Birth76「麗しき御子の誕生」




「あ、アトラクト陛下」

 私の驚きとは反して平静なご様子で、陛下の名を呼ばれたエヴリィさんの横を通られた陛下はすぐにこちらへと来て下さり、そして私の手を握って膝をつかれました。

「へ…陛下?」

 国王陛下に膝をつかせるなど、お、恐れ多い事です!上質な礼服が汚れてしまうではありませんか!それに陛下の随分と息を切らせているご様子から、慌てて私の元へと来て下さったのが分かり、私の胸の内にジーンと温かい気持ちが広がって行きます。

「沙都、大丈夫か!このような苦しい姿となって労しい。私が付いておる。辛いであろうが、もう少しの辛抱だ。頑張っておくれ」

 汗だくとなって本気で苦悶する私の気持ちを陛下は察して下さったのですね。手に籠められた強い温もりによって、真摯なお気持ちだという事が伝わってきます。

「あれ、陛下。今は4国を交えた重要な会議の最中かと思われますが、宜しいのですか?」

 なんとも現実的な質問をされたエヴリィさんに、場の空気を読んでくれと叫びたいところではありますが、彼が問うのも無理はありません。今日は大国を交えた重要な会議が行われる日でした。

 これは最も大事な会議であり、例え出産ごとがあろうが、身内の死があろうが、私情で容易に断れる会議ではありません。何千万といる民衆と国を背負うあるじ達の集まりだからです。それほどシビアな会議であるにも関わらず、陛下は駆けつけて下さったのですね。

「それは構わん!一大事だというのに、悠長に会議など出ていられるか!…沙都、済まない。其方の大事な出産だと言うのに、臣下が会議に気を遣い、知るのが遅くなってしまった。数時間も一人で苦しませてしまい、誠に済まなかった」
「あ、宜しいのですね」

 と、エヴリィさんはアッサリと納得をされました。そして陛下のお言葉で、私は痛みの涙から感動の涙へと変わって零れ落ちます。別に艶っぽさを帯びた切なる陛下のドアップのお顔が、胸に強烈な刺激を与えられておりました!

 今、私の眼前の両サイドには神的に見目麗しい殿方のお二人から手を握られて見守られ、私は真に眼福この上ありません!って何をこんな時に私は!痛みのおかげで可笑しなテンションとなっているではありませんか! 

―――ぅ…わぁああっ!ま、また来ました!痛い、痛い、痛すぎます!

 まだ恐ろしい現実は続きます。躯の水分がすべて吐き出されてしまいそうな程に汗がたぎり、まだまだ陣痛と闘わなければなりません。

「沙都様!いきみを止め、口を開けて、“ハッ、ハッ、ハッ”と短く呼吸をして下さい!」

 ナンさんからの指示が聞えたのか、聞こえなかったのか、それを自分はやっているのか、やれていないのか、もう躯がつんざくような激痛と混沌する思考で、頭の中は真っ白です!

「沙都!「沙都様!」」

 名を呼ばれました?もう誰から呼ばれたのかも分かりません。も、もう本当に無理です!迸る汗ですら煩わしいです!

―――だ、誰か、た、助けて下さい。お願いします!

 そう神に祈りを込めた時でした。

―――沙都、これが最後です。頑張るのです。

 何処からか女神のお声が…いえ、あれはダーダネラ王妃様のお声に聞えました。王妃様も私を見守って下さっているのでしょうか。とても心強い守護神に守られているような気持ちを抱きます。その時です。

「沙都様!御子の頭が出て参りましたよ!あともう一息です!」

 ナンさんの言葉が耳に入った私は意識が戻ります!もう少しで念願の御子と出逢えるのです!アトラクト陛下とダーダネラ王妃様の御子でも、私が二ヵ月間、このお腹で育ててきた大事な子です。今となっては母性が芽生え、自分の子として見ています。その子にようやく出逢える時が来たのです。

「決していきまず、全身の力を抜くように“フー、フー”と深くゆっくり呼吸をして下さい」

 御子がもう目の前まで来ている、そう思うだけで不思議と力が漲りました。私はナンさんに言われた通りに、いきまず全身の力を懸命に緩めて呼吸を繰り返します。

「沙都様!もう少しですよ!」
「沙都!「沙都様!! 」」

 皆さんに見守られ、そして不思議な引力によって自然と力が弛緩された、その瞬間、縛りつけられていた重みが嘘のようにスッと抜けたのです。

「さ、沙都様!おめでとうございます!御子の誕生ですよ!」

 ナンさんの感嘆のお声に続いて御子の「オギャー」と元気な泣き声が響き、部屋中が歓喜に満ち溢れます。

「はぁはぁはぁ…」

 呼吸もままならない私は意識が朦朧とし、目を瞑っておりましたが、気持ちはとても高揚としておりました。周りの方々からも感動のお声が聞えてきます。

「沙都、よう頑張った!」
「沙都様、おめでとうございます。本当によく頑張られましたね」

 双眸を輝かせて声を弾ませる陛下のお姿と、微笑でも破壊力抜群のオールさん笑顔で、胸がいっぱいでございます。そして陛下は私から離れ、御子の元へと行かれます。オールさんはまだ私の手を握って下さっていました。

 ピチャピチャと水が弾く音が聞こえてきます。ナンさんが御子をお湯で洗って下さっているのでしょう。この元気な泣き声が産まれて来て下さった実感を味わえます。

―――やっと御子と出逢えます。…はっ!

 フッと思い出した事があり、私はバッと目を見開きました!そ、そういえばですが、こちらの赤ちゃんは確か空気に晒された数分後でないと、私の世界にいる赤子の大きさにはならないのですよね?

 という事は今とても小さい動物の赤ちゃんのような姿形をされているのでは?恐る恐るな気持ちで、視線を足元の方へと向けました。すると、純白のタオルに包まれた御子を抱かれるナンさんの姿が。しかも…?

「可愛い可愛い可愛いでしゅね~❤ママでしゅよ~、分かりましゅか~?」

―――え?

 私の聞き間違いでしょうか?まだ思っている以上に意識がハッキリとしていないのでしょうか。

「うっわ~、赤ちゃん言葉、っきも!厚顔無恥にも程があるよ!よく陛下の前でそんな大嘘ぶっこけるよね!図々しい、厚かましい!」

 エヴリィさんから非難の声が上がったのを目にして、先程のナンさんのお言葉は聞き間違いではなかったようです。

―――ナ、ナンさん?

 非難のお声を上げられたナンさんはブーくれてしまい、御子を陛下へ渡されました。壊れ物を扱うように丁寧に御子を抱かれる陛下が感動の涙を交えて破顔されていらっしゃり、その姿を目にした私まで、より深い感動が伝わってきました。あー、本当に御子がいらっしゃるのですね。

「沙都」

 陛下が御子を抱かれたまま、私の方へと歩み寄ります。

―――ドキッドキッドキッ。

 対面出来る嬉しさと気になる御子の大きさ両方の気持ちに挟まれて、私の心臓は踊り狂います。

「沙都、其方が命を懸けて生んでくれた御子だ」

 目の前にまでいらした陛下からそっと御子を差し出されました。私は導かれるようにして、そっと御子の姿を目にします。

―――こ、これは!う、美しい、美し過ぎます!ここに天使ミカエルがいます!

 鮮明な輪郭、閉じ合わせた濃い睫毛、筋の通った高い鼻、ぷっくらと膨らみのある形の良い唇、赤子とは思えぬ程の彫り込みの深い顔立ちと目眩めくるめ異彩オーラはまさにアトラクト陛下の血を引き継がれているのでしょう。


 そして触らずとも分かるコットンのような瑞々しい純白のお肌に、綿菓子のように甘くフンワリとしたペールブロンドの柔毛は燦然と輝き、長い睫毛の下に隠れている玲瓏たるピンク色の双眸と、これらは王妃様から引き継がれたのですね。

 お二人の美しい部分を見事に引き継がれ、赤子の愛らしさと大人顔の怜悧を持ち合わせた極上の賜物です。こ、このような天使が私のお腹の中から誕生したのかと思えば、とても信じ難いですが、名誉な事です!

「て、天使です!このような美しい赤子は初めて目にします」
「沙都は口が上手いのだな」
「いいえ、真にそう思っております!」

 陛下は照れくさそうに謙遜をされますが、私の申し上げる事は真実そのものです!本当に見目麗しい御子ですからね。

―――はっ!

 あまりの美しさに忘れかけましたが、あれです、あれです!

「あ、あの生まれたてはとても小さいとお聞きしましたが…」
「ナンが清潔な湯で洗ってくれていた間に、この大きさとなった」
「大きくなられるのがお早いのですね」

 少し残念なようで安心したような複雑な気持ちです。御子は陛下の腕の中でしっくりと安心し切ったように、瞼を閉じ眠っておられます。なんて愛らしいのでしょうか。50cm程の小さなお躯ですが、生命力に溢れた威容を誇るお姿です。

―――今日から御子との新しい生活が始まるのですね。





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