
「え?」
結論づけられなかった私に答えをくれたのはアーグレイヴさんではなくマーキスさんだった。
「聖羅様は人間です」という言葉に安堵が流れる。
マーキスさんの力強い言葉と正視されるグレイの瞳の裏になにか大きな意味が隠されているように思えた。
私が「人間とは異なる」という言葉を耳にし、取り乱していたのを目にして気遣ってくれたのかもしれない。
私の胸の内に温かな感情が溢れる。
「ガーデス様は妖魔が最も恐れる偉大な存在ですよ。ですのでガーデス様は名の通り神として崇められ、人間とは異なる特別な存在となるわけです」
最終的な答えをアールさんに伝えられる。
私は人の姿をした女神。
正確には人の肉体に宿したというべきか。
サイキックである限りこういった話も現実だと受け止めざるを得ないのが切ない。
ガーデスの記憶はリセットされている為、なにも記憶が残っていない。
記憶はなくても魂、神力は受け継がれていくという。
だから私は不思議な力を持っているのか。
理由が明かされた喜びと引き換えにまた新たな複雑な思いと向き合わなければならなくなった。
「あれ? 美奈萌ちゃんやマーキスさん達も不思議な力があるんだよね? 私と一緒ではないの? もしかしてガーデスの子孫なんですか?」
ガーデスが人として生存しているのではあれば子を宿す場合があるよね?
遺伝やDNAによって神力は引き継がれるのでは?
「私達の力はあくまでも人間としての特殊な力に過ぎません」