Birth90「行く末は光り輝き」
「す、凄いです!シャイン様!」
優美な幾何学式庭園を訪れて、すぐの事でした。シャイン様がハイハイの姿勢で、とても上手に歩いていらっしゃいます!それもとてもお速いのです。ほんの数日前までは匍匐前進か後進、またはクルンクルンと横に回転をして移動なさっていましたのに。
―――いつの間に腰を上げて前へと進められるようになったのでしょうか。
あっという間の成長ぶりに、私は昂奮しっぱなしです。そしてシャイン様は腰を落とし手を広げられている陛下の前まで来られると、笑顔で陛下の中へと飛び込まれたのです。
―――か、可愛いです!
あの天使のような愛くるしい笑顔で抱き付かれては、た、堪りません!陛下も「シャイン、偉いぞ」「シャインは賢いな」と、シャイン様の頬にキスの雨を落とし、ベタ褒めなさっています。
スッポリとシャイン様を包み込まれた陛下も、ピタッと陛下の懐に抱き付かれているシャイン様も、とてもお幸せそうです。お二人とも周りが見えなくなるぐらい相思相愛なんですよねー。
「相変わらず、シャイン様は可愛いですね」
自分も感嘆の声を零しました。シャイン様と陛下のお幸せビジュアルに、周りの方々からも感嘆の溜め息が聞こえてきます。美形と天使の図は目の保養になりますからね。分かります、分かります。
それに陛下は以前こちらの庭園で、シャイン様とご一緒に戯れたいとおっしゃっていましたよね。ようやくその日を迎えられたという訳です。なんとも微笑ましい光景ではありませんか。
シャイン様はどなたにでも笑顔を見せられる愛嬌のある方ですが、やはり陛下を一番に慕っていらっしゃいますね。普段、陛下はとてもお忙しく、一日に限られた時間でしかシャイン様にはお会い出来ませんが、それでも血の繋がりはお強いです。
シャイン様は陛下のお姿をご覧になりますと、真っ先に陛下の元へ向かい、抱っこをせがまれます。急に自分の元から離れられてしまうと、少々妬けてしまう気持ちもあるのですが、親子の絆には敵いませんからね。とはいえ…。
「あぅっ、ふあっ」
シャイン様が私に気付いて下さったようで、何やら懸命にお声を上げ、紅葉のような小さなお手をこちらへと伸ばされます。そして、そちらのご様子に気付かれた陛下から名を呼ばれました。
「沙都」
すると、すぐにシャイン様が躯を前のめりにされて、手を伸ばしてきて下さいました。
「沙都が参り、シャインも喜んでおるようだ」
「シャイン様…」
陛下のお言葉に思わず舞い上がりそうです。
―――か、可愛すぎます!シャイン様!
きゃっきゃっと笑顔で、お出迎えをして下さるシャイン様がもう愛おしくて堪りません!お生まれになってから、はや一年と少しの月日が経ち、だいぶお躯も大きくなられ、身長も70cm近くまであるそうです。
生まれたての50cm程の頃が嘘のようですね。そしてふんわりとしたペールブロンドの髪は伸び、お顔の輪郭もより端正となられて、益々麗しさに磨きがかかっていらっしゃいます。
母乳時期が終わられて、少しずつ私からは離れて行くものだと思っておりましたが、実際はその懸念は不要でしたね。母乳を与えて育てていた頃と変わらず、シャイン様は私を母親のように慕って懐いて下さいますもの。
今も私が手を伸ばせば、こちらへと飛びついて来られましたよ。私はシャイン様を抱き上げますと、自然と顔がふにゃっと綻んでしまいます。それにギュゥと私の躯にくっついて下さり、ポッポッとされたシャイン様の体温がとてもとても温かく心地好いです。
「沙都は休憩か?」
「はい。そうです。今日はシャイン様にお会いしたく、こちらまで足を運びました。陛下も休憩のお時間ですか?」
「私は予定の会議が無くなり、少しばかりシャインに会いに来た」
「そうでしたか」
陛下はお時間を見つけてはシャイン様の所まで足を運ばれますからね。シャイン様の前では陛下も人の親となんの変わりもありません。
「陛下、私とても驚きました。シャイン様はいつの間にハイハイ歩きをなさるようになったのですか?」
「私も今日初めて目にした。侍女が言うには昨日までは匍匐で動いていたようだが、この庭園に来てから急に腰を上げて前進するようになったそうだ」
「そうでしたか!あまりにも軽やかにハイハイをなさっているので、まさかつい先程からとは思いも寄りませんでした」
今後はつかまり立ちを始められて、その内お立ちになるようなり、気が付けば歩き出されるかもしれませんね。益々の成長が本当に楽しみで仕方ありません。
「そうだな。やはりシャインは賢い」
「そうですね」
私と陛下が同時に笑みを落としますと、シャイン様はさらにきゃっきゃっと喜びを全身で現されます。
―――か、可愛いです!
もう何度目の可愛いでしょうか。何度申し上げても足りないというぐらい可愛いのがシャイン様です。
「可愛すぎて食べてしまいたくなりますね」
「沙都もそう思うか?私もだ」
私の言葉に賛同をされた陛下は青空のような朗らかな笑みを広げ、シャイン様の頬にチュッと口づけを落とされました。
「時折、シャインの唇に口づけを落としたくなるのだが、さすがにそれは申し訳なく思い、出来ずにいる」
―――す、凄い溺愛ぶりですね!
今、サラッと陛下はおっしゃいましたよね?シャイン様は男の子ですが、可愛い我が子ともなれば、性別は関係なしに食べたくなってしまうものなのでしょうね。
「そうですね。唇はシャイン様が今後、愛される女性の為に、とっておいて差し上げましょう」
「そうだ「「それでしたら、とっくに私が頂いてしまいましたよ」」
―――え?
えっと、今のお声は?私と陛下の会話の間にさり気なく入って来られましたよね? それに頂いたと言いますのは?振り返りますと、ナンさんのお姿がありました。
「ナン、今の言葉はどういう意味だ?」
隣にいらっしゃる陛下から、かつて耳にした事のない相手を切るような鋭いお声が上がりました。く、空気が大変重苦しいのですが。
「はい。先日お世話をしている時にですが、シャイン様が私に恋をしてしまったのではないかと思わせる愛らしい笑顔をお見せになり、大変私は気持ちが高揚となって、思わずシャイン様の唇を頂いてしまいました」
―――えぇ!
ば、爆弾告白ではありませんか、ナンさん!(色々な意味です)と、私は素っ頓狂となりますが、彼女は頬を紅潮とされ、ご満足げな様子です!
―――へ、陛下?
私の隣で無表情かつ全く微動だに一つなさらない今のご心境は…。
…………………………。
嵐の前のような静けさが漂っております。そして…?
「誰が口づけて良いと申したぁああああああ―――――!!!!!!!!」
「ひぃいいい!!!!」
「へ、陛下!!」
麗らかな日和に恐ろしい嵐が訪れました。黒い雷様が轟き、大地を震撼させます!雷の直撃を食らわれたナンさんと間近にした私は同時に悲鳴を上げました!かつてこのように陛下から怒号を放つお姿を目にした事がありません。
免疫のない私はまるで自分が怒られたかのように委縮してしまいました。ほ、本当に恐ろしいです!私でそのようになったので、直撃を受けられたナンさんは目をウルウルとされています。
「ご、ごめんなさぁい!!ほんの出来心だったんですぅー!!」
それから彼女は目に手の甲を当て、ワンワンと泣き始めてしまいました。
「出来心で其方は何度シャインに口づけのだ!?」
「数えきれない程ですぅー!」
「この愚か者!!」
「え~ん!!」
「泣いて済む問題ではない!!」
―――お、恐ろしいです!本気でお怒りになる陛下は!
陛下からの非の糾弾は止まりません。私を含めて周りの使用人さんや侍女の方々もオロオロです。とても陛下とナンさんの間に入れる隙はなく、その間にもわんわんと激しく泣かれるナンさんが気の毒でなりません。陛下も我が子の事となりますと、国王陛下という立場をお忘れになってしまうんですね。
―――ど、どうしましょう。
間近にいる私がなんとかしなければなりませんのに、どうする事も出来ません。
「え?」
気が付けば、私の懐にスッポリと収まっていましたシャイン様が躯を起こされて、隣にいらっしゃる陛下へと手を伸ばされます。そして陛下の頬をペチペチと押されるのです。不意をつかれた陛下も何事かと瞠目なさっています。
シャイン様は真顔で何度もペチペチを繰り返され、傍から目にしていますと、「父上、お怒りを鎮め、どうかナンをお許し下さい」と、おっしゃっているように見えるのは私の都合の良い解釈でしょうか。
「シャイン?」
陛下もシャイン様のご様子に何かを感じ取られたようです。私からシャイン様を手に取られ、それからギュッと懐に抱き締められます。
「済まない、其方の前で大人げない姿を見せた。其方の方がよっぽど大人だな」
陛下は眉根を下げ、シャイン様にお詫びの言葉を入れられました。シャイン様は「うっ、あっ」と、お声を出され、ナンさんの方へと指を差されます。
―――シャイン様?
「あぁ、そうだな」
シャイン様の指の意味を把握出来ない私でしたが、陛下は気付かれたようです。陛下はシャイン様を抱いたまま、ナンさんの前まで行かれました。
「ナン、悪かった。声を荒げてしまい、其方を泣かせてしまったな」
「陛下~!えっぐ…私の…方こそ…ヒック…申し訳…えっぐ…ありま…せぇえん!」
陛下からお詫びの言葉を頂いたナンさんは、さらにお顔を崩されました。先程とは違って嬉し泣きのようです。
―――さすが、シャイン様ですね。
大人の私達でも手足が出せなかった事を赤ちゃんのシャイン様があっという間に解決なさってしまいました。凄いですよね。赤ちゃんの行動にはあっと驚かされる事があると言われますが、本当にとんでもなく感心をしますよね。
シャイン様であれば、オーベルジーヌ国の未来を託せられます。きっとアトラクト陛下のご意思を継がれ、国を立派に築いて行かれる事でしょう。シャイン様が国王陛下となる輝かしい未来を夢見て、これからの行く末を温かく見守って参ります…。