Past6「別れと出会い」




 オレが召喚した天神は深い眠りについていた。異空間を超えて来た為、精神に大きな負担がかったようだ。完全に躯が回復するのに2~3日は要する。その頃には自然と目覚めるだろう。そして天神のお腹の中におられる御子も安定している。

 オレは御子の体内移動、及び天神の召喚という大役を果たし、陛下から大変名誉なお言葉を授かった。その達成感を大いに喜ぶところではあったが、その事をダーダネラ様にお伝えする事が非常に辛かった。

 ダーダネラ様はご自分で御子を生み、そして御子の行く末を見届けたかった筈だ。その希望をオレが奪ってしまった。彼女の死を決定づけてしまい、オレの心は焼き尽くされたものだった。

 そこにさらなる残酷な出来事が待っていた。ダーダネラ様の死期がもう目の前まで来ていたのだ。御子の体内移動と天神の召喚が無事に終わり、ダーダネラ様の荷のご負担が下りたからだ。

 今まで御子のお命をお守りしようと、必死に生きようとなさっていた。もう御子が離れた事によって、ダーダネラ様は死を受け入れようとなさっている。この時、オレは自分が行(おこな)った大役を悔いた。

―――オレのやった事は正しかったのだろうか、オレがダーダネラ様のお命を短くしてしまったのではないか。

 そんな後悔が次々と重なっていく。今、高熱に犯され、浅い呼吸を繰り返すダーダネラ様を目の前にしている自分も、共にあの世へと連れて行っては下さらないだろうか。

 オレは御子の体内移動よりも天神の召喚よりも、何よりダーダネラ様のお命を救う事を成し遂げたかった。愛しい人を助けられない自分の魔力ちからなど無意味だ。そんな荒んだオレの心に再生の光が差し込まれる。

「エヴ…リィ……感謝…して……いる……わ」
「ダーダネラ様?…感謝のお言葉は先程も頂きましたよ?」
「何度…感謝の…気持ち…を…伝え…ても……足り…ない…ぐらい……よ……有難う」

 グッとオレの目頭は熱くなり、涙が零れ落ちそうになった。弱々しいお声、苦しそうな息遣い、滾るような汗、喋る事もお辛い筈なのに、どうして感謝の言葉をおっしゃって下さるのだろうか。オレはダーダネラ様のお命を救えないというのに。

 きっと彼女には気付かれている。オレが自身を責め続けているという事に。ダーダネラ様の感謝のお言葉はオレが自身を責める必要はないのだと、そうおっしゃっているように聞こえた。ダーダネラ様の優しさがオレの心に圧し掛かっている呵責を取り払って下さる。

「ダーダネラ…」

 床に臥せておられるダーダネラ様の手を握って寄り添う陛下、ダーダネラ様の死期が近い事をお気づきになり、片時も彼女の傍からお離れにはならない。そして陛下は今でもダーダネラ様が生きる事を願っていらっしゃる。

「陛下…」

 ダーダネラ様は陛下の名をお呼びになると、小さく笑顔を零された。陛下をお呼びするだけで、とてもお幸せそうだ。本当にダーダネラ様は陛下を愛していらっしゃる。それは陛下も同じ気持ちだ。

「陛下…御子を…シャイン・・・の…事を…お願い…します」
「あぁ、勿論だ」

 陛下はさらに手の力をギュッと握られ、ダーダネラ様へと力強くお答えになった。

―――シャイン…御子のお名前だ。

 シャイン様とおっしゃるのか。そちらの言葉は「幸をもたらす」という意味をもつ。お二人の御子にとても相応しい名だ。

「陛下…我が…オーベル…ジーヌ国と……民を……宜しく…お願い……します」

 ダーダネラ様は途切れかかるお言葉を必死で紡いでいかれる。

「ダーダネラ、辛いのであれば、もう喋る…「陛下」」

 オレは固唾を呑んだ。ダーダネラ様は陛下から握られている手をギュゥと握り返されて、陛下の双眸を真っ直ぐと見据えられる。

「今…お伝え…させて……下さい」
「ダーダネラ?」
「私は…このように……なり……ましたが、陛下と…出会い……愛された……事を…とても…幸せに……思って……おります。……私を…愛して……下さり…有難う……ござい…ます」
「ダーダネラ…」
「最後に……私が…陛下に……出来る事は……御子を……残す事……そして……」

 ダーダネラ様の双眸から大粒の雫が流れ落ちた。

「愛して……おります。…この…言葉を……残して……いきます」

 陛下の双眸からも熱い涙が流れ落ちていく。あの時……神官とオレにダーダネラ様を救って欲しいと懇願なさった時と同じように。お二人の姿に、オレも理性を忘れて瞼を焼き尽くすように涙を流した。

「涙姿で…お別れを……したく……ありません。ですが…お許し……下さい…ませ」
「ダーダネラ!お願いだ、逝かないでくれ!私を、御子を置いて逝かないでおくれ!」

 陛下は胸の内の想いを吐き出された。喉が潰されたような掠れたお声でいらっしゃった。もうダーダネラ様の死期が目の前まで来ていると分かっていても、彼女を奪い去って欲しくないというお気持ちだけは譲れないのだろう。

―――だが、現実は過酷だった。

「陛下……最後…まで…私を……愛して…下さり……有難う…ござい……ます」

 ダーダネラ様から温かな笑みが広がる。儚いながらも陽光のような輝きがあった。

「離れて…いても…私は……陛下……を……愛……して……見届けて……おり……ます……から……」

 ダーダネラの瞳がゆっくりと閉じられていく。彼女から生きる光が失われていく。見届けている、そのお言葉を最後にダーダネラ様は息を引き取られた……。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 ダーダネラ様がこの世から去られて、オレの中の何かが失われた。それは人として大事な「愛する」という心なのかもしれない。いつも胸の内で咲き誇る極上の花が消えたのだ。生きる源が失われたようなものだ。

 それでも時は刻まれていく。ダーダネラ様がお亡くなりなった事はその日の内に国中へと知らされた。誰もが胸の内を悲哀で埋め尽くし涙した。悲しみが続く中、翌日には葬儀が行われた。

 ダーダネラ様のご遺体は聖水によって洗い清められた後、純白なドレスに身を包まれ、宝飾された棺の中へと安置された。葬儀は一日かけた大規模な内容で行われ、我が国は悲しみの一色へと染まった。

 ダーダネラ様はあれだけお辛い思いをして、お亡くなりになったというのに、眠るお顔はとても穏やかであった。それは最後までアトラクト陛下から愛され、ご満足なさっていたのではないだろうか。お二人の愛と絆は他者が踏み込めない聖域のように思えた。

 葬儀が終わった翌日、ダーダネラ様のご遺体と別れを迎える。この世から肉体を消失させる事が魂を来世へと繋げる。いつまでもこの世に肉体があっては転生の妨げとなる。

 そうとはいえ肉体があれば、いつかダーダネラ様がお目覚めになるのではないかと、オレは馬鹿な考えを捨て切れなかった。そんな迷走をしている間にも、ダーダネラ様のご遺体とは別れに至った。

 オレは悲しみに打ちひしがれ、押し潰されそうになっていたが、陛下の事だけは気に掛けていた。王といえど、陛下も人間だ。立ち直られるまでお時間を要するだろう……そう懸念していたのだが。

 陛下は違った。既に前を向いて歩いていらっしゃった。御子の誕生に向けて、我が国の未来をお考えになっていた。悲しみに身を包まれていても、伏せるお姿を見せる事なく、王としての任務を果たしていらっしゃる。

―――これこそ神と称された王だ。

 そう新ためてオレはアトラクト陛下を尊崇した。陛下は今後について天神との生活をお考えになった。まずは陛下が最も信頼を置ける臣下を天神の護衛に置こうとなさった。オレもその一人に入った。

 他に退魔師のオール、軍師のエニーも抜擢された。……ところまでは良かった。そ・こ・に・だ!事もあろうに、天神の世話係にあ・のオカマのナンが選ばれたのだ!いくらなんでもあんな変わり者が崇高な天神のお世話なんて戦慄が走る!

 しかし、陛下はナンほど最適な世話係はいないと言い切られた。天神は異界の人間だ。完璧に世話が出来る人間は家政専門のナンが一番相応しいとおっしゃった。ナンは頭はオカシイが、確かに侍従の仕事に関しては完璧だ。仕方ない、そこは諦めよう。

 そして陛下はオールを天神の近衛兵にお付けしようとなさった。が!オレとエニーは全力で断固反対を申し出た!天神の傍には常にナンがいるのだ!ヤツは仕事どころか、オールに纏わりついて仕事をやらない危険性がある!

 陛下もナンの熱に被害を蒙られた方だ。そこはすぐにご納得を頂けた。だが、他に適した人材が見つからないという問題が発生し、人材選びは非常に難航した。そこに神官かみから声がかかった。

 「己すら守れぬ者が魔女退治など出来ん。天神に護衛を付ける必要などない」と。神官の言葉によって、常に天神の傍にいるのはナンのみとなった。とはいえ、オレ、オール、エニーは天神を守る事には変わらない。

 エニーは異界から来た天神が悪い意味で特別視されないよう、部下達に配慮を向けさせる。オレは今度こそ忌々しい魔女が襲って来ないよう、感知に全力を尽くす。オールは万が一に備え、戦闘態勢を考える。

 他に天神が本当に天神として相応しい人間であるかどうかの試練をゼニス神官と思案したり、御子を出産するまでの教育カリキュラムなど、ありとあらゆる事を素早く準備した。

 残るは眠りについている天神を目覚めさせ、御子の出産及び魔女退治の旨を伝える事だ。そこが第一の問題点となるところだ。果たして天神はなんと答えるのだろうか…。

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 天神(さと)様はとても不思議な方だ。異界の人間なのだから、珍しい部分があって当たり前なのだが、なんというか良い意味でとても柔軟性があおりだ。まず謁見の間での最初のコンタクトだ。

「分かりました。事を為したいと思います」

 御子のご出産に了承下さった。

―――マジかよ!

 と、あの時にオレは突っ込みを入れそうになった!承諾は長期戦になるだろうと言われていた。普通は「他人の御子おこを出産だなんて冗談じゃない!元の世界に帰してよ!」と、役目を払い退けるかと思うのだが。

 さすがに魔女退治までは呑んで頂けなかったが、沙都様はとても正義感のお強い方だ。いずれ役目を背負って下さるのではないかと期待を抱かせた。謁見の間から出た後、陛下もおっしゃっていた。「あの者であれば任せられる」と。

 あの厳酷な陛下から間もない時間で、あのようなお言葉を吐露させた沙都様は凄げぇよ!と、オレは感嘆した。……外見は予想と遥かに異なっていたが。いやだってね、ダーダネラ様と相似した器だったから…ね?

 まぁ、容姿が異なっていたのが良かったのか、あのオカマ……ナンからも「沙都様~♪」と気持ち悪いぐらいに懐かれているしな。ナンは女性に厳しい筈なのに珍しい事もあるもんだ。退けるかと思うのだが。

―――そういえばアイツ・・・もそうだよな。

 オレはある人物の顔が浮かんだ。沙都様のあの独特の雰囲気が、ある意味、魅力を放っているのか。

―――オレはダーダネラ様一筋だけどね。

 それはさておきだ。謁見の間での後、その日の今宵は沙都様が陛下と過ごして下さるかどうかの問題があった。只これは正直、オレ的には心配していなかった。御子を沙都様のお躯に移動させた時、ダーダネラ様の感情や知識も引き継がれている。沙都様は無自覚だろうが、彼女は陛下を拒まないだろう。

 言い方は悪いが、そこは計算されていた。とは言いつつも、誰かしらにビンタの一発ぐらいは食らう覚悟をしていたのだが、翌日沙都様にお会いした時、彼女は平然としていた。ここまでくると彼女はリアルで神だった。我ながら素晴らしい天神を選出したと自賛したね。

 そして、この日はオールとナンと共に、沙都様をゼニス神官の元へとお連れした。天神の杖を渡し、あの試練・・・おこなってもらう為だ。あの杖についてオレは何も知らない。何処から現れて、何故それが神殿の中にあるのか、それを知るのはゼニス神官のみ。

 天神の神力は杖が認めて成立する。天神としての器をもっていても、杖が認めないのであれば不完全だ。そんな事が起こらないと信じたい。いや、沙都様であれば、きっとやり遂げて下さる事だろう。

 そう、天神としての力を試す……筈だった。まさか神官の体調で予定が変更になるとは思わなかったが。神官もだいぶお年を召されている。ご無理は禁物だ。この日は素直に用意していた試練を引き下げる事にした。

 それから次の試練を迎えるまで、沙都様にはこちらの世界の生活に早く慣れて貰うよう、色々と手を施した。こちらの王族の女性でも弱音を吐くようなハードスケジュールを沙都様は文句の一つも言わずに熟しておられる。

 御子もすくすくと育っていらっしゃる。このまま順調にいけば、無事にご出産を迎えるだろう。だが、あの邪悪な魔女が大人しくしているとは思えなかった。沙都様のご出産の前にアイツの息の根を止めなければ。

 アイツの目的は未だ不明瞭のままだ。アイツは我が国の何かに恨みを抱いている。報復にダーダネラ様の命を奪った。本来、次代の王になる御子の命も狙っていた筈だ。御子の命は免れた。となれば、また狙ってくる可能性は非常に高い。
―――己ノ罪知レズ 幸ナカレ 我ト同ジ…久遠クオンニ。

 魔女が残した言葉を反芻する。アイツは何を恨んでいるのか。それさえ分かれば…。





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