第一章

「事の始まり」




「でかしたぁ聖羅ちゃ~ん!」
「で、でかした?」

 私は親友の美奈萌み な も ちゃんに抱きつかれて面食らってしまう。
 しかも「でかした」って?

「美奈萌ちゃん、なんででかしたなの?」

 美奈萌ちゃんは私から放れると満面の笑顔でこう答えた。

「だってこの話ってダークファンタジーじゃん!」
「ダークファンタジ―?」

 私の脳内に「?」マークが飛ぶ。

「暗闇の中に現れたサバイバーってまさにダークアクション! あぁ~まさに痺れるぅ~」
「み、美奈萌ちゃん?」

 目の前でくぅ~っと目を瞑って痺れに快感を抱いている彼女を呆然として見てしまう。

「今の話信じたの?」
「嘘なの?」
「嘘じゃないよ。普通に聞いたら映画の中の世界じゃない?」
「聖羅は嘘ついた事ないよ?」
「信じてくれるの?」
「勿論! 私、不思議な話って昔から大好物なの」
「そ、そっか、信じてくれて良かった」

 美奈萌ちゃんの完全に信じ切った笑顔が嬉しかった。
 私が話した出来事は普通では有り得ない事だから。
 昨日新たな「羅刹事件」が発生した夜、私は立ち寄ったATMの帰りに近道をしようとビルの細い路地を通った。
 その時突然にビルの上から人が落下して来て。
 正直死体がバラついているのではないかという恐怖に腰を抜かして悶えていたところ、お犬様のような美しい幻獣が現れて気持ち悪さを拭ってくれた。
 その後、死体だと思った人が目の前へと現れ、真っ黒い服装をした美しい男の人で。
 そしてその後…。

「どうしたの聖羅? 顔が赤いよ?」
「え? そうかな?」

 私はドギマギしながら答える。
 生まれて初めて男の人とキスしたから、思い出したら恥ずかしくなってしまって。
 心なしか頬が紅潮していて、それを美奈萌ちゃんに気付かれてしまった。
 余計顔が赤くなってしまう。

「な、なんでもないよ」
「そう?」

 美奈萌ちゃんは気にする素振りを見せずに相変わらず微笑んでこちらを見ている。
 本当に美奈萌ちゃんは可愛いな。
 今、私達は大学のキャンパスの中にある中庭でランチをとっていた。
 真夏の外でランチとはお肌にはよろしくないんだけど、今日はわりと曇っていて有り難い事に気温が25度前後と過ごしやすい。
 可愛い白いベンチの上で私は作ってきたお弁当を美奈萌ちゃんは購買で買ってきたパンを食べていた。

「そのタコウィンナー可愛いね」
「食べてみる?」
「いいの?」
「うん」

 美奈萌ちゃんに言われて爪楊枝に串刺しにされたタコウィンナーを渡す。
 そしたら美奈萌ちゃんはそれを口で受け取ってきて思わずドキッとしてしまう。
 私が男だったらキュンだよ。

「ありがとう美味しい!」

 美奈萌ちゃんはすこぶる笑顔で食べてくれた。
 本当に本当に可愛くて私の憧れの人だ。
 彼女を一言でいうなら「絢爛華麗」または「才色兼備」。
 今年のミスキャンパスの有力候補というぐらい綺麗で可愛いくてスタイルもナイスバティで、しかも頭もいい、運動神経もいい、極めつけは性格もいい。
 趣味はコスプレで秋葉原をこよなく愛するというギャップ感もある。
 耳下両サイド、ツインテールにした髪型に服装はフリフリのキャミ、足を美脚に見せるGジャンの短パン姿からは想像もつかないけど。

 どうしてこんなコが私みたいな地味なコと一緒にいてくれるのか本当に不思議で仕方ない。
 私なんて見た目は腰まで伸ばした重苦しい黒髪に、服装なんて二の腕を隠す白いトップスと膝ギリギリのブルーのスカートといった無難な格好で彼女と相反している。

 美奈萌ちゃんは入学式の時に話せる人がいなくて一人でいた私に話しかけてくれた。
 その時、既に彼女の周りには男女問わず、作り立ての友達がいっぱいで。
 入学式の終わりには祝賀会だって色々な人から、お誘いを受けていたのに彼女ったら私を選んでくれて、その日は楽しくショッピングに回ったり、映画を観に行ってくれたりしたんだよね。

 私のどこが良かったのって訊いてみると「全部」って答えてくれるからビックリした。
 私って見ていると危なっかしいみたいで守ってあげたくなるとも言ってくれたかな。
 そんな私なんかに構っていていいのかなって彼氏さんに悪いなって言ったら、彼は外国で働いているって年上のハイスペックな人でビックリ!

「やっと今日で前期が終わったよねー」

 美奈萌ちゃんが安堵の溜め息をついて言う。

「そうだね。午前中で無事に試験が終わってホッとしたよね。初めての試験とレポートで大変だったもんね」
「そうそう、それで最後の試験、あのハゲチョビンの出してきた内容マジ有り得なかったよね! 不倫による賠償とはって? 全然ミクロ経済と関係ないしっ」
「教授、最近若い奥様にその……よそを向かれたみたいで、その腹いせを私達が蒙ることになったんだよね」
「あったま狂ってるわ、アレ」

 美奈萌ちゃんの気持ちはよく分かる、アレは確かになかったよね。
 多分、教授は誰かに慰めてもらいたかったんだろうな。
 教授のした事は頂けなかったけど、同情はしてしまうかな。

「ねね」

 興奮して怒っていた美奈萌ちゃんが急に身を乗り出して話しかけて来た。

「なあに?」
「さっきの話の続きだけど、サバイバーの?」
「う、うん」

 私はまた話を戻されて何故かドキドキとしてしまう。

「出会った男の人、カッコ良かった?」

 茶目っ気ったぷりの愛らしい笑顔を向けて訊かれる。
 何か深い意味が込められているようで、私は躊躇ってしまうけど。

「う、うん。背が凄く高くて顔は暗くてハッキリとは分からなかったけど、見る様子からして、とっても綺麗な顔立ちをした大人の男性って感じだったかな。多分、十ぐらい上じゃなかったかな?」
「へー他には特徴あった?」
「えっと髪の色と目の色の色素が薄そうで、もしかしたら日本の人じゃないのかも。それと声が低くてカッコ良かったよ」

 私は話している内に照れてきてしまって声が小さくなってしまった。

「そうなんだ。ねぇ?」
「なあに?」

 美奈萌ちゃんはまるで自分だけの宝物を見つけたように瞳をキラキラさせてこう言ってきた。

「そのサバイバーの彼にまた会ってみようよ?」





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