序 章

「世界を震撼させる羅刹事件」




「只今入りました情報です。××県××市××で女性の変死体が発見されました。女性はまるで肉食系動物に喰い裂かれたような……」

 信号が変わり、車が走行する騒音で報道の声が一時的に聴こえなくなる。
 聴こえない方が返って気持ち的には良いのだけれど。
 でも残念ながらすぐに信号は変わり、再び報道の声が耳へと入って来てしまう。

「連日に渡る怪事件に捜査は未だ不明な点が多く、今後も警察は継続して捜査を続けていくつもりです。これでこの事件は日本で3件目、世界で58件目となります。これに関して世界連合軍では………」

 またこの手のニュース。
 街のビルの壁面に付随されている液晶画面を観て、私は込み上げる恐怖に両腕をクロスし大きく身震いをした。
 私みたい震慄する人間もいれば、まるで他人事のように無関心な人もいる。
 こんな人混みの中にいると、他人事と思える神経もどことなく理解出来てしまうから怖い。
 いや、潜在意識の中で眠る恐怖心からか、意識しない方が保身されていると安堵する錯覚が起こっているのかもしれない。

 だけど「またこの手」と言える程の単純な怪事件ではない。
 この事件は肉食系動物に食された残骸のような人の変死体が発見されるというグロテスクな怪奇事件なのだ。
 また別名「羅刹事件」とも言われている。

 日本各地はおろか全世界で巻き起こっている「羅刹事件」。
 無差別なのか或は何か意図的な目的があるのか現段階では少しの情報も把握されていない、まさに世界を震撼させている脅威の難事件なのだ。

 ほんの数日前までは日本人には無縁の事件であったのに、ここ数日間で既に3件と勃発し、関わりがないと言えない事態に陥った。
 勿論この事件でニュースは持ち切りであり、人の恐怖心を煽り有りもしないデマの話を作り上げては視聴率向上や不要なグッズの販売など、金銭的な利益を上げる輩も多く、やはりまだ何処か客観視している危機感のなしに、呆然としてしまう。

 日本政府も警察もまるで踊らされているような事件。
 いくら会議を開こうが、捜査に重圧をかけようが、不可解なものは不可解のようで、これは日本に至ってだけで解決が出来る問題ではない。
 アメリカ・ヨーロッパ・アジアと様々な国が集結し、連合軍として解決に挑んでいるが、今の所、何一つ確かな情報がないのだ。
 そしてネットの世界では恐ろしい程、虚偽の情報が飛び回っていた。

 これは第三世界大戦の予兆だとか、人の手を超えた悪霊の仕業だとか、この事件は古の言い伝えに記された起こるべき参事だとか、まさにネットの世界でも、狂気の世界が出来上がり広がっているのだ。
 面白がっている方が、まだ幸福なのかもしれない。
 実際に次は我が身ではないかと得体の知れないものへの恐怖と危機に怯え、狂気に陥る人も存在しているのだとか…。
 そんな思いをするぐらいなら、いっそネットで狂気じみた妄想を描いている方が幸せなのかと。

 微塵の情報も得られず、凶器の魔に怯え、どう注意を促し、どう防ぐのか教えても貰わなきゃ分からない。
 今まさに混沌カオスとも呼べる情勢に、果たして救いの手はあるのだろうか?

※    ※    ※

 新しい事件が起こった日の夜、確かに奇妙な空気が漂っていた。
 賑わって活気づいている街中にいる筈なのに、異様に空気が冷たく張り詰めていて、今が真夏だとは忘れてしまいそうなぐらいの寒さに凍えそうだった。

 それに何より空の色が面妖だった。
 月を隠した真っ暗闇にダークバイオレットとのコントラストの色。
 こんな薄気味悪い色の空を見た事がなかった。
 どことなく吹いている風が妙に不快で、いかにも何かが起こりそうな嫌な空気を漂わせていた。

 こんな日は下手に外を出歩かないに限るけれど、私はアルバイトの給料日という事もあり、一人暮らしをしている身としては一刻も早くお金を手にし、気持ちを楽にしたい一心であった。
 だからATMに立ち寄りたくて、つい外出をしてしまったのだ。
 とにかく嫌な空気の風が躯に纏わり付く感じに嫌悪感を抱きながらも、近くのコンビニでやっと用を済ませてホッと安堵の吐息をついた。

 無性に早く帰宅したくて私はビルとビルの間の細い路地を通り、近道して帰る事にした。
 こんな夜に怪しげな路地を通るものではないと思いつつも、恐怖の夜道を少しでも短縮して帰るには暫しの我慢は必要だと思ったのだ。
 路地は恐ろしい程、閑散としていて不快な風が舞い、様式美というべきかなのかビルに伝うパイプ線や階段が見え、また何故ドラム缶? やらとまるで洋画に出てくるような光景が広がっていた。
 私は疾走如く駆け出し、その路地を通り抜けようとした途中突然に、

 ――ドグシャ――――ッン!!

 なんとも凄まじい轟音が辺り一面に響き、私は目と耳を疑った。
 刹那の出来事だった。
 その音は突如、空から落下した「もの」によって起きたのだった……。





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