第ニ章

「最初の一歩」




 重厚な鉄の扉が開かれ、私と美奈萌ちゃんは導かれるように扉の中へと足を入れた。
  内部はきちんとした造りの一室だった。
  てっきり洞窟の空間だと思っていたけれど、実際は鉄筋コンクリート製の壁が広がっている。

「お待ちしておりました。ガーデス様、美奈萌様」

 扉の側から声をかけられる。
 ブラウンの瞳と同じ色の髪を逆毛にした眼鏡のお兄さんの声だった。
 彼が扉を開けてくれたのだろう。

「奥の部屋にご案内いたします」

 ご丁寧にもお兄さんはまるで執事のように振る舞っていた。
 それに「ガーデス」様って、私の事を言っているようだけど、私は様を付けられるような人ではないんだけどな。
 でも美奈萌ちゃんは間違いなくお偉いのではないかと。

 迎えられた部屋はまた別室にあるようだった。
 新たな扉を目の前にして、私の心臓はバクバクと高鳴っていた。この扉を開いたらグレイの瞳をした「彼」が待っているかと思うと、心臓の音を落ち着かせる事が出来なかった。

 ――ギィィ――。

 重々しく扉が開いて先に中へ美奈萌ちゃんが入り、私は後に続く。

 ――ドキドキドキドキ。

「「お待ちしておりました」」

 部屋に踏み入れると同時に男性二人からの声が入る。
 室内の明るさは控えめ。目の前で頭を深々と下げている男性達に私は目を見張った。
 グレイの瞳のお兄さんと金髪のお兄さんだ。

「とっとと座らせて」
「はい」

 顔を上げたグレイの瞳のお兄さんは美奈萌ちゃんと私を豪華なソファへと案内をしてくれた。
 西洋のアンティークなデザインのソファに恐縮しながら腰を落とす。
 部屋にはテーブルとソファ以外の調度品は置かれていないシンプルな内装だった。
 なんだか秘密基地にいるような感覚だ。

「喉乾いたわ。何か飲ませて頂戴。ここは少し冷えるから温かいものがいいわ」
「え?」

 急な美奈萌ちゃんのお願いに金髪のお兄さんが目をパチクリさせる。

「聞こえなかったの?」
「おもてなしせよと?」
「あったり前でしょ? 口開く暇があるならとっとと作って来なさいよね」
「ふぁ~い」

 ひぃ~美奈萌ちゃん女王様! 金髪のお兄さんは少々やる気さに欠ける返事をした後、別室へと行った。
 目の前には例のグレイの瞳のお兄さんがいる。

(どうしよう、思っていた以上にカッコ良くてドキドキする)

 私は柄にもなく緊張の高まりに興奮していた。
 彼に初めて会った時は街灯が薄暗くて姿がハッキリとは見えなかったけど、それでも十分にドキドキさせられるぐらい素敵だった。
 今、目の前にいるなんてもう言葉に表せられないぐらい素敵すぎ!

 ――ドックンドックンドックン。

「ガーデス様?」
「ちょっと聖羅! アンタどうしたの! 茹でタコみたいに顔が真っ赤じゃない!」

 私は感極まりすぎて頭がグラグラとしていた。どうやら吹き出しそうなぐらい高揚していたようだ。

「だ、大丈夫。緊張して慣れない状況だからだと思う」
「そうね。こんなむさ苦しい場所と野郎じゃ気分も害するわよね」

 いやいや気分が上々でこうなりました。

 …………………………。

 私が落ち着いた頃には金髪のお兄さんが戻って来ていて、私と美奈萌ちゃんに飲み物を出してくれた。
 甘い上品な香りが漂う、多分バラの紅茶かな?

「有難うございます」

 私はお礼を伝えたけど、

「なにこれ?」

 美奈萌ちゃんからは鋭い突っ込みが入った。

「ローズレッドのハーブティです」
「なんでハーブティ? 酸っぱいじゃん! もっと気を利かせてよね、コーヒーが良かった! あ、ガーデスにはティーね、甘めにしてミルクも付けてきて」
「え~」

 金髪のお兄さんから喚き声が上がる。そうなる気持ちはわかります。

「み、美奈萌ちゃん、私はこのハーブティで大丈夫だよ」
「無理しなくていいよ。聖羅には酸っぱすぎる、無理だって」
「大丈夫、大丈夫。それよりも大事な話を進めた方がいいだろうし」
「そう? 仕方ないわね。ガーデスのお言葉に甘えて我慢するわ」

 美奈萌ちゃんは仕方ないと無理に納得してくれたようだった。ふぅ~金髪のお兄さんにこれ以上不憫な思いをさせるのは可哀想だもんね。お兄さんは心なしか嬉しそうかな。とりあえず良かった。
 お兄さん達三人が揃ってピリッとした空気が流れる。

「ガーデス様、美奈萌様、まずは私達から挨拶を」
「んなの省略、まずは聖羅に私達組織の説明が先でしょ」

 美奈萌ちゃんからまた派手な罵声が上がる。
 グレイの瞳のお兄さんは多分自己紹介からしようとしていたんだと思う。
 美奈萌ちゃん、せめてグレイのお兄さんのお名前は知りたいよ。

「畏まりました。それでは畏れ多いですがガーデス様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「え」

 グレイのお兄さんから視線を向けられ、私は心臓が飛び出しそうなぐらい速まる。長めの前髪から覗かせるグレイの瞳は珠のような綺麗な色をしている。

「あ……あ……あの……な……な」

 私はあまりの緊張に呂律が回らない。顔に熱が籠って息苦しい。

「聖羅様よ」

 不甲斐ない私の様子に美奈萌ちゃんが答えてくれた。

「聖羅様ですね」

 名前を呼ばれてしまった。私は感動のあまり

「あの、お名前は?」
「え?」

 大胆にもお兄さんの名前を伺ってしまう。聞こえるか聞こえないか分からない、か細い声だったけれど。
 でもグレイの瞳のお兄さんにはちゃんと聞こえていたようだ。

「マーキス・カレンベルグと申します。ガーデス様」





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