Epilogue「―エピローグ―」




 王妃様からの温かな祝福を受け終えた私とオールは墓地の敷地を後にしました。美しいシャモアに包まれたあの幻想的な花吹雪の光景をこの先一生と忘れる事はないでしょう。胸の一番大事な場所に深く刻み込んでおきました。

―――本当に有難うございます。ダーダネラ王妃様。

 胸に拳を置き、改めて私は王妃様へ感謝の意を込めました。そして私のもう一方の手には将来を誓った大切な人の手が握られています。先程、正式に誓いを交えた証となる番いのピアスが彼の耳から姿を覗かせますと、胸の奥がキュンと音を立てます。

 そちらのピアスと同じものを私も左耳に着けております。彼も私の耳朶のピアスを目にした時、同じ気持ちを抱くのでしょうか。そう思えば、面映ゆい…いえ、幸せな事ですよね。想いを重ね合う、それが如何に幸福であるか。

 そっと彼の姿を見つめます。見慣れたお顔ですが、今でも彼の美麗には惚けてしまう時があります。初めて目にした時、その豊麗さに息を呑んだ事を今でも憶えております。

 彼と出会ってから、もう一年と二ヵ月以上の時が過ぎました。こちらの世界に来た頃は肩より少し長いセミロングであった髪も今は胸元まで伸び、時の流れを感じさせられています。

―――そういえば…。

 このような幸せに浸っている時に「あの時」の事を思い出すのもなんですが、彼と初めて顔を合わせた時です。

―――なんですか、これは!

 彼、聞き捨てならない発言をしていましたよね?あのような失言をした彼とまさかこのような関係になるとは、想像もつきませんでしたよね。そう考えれば、不思議なご縁と言いますか。にしましても、本当に失礼でしたよね?

 あれは私が思っていた通りの意味だったのでしょうか。そうであれば相当な失言です。彼なりに別の意味があったのではないかと、都合良く考えてしまうのですが、真実は如何に…。

「オール」

 気が付けば、私は彼に声を掛けておりました。

「どうした?」

 会話も交わさず、和んでいた場を割ってしまったのは空気が読めていませんでしたね。彼が不思議な表情で見つめてくるので、気付きました。

「初めて私達が出会った時の事を思い出していました。確かあの時、オールは“なんですか、これは!”と、発言をしていましたが、あちらは…」

―――間違いなく、私の事を指していたのでしょうか?

 と、何処となく続きの言葉は心の中で問いてしまいました。そんな私の様子に、オールはキョトンとした表情を見せたかと思えば、すぐにクスッと口元を綻ばせました。それから、またとんでもない答えが返ってきます。

「あぁ、見慣れてしまえば悪くないな」
「どういう意味ですか?」

 私は冷静にヒシヒシと痛い視線をオールへとお見舞いします。今の新たな失言ですが、妥協しました的な意味に聞えましたが?

―――今はオマエが一番美しく見える。

 ぐらいの気の利いた台詞は出てこないものでしょうかね。まぁ、口下手なオールに期待する方が間違っていますか。あの時の言葉は思い違いかもしれないと都合良く考えたのが間違いでした。

「そう機嫌を損ねるな」

 オールは諦めがついた私の表情を目にして宥めてきましたが、その綻ぶ笑顔が明らかに面白がっていますよね?バレバレですよ?

「誰がそうさせたのですか?」

 私は柔らに楯突きました。私にしては珍しい攻撃です。

「悪かった。さっきのは冗談だ」
「今、前言撤回してももう遅いですよ?」
「本当に悪かった。沙都の事は他の誰よりも綺麗だと思っている」
「え?」

 フッと真顔で落とされた言葉に、私の心臓が胸の外に出そうになりました。私は心底耳を疑います。

―――い、今、オールはなんて?

 私の完全な聞き間違いでしたよね? オールが私を綺麗だなんて、しかも他の誰よりもとは。この方、彼から容姿を褒められた事はありません。彼がこれだけの美丈夫ですからね。

 そんじゃそこらの凡庸なもので心が揺るがされないのだろうと思っていましたし。ですので、有り難い言葉を頂戴したにも関わらず、私は訝し気な眼差しで彼を見つめ返します。それに彼は心外だとも言うような不満げに目を細めます。

「今、言った言葉は本当だ。この場凌ぎで言ったのではない」
「ですが、今までそのような事、言われた憶えがありませんよ?」
「面と向かってそんな小っ恥ずかしい事が言えるか。そもそもオレはそんな事を平然と言えるキャラじゃない。エヴリィではあるまいし」
「確かにそうですよね。ですから疑わしいのですよ?」
「本当だ。沙都の清廉な心は表面へ滲み出ている」
「え?」

―――あ、そういう意味ですね。

 外見はさておき、内面の方ですね。いえ、それでも十分に嬉しいお言葉です。彼からまさか美しいという言葉が出るとは思いませんからね。それも恥ずかしがる素振りもなく、サラリと真顔で言いました。素で真面目に伝えてきたのが分かります。

「あ、有難うございます。素直に受け止めておきますね」

 意識しますと、ソワソワとしてしまいますね。私はほんのりと朱色に染めた頬を見られまいと、わざとオールから顔を逸らします。

「あぁ、沙都はオレの自慢だ。自信を持って美しいと言える」
「!」

 オールは言われ慣れをしていない筈ですが、言う時はこう自然に吐露するので驚嘆しますよ!真顔で言うので素でしょうし!

「目を逸らして落ち着かないようだな?」
「それは…」

 普段クールな貴方からストレートに言われれば、落ち着きませんよ!それこそ見抜いて下さい。

「まだ訝しむようなら、今宵の閨の内で証明する」
「だ、大丈夫です。もう十分に伝わりましたから!」

 本当に天然ですか?実は故意に言ってからかっているのではありませんか?これ以上、真顔で恥ずかしい事を言われては私の心臓が持ちませんよ!泡を食う思いを悟られまいと、私は必死で平静を装います。

 チラッとオールの顔を覗けば、彼は何事もなかったように平然としているものですから、憎らしいですね。あ、目が合いました。刹那、フッと彼が嫋やかに口元が綻ぶのを私は見逃しませんでした。

―――やっぱり先程は私をからかいましたね!

 全く、このような意地悪な面をもっていたとは。誓いを交わした後にズルイですよね。このような人だと分かっておりましたら、誓いの言葉など…なんて事はありませんけどね。より関係が砕けてきたと前向きに捉えておきましょう。

 サト・ライガードとなった今日こんにち、夫の意外な一面から始まりました。まだ隠れた彼の顔はこれからの長い先、紡がれていく私達の歴史の中で、ゆっくりと知っていこうと思います。

 きっと、それは私達をさらに仲睦しい夫婦にしていく事でしょう。颯爽とした風に背中を押されて歩く至幸への道、伝う愛の温もりを感じながら、彼とまた新たな人生の一頁を綴って参りたいと思います。

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 突然、我が身に降りた異世界トリップ、女性であれば誰もが素敵な王子様と巡り合って恋に落ちる、そう期待を胸に抱きますよね。しかし、私の物語は王道ストーリーとは全く無縁の世界でした。

 未だかつて無い妊婦でトリップ、それも我が子ではなく、大国の王と妃の御子を宿してです。なんと異世界で王妃様の代わりに王子の出産ときたものです。さらに魔女退治ととんでもない大役を背負わされました。

 そしてテンプレであれば、物語の初めに出会った相手ヒーローと最後には恋に落ちますよね?ところが私の場合、躯まで繋げた彼とはHAPPY ENDにはならず、恋を含め、予想を遥かに超える展開の連続で、もう無茶苦茶な物語でした。

 ですが、お気づきでしょうか。私にはもう一つ大きな役目があったという事に。それはある男性の閉ざされた心にもう一度、息を吹き込む事でした。それこそ私にしか出来ない託された使命でした。

 与えられた使命のすべてをやり遂げた私に用意された結末は素敵な旦那様とのHAPPAY ENDでした。愛しい旦那様というのは、あの心を閉ざしていた退魔師の彼です。今、彼は常に私の傍で、屈託のない素敵な笑みを見せてくれます。

 その笑顔を目にする度に、彼は私との生涯で幸せを感じてくれていると実感させられます。勿論、私も彼の傍でこの上ない至福を感じております。とんでもない物語の始まりでしたが、終わり良ければすべて良しですよね。

 今となってはどれもかけがえのない想い出たからものです。私と彼の周りの方々も私達に負けないぐらい、それぞれが幸せに溢れています。それは今のオーベルジーヌ国の在り方とも言えるでしょう。という事で、私の物語もようやく幕を閉じられそうです。

 え? 少し待ってくれですか?気になさっている事がおありだと?あ、あの事ですか?本当に私は元の世界に戻る事が出来なかったのか、ですよね?実は後から本当の事をお聞きしました。えぇ、本当になんと言いましょうか。

 まぁ、全く怒る気にはなりませんでしたよ。その時、既に私のお腹の中には二人目の子がおりましたし、今更ですよね?彼とも約束をしました。「片時も離れず、生涯を共にする」と。愛する旦那様と我が子達を置いてなど、考えられません。

 それに私の物語はこのオーベルジーヌ国で幸せいっぱいに紡がれていますから。この先もこちらの世界で物語を綴っていく事でしょう。そこに確かな愛と幸せがあると感じながら、愛する人達と共に、また新たな未来を切り開いて行きます…。





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