Birth92「至幸の道へ」




「こちらは…?」

 こちらに足を踏み入れた時から、もしやと気付いておりましたが、今目の前にして、やはり「ここ」であったかと、私は感慨深い気持ちになります。

「ダーダネラ妃の墓だ」

 オールから王妃様の名を耳にし、胸にしのぶ想いがじんわりと広がっていきます。高級花のシャモアを中心に華麗に装飾された墓石のプレートには”ダーダネラ・ノティス妃”と、記載がございます。

 時折こちらにはお墓参りに足を運ぶ事はありましたが、オールと個人的に来たのは初めてです。わざわざこちらの墓地へと赴いたのには王妃様にお伝えしたい事があるからですよね。

「お会いしたいもう一方ひとかたと言うのは…」
「そうだ。ダーダネラ妃の事だ」
「やはりそうでしたか」

 陽射しで乱反射するプレートを私とオールはそれぞれの想いを抱きながら見つめます。今は安らかに眠っていらっしゃる美しきダーダネラ王妃様の英傑えいけつには心が打たれずにはいられません。

 不業な死を遂げられたにも関わらず、最後まで誰もが幸せとなる道を導いて下さいました。これほど厳かで王妃様に相応しい方はいらっしゃいません。今も尚、彼女はこのオーベルジーヌ国を見守って下さっている事でしょう。

 また私の胸の内にも王妃様は色鮮やかに息づいております。私以外の人々の心の中にも、彼女は生き続けているのではないでしょうか。そして今、私の隣に立つオールの心の中にもです。私は奥ゆかしい彼の横顔を見つめ問います。

「王妃様にお伝えしたい事があるのですね?」
「あぁ。ダーダネラ妃が生存されていた頃、約束をしていた事があった」
「約束ですか?」

 神官様に続いて王妃様とも約束事をされていたのですね。

「何をお約束していたのですか?」

 私が内容に触れようとしますと、オールは静かに瞼を閉じました。言葉で表さなくとも、彼の面差しから深く意を込めている様子が伝わってきておりました。

 …………………………。

 暫くして彼の瞼が開き、ようやく口も開かれます。

「オレに生涯を共に歩む女性が現われた時、その女性を連れて会いに来て欲しいと言われていた」
「それは…」

 王妃様はかつて婚約者であった元恋人オールの次の相手をずっと気になさっていたのでしょうか。

「紹介して欲しかったようだ」
「まぁ」

 なんと言いますか、とても意外です。オールが退魔師の道を選んだ事により、王妃様の近衛から外れ、二人の繋がりは途絶えていたと聞いておりましたが、紹介して欲しいとは気さくな関係ではありませんか。

「正直、意外です」

 私の言葉にオールの方が慮外な表情を見せます。

「王妃様とは…その」

 自分で切り出しておいてですが、とても言いづらく言い淀みます。

「縁が切れていたとでも?」
「!」

 オールは察しが良すぎます。こうストレートに言われては何も言えなくなります。そんな気まずそうにしている私の心を察したオールは軽く溜め息を吐きました。明らかに彼が呆れているのが分かります。

「済みません。そのオールは王妃様をお近くにして、口を閉ざすようになり、その後、オファーされていた退魔師の道を選んだのだと聞いておりましたから」

 私はしどろもどろになりながら答えます。

「以前から思っていたが、オレの悲恋話は随分と美しい内容で語られているのだな?」
「ち、違うんですか?」
「違う」
「うっ…」

 向けられている視線が痛いです、痛すぎます。まだオールとお付き合いをする前に、憶測で思い込むなと注意をされた事がありましたよね。彼は勝手に推測されるのを嫌うタイプですから。そして、さらに彼は呆れ返った表情となり、もう一度溜め息をついて語り出しました。

「王妃の近衛を任されていたんだ。いくらダーダネラ妃とご縁があったとはいえ、その時の彼女とオレの立場は大きく違う。それに常に王妃のお近くには陛下もいらっしゃった。王都の軍師をしていた頃とはわけが違う。余裕なんてものはなくなり、自然と口数は減っていった」
「え?」

 真実を聞かされ、内容に私は目を丸くして驚きました。

―――そのような理由をお持ちだったのですか?

 最もな理由ではありますが、私は拍子抜けをしてしまいました。といいますのも、ナンさんがあまりにもオールの悲恋話をシリアスに語られていたので、すっかりリアルだと思い込んでおりました。うぅ、反省です。

―――だとしましたら…。

「何故、王妃様の近衛から外れて退魔師の道を選んだのですか?」
「それは…」

 オールは表情に少しばかり愁いの色を含みます。そちらに私は不安を覚えます。

「オレよりもダーダネラ妃の方が心を痛めていらっしゃったからだ」
「え?」

―――それはどういう意味でしょう?

「ダーダネラ妃は初め陛下の求婚を断るおつもりだった」
「え?」
「オレと婚姻を結んでいたからだ。だが最終的には陛下をお選びになった。それによって彼女はオレを裏切ったという気持ちに苛まれ苦しんでいた。間近で王妃を見ているオレも居た堪れなくなり、そんな折、退魔師の話が入り、その要望を受け入れた」
「そうだったのですね」
「オレはダーダネラ妃が陛下の元へと行かれた時から覚悟をしていた。だから彼女を恨んではない。そう王妃にも伝えてはいたが、彼女の良心は許せなかったのだろう。オレと顔を合わせれば、ご無理をなさっているのが伝わってきていた」

 オールの愁いは深まり、目にしている私まで気持ちが感化されそうです。

「オレは純粋に王妃の幸せを願っていた。陛下の隣りで幸せに笑っていて欲しかったのだが、オレが傍にいてはそれが叶わない。だからオレは王妃の近衛から外れる事を決めた」
「オール…」

―――やはりお優しいのですね、貴方は。

 自分の事よりも常に相手を想って行動されるのですよね。退魔師の道は最も危険な仕事です。安易に職種の転換が出来るものではありません。オールはその危険を背負ってでも、かつて愛した人の幸せを願ったのですね。

「そう悲しい顔をするな。沙都が思っている程、湿っぽい関係が続いていた訳ではない。オレが退魔師に移動してから、暫くして王妃も陛下の傍で幸せな笑みをお見せになるようになり、それから自然とオレとの関係もドライになった。でなければ、彼女もオレに大事な女性が出来たら、連れに会いに来てくれとは言わないだろう」
「そうですね。複雑な関係のまま、終わらなくて本当に良かったですね。ではこちらへは王妃様との約束を果たしに来られたのですね」
「あぁ」
「私をこれから共に歩んでいく女性として紹介して下さるのですか?本当に私で宜しいのですか?」
「何を今更?」

 自信がもてず委縮している私に、オールは呆れ顔となって見つめておりますが、そこに微かな笑みが含まれている事に気付きます。それが私を受け入れてくれているのだと安堵感を抱きます。

「とても、とても嬉しいです」

 私は噛み締めるように、気持ちを吐露します。

―――オール、どうか幸せになって。貴方の幸せは近くまで来ています。

 王妃様が去られる前、彼女がオールへ捧げた最後の言葉が蘇ります。既にあの時、王妃様は私の想いに気付かれており、オールとの未来を描いて下さっていたのですね。

 オールとの関係がドライになったとはいえ、王妃様は彼の幸せを気に掛けて下さっていたのでしょう。その幸せを間近で目になさりたかったのかもしれません。ですから次に彼が心を決めた女性を一目ご覧になりたかったのでしょうね。

 オールもまた約束を果たしに私を連れて、こちらへと足を運んで来てくれました。今、感動が確かな鼓動となり、私の胸を打ち続けます。オールにとって大切な女性が自分である事にとても誇りに思えます。

「沙都」

 オールから名を呼ばれ、そっと手を取られますと、私達は自然と向き合います。オールの真摯な表情から彼が何を伝えようとしているのか察します。私は大きな期待を胸に抱き、彼からの言葉を待ちます。

「初めて沙都に気持ちを伝えたあの日と今も変わらぬ想いを抱いている。もう一度改めて伝えるが、これからの生涯を共に歩んで欲しい」
「オール…」
「辛い選択をさせるのは分かっている。それでも沙都には元の世界より、オレの傍を選んで欲しい」

 握られている手にギュッと力が込められておりました。微かにオールから伝わってくる緊張の震えを感じます。表情や声色からは強張る様子はなく完璧なのですが、この伝う緊張が彼の何よりの本当の気持ちを表しているのでしょう。

―――本当にあの時と変わっていませんね。

 私に想いを打ち明けてくれたあの日と同じく彼は緊張をしています。今はもう私には敬語も使わず、気兼ねない関係となりましたが、それでもあの時のような緊張をされているのですね。この緊張こそ、彼があの日と変わらぬ想いをもっている何よりの証です。

「勿論です。約束をしましたよね?私が元の世界には帰りたくないと思わせる程の幸せを下さると。今まさに実感をしております」
「沙都…、あぁ、約束をした」
「もう片時も離れず、私はオールの傍にいる事を約束します」
「勿論だ。片時も離れず、生涯を共にする事を誓う」
「はい、約束です」

 互いがはにかみながらも、顔に喜色が溢れておりました。そしてオールから伝う緊張の震えが今は心地好い温もりに変わっております。交わした約束が緊張を解し、温かな気持ちへと変えたのでしょう。

「沙都、これを」
「え?」

 握られている手の中に何か違和感を覚えます。「何か」があります。先程まではそれを感じなかったのですが。そして手を離されると、私の手の平に輝くあるものが目に映りました。

「こちらは?」

 金色の深い輝きを放つ宝石ダイヤモンドのピアスです。この美しい輝きはオールの金色こんじきの双眸と似ていますね。

「既にオレの方は着けている」

 オールの右耳には私の手の平で輝くピアスと同じものが着けられていました。

「こちらはつがいのピアスですか?」
「そうだ」

 オールの答えに、私の鼓動が大きく跳ね上がりました。このピアスは私の世界でいう結婚指輪のようなものです。こちらの世界ではピアスを使用し、男性が右に女性が左と片方ずつ身に着けます。それも形も色も大きさも様々であり、唯一無二のピアスとなります。

 言葉だけでも十分でしたが、ここまで律儀に用意をしてくれていたのですね。そして彼は私の手の平にあるピアスを手に取り、私の左耳へと触れてきます。ピアスを着けようとしているのでしょうが、私の耳朶には穴が開いておりません。

 ですが、ピアスは何も問題なく耳朶に嵌ったのです。きっと、オールはさり気なく魔力で開けたのでしょうね。実にスマートな行動です。耳から感じる質量をくすぐったく思います。

「これで正式にオレ達は番いとなった」
「はい、これからも宜しくお願いしますね」
「あぁ。この先もずっと一緒だ」

 互いの瞳に映る輝くピアスの光を見つめながら、確かな愛を伝え合った時です。

―――フワッ!

「「え…」」

 不思議な事に何処からともなくシャモアの赤い花びらが桜吹雪のように私達の周りを舞い踊っているのです。あまりにも突然の出来事に、私とオールは茫然としておりました。こちらの敷地にはシャモアの花々はありません。

 暫く辺りを見渡しておりますと、なんとこの花びらは目の前のダーダネラ王妃様のプレートから溢れていたのです。止めどもなく舞い上がる花びらに包まれるこの光景は時を忘れてしまうほど美しく、目を奪われておりました。こちらはまるで、

「ダーダネラ妃が祝福して下さっているようだな」

 オールも私と同じ事を思ったようですね。王妃様が私達の様子を見守って下さっていたのですね。はにかむ気持ちもありますが、それよりも温かい祝福に心が打たれっぱなしです。暫くの間、私達はシャモアの花吹雪に優しく包まれながら、祝福を受けておりました。





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