Past11「黄金色に彩る光」




 ダーダネラ様と永遠の別れをしたのち、残されたオレ達には大きな問題を抱える事になる。ダーダネラ様とお約束をした魔女の件だ。処刑を行わないよう、陛下は最善を尽くすとおっしゃっていたが、実際は非常に厳しかった。

 それもそうだ。王妃のお命が奪われたのだ。個人的な感情で物を言わせて貰えば、魔女の処罰免除という内容にはオレの腹の虫は収まらなかった。あれ程、強く殺してやりたいと思った魔女への憎悪が、そう簡単に取り払えるものではない。

 オレ達が魔女の棲む世界から地上へと戻る前の事だ。陛下は魔女と最後・・の会話をなさっていた。それはほんの僅かな時間であった。本当は時間をかけて話をなさるところを、陛下はご自分の気持ちよりも、政治的な内容で淡々と話をなさっていた。

「私に出来るのは其方の命を守る事だけだ。それ以上の事は何もしてやれぬ」と。その陛下のお言葉にオレは驚いた。それは神官も同じ気持ちであっただろう。とても愛情の深い陛下だ。魔女との今後もお考えになっておられるかと思っていた。

 しかし、そのような話は一切出なかった。ダーダネラ様と二度目のお別れをなさった直後で、他者との今後はお考えになれなかったのか、それとも国王陛下としてのお考えを優先になさったのか、それは誰にも分からなかった。

 内心魔女は納得していなかっただろう。だが、ダーダネラ様のお命を奪った罪を背負っている。陛下のご決断には何も言えまい。オレは陛下がお決めになった内容で、心底納得していた。魔女との今後などあって堪るか。

 陛下にはダーダネラ様がいらっしゃる。陛下に魔女との未来があってはダーダネラ様の存在がなんだったのか意味を為さない。そう思っているのだが、何故かオレの心は寂寥感せきりょうかんに見舞われていた。果たして本当に陛下はそれで良いのかと…。

 そんなしこりは残っていたが、最後は魔女を残してオレ達は地上へと戻って来た。それからが半端ない目まぐるしい日々を過ごす事になる。まずは魔女との出来事をどう処理するかだ。事実をそのまま公にしては魔女の処刑は止むを得ない。

 その為、表沙汰は魔女を討伐したという内容で公表する。それを陛下の口から民衆へと伝える形となった。これで民衆も安心させる事が出来る。そう安堵感を抱いていたのだが……。

―――発表の当日、まさか陛下が真実を口になさるとは誰が予想していただろうか。

 陛下は出来事をアティレル陛下の頃から遡って語られた。魔女との恋を妨害された事、600年もの間、魔女が陛下を待ち続けていた事、そして魔女が自我を忘れて呪いをかけた事、なに一つ嘘偽りなくお伝えになった。

 当然、民衆からのどよめきは大きかった。まるで物語のような話だ。いくら国王陛下からの話とはいえ、信じ難い内容ばかりである。そして真実を明かす事がどれほどのリスクを背負う事になるのか。

 陛下はその責任の重大さを理解された上で話をなさっていた。オレは話を耳にしながら、実に陛下らしいと心の中で含み笑いをしていた。陛下は黒く塗り潰されていた我が国の過去への非難を婉曲に匂わせ、魔女の罪を免除なさろうとしていた。

 陛下にとって魔女との恋を阻まれた事は我が国の過ちであったと、そう思っていらっしゃるのだろう。それを他者がどう受け止めるかは人ぞれぞれだと思うが、オレはダーダネラ様と永遠の別れとなったこの現実に、陛下と同じ気持ちでいた。

 だが、民衆のすべてを納得させるには不十分であった。ダーダネラ様はとても民衆から愛されていた王妃だ。そんな彼女を失った原因が過去の人間の過ちであると分かっていても、死んだ人間に怒りをぶつけたところで心は救われない。

 怒りの矛先は今、生きている魔女へと向けられるのは当然の事だった。それでも陛下は動揺をなさる事もなく、最後の切り札をお出しになった。愛されていたダーダネラ様が最後に残した思いをお伝えになったのだ。「魔女の罪を許して欲しい」と。

 そして陛下の語るお姿がとても真摯でいらっしゃった。一つ一つ語られる思いに民衆の心は深く揺るがされ、涙する者も多かった。陛下も涙を流された。誰よりも陛下が一番お辛いのだ。愛する女性を一度ならず、二度も失っていらっしゃるのだから。

 陛下が思いをすべて語られた後、異を唱える者は誰一人といなかった。陛下の思いが民衆の心にきちんと伝わったのだろう。あの気丈夫な陛下の涙するお姿を目にして、心が動かされない者はいない。

―――これでサラテリ殿の魂も救われたのではないか。

 あの日記に綴られた彼の背徳感がようやく晴れる時を迎えた。どうか安からかにお眠り下さいませ、サラテリ殿……。

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 陛下と魔女の件は落ち着きを見せたように思えたが、現実はそう甘くなかった。まだ民衆の方はいい。宮廷内の人間は魔女に対する意見が綺麗に別れていた。魔女を処刑するべきか否かの…。

 勿論、陛下は処刑する派の意見など聞き入れず、処刑を議題に上げるだけ無駄になっていたが、処刑せずに終えられる事も出来なかった。陛下の私情のみの決定は権利乱用に当たる為、我が国の法では認められていない。

 この件が落ち着くまで、かなりの時間を要するだろう。陛下のご納得がいく結論に至るまで、何度も話し合いは繰り返されるだろう。陛下はダーダネラ様とのお約束を頑なに守ろうとなさっているからだ。

 今日もオレは魔女の件で忙しく仕事に追われていた。とうに昼の食事時間は過ぎていたが、落ち着いて食せそうもない。今も開架書架で先程の会議で使用した書物の整理をしていたところに、沙都様とお会いした。

 浮かないお顔の彼女を目にして、オレは声を掛けた。だが、沙都様は「なんでもありません」と、お答えになるだけで、それ以上の事は何もおっしゃらなかった。オレはあまり触れるものではないと察し、整理の続きを行(おこな)っていたのだが…。

「陛下は大丈夫なのでしょうか」

―――え?

 いきなり背後から呟きが聞こえ、それがさっき去って行かれたと思っていた沙都様のお声だと気付き、オレは手の動きを止めて振り返った。再び彼女を目にした時、彼女の浮かない様子は陛下へのご心配が原因である事に気付いた。

「そうですね。お疲れのご様子をお顔には出されていませんが、実際はかなりのお疲れだと思いますよ」
「まともに睡眠もお取りになっていませんものね」
「気掛かりでいらっしゃるのだと思います。早く事をお済ませになりたいのでしょう。それは魔女に危険が及ばないように…という事でしょうが」

 オレの最後の言葉は抑揚のない声音となった。いくらダーダネラ様とのお約束とはいえ、魔女の命を助ける事はオレにとって不本意でしかない。正直、今でもアイツに対しての憎悪と殺意を持っている。

「あの…」

 沙都様はオレの様子を窺うようにして、口をお開きになる。

「なんでしょう?」
「陛下はマアラニとは会って…「いらっしゃらないと思いますよ」」

 オレは沙都様が言い終わられる前に言葉を重ねた。

「今回の件ですが、そもそも陛下の転生なさった時代が宜しくなかったと思いますよ。現世、人間と魔女が住む世界の間に隔たりがありますからね。もしその隔たりがなければ、魔女は陛下に会う事が叶い、今回のような参事は起きなかったのでしょうね。まぁ、陛下と魔女が結ばれていたかどうかは別ですが」
「そうですね」

 オレは思う。今のところ、陛下は魔女と会うおつもりはないだろうと。陛下は魔女と別れる間際、こうおっしゃっていた。「私に出来るのは其方の命を守る事だけだ。それ以上の事は何もしてやれぬ」と。

 それは魔女の命を守る事は約束してやれても、未来を共に歩む事は出来ないと、きっぱりとお告げになっていた。陛下はダーダネラ様への愛を貫きたいというお気持ちがおありなのは勿論、国王陛下として、この大国をお捨てになる事が出来ないのではないだろうか。

「このままもうお二人は会えないものなのでしょうか」

 本当に沙都様はお優しい。陛下と魔女との未来を願っていらっしゃるのが伝わってくる。
「現世の状態ではなんとも言えませんね。ただ陛下は時折、テラスへと行かれて海を眺めるようになりましたね。それが魔女を想っていらっしゃるのかどうかは分かり兼ねますが」

 陛下は葛藤をなさっている。ダーダネラ様への愛を貫きたい想いと行き場を失くした魔女への愛に。

「皮肉ですよね。陛下は魔女に対し、ダーダネラ様のお命を奪った憎しみをもち、逆に魔女を深く愛していた記憶が蘇ってしまっている。その二つの想いの間で陛下はこの先も葛藤し続けていくのでしょうから。一層、記憶がお戻りにならない方が良かったのではないでしょうか」

 陛下はお一人で苦しみを抱えていらっしゃる。あのような思いをなさるぐらいなら、一層魔女との記憶がお戻りにならない方が、お幸せだったのではないだろうか。だが、沙都様はすぐに否定なさった。

「私はそうは思いません。マアラニの事は陛下にとって忘れてはならない存在です。例え葛藤にお苦しみになっても、思い出さなければ良かったなどとはお思いにはならないでしょう。私が陛下ならそう思います」
「そうですか…さようですね」

 今の沙都様のお言葉には考えさせられた。オレもダーダネラ様に対しては、どんな苦しみがあっても、愛さなければ良かったなどと思わない。そう思えば、沙都様のお言葉に納得する自分がいた。

「これからの先は分かりません」
「え?」
「陛下が退位をなさったら王政から離れます。王政に囚われなくなった時、陛下はまた新たな人生を歩まれるかもしれませんね」

 これはあくまでも希望の話になる。もし、陛下が魔女との未来をお考えになるとすればだ。国の主としての任務を御子へとお引き継ぎになった後だろう。それもまた遠い未来ではあるが。そして言った後で気付いた。

 さっきのオレの言葉は沙都様に希望を持たせたいという意味で口にしてみたが、彼女様は本当にそれを望んでいらっしゃったのだろうか。陛下と魔女の未来があるとしたら、沙都様のお気持ちはどうなる?

「今の発言は配慮が足りませんでしたね。沙都様には随分とお辛い想いをさせてしまいました。私は貴女のお気持ちを察していて、何もお伝えする事が出来ませんでしたから」

 陛下のお心には常にダーダネラ様がいらっしゃり、そして今は魔女の存在まである。陛下を慕っていらっしゃる沙都様からしたら、堪らないお気持ちの筈だ。ところが…。

「いいえ、私は後悔をしておりません」

 沙都様からお言葉で、オレの懸念は吹き飛んだ。沙都様の中でもう陛下へのお気持ちには決着をつけられていた。オレの胸の内がグッと熱くなる。今の彼女ならオレの懺悔・・を聞き入れて下さるだろうか。

「そのようなお言葉を下さり、恐縮です。さすがと言いましょうか。私は沙都様に謝り切れませんね」
「それはどういう?」
「私は最初からほぼ確信がございました。沙都様はきっと陛下を拒まれないと」
「え?」
「沙都様がこちらの世界にいらっしゃった時、こちらの言葉が認識出来るのは貴女がダーダネラ様の能力を引き継いでいると申しました。多少なりにダーダネラ様の感情もお引き継ぎになっているという意味にもなります」

 沙都様の瞳が揺れる。彼女はオレから視線を外して思案なさる。そしてハッと息を呑まれた。感情の違和感・・・・・・にお気づきになったのだろう。そして沙都様から驚きの言葉が返された。

「すべて私の想いそのものでした。心で感じた想いに偽りはありません」

 オレは心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走る。これまでに沙都様を尊敬する部分はあったが、これほどまでに彼女を尊崇した事はない。彼女は深く傷ついても・・・・・・・・・・すべてを受け入れようとなさったのだ。

 沙都様は寛大なお心を持った方だ。オレはこの時ほど、彼女の幸せを願った事はない。その幸せはオレの思い描く・・・・・・・であって欲しいと心の底から強く願った。

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―――いつぶりだろうか。こんな黄金色に彩られている我が国は…。

 常闇に眩い光が差し込まれる。それは雲の切り目から姿を見せた陽光であり、やがて見事な澄徹した青空へと変わっていった。我がオーベルジーヌ国は黄金色に輝く光に包まれていた。

 オレは世界がこんなにも色鮮やかに彩られていたのだと感嘆した。こんな美しい輝きを我が国に差し込んで下さったのは沙都様であった。彼女が命をお懸けになって御子をお生み下さった。

 御子は我が国の未来の光りそのもの。暫く澱んでいた我が国が再び黄金色に彩った。本来の我が国の輝きが戻って来たのだ。そして御子の名は「シャイン」様だ。「幸をもたらす」という意味をもつ。

 一度ダーダネラ様の口からお聞きした名だ。今はシャイン様のお姿がおありなのが、なんとも言えぬ嬉しさが込み上げる。陛下とダーダネラ様それぞれの美しさを見事にお引継ぎになった、この上なく麗しい御子だ。

 シャイン様はとてもお強い生命力に溢れておられる。愛らしい笑顔を絶やさず、多くの者から常に愛を注がられている。将来は偉大な王になられるだろう。誰しもそれを疑う事なく、光り輝く未来を胸に抱いていた。

 陛下とダーダネラ様の想いを繋いで形にして下さった沙都様には本当に感謝するべきだ。彼女は大役のすべてを果たして下さった。魔女の事、出産の事、それだけでも我が国の栄光であるというのに、彼女は尚も我が国に尽くして下さる。

 シャイン様を我が子のように思い、ご自分の手で育てて下さっていた。慣れないながらも、彼女は懸命であり、そのお姿は本当に母親そのものであった。シャイン様も沙都様を本当の母上のように慕っておられる。

 ここまで尽くして下さる沙都様のお姿に、周りの人間からも沙都様こそが、次の正妃に相応しいという声が次々に上がるようになった。今の沙都様であれば、陛下も応えて下さるのではないだろうか。

 ……とはいえ、もうこの時には一つの愛の形・・・・・・がほぼ出来上がっている事にオレは気付いていた。それが完全な形になるのかどうかは本人達次第・・・・・だろうけど。特にあの二人は言葉にしないと伝わらないだろうしな。

―――ここまで来れたのもアイツの粘り勝ちだな。

 オレは沙都様が願う一番の幸せを形にして欲しいと願っていた。そう思っていたところに、またあの方はとんでもない事・・・・・・・をおっしゃってくるものだから、脳天を撃ち抜かれた…。





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