Past5「天神の召喚」




―――え?陛下がお受けになった?そんな馬鹿な…。

 今ここは現実の世界なのか。そう疑わざるを得ない程、衝撃的な事実が神官の口から告げられた。それはオレがダーダネラ様と話をした翌朝の事だった。

―――アトラクト陛下が御子を他の女体へ移動させる事を承諾なさった。

 あれほど頑なに拒んでおられた陛下なのに何故だ!ここでオレが憤りを感じる事は間違っているとは思うが、どうしても感情では割り切れない。

『陛下ならお分かりになって下さる筈よ』

 ふと脳裏に浮かび上がるダーダネラ様のお言葉。オレはグッと拳を握り締める。陛下は愛するダーダネラ様の願いだからこそ、ご決断をなさったのか。確かにオレが陛下であっても、同じ決断をしたかもしれない。

 それでも、あの陛下がダーダネラ様のせいをお諦めになったように思え、やるせない気持ちでいっぱいになった。そしてオレはダーダネラ様との約束を果たさなければならない。

―――御子を預けられる女体うつわを探し出す。

 ダーダネラ様との約束は絶対だ。今どんなに迷走していようが、有言実行しなければならない。その前にオレは陛下の元へと訪れた。

 ご決断なさった事に間違いはないと思っていたが、猜疑心を拭う事が出来なかった。そして陛下は間違いなく、オレにこうおっしゃった。「…頼む」と、その一言だけ。それにオレは覚悟を決めた。

 早速オレは取りかかった。まずは我が国オーベルジーヌの民の中から器を探し出す。願わくは我が国の民であって欲しい。やはり他国の民に我が国の事情を押し付ける事は体裁が悪いという懸念があった。

 しかし、今はそのような事を考えている余裕などない。他国の民であっても御子を生かせるのであれば、喜ぶべきだ。ところが現実は恐ろしく厳しかった。我が国どころか他国でさえ器が存在しないのだ。確かにダーダネラ様の持つ能力スペックは他者よりも高い。

 だが、最低限にも掠れないなんて事は有り得ないだろう!こんな不運な事があってたまるか!器は最低限の条件を満たせていなければ、御子を移動させる事が不可能だ。それだけではない。

 器が合わずに移動を失敗すれば、御子の存在が消滅してしまう危険性もある。その為、適切な器を選び出す必要がある。どうして最低限の器すら見つからないのだ!オレは焦燥感に駆られる。

 このままでは御子のお命も…。ダーダネラ様だけではなく、御子も助けられないのか!絶望がオレを染めていく。ダーダネラ様の最後の願いも叶えられない者が次代の神官候補だなんて笑ってしまう。

 オレには神官となる資格はない。だが、神力は必要なのだ!どうしたらいい?どうしたら器が見つけ出す事が出来る?オレは必死で考えた。その間は生き地獄そのものだった。もがき苦しみ、精神が何度も死んでいった。

 考えは底を尽くだけ尽き、ようやく極致へと辿り着いた。があれば良いのだ。それは何もこの世界の人間でなくてもいい。器が合うのであれば、例えその者が異界の人間・・・・・・でも構わないのだ。

 オレはその考えを神官に申し出た。異界の人間を受け入れるにはそれなりのリスクがある。まずは相手の意思に関係なく御子を体内移動させ、召喚を行う。その後は出産、その為に今宵は陛下に抱かれ続けなければならない。

 さらにだ。召喚される人間は天神あまがみと決まっている。あの邪悪な魔女の退治も委ねられる。ここまでの内容を請け負う人間などいないだろう。仮に呑んだとしよう。それなりの見返りが期待される。それが我が国にとって不利益になる場合もある。

 容易に召喚など行えない。それでもオレは自分の意思を通そうとした。神官はその判断はアトラクト陛下に委ねると答えた。オレは陛下にお許しを請いに行く。オレは確信していた。陛下ならきっと…。

―――召喚をお許しになる、と。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 陛下から御子を体内移動、及び天神をこちらの世界に召喚させる許可が下りた。そして一部の人間には個々に話がいったであろう。この後、大々的に会議が行われ、正式に天神の召喚は決定される。

「エヴリィ」

 会議室へと向かっている途中に声を掛けられる。振り返ると、そこにはオールの姿があり、オレは少しばかり驚いた。オレとあまり接触を好まないヤツが声を掛けて来たのだ。よっぽどの用件なのか。

「なに?」
「天神を召喚するというのは本気か?」

 オレはすぐさま眉根を寄せる。何の用かと思えばその事か。オールの雰囲気からして召喚を良く思っていない事を察した。

「本気だけど?ていうか、オールは陛下から直に召喚の事を聞いて知ったんだろう?それに今から行われる会議もその件だ。何言ってんだよ?」
「異界の人間だぞ?正気なのか?」

 何故、オールはここまで突っかかってくるのか。天神を召喚しなければ、御子を救えない。そんな事は考えれば分かる事だろう。

「既に陛下からは許可を頂いている。オマエ、陛下の決定に異を唱えるのか?」
「天神は自身の意思に関係なく召喚される。それも他人の御子を身籠ってだ。さらに魔女退治まで託されるんだぞ?いくら神の力をもつ天神でも一人の人間だ。オレ達の一存で天神の人生を狂わせる事になる。分かっているのか?」
「なら教えてくれよ?他に御子を救える手立てをさ」

 オレは射抜くような鋭い眼差しでオールの瞳を捉える。そのオレの殺気だった視線にオールは目を剥いていた。他に何があるというだ。あればとっくに実行している。

 ……………………………。

 答えが返って来ないという事が答え・・だ。オールは憮然とした表情でオレを見つめているだけだった。

「何もないんだ。そもそもオマエに何が出来る?」

 オレは最も冷酷な言葉を叩きつけた。オールが異を唱える事は間違っていない。だが、オレは異様な程に怒りを覚えていた。

―――オールは何も知らない。

 陛下がダーダネラ様をお救いになりたいと涙を流された事も、ダーダネラ様が死を覚悟して御子をお救いになりたいとおっしゃった事も。あのお二人の決死の想いを目にしていないから、異論が言える。

 御子を救えるのであれば、オレはどんな悪役になっても構わない。オールでも天神からでも恨まれていい。オールは何も言葉を返さないが、表情はオレへの非難一色に染まっていた。

「異を唱えるなら、解決策を用意してから言ってくれ。オレが言いたいのはそれだけだ」

 そう冷徹な態度で言い放ったオレはオールに背を向け、その場から立ち去った…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 大会議が行われ、御子の体内移動の話が大々的に発表され決定した。戦いはこれからだ。他国から器を探す時でも数日は要した。それが星を超えて探し出すのだ。時間は途方もなく感じるだろう。

 まず見つけた器に御子を体内移動させた後、すぐにこちらの世界へと召喚させる。何故、器を召喚した後に移動させないのか、それは一刻も早く体内への移動を終わらせたいからだ。ダーダネラ様のご容態はよろしくない。母体がいつまでもつのかわからないのだ。その為、一刻を争う。

 召喚魔法、これは秘術である。異界から召喚する相手は天神のみ。天神とは神の力を宿した覡(かんなぎ)の事だ。普通の人間とは程遠い存在。そんな特別な人間を選ぶ理由は神力を持っている人間でなければ、召喚が出来ないからだ。

 今からダーダネラ様の寝室で本格的な儀を行う。そこにゼニス神官が付き添う。秘術は相当な集中力とエネルギーを要する為、儀を終えるまでダーダネラ様には敢えて眠りについて頂く。でなければ、オレも彼女の事が心配で儀に集中出来なくなる。

 オレは眠るダーダネラ様の隣へと立ち、自身の胸元の前にて丸球の形をした光の束を操る。頭上には雷光によく似た強烈な光が渦巻いており、丸球の光へエネルギーを注ぎ込んでいた。その魔力の結晶が器を見つけ出すエネルギーを放っている。

 丸球の光の中にはふわふわとした綿のような粒子が浮遊している。それが器達だ。大きさは均一であるが色は異なる。濃度によって一致の度合いを表していた。殆どの器が無色で最低限にも満たない。

 この数時間、最適な器を物色し続けているが候補は上がらない。時折、オレは神官の方を垣間見るが、彼は何も反応を示さない。神官もオレと同じ見方をしているのだろう。そしてオレの体力は限界を迎えようとしていた。

 秘術は魔力の量を相当に削る。このままでは魔力が底を尽きそうだった。尽きればオレの意識はぶっ飛ぶ。そう理屈では分かっているのだが、感情が行動を止めようとしない。ダーダネラ様の願いを叶えたいというオレの信念がそうさせているのだろう。

 魔力が尽きてオレが倒れるのが先か、器を見つけられるのが先か、自身の戦いともなった。器が見つかって召喚が成功するのであれば、オレの命などくれてやる!そう命を懸けてまで挑んだ。

 そのオレの意志によって魔力は漲り、それに感化されたのか、丸球へ注ぐエネルギーまでもが膨大となり、多くの粒子が放散していた。突然の現象にオレは息をする事すら忘れていたが、その先にさらに目を剥く出来事が待っていた。

―――見つけた!

 光りの真ん中で鮮明に浮かび上がっている粒子。それは七色に光り、他の粒子とは明らかに異なる圧倒的な存在だった。女王のように威容を誇る輝きで、まるでダーダネラ様を彷彿させる。

―――間違いない。これがダーダネラ様と一致する器だ。

 オレはその器に意識を集中させる。これほど相似した完璧な器があるなんて。神官へと目を向けると、彼はコクンと首を縦に振った。確認を取ったオレも頷き合図を返す。

―――まずは御子の体内移動からだ。

 オレは光りの中に手を差し込み、目的の器の前に手を翳す。右手に魔力を集約させると、右腕全体が焼けるような熱が生まれる。この魔力で粒子の動きを封じるが、器も負けんじと反発して動こうとしていた。

 オレは素早く体内移動の魔術を発動する。器から手を離し、今度はダーダネラ様の腹部に向ける。ここにおられる御子を粒子の中へと移動させる。成功すれば御子は異界にいる天神の胎内へと入るのだ。

 再びオレは魔力の熱を掻き集める。そのエネルギーは徐々にダーダネラ様の体内へと流れ込んでいき、御子の姿を捉えた。オレは確かな質量感を覚えると、おもむろに息を吐き出す。

―――御子を移動させよう。

 御子を捉えているエネルギーを慎重に引っ張り上げる。御子からの抵抗はなく、従順に身を委ねて下さっている。これならイケる。それからオレは引力を上げ、そのまま御子を胎内の外へと透過させた。

 膨大な光のエネルギーに包まれている御子を引き寄せ、丸球の中へと送り込む。目的の器以外の粒子は自然と道を開けていった。動きを抑制され抵抗を見せていた器は、御子を待っていたかのように吸い寄せてきた。

 器は御子を目の前にすると、七色の光を放ち御子を包み込んだ。刹那、御子のお姿は器の中へと溶け込んでいき、光が収まっていく。器はオレの意思を理解していたのか、忠実に御子を受け入れたのだ。

―――上手くいった!御子の体内移動が成功した!

 ここまで不思議なぐらい順調に事が進んでいた。ホッと胸を撫で下ろしたいところだったが、オレはすぐに次の使命へと移る。

―――いよいよ天神の召喚だ。

 オレは秘術を唱える。この世界で使われていない言葉を紡いでいく。躯全体が燃えるように熱い。熱量が半端ない。大理石の床から紫色の光を宿った魔法陣が姿を現す。光は浮き上がり、やがて螺旋状に渦を巻き、オレの頭上でエネルギーを放っていた光を呑み込んだ。

 エネルギーを送り込まれていた丸球の光も紫色へと変わっていく。これで召喚の準備が完了となる。オレは器が消えぬ内に手にしようと腕を伸ばした。ところが、器は突如ビリビリッと蒼い閃光を放ってオレの手を跳ね退けた。最後の最後で反発をするのか!

―――器を手の中に収めれば召喚が終える。あと少しだ!それなのに、こちらへと引き込めない!何でだ!?

 早く器を手にしなければ消えてしまう!この先、同じ粒子を見つけるなど不可能であり、このままでは御子を異界にいる天神へ送り込んだだけで終わってしまう。それではなんの意味にもならない!

―――!?

 何の前触れもなく、スッと重圧感が引いていく。なんだ、この感覚?気のせいか?いや、器の反発する力が緩和されているのは確かだ。これは誰かがオレの手助けをしている?神官の力か?いや、彼は身動みじろぎせずに、ジッとこちらを見つめているだけだ。

―――じゃあ、この力はなんだ?

 サッと手を伸ばしてみれば、器がオレの手の中へと綺麗に収まった。その次の瞬間、目が眩むような真っ白な光が解き放たれる。反射的に目を眇めようとした時、光の中で人影を目にしたような気がした。

―――あれは?

 急激に手の中が質量を増し、躯の平衡感覚を失いそうになって、人影どころではなくなった。何かが大きく形づいていく。次第に光りが落ち着いていくと、オレの手の中にはドッシリとした質量が乗っかっていた。

「どうやら召喚が成功したようじゃな」

 声を掛けられ、オレは夢から醒めたような感覚に襲われた。神官がオレと、そしてオレの腕の中で眠る女性を見つめている。ふと床に目を向けてみれば、魔法陣が消えていた。それは召喚が成功した事を表していた。

―――この女性が天神か。

 明らかにこちらの顔立ちと服装ではない。漆黒の髪や顔の凹凸など、ダーダネラ様とはだいぶ雰囲気が異なるように見えるが…。いや、あれだけダーダネラ様と器が相似していたのだ。瞳が開かれれば、美しさなど酷似しているだろう。

 そしてオレはそっと天神の腹部へと手を添える。……良かった。第二の命を感じる。御子の命で間違いない。ここでようやくオレは安堵の溜め息を吐いた。もっと気持ちが昂っていても良いものなのだが、オレには気になる事があった。

―――あの光の中で見た人影はダーダネラ様のように見えた。

 いや、まさかそんな筈はないか。彼女は今、オレの目の前で安らかなお顔で眠っておられるのだから…。





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