Birth77「シャイン様との日々」




「上手に吸えるようになりましたね、シャイン様」

 只今、母乳の時間です。窓から陽光が射し込み、室内の床に日だまりが出来る心地良い正午を迎えておりました。御子のお名前は「シャイン」様です。私の世界では「光り輝く」という意味をもちますので、まさに天使のような御子には似つかわしいお名前だと思います。

 名づけはアトラクト陛下とダーダネラ王妃様で、お二人が決めていらっしゃいました。こちらの世界では「幸をもたらす」といった意味をもつそうです。それはオーベルジーヌ王国の荘厳な未来を委ねるという意味が込められているそうです。

 シャイン様がお生まれになった日、国中がお祭り一色へと変わりました。ちょうど他国の王達が集まっていたのもあり、そのまま大祝宴が行われたのです。突然の出産だったにも関わらず、次から次へとお祝いの品物が届き、宮殿内部がプレゼントの装飾となっていきました。

 プレゼントだけではなく、他国のお偉い方々も沢山いらっしゃいました。魔法を利用されれば、人も物もひとっ跳びですからね。そして豪華絢爛に彩られた祭りは水の都に相応しい演出までも行われました。

 海の水が奏でる音楽に合わせて踊る光のイリュージョンを演出し、人々の心を高揚とさせました。王妃様が亡くなられてから、暫く失われていた国の活気がようやく取り戻した日でもあったのです。シャイン様のせいが人々の新たな希望となったのではないでしょうか。

 お祝いは夜通し続き、明くる日も、その翌々日も行われ、暫くの間ずっと余韻へと浸られていました。生まれたてのシャイン様ですが、それはもうアトラクト陛下以上の人気ぶりでした。誰もが天使だと謳っていましたからね。

 早くもあれから半年もの月日が経とうとしていました。シャイン様がお生まれになって間もない頃、私は上手く乳を咥えさせる事も出来ず、よくナンさんに手伝って頂いていましたが、今ではシャイン様の方からしっかりと咥えて下さるようになり、一人でもきちんと乳をあげられるようになりました。

 シャイン様は毎日眺めていても飽きませんね。私の胸にちょこんと手をついて、懸命に母乳を飲んで下さるお姿は愛くるしく、日々愛情が深まっていくばかりです。シャイン様も私を母のように思って下さるのか、ピタッと懐いて下さるので、もう愛おしくてたまりません。

 とはいえ、この半年間は母の皆様であれば、もうお分かりでしょうが、堂々巡りの生活でした。育てる私には手がいっぱいだったのです。こちらの世界の赤子には一時間毎に母乳を与えます。一回の時間は両乳合わせて一時間程です。

 シャイン様は比較的、夜は熟睡されているので助かりますが、それでも時折起きていらっしゃる事もあり、こちらの睡眠時間を削って乳を与えておりました。こればかりは毎日でないとはいえ、とても辛いものですね。

 おしめも男の子だと大変です。顔に噴射されてしまった時もありました。お風呂もシャイン様の首がまだ座っていらっしゃらないので、しっかりと躯を支えられず、今でも手伝いを頂きながら洗っております。

 また少々シャイン様は甘えん坊なところもありますので、少し誰かと話し込んでしまうだけでも、淋しがってギャン泣きをされます。とはいえ、どんなに大変であろうとも、お風呂も食事もしものお世話も基本すべて自分の手で施しています。

 宮殿には赤子の世話をするエキスパートさんがいらっしゃるそうですが、私はピシャリとお断りをしました。だって我が子ですよ?自分の手で育てたいではありませんか。今では大変さもほんの少しだけ緩和されてきました。

 こちらの胎児の成長は私の世界の胎児と同じく10ヵ月程ですが、生まれてからは老化が緩み、向こうの一年の成長がこちらでは二年かけてようやくといった所です。シャイン様が誕生されてから半年となりますが、私の世界でいえば、まだ3ヵ月ぐらいの大きさなのです。

 向こうの母乳期間が一年程なので、こちらでは二年はかかるであろうと覚悟していましたが、実際は半年で終わります。こちらでも一般的には一年なのですが、王族の御子は特別だそうです。

 母乳は血液から作られているという事もあり、母体の負担となるので、こちらの世界ではミルクに替えます。与えるミルクには特殊な薬草ハーブが含まれているそうで、母乳以上の栄養素が入った特別なものです。

 王族の御子は丈夫な躯をいち早く作る為に、ミルクを一般の赤子よりも半年ほど早く飲むそうです。ちょうど首が座る今の時期からミルクへ替わります。間もなく母乳時期の終わりに差し掛かりますので、この母乳タイムはとても貴重なのです。

―――お腹がいっぱいになられたようですね。

 シャイン様は乳から口を離されると、すぐに目をこすっておられました。もう瞼がくっつきそうではありませんか。愛らしいピンク色の双眼が閉じられるのは淋しいですが、また眠ったお顔も可愛いですからね。

 私は胸元の生地を直してシャイン様を寝かしつける事にしました。あ、今はもう私は天神のころもを着てはおりません。こちらの世界のドレスを着用しています。天神から母親になりましたからね。

 私はシャイン様を抱き直し、揺り籠のように躯を揺らしていきますと、すぐにシャイン様は瞼を閉じてしまわれました。無垢な寝顔を眺めていると、こちらまで眠気にそそられてしまいます。既に私もウトウトとなっていました。この後、添い寝をしましょうかね…。

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「シャインはもう寝たようだな」
「はい」

 今宵、ちょうどシャイン様が寝ついた頃、陛下がこちらの寝室へと来られました。陛下はベビーベッドでスヤスヤと眠っていらっしゃるシャイン様の寝顔をご覧になって笑みを浮かべていらっしゃいます。すっかり親のお顔ですね。

 夜こちらの部屋で私はシャイン様と二人で寝ております。陛下は?と、お思いになるかもしれませんね。陛下はご自分の寝室で就寝されています。私との仲がどうこうという訳ではありません。

 実は王族の赤子は王や妃が育てるのではありません。乳母から身の回りの世話をする専属の使用人がいます。そして夜は残念ながら共にお休みする事はありません。就寝の時間帯に赤子の世話をするとなれば、王や妃の翌日の仕事に支障をきたす懸念がある為、禁じられています。

 私は陛下の妃ではありませんので、責任をもってシャイン様と一緒の寝室で寝ております。陛下は説明の通り、シャイン様と同じ寝室でお休みする事が禁じられている為、別室となっている訳です。

 我が子と離れ、気の毒には思いますが、それでも王政を司る国の主であると陛下自身は認識されているので、こちらが気にする程、残念なご様子ではありません。そして私との仲もきちんと健全です。

 ただマアラニの件があってから、陛下と躯を重ねる事はありませんでした。元々シャイン様のお躯を守る上でおこなっていた性交渉です。今となってはその義務を行う必要がなくなりましたからね。そちらに対して互いに触れる事もなく、仲は清い意味で良好だと思っております。

 複雑…そういう気持ちもありません。自分の中で綺麗に割り切っているのでしょう。今更、陛下のお気持ちを求める欲も抱いてはおりません。あのような事件を目の当たりにしてしまえば、私利欲も自然と沸かないものです。

「最近は其方と話す機会が減っていたな。申し訳なかった」
「とんでもございません。陛下が多忙でいらっしゃるのでは存じておりますので」
「そう言ってもらえるだけで、心が軽くなる」

 苦笑されながら陛下は私の隣に腰を落とされます。このように陛下を目の前にすれば、感情のどうこうは関係なく、胸の鼓動が速まるのは相変わらずですね。何度目にしましても、陛下の美しさには圧巻させられます。

「其方がしっかりとシャインを見てくれていたおかげで、仕事に一心する事ができ、間もなく事が落ち着きそうだ」
「まぁ、では?」

 私の胸に希望の光りが灯されます。心に浮かんだ事柄が起きたのでしょうか。





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