Grand Finale 「愛に溢れる物語」




 今宵、沙都とオールは寝台に入って談話をしていた。

「私、本当に嬉しいです。陛下と王妃様が生涯を共に歩めるようになって」
「沙都…」
「それに王妃様がシャイン様をお抱きになる姿はとても感動します。一度はこの世を去られた方です。我が子を抱けずに、この世を去ってさぞ心残りだったかと思います。今はこの手で抱き締める事が出来るのですから、お二人の姿は本当に感動します」

 涙している沙都が心の底から幸せを感じているのだとオールにも伝わっていた。陛下と王妃、そしてシャイン殿下のあの愛に溢れる姿は人々に温かな幸福感を与える。それはオールもよく知っている事だ。

 ただ彼には気に掛けている事があった。沙都はシャイン殿下を本当の我が子として慕っているのだが、王妃が宮殿に戻ってから、彼女は何処かしら遠慮をしているように見えた。

 王妃もそして周りの人間も沙都が殿下の母親である事を認めているし、殿下もとても沙都を慕っている。だが、沙都自身が殿下の家族はアトラクト陛下と王妃の二人だと思っているようだ。

 ここ最近、三方を見る沙都の目が遠くを見ているような時がある。オールは先程の沙都の言葉も、彼女が何処か無理をして言ったのではないかと勘繰っていた。今日こそ沙都を慰める、そう決めたオールだが。

「沙都、オマエにはオレがいる」

 オールは沙都の左手をギュッと握った。

「オール?」

 急にどうしたのですか?と、そう沙都の顔には書いてあり、彼女は素で首を傾げていた。

「オレはオマエの家族だ」
「はい、そうですね」

 オールから改めて伝えられ、沙都は歯痒い気持ちで頬を薄紅色に染めた。彼なりに愛を告げてくれているのだと、沙都は幸せを実感していた。そしてその愛は言葉だけなく、全身全霊で伝えられる……。

 …………………………。

 …………………………。

 …………………………。

 激しい愛の嵐は立ち去り、沙都はオールの腕の中で身を委ねる。会話を交えなくても、二人にとっては幸せなひと時。ここでオールは胸に秘めていた言葉を吐露する。

「沙都、ダーダネラ妃が戻られてから、シャイン様と過ごす日が減っただろう?オマエが淋しい思いをしているように見える」
「え?」

 沙都は虚を衝かれたように驚いた後、焦燥感に駆られる。

「ちょっと待って下さい!私はそのような事を思っていません!」
「時折、淋しそうな眼差しでダーダネラ妃とシャイン様を見ている時があるぞ」
「え?あ、あの、そ、それは……」

 沙都は言い淀み、オールから視線を逸らした。その彼女の様子にオールはやはりと確信する。だが、彼の思いとは裏腹の答えが沙都から返ってきた。

「ご、誤解です」
「沙都…」

 オールが無理をする必要はないと口にするよりも先に沙都の口が開いた。

「さ、最近よく考えてしまうんです」

 沙都は相変わらずオールから視線を逸らしたままだ。彼女なりに弁解を考えているのだろうか。

「何をだ?」
「そ、その、私達の間に赤子が生まれたら、陛下達のような家族になれたらいいなと思っていまして」

 オールの金色こんじきの瞳が大きく揺らいだ。そして彼は気付いた・・・・

 …………………………。

 二人の間を何とも言えぬ空気が無遠慮に流れていく。沙都は羞恥と共にオールに赤子をせっついていると思われたか心配になっており、片やオールの方は苦虫を潰したような思いを抱いていた。自分はとんだ勘違いをして早まった行動を取ってしまったのかと。

「あ、あの赤子は自然に身籠るものだと思っているので、オールに今すぐ求めている訳ではありませんから!」
「あぁ、分かっている。オレこそ勝手な思い込みをして悪かった」
「だ、大丈夫ですよ」

―――いきなり求められてビックリはしましたけどね!

 沙都は今の気持ちをそっと心の奥へと閉まっておいた。

「沙都なら良い母親になる。シャイン様があれだけオマエに懐いておられるんだ。それが何よりの証だ」
「有難うございます。私もオールとなら理想の家族を築けると思っています」
「沙都…」

 オールの胸の内が甘くじんわりと痺れる。そして彼はそっと沙都の腹部に手を添えた。いつか宿るであろう自分達の愛の証に願い・・を込めて。

「楽しみだな。いつか出会うオレ達の子だ」
「はい」
「!」
「オール?どうしました?」

 オールは眉根を寄らせ、明らかに動揺している様子だった。急な彼の変化に沙都は目を丸くする。

「……いや、その」
「?」

 らしくもない妙な動揺の仕方。沙都は首を傾げながらオールの顔を覗き込む。

「沙都の中に新しい生命いのちを感じる」

 願いは既にもう目の前・・・にあった。全く予期していなかった出来事。

「え?……え?……つまりそれは?」

 まだほんの小さな小さな若芽いのち。だが、魔力を透(とお)してオールには鮮明に視えていた。……これは間違いない。

「赤子が宿っている。オレ達の…」
「!?」

 二人の愛は新たな形として誕生していた。その愛は二人が最も望んだ幸福を運んでやってきたのだ……。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

「ブラボブラボー!!」
「ナン、言葉の使い方が間違っているぞ」
「ブラボブラボー!!」

 隣にいるエニーから指摘も食らっても、ナンは同じ言葉で讃嘆の声を上げまくっていた。彼女には全くエニーの声が耳に入っていないようだ。エニーは突っ込んでも疲れるだけだと思って諦念した。

 ナンが賛美を上げている理由はシャイン殿下と沙都とオールの第一子ディアン(♂)が庭で一緒に戯れている様子に興奮しているのだ。四歳となった殿下と生後一歳を迎えたオール似のディアンの二人はとても仲が良く笑顔を絶やさない。

 そんな彼等の世話係や護衛が夢中になって世話をしているほど、二人はとても愛らしい。特にナンの熱は人一倍凄まじく、絶賛する声は毎度の事。殿下達は楽しく戯れる中、沙都は王妃と共に茶会を楽しんでいた。

「もし陛下がお気持ちを胸に秘めたままでしたら、どうするおつもりだったのですか?」
「陛下なら必ず伝えて下さると思っていたから、全く心配なかったわ」
「言ってくれますね」
「あら、沙都も言うようになったじゃない?」
「そうでしょうか。特に自分では変わったようには思えませんが」
「そうね、その落ち着いた返答の仕方は沙都よね」
「?」

 やれやれと呆れ顔の王妃を目にする沙都の頭には疑問符が浮かんでいた。何故、王妃がそのような顔をしたのか、沙都には本気で分からなかった。只今の時間、沙都と王妃は花が咲き誇る美しい中庭で茶を嗜んでいた。

 二人は王妃が宮廷に戻ってから急速に仲が良くなり、今では一緒に茶会へ参加したり、街へ買い物に出掛けたりと共に過ごす日が多くなった。何より二人はシャイン殿下の母親という共通点がある。

 今日の茶会で沙都はずっと思っていた事を口にした。「万が一、陛下がマアラニ・・・・への気持ちをずっと胸に閉まったままであったら」という問いに対し、王妃は思案する様子もなく即答。その答えが沙都には惚気ているように聞こえた。

「ダーダネラ様、また惚気ていらっしゃるのですか?いくら沙都様がお相手でも、その内に嫌気が差されますよ?」

 いつの間にか沙都達の前にエヴリィが姿を現していた。彼はとんだ呆れ顔をしている。

「何処から現れたの、エヴリィ?今日は沙都と二人でお茶会なんだから、勝手に入って来ないで頂戴。それに貴方だけには惚気ているとか言われたくないわ。貴方こそ、とんだ惚気男だもの」
「ダーダネラ様ほどではございません」
「……エヴリィ、貴方そんなんだからシラリーと誓いを立てられないんじゃない?」

 王妃は負けんじとエヴリィの実に痛いところを突いてきた。

「私とシラリーは結婚しますよ!シラリーには姉弟きょうだいが多いんです!彼女は大黒柱で、末っ子の未来に見通しが立つまで結婚しないという約束になっています!」
「その間に愛想を尽かされないようにするのよ」
「何をおっしゃるのですか!私は以前シラリーに“姉弟全員の面倒を見るから、すぐに結婚しよう!”と告げた時、彼女は“それは断る……結婚したら二人だけで暮らしたい”と、返したんですからね!あのクールなシラリーが!」
「うざったい惚気ね」
「ダーダネラ様ほどではありませんってば!」

 王妃とエヴリィの口論はエスカレートしていく。二人の様子を沙都はただ黙って見ている事しか出来ない。

「私と陛下の愛には及ばないわよ」
「私とシラリーの愛の方がずーっと深いです!私は本当の本気でシラリーの事を愛しておりますから!」

―――本気で困りましたね、二人とも治まりません。……うーん、王妃様ですが初めはもっと大人の女性かと思っておりましたが…。

 エヴリィと口論する彼女の姿は沙都には少々幼く見えていた。

「どっちもどっちだな」
「オール?」

 隣にオールが立っており、沙都は目を大きく見開く。

「オール、休憩ですか?」
「あぁ。エヴリィと一緒に来たんだが、アイツは何をやっているんだが」

 オールの顔は明らかに呆れ返っている。

「オール、どっちもどっちってどういう意味だ?」

 エヴリィのターゲットがオールに変わった。オールは煩わしいと顔を歪めて応える。

「人前で平気で愛していると叫んでいるヤツの気が知れん」
「仕方ないでしょ!愛が溢れて言葉に出ちゃんだから!」
「知らん」
「それはオールの愛が大した事ないって事だよ。どうしよもないほど愛する事が出来たら、オレの気持ちも分かるだろうね」
「なんだ、それは?他人に自分の愛を見せる必要が何処にある?オレはオレと沙都の間だけで分かればいい」

―――はぅっ!

 沙都の両肩が跳ね上がる。彼女にしては珍しい驚き方だが、それもそうなってしまう。

「オール、無自覚で惚気るのはやめて頂戴」

 答えは王妃の口から出た。そんなこんなんで二人だけの優雅な茶会が賑やかになっていた。

―――それにしましても……。

 沙都は王妃をジーッと見つめる。

―――考えてみれば、王妃様こそヒロインですよね?

 沙都はこれまでの出来事を振り返っていた。自分は王妃の変わりに、シャイン殿下を出産するという役目をもってこの世界へと召喚された。……魔女退治付きで。

 とんだ大役を負わされたヒロインかと思いきや、沙都は真のヒロインはこの王妃ではないかと思っていた。元は魔女の彼女、愛する男性と悲恋に終わり、そして相手とは死別。愛する彼の転生を待つが600年という歳月が流れ、別の人間を作り出して二分化した。

 そして愛する男性は転生したが、まさか二分化した片割れと結ばれてしまい、二分化の存在を知らない魔女じぶんは片割れに呪いをかけて死まで至らす。それからまた時を経て、魔女は片割れの自分と一体化し、ようやく長年の愛を実らせた。

―――壮絶過ぎますね。そうしたら私はモブですか?

 うーん、と沙都は本気で悩む。

―――いえ、天神あまがみという名前も頂きましたし、オールというこの上ない旦那様を手に入れられました。ヒロイン並みの人生ですよね。ではサブヒロインぐらいですかね?

 結果、サブヒロインの座で落ち着いた沙都であった。

「沙都もオールもあまり愛情表現を出さないけれど、しっかり愛の形を作っているわよね」

 王妃は沙都の腹部を見つめながら言う。実は沙都のお腹には第二子の命が芽吹いていた。

「えぇ、まぁ」

 沙都ははにかみながら答える。一年前、オールとの間の第一子ディアンの出産を終え、早くも第二子を授かった。オールとの愛は変わらず健全である。

「沙都様はこちらに身を固めて下さったのですね」
「え?……エヴリィさん、それは今更ではありませんか?」

 独り言のように呟いたエヴリィの言葉を沙都が拾い上げた。今更、何故彼がそのような事を言ったのか、沙都には不思議でならなかった。

「はい、実は今更と言える時が経ちましたので、ここらで秘め事を告白します」
「はい?」

 何をエヴリィは言い出すのかと、沙都は瞬きを数回と繰り返す。

「数年前、沙都様がご自分の世界に戻りたいとおっしゃった時、私はそのすべを存じないと申し上げましたが……あれは偽りでございます」
「え?」
「本当は貴女をお戻しする術を存じておりました。今更ではございますが、偽りをお伝えしてしまい、申し訳ございませんでした」

 本当に今更の真実を告げられ、沙都はポカンとなった。

「沙都様?……やはり怒っておられます?」

 おずおずとした様子でエヴリィが沙都の様子を窺っていた。まるでその姿は悪さをして、これから怒られる子供のようだ。それに沙都はすぐに口元を綻ばせた。

「いいえ、怒ってはいませんよ。そうでしたか、では今の私の幸せがあるのはエヴリィさんの優しい嘘・・・・から始まったのですね」

 沙都は寛容な心でエヴリィの嘘を赦した。その彼女の対応にエヴリィの心は感極まり、ガシッと沙都の手を握り締める。

「有難うございます!沙都様ならお赦し下さると思っておりました!……ってなんか背後から二つのブリザードを感じる!」

 エヴリィが振り返ってみれば、嫌な予感が的中。ブリザードの正体はオールとシラリーだからだった!

「あれ?いつの間にシラリーがいるの?ってなんで二人揃ってそんな怒っているわけさ!?沙都様はお赦し下さったじゃん!?」
「沙都から手を離せ」

 オールは怒気を孕んで声で静かに言い放つ。

「え?そこ怒ってんの?人は感動を極めると自然と喜びを表すじゃん?これもその表現なんだけど!」
「言い訳にしか聞こえんな」
「え?シラリーまで何言ってんの!?」

 そこでエヴリィは慌てて沙都から手を離した。この後、盛大にシラリーへの平謝りが始まる。やれやれと周りが呆れ返っていると、

「ふっ…ぎゃぁあああ」

 ギャン泣きが辺り一面へと響き渡る。皆(みな)が何事かと視線を巡らせると、どうやらディアンが派手に転んで泣いていた。そこにトコトコとシャイン殿下が駆け寄り、「イイコ、イイコ」とディアンの頭を撫でて宥めている。なんとも微笑ましい光景である。

「ブラボブラボー!!」

 そこでまたナンの萌え雄叫びが上がり、周りがドン引いていたところに、ナンが殿下達の所へと近づいて行く!感極まった彼女は殿下達を抱き締めようとしていたのだ!

 ……ところが、それをする事は叶わなかった!寸前のところで殿下とディアンが奪われたのだ。殿下はアトラクト陛下の腕の中へ、ディアンはオールの腕の中へと守られた!ナンの手が虚しく宙を仰いでいる。

「あ~ん!殿下とディアン様が奪われた~!」

 それからナンは激しく嘆いたが、陛下もオールも魔の手から我が子を守り抜いたと、ホッと胸を撫で下ろしていた。

みなここに集まっておったのだな」
「陛下!」

 ダーダネラという大輪の花が鮮やかに咲く。王妃は眩い笑顔でアトラクト陛下を迎い入れ、そして陛下の手から殿下を抱っこすると、彼が蕩けるような笑顔をして声を上げる。

「はっ、はっ、うっ、えっ」
「本当にシャインは可愛いわね。どうして貴方はそんなに可愛いの?」

 王妃は殿下の頬にキスの雨を降らす。殿下へ対する王妃の愛情は陛下に劣らない。殿下が喜びを全身で表していると、ディアンもオールの腕の中で喜んでいた。二人とも愛らしくとても強い生命力を感じる。

 それからオールも沙都にディアンを手渡した。沙都の腕の中でディアンは殿下と喜びを分かち合うように笑顔を零していた。そんな我が子達を目の前にして、沙都も王妃も感嘆の溜め息を洩らす。

「これからはこの子達の時代になるのね」
「はい。シャイン様なら素晴らしい国王陛下になられますよ」
「あら?その頃は傍にディアンを置いているんじゃないかしら?」
「この子はシャイン様をお守り出来るのでしょうか」
「大丈夫よ。貴女とオールの子だもの。シャインを大事に守ってくれるわよ」

 王妃の言葉に沙都もそのような気はしていた。ディアンは見た目も中身もオール似だ。生真面目な彼と同じく命懸けで殿下を守るだろう。それに殿下の事を慕ってそうだ。

「そういえば次は女の子だったわよね?」
「はい」
「将来シャインと愛を誓い合ったりしてね?」
「え?それはさすがに恐れ多いです」

 沙都は素で思った事を口にした。まさか我が子が未来の陛下と愛を交わすなど、とんでもない。それに王妃が冗談で言ったのだろうと思ったのだが、実際はそうでもなかった。

「あら嫌なの?」
「いえ、私は構わないのですが…」

 沙都はチラリとオールを見遣る。……思った通り、オールは少しばかり複雑な表情をしている。すっかり娘を持つ父親の顔だ。

「オールが不満なのかしら?」
「とんでもありません」

 王妃に問われオールは即答えた。心の思いとは反対の言葉で。

「ふふふっ、本当にそんな未来になったら素敵ですよね、陛下?」
「あぁ、そうだな」

 二つの大輪の花が開花する。陛下と王妃の笑みは至極麗しかった。そこに陛下が殿下を抱き上げると、殿下は「きゃきゃ」と声を上げて喜び、三人でじゃれ合う姿は今後また絵画となって芸術の塔に飾られる事だろう。

 あの塔は一時期、アトラクト陛下とシャイン殿下の絵画で埋め尽くされていたが、今では王妃も加わり主に三人が描かれるようになった。そこにさらに天神沙都の姿も描かれている。

 今の殿下の存在は沙都が命懸けで出産して育ててきたからであり、そして彼女は魔女からオーベルジーヌ国を救った救世主でもある。沙都は陛下達と同じく大切な存在として崇められ、オーベルジーヌ国の歴史に描かれていた。

 さらに沙都に第一子が生まれた事によってディアンとオールも描かれるようになり、芸術の塔はより一層美しい人物達の絵画で賑わって、他国からも絵画が欲しいと要望が出る程の人気ぶりだ。

 周りの人間は蕩けるような視線で陛下と沙都達家族の姿を見つめていた。とても美しい家族の在り方。彼等はオーベルジーヌ国の象徴。美しいだけではなく絶対的な存在感があり、そして民衆から愛されている。

 この大国が長く存続してきた理由は民衆による絶大な信頼と愛があってこそ。それは今後シャイン殿下と彼等を守る次世代の人間によって守られていくだろう。陛下から空高く抱き上げられ、眩い笑顔の殿下からオーベルジーヌ国の輝く未来が映っていた……。





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