Birth81「愛の花は寄り添い」




 マアラニの件があり、陛下への気持ちが落ち着いた頃、出産の時期を迎えておりました。それから今までひたすら育児に没頭し、次の恋をしている余裕などは…そう言い切りたいのですが、胸の内では温かい恋の花が咲いていたのです。

 今考えれば、それは陛下を想っている時から、芽吹いていたのだと思います。オールさんは所々でさりげない優しさを下さっていましたからね。ですが、陛下と過ごす時間の方が多かった為、気付くのが遅くなりました。

 いえ、心の何処かで二重の想いに戸惑いがあり、オールさんへの気持ちを封じていたのかもしれませんね。それは陛下への気持ちが落ち着いた後も、育児を理由にして変わる事はありませんでした。

 それなのに彼ときましたら、生真面目に日々必ず私の元へ様子を見に来られるので、抑えていた気持ちは度々大きく揺らいでいました。とはいえ、私達の間に特別に進展があったという訳ではありません。

 彼の想いの矛先が自分に向く事はないと思っておりましたし、彼への想いを募らせても、元の世界に戻るのであれば、切なくなる事は分かっていましたから。勿論、オールさんから離れる辛さも抱いていたのは確かです。それもあり、恋心に気付かないフリをしていたのです。

 ここまで感情が昂らないよう調整をしてきましたが、まさか元の世界に帰れないという事態が起こるとは。私もとんだ運命に翻弄されてばかりですね。そうなってしまった事は仕方ありませんが、気持ちの整理にはまだ時間を要します。

「沙都様には留まる思いがおありではなかったのですか」
「え?」

 オールさんから咎められるような鋭い眼差しを向けられ、私は気後れします。私の一人勝手な行動に不満がおありだったのでしょうか。

「ない訳でありませんでした。シャイン様は我が子としてみていますし、お世話になった方々へのお礼も返し切れておりません。すべての方々へお返しをしていきたいのですが、私がこちらに滞れば滞る程、みなへの混乱を招き、陛下がお困りになって…」
「結局、沙都様はすべて陛下なのですね」
「え?」

 色を損ずるオールさんの様子に、私は一驚します。確かにアトラクト陛下の事を思い、私は自分の世界に戻ろうとしましたが、そこに恋愛が絡んでいた訳ではありません。

「オールさんは思い違いをされていませんか?私は陛下を含めて皆さんのお気持ちを尊重したのですよ」
「思い留まりたいお気持ちは他にもおありではなかったのですか?」
「え?」

―――ど、どういう意味で問われて?それに…。

 き、気のせいですよね。オールさんの表情に熱を帯びているように見えますのは。そう思いたいのですが、心臓は胸部の外へと飛び出すかのようにドクドクと脈打ち、問われた意味の答えが見出せません

―――ガチャンッ。

 動揺して手が震えてしまい、目の前のティーカップを倒してしまいました。

「…っ」

 私はか細い悲鳴を上げて目をすがめます。カップから零れた紅茶が手にかかってしまいました。

「大丈夫ですか」

 オールさんは席を立たれて、軽く火傷をした私の手を握ります。触れられた瞬間、痺れが走り、掴まれた自分の手が顔色と共に熱くなっていくのを感じました。そして労わるように気遣った握り方をされておりましたが、突然ギュッと掴まれ、私は瞠目とします。

「あ、あの?」
「お綺麗な手が赤くなっていらっしゃいます」
「オ、オールさん?」

 私の手は綺麗でしょうか?なんだかとても歯痒いセリフで、言われ慣れていない私はより深く頬を朱色に染めます。

「あ、あの…」

 あ~、この上擦った声と赤面で動揺しているのが、オールさんに伝わってしまうではありませんか!触れられている部分がドクドクと脈を打っているような気がします。そして胸の内では動揺をおさまれ治まれと唱えましても、全く躯は言う事を聞いてくれません。

「痕になっては大変です」
「大丈夫ですよ、これぐらいでしたら。冷水に流しておけば…え?」

 オールさんは手を握られていないもう一方の手を私の手の前へと翳します。次の瞬間、フワッとした光彩が現れ、私の火傷へと浸透していきました。すると、すぐに手の赤みとジンジンとしていた痛みが引いていったのです。

「これは…」

 私は今の光景に呆け、無意識の内に訊いておりました。

回復魔法ヒーリングです」
「魔力ですか?私の為に利用されて良くはありません」

 魔法の利用は色々と規制があります。今程度の火傷で本来利用してはならない筈です。

「大事なお躯に痕を残す訳には参りません」
「心配性なのですね。オールさんは」
「えぇ、貴女の事になればですが」
「……………え?」

 私は時間差で反応をします。

―――い、今のお言葉は?

 オールさんと視線を合わせれば、まだ握られている手からより深い温もりを感じます。先程のお言葉といい、この手から伝わる熱といい、まさかですよね…?何処かほのかには感じておりましたが、さすがにそちらはないと私は全否定をします。

―――こちらの手をどうしたら…。

 私は戸惑いの色を隠せません。そのような中、思わぬ言葉をかけられます。

「沙都様、どうかお聞かせ下さいませ」
「?」

 オールさんの心まで見透かされるような強い光を湛えた瞳から、視線を逸らせません。

「思い留まろうとされた中に、私の存在はございましたでしょうか」
「え?」

―――ドクンッ!

 突然の津波が私の心臓を強打します。

―――ど、どういう意味でお聞きされたのでしょうか。

 まさかとは思いますが、オールさんは私の想いに気付いているのでは?でなければ、そのような質問はされませんよね?

「あ、あの何故そのような事を?」
「正直申し上げますと、こちらに思い留まられる理由に、私の存在があればと期待を抱いておりました」
「え?」
「ですが、沙都様はお戻りになる道を選ばれました。それも陛下の為だとおっしゃり、貴女の中で私を考えて下さるお気持ちはおありではなかったのでしょうか」
「あ、あの…」

 なんと言葉を紡いだら良いのでしょうか。私にはオールさんが私に気持ちを求めているように思えるのです。

―――まさかそのような事が…。

 視線からも手の温もりからも伝わる熱がzいかに心臓へと浸透していくようで、これ以上、見つめ合っておりましたら、完全に溶かされてしまいそうです。

「勿論、オールさんとお別れをする事も、とても切なく思っておりましたよ」
「では私の気持ちを受け入れて下さいますか?」
「え?」

 刹那、私の思考はショートしてしまいました。先程からまさかとは思う部分はありましたが、完全に私の思い違いに過ぎないと振り払っていました。

―――今、彼はなんて…?

 ドクンドクンッと確かな鼓動が胸の中いっぱいに響きます。

「あ、あのオールさんは私を?」
「はい、お慕いしております」

 恐れ多い事を口にした私の言葉に、彼はなんの躊躇いもなく、答えを下さいました。

「え?え?ですが、オールさんはダーダネラ王妃様を想われているのではありませんか?」
「何故、ダーダネラ妃の名が出て来られるのですか?王妃はアトラクト陛下との道を選ばれた方です。沙都様は私がまだ未だ過去を引きずっているとお思いなのですか?」
「えっとそれは…」

 以前、王妃様のお墓の前で祈る姿のオールさんを目にしてから、彼はずっと王妃様を想っているものばかりだと思っておりました。そちらも私の胸の中で、ずっと閊えていた事柄です。

「故意にではありませんが、目にしたのです。オールさんがダーダネラ王妃様のお墓の前で切な気にお祈りをされるお姿を」
「え?…あれは王妃を想って祈っていた訳ではありません」
「え?」
「沙都様をお守り頂くよう、願いを伝えておりました」

―――私をですか?

 自分の名を出され、胸の内にじんわりとした温かな情感が流れてきます。

「代理出産だけではなく、魔女退治の件もございました。私は命を懸けて貴女をお守りするつもりでありましたが、より強い守護を願い、王妃に祈りを捧げておりました。彼女であれば代理出産を託した沙都様をお守り下さると思ったのです」
「…私の安全を願って下さっていたのですね」

 あの時には彼の中で私の存在があったという事でしょうか。思いがけない彼からの告白に自然と嬉し涙が滲んでおりました。そんな唇を噛み締める私の姿を見つめるオールさんは席を離れ、私の前へと腰を落とされます。

「沙都様」

 騎士が忠誠を誓う時のようなお姿を目の前にして、私は息を呑みます。それからスッと温かく大きな手に包み込まれ、そして固く握り締められます。

「貴女が元の世界にはお戻りになりたくないと、そこまで思える幸せを私がこちらの世界で作って参ります」
「オールさん、それは…」

―――そのお言葉はまるで…。

「私が貴女を幸せに致しますので、どうか私の心を受け取って下さいませ」

 まさにプロポーズのお言葉でした。私には身に余るお言葉です。その喜びは涙として頬に伝っておりました。まさかオールさんからそこまで思われていたなんて、嬉しさのあまり涙が次から次へと溢れ零れ落ちて行きました。

「沙都様のお気持ちをお聞かせ下さい」

 彼の明眸から核心へと迫っているのが分かり、私は破顔をしてしまいます。

「お聞きにならなくても、もう既にお気づきではありませんか?」

 思うにオールさんは何処かで私の気持ちを確信されていたのだと思います。それでお気持ちを伝えて下さったのでしょうね。

「さようですね。沙都様がこちらのお部屋に私を迎えて下さった時から、自信は持てましたが、それでも直接お聞きしなければ、確信がございませんでした」

 陽射しの下で咲き誇る大輪の花のように美しいオールさんの笑顔に惚けそうになりますが、一つ気になるお言葉が…。

―――私がお部屋を迎えた時からですか?

 その言葉が妙に胸に引っ掛かりながらも、気持ちはどんどんと昂っていきます。

「沙都様、これからの生涯を私と共に歩んで下さいませ」
「はい。宜しくお願いします」

 オールさんのお言葉に応えるようにして、私は彼の手を包み返しました。今、胸いっぱいに愛の花が咲き誇り、自然と零れる笑顔が幸せを物語っておりました。オールさんも同じお気持ちだと思えば、幸せで仕方ありません。

「沙都様」

 熱の籠った甘いお声で名を呼ばれ、握られていた手は私の頬へと移ります。

「今から私自身も受け入れて下さいませ」

―――え?……………もしかしてですが?

 ようやくここで私は気付きました。殿方を寝室に招くという事はお気持ちだけではなく、お躯も受け入れるという事に。そう気が付いた時、既に私の唇はオールさんの熱で塞がれておりました。





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