Past2「彷徨う想い」




 常に冷静なオレでも、さすがにあれ・・には驚きを隠せない。広がる佳景の大庭園に我が国の主アトラクト陛下が求婚なさったダーダネラ様の手を引かれて歩いていらっしゃる。

 そんなお二人の美しさに魅せられる光景なのだが、それよりもオレはお二人の傍で付き添う人物に目が釘付けられた。あの噂・・・は本当だったのか。オールがダーダネラ様の近衛兵このえへいになったというのは。

 アイツはダーダネラ様の元婚約者だ。噂を耳にした時、いくらなんでもそれは有り得ん!と、半信半疑だったが、こうも目の当たりにしては信じざるを得ない。そんなオレの毒々しい思いをよそに、周りからは感嘆の溜め息が連続して漏れていた。

 陛下、ダーダネラ様、オールのお三方は燦然と輝く宝石そのもの。そのトリプル効果はギャラリー達の心を必然に陶酔させる。にしても、いくらなんでもアレは気の毒すぎるだろう、オールが!

 やはり陛下はご存知でないのだろう。ダーダネラ様とオールの元関係を。ご存じであれば、オールを近くに置くわけがないか。……アイツは今どういう気持ちで陛下とダーダネラ様の傍にいるのだろうか。

 平静を装っているように見えるが、心中は穏やかではない筈だ。オレがアイツの立場であれば荒れる。愛する婚約者が別の男の元に行き、しかも相手はあの陛下だ。とても敵わない。その行き場のない想いに苦しみと憤りを感じているだろう。

 それからオレはダーダネラ様を一瞥する。歩く高級花シャモアと謳われるだけあり、周りの美しい花々よりも華美だ。そんな彼女だが、どんなお気持ちで陛下の求婚をお受けになったのだろうか。

 そしてオレはある事・・・に気付いていた。ダーダネラ様の耳には陛下とついになるつがいいのピアスがされていない。それはまだダーダネラ様が完全に陛下のお気持ちを受け入れていらっしゃらないという事になる。

 これはオレの勝手な憶測だが、もしかしたらダーダネラ様はまだオールへの想いを断ち切れず、陛下を受け切れていないのではないかと。場合によってはオールの元に戻られる可能性もあるかもしれない。

 もしそうなれば、まだオレにもチャンスがあるか……なんて淡い期待を持ってしまう。まぁ、ダーダネラ様が陛下の元から離れられる可能性は極めて低いだろうが。それでも彼女がピアスを着けていない限り僅かな希望を抱いてしまう。

 どれだけオレはダーダネラ様を想っているのだろうか。今となっては手の届かない高嶺の花となった彼女だというのに。手が届かなければならないほど、想いも深まっていく。この先きっとオレは彼女以外の女性を愛する事なんてないだろう…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

「ダーダネラ様?」

 オレは意表を突かれたように驚愕する。この花の大庭園に、この世の者とは思えない美神が現れたのかと驚いた。普段のオレならここまで露骨に驚きを見せないが、相手がダーダネラ様ともなれば、その完璧な壁は壊される。

「あら先客がいたようね。お邪魔したわ」

 オレの姿を目にしたダーダネラ様は踵を返そうと背を向ける。その時、ふんわりと舞う髪から甘やかな香りと金色の光が放たれ、オレは息を呑んだ。って見惚れている場合ではない。オレは慌ててダーダネラ様を引き留める。

「お待ち下さい。ダーダネラ様が行かれる事はありません。私が去りますので、こちらへといらして下さい」

 オレの言葉に振り返られたダーダネラ様の面持ちは申し訳なさそうだ。

「それは悪いわ」
「構いません」

 オレはすぐに立ち上がって、この場所にダーダネラ様をいざなう。その時にオレはある事に気付く。

「そういえば護衛達の姿はどちらに?」

 見渡す限り、視界にオールや他の護衛達の姿がない。

「えぇ、たまには一人になりたくて。とはいっても少し離れた所にいるけれど」

 なるほどね。確かにここは気付かれにくい死角の場所であり、しかも目の前が庭園なだけあって景観も良い。一人で息抜きする場所としては優れている。オレも真面目に考え事をする時は訪れている隠れスポットだ。

 オレぐらいしか知らないだろうと思っていたが、まさかダーダネラ様もご存じだったとは。この場所は逢引するにも最適だと思っていたが、下手に利用するのはよした方がいいな…って話が逸れた。

 お一人になりたいか。王妃様ともなれば、すべての行動に近衛兵を付けられるのが決められている。今まで護衛なしで生活をしてきたダーダネラ様からしてみれば、窮屈である事には違いない。

 彼女の場合は窮屈なだけでないだろうが。近衛兵にあの元婚約者のオールが付いている。その精神的負担の方が大きいのだろう。そして相変わらずダーダネラ様の耳にはピアスが着けられていない。まだ陛下の隣にいらっしゃる事を躊躇なさっているようだ。

「あの、大丈夫でいらっしゃいますか?」

 一人になりたい。何処か思い悩んでいらっしゃるダーダネラ様の事が心配となり、思わずオレは問いた。

「大丈夫よ。一人になりたい時はこうやって伝えて離れて貰っているから」

 ダーダネラ様は小さく微笑み、答えて下さったが、そういう意味だと思われたか。

「どうかしたの?」
「え?」

 突然ダーダネラ様から覗き込まれ、不意を突かれたオレは妙に動揺する。問われるような表情をしていたのか。無意識だった。

「苦い顔をしているけど?」
「そうですか?」
「なに?何か言いたい事があるなら、遠慮なく言って欲しいわ」
「いえ、なにも。ただ純粋にダーダネラ様を心配しておりますが」

 どう見てもダーダネラ様は腑に落ちていらっしゃらないな。鋭いお方だ。仕方ない、正直に吐露するか。王妃になった彼女と今後こうやって二人で話す機会もないだろうし。オレは覚悟の上で、心境を明かしてみる事にした。

「では正直に申し上げます。ダーダネラ様はつがいのピアスをなさっていませんよね。出過ぎた事を申し上げますが、オール将帥との婚約の件もございましたし、今でもお悩みでいらっしゃるのではないかと懸念しておりました」

 オレの率直な言葉にダーダネラ様は目を丸くなさった。そして彼女の長い睫は伏せられ、僅かに表情に翳りが帯びる。

「そう、貴方は気付いていたのね」

 やはりそうだ。ダーダネラ様は悩んでいらっしゃる。オールと婚約を結んでいたとはいえ、国の主からの申し出を断る事も出来ず、かといってオールの事も裏切れず、その葛藤にずっと苛まれている。

「私が番のピアスを着けない限り、貴方の目にはそう映ってしまうのでしょうね」

 きっと彼女は選ぶ道を迷っているのではないだろうか。であれば、オレはダーダネラ様の力になりたい。何より少しでも彼女の近くに居たい、オレの切望でもある。

「ダーダネラ様、本当はオール将帥の元にお戻りになりたいのではありませんか?」

 オレは核心に迫ろうとした。オレの言葉にダーダネラ様のピンク色の双眸が大きく揺らいだ。今のダーダネラ様が望んでいる事はこの道ではないだろうか。ダーダネラ様はオレから視線を側め、口を閉ざされる。その真意は読み取れない。

「オレで力になれる事があれば、いつでも力をお貸し致します。どうぞおっしゃって下さい」

 ダーダネラ様が望まれた事であれば、例え陛下との離縁の手助けであっても、オレはやってしまうだろう。彼女の為であれば、オレは罪も背負える覚悟だ。だが…。

「そう言って貰えて嬉しいわ。でも大丈夫よ。これは私自身が決断しなければならない事だから」

 ダーダネラ様は力強い笑顔で返される。そこに彼女からの答えも含まれていた。オレはダーダネラ様の心の聖域には踏み入れる事は出来ないのだと思い知った…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 部屋の半分が書架で埋め尽くされた第三執務室で書物の整理をしている時だ。オカマの煩わしい嘆き声が響き渡っていた。

「あ~~~ん、まさか麗しき陛下のお選びになった方が、よりによってあの“魔性の女”だったんなんて!オールさんに続いて有り得ないわ~!なんで皆、あの美形を食い物にする魔性の女を選んでしまうのよ!」
「ナン、その汚い口を慎めよ。王妃様に向かって魔性の女とか何様のつもりだ?」

 オレはナンの失言に眉根を寄せて睨み上げる。すると、ヤツはオレ以上に険のある表情で返してきた。

「エヴリィ!今の言葉、感傷に浸っている女性に言うもんじゃないわよ!」
「女じゃないから言ったんだよ」
「私は女よ!王妃様よりもずっとずっと女性らしくて、心が美しいんだから!」
「人の事を誹謗中傷している人間の何処が美しいって言うんだよ。しかも相手は王妃様だろ?身分を弁えろよ」
「キィ~~~~!!」

 これだからオカマは面倒くさいんだよ。仕事の邪魔なのは勿論だが、醜いオカマにあの美しいダーダネラ様を悪く言われたんだ。思わずヤツを魔力で吹き飛ばしてやろうかと思ったが、なんとか理性で抑えた。とっととこの部屋から消えやがれ!

 ……そういや、ナンも知っていたんだよな。ダーダネラ様とオールの元関係を。いつもどっからそういうシークレットな情報を手にするのか。いや、ナンの事だ。ストーキング力で知らなくても良い情報を得てしまうのか。

 コイツは黒曜石の王子と謳われるオールへの執着心は気持ち悪いほど強いからな。それと同じ情熱をアトラクト陛下にも持っているもんだから、本当に厚顔無恥にも程がある。

「オールさぁ~ん、私がお嫁に参りますので悲しまないで下さぁ~い!」
「うっさ!」

―――マジ意味がわからん!

 リアルに涙ぐんで雄叫びを上げるナンに、さすがのオレも堪忍袋の緒が切れそうになった。コイツは何しに来たんだ!仕事をしろ、仕事を!……って、あれ?

「オール?」

 何気なく窓の外に目を落としたら、今話題になっていたオールの姿が見えた。近くにはダーダネラ様の姿もいらっしゃる。今日もオールはダーダネラ様の傍で護衛か。当たり前だけど。

「え?オールさん!?」

 オレの呟きにすぐにナンが異様な反応をみせた。しまった、下手にオールの名を口に出すんじゃなかった。後悔した時にはナンがオレを突き飛ばし、窓にへばりついてオールをガン見していた。

 突き飛ばされた事にヤツの頭をカチ割ってやろうかと思ったが、大人しくなったようだし、オレの仕事が捗るようになったから、許す事にした。それにしてもさっきのオールだが…。薄々とは気付いていた。アイツの表情の色味が失われつつある事に。

 そのきっかけはダーダネラ様の護衛になったからだろう。自分との婚約を破棄して陛下の元へと行かれたダーダネラ様の近くにいるのは勿論の事、さらに彼女が陛下と寄りそう姿を間近で見ているんだ。

 生き地獄そのものだ。オレも感傷に浸っている身だから、他人の同情なんて出来る余裕はないのだが、あの爽やかスマイルで世の女性陣を骨抜きにしたオールが、無表情になっていく姿は胸に突き刺さるものがあった。

「持って来たぞ、エヴリィ」

 声をかけられてハッと我に返る。横に視線を移すと、軍人のエニーが年季の入った分厚い本を差し出し立っていた。あぁ、そうだ。ここの持ち出し禁止の本が無くなっている事に気付いて、その時、エニーが別の場所で見たというから、持って来て貰ったんだった。

「有難う。手を煩わせたな」

 オレはエニーから本を受け取り、礼を伝えた。

「あぁ、別に構わない。……珍しいな、考え事か?」
「え?」

 エニーから問われ、オレの思考は止まりかけた。彼女の瞳に微かな関心が含まれている。今の言葉は考え事をするオレが珍しいと聞こえるが、そんな意味ではない。考え事をしていたオレに隙があった事がエニーの興味をもたらせたようだ。

 普段のオレは茶らけているが、決して人に隙など見せない。だからエニーから食えぬヤツだと警戒されている。迂闊だったな。別の人間なら気付かれなかったのだろうが、エニーは鋭い。

「まぁね」

 オレは曖昧な笑みを浮かべて答えた。そうだ、洞察力に鋭いエニーも気付いているだろう。

「なぁ、エニー」
「なんだ?」
「オールは大丈夫なのか?」

 オレの質問にほんの一瞬だが、エニーが虚を衝かれたような表情を見せた。次の瞬間にはいつのも彼女に戻ったが。

「私はオール様本人ではない。分かる筈がないだろう」

 そう素っ気ない言葉で返されたが、それはエニーなりのオールへの気遣いだろう。上司であるオールの私情には口出しをしないという表れだ。ただ彼女の瞳の色が僅かに翳っていた。やはり彼女も気付いている。敬っている上司の変わっていく姿に……。





web拍手 by FC2


inserted by FC2 system