Birth82「甘美な熱に色づけられて」 




 性急な出来事に思考が追い付かず、私は目をみはって硬直となります。

―――何故このような事に…。

 まさかオールさんとこのような事になろうとは、ほんの数秒前まで考えられない出来事でした。心の準備をする間も与えられず、戸惑いから躯が震えます。

 そのような中でも意識は唇へと集中しておりました。やんわりと重ねられる唇から甘やかな痺れが生まれ、触れ合う部分が熱の源となって、熱気が波紋のように躯全体へと広がっていきます。

 痺れは私の躯を硬直とさせておりましたが、この先を期待する官能的な考えに絆され、自然の流れに身を任せるようになりました。鼓動は駆け走る勢いで私の胸部を打ち続けます。

 時折、オールさんは私の様子を窺っているのか、唇を離された時に目線を上げ、その視線と重なりますと、熱の籠った彼の姿に私は羞恥と疼きを感じ、視線を逸らしてしまいます。このように間近で彼を感じる事に免疫がありませんから。

 そんな私の気持ちをオールさんは察しているのだと思います。あくまでも優しく私の唇を包み込む柔らかい口づけを律動的に繰り返されておりました。決して無理に進めようとはしない気遣いが伝わってきます。

 唇は離れても吸い付くようにまた重ねられ、その度に熱が深まっているように思えました。触れられている手が、唇が、すべてがとても心地好く、温かな気持ちが胸内へと流れ込んできます。

 そしてジワジワと熱が高まった頃、唇は緊密な接触となり、思いがけない新たな熱が生まれます。ドクドクと心臓の音も一層速まり、今でこのような切迫をしているのですから、この先はどうなってしまうのでしょうか。

「ふっ、あ…」

 唇を重ねてから一切言葉を交わしておりませんが、伝わる熱や零れる吐息が二人の想いを物語っていました。密着が深まりますと、互いの口元が割れ、どちらからともなく自然と舌が絡み合います。

 ここでもオールさんは猛らず、私の強張った緊張を解すように舌を優しく捉えて下さいます。円を描くように柔らかく舞い、私の舌も彼の動きに合わせて緩やかに踊ります。唇を重ねている時はくすぐられるような甘い痺れでしたが、今は情熱的な痺れへと変わりました。

「んっ…んぅっぁ」

 熱い吐息が声となって零れ落ちます。快感に酔いしれているのがあからさまに分かり、深く羞恥心を抱いた私は咄嗟にオールさんの唇から離れて俯いてしまいますが、すぐにさり気なく顎を上げられ、再び舌が差し入れられます。

 甘い蜜をもつ花に誘われる蜜蜂のように私の舌は吸い寄せられ、オールさんの舌と再び絡み合いました。十分に潤い切った舌は少しでも激しく舞えば水音を弾き、さらに私の羞恥が煽られます。

「ふ…ぁっ、んっ」

 またしても蕩け切っている声が洩れてしまい、再び逃げ出したい思いに駆られたところに、そっと唇を離されました。

「沙都様、有りのまま感じていて下さいませ」

 そう私の耳元で伝えるオールさんのお声は愛おしむように甘く、声の一つで快感を与えられ、私の劣情へと火が点きそうになりました。彼はきっとまた私が自分の声に羞恥して、唇を離すかもしれないと、先に声を掛けてきたのでしょう。

 それから舌を甘く吸われ、熱に浮かされるような快美感が広がると、私はその快感に浸っていたいという本能に従うようになります。従順になった私の様子をオールさんは見て、舌の絡みが濃厚となっていきます。

 彼の舌がゆっくりじっくりと私の上顎や歯列、口腔内の奥と入り、口腔内全てなぞるように廻りますと、躯にゾクゾクと快感が走り、私は幾度も震え上がります。さらに舌を絡め取られ、少し強めに吸い付かれた時には、完全に頭の中が甘く蕩け切っていました。

「んっ…んっ、ふ…ぁっ、」

 この時には止めどなく零れる吐息も気にならなくなり、舌を求められる事が私自身を求められているようで、たまらない気持ちが湧き起こります。そんな思いもあって彼の舌を求め、自身の舌を躍らせます。

 交わる粘膜と弾く水音は奏でられ、舌が絡めば絡むほど口づけは濃厚となっていき、唇を離した際に糸を引くほど潤いが深められ、視覚的にも淫らな光景に興奮が生じてきました。

 まさかこのような事をオールさんとしている自分が不思議でフワフワした浮遊感に見舞われます。夢心地にいるようなこの感覚がまさに幸福感と言えるのではないでしょうか。躯の力が完全に抜け、時を忘れて口づけに没頭しておりました。

―――ズクンッズクンッ。

 気が付けば、下肢の奥が何かを訴えるように疼いており、それが何を意味するのか、頭で理解をしますと、今与えられている熱とは別に躯中が火照ってきました。その時、グチュッという水音と共に唇を離されます。

 すぐに次の熱に覆われるかと思いきや、そのまま呼吸の通りが良くなり、急に夢から醒まされた私は意識が現実と結びつかず、茫然とします。正直、解放された唇がとても名残惜しく、それが表情へと現れていたようです。

「そのようなお顔をなさらないで下さいませ」

 微かに口角を上げてオールさんのお顔を私は不安げに見つめます。

「そろそろ寝台へと参りましょう。お躯が冷えたら大変です」

「え?」

 その場から立ち上がったオールさんはすぐに私の手を取り、寝台へと向かいます。急展開に私は目を丸くしますが、何か私に粗相があって熱を離されたのではないと分かり安心をしました。

 こちらの世界の女性は冷え性の方が多く、夜は冷え込まないよう注意をされています。そして、それに関して殿方は注意深く見ているそうです。オールさんも気遣って下さったのですね。ですが、今の私は先程の濃厚な口づけで躯中が火照って暑いぐらいです。

 ポカポカとした熱をもったまま、私は優しく寝台へと落とされました。次の展開を考えれば、爆走する心臓に身が持ちそうもありません。そんな私の様子をよそにオールさんは寝台へと入らず、その場に腰を落とされました。

「え?」

 ポカンとして見下ろしていますと、彼は私の足元に手を伸ばし、スルッと室内サンダルを脱がして下さいました。

―――そのような事、自分でやりますのに。

 なんだかオールさんが私専属の執事に見えます。そこにほのかな萌えを感じて…いる場合ではありません。何をこのような時に妄想をしているのですか!

「あ、有難うございます」

 聞こえるか聞えぬか分からない、か細い声で私がお礼を言いますと、オールさんは「いいえ」と、ほのかに微笑まれました。その刹那、フッと彼から笑みが消え、私との距離が縮まります。無意識に握った拳を胸元で押さえますと、

―――ドクドクドクッ。

 脈打つ波が自分の拳へと伝っておりました。オールさんは寝台へと入り、真っ先に私の頬に触れ、そして唇を覆います。再び熱を噴き込まれ、私は羞恥よりも高揚する気持ちに胸を膨らませます。

―――え?

 ごく自然な流れではありましたが、私の背は吸い込まれるように寝台へと沈み、オールさんの躯に覆われている体勢となります。た、確かに寝台へと入れば、このような展開にはなるのでしょうが、いざとなれば、躯がおのずと強張ってしまいました。

「沙都様、どうか力を抜いて下さいませ」

 私の硬い様子にオールさんは優しい声色で緊張を解そうとされます。

「唇の力を抜かれた方が気持ち良く感じられます」

―――ズクンッ。

 躯の芯がざわめきました。淫らな言葉を言われた訳ではありませんが、何故か私にはとても官能的な意味に捉えてしまい、妙に躯が反応をしてしまったのです。冷静な判断をされるオールさんに対して、勝手に淫らな考えをして慌てふためく自分がとても情けなく感じます。

 初体験であるならまだしも、少しばかり経験があってこれですからね。オールさんも私相手ではやりづらく思われているのではないかと不安を抱きます。言葉の通りに力を抜きたいのですが、妙な不安で躯が強張ったまま解せません。

「申し訳ございません。このような状態で力を抜けという方が、ご負担になりますよね」
「す、済みません。頭では分かっているですが緊張が解けず」

 オールさんが相手ですと、自分でもどうしてこのような酷い緊張となるのか分からないのです。私は眉根を下げて浮かない表情を見せます。

「それは私も一緒です、沙都様」
「え?」

 躯を覆われた姿勢で真っ直ぐと私の瞳を見据えるオールさんの表情は真剣そのものです。

「あの一緒とは?」
「私も沙都様と同じく緊張をしております」

 打ち明けて下さったお言葉に、私は大きく瞳を揺るがせました。私と違ってオールさんはずっと冷静なご様子でしたし、緊張をされている事に気付きませんでした。ですが、彼がそっと躯を落として私の躯を包み込んだ時、

―――ドクンドクンドクンッ。

 早鐘のように打つ心臓の音が伝わってきて、やっと気付きました。

「やっと貴女を自分のものに出来るのです。緊張せずには居られません」

 そうおっしゃるオールさんの声色が微かに震えているように聞こえました。互いの鼓動が重なり、彼も私と同じ緊張をされているのだと体感し、それがとても嬉しく愛おしく思えました。

「はい、伝わってきていますよ。オールさんの緊張…」

 そう嬉しさの笑みを零して伝えますと、オールさんは躯を上げ、笑みを覗かせました。こうやって何度も彼の笑顔を見せて下さるのも愛を感じさせますね。そして彼は顔を近づけ、こう囁きます。

「緊張を解いていきましょうか」





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