Birth67「アティレル陛下と魔女」




「サラテリ、どういうつもりだ、何をした?」
「陛下。お言葉ですが、おっしゃる意味が分かり兼ねます」

 陛下の執務室のようです。不穏な空気を放たれているアティレル陛下に、私は固唾かたずを呑んで見守っておりました。サラテリさんと呼ばれた美形の若者は魔導師だったのです。陛下の詰問の内容は宮殿に結界を張り、魔女が姿を現せられないようにしていた事でした。

 そちらに陛下はきつく咎めていらっしゃるのですが、サラテリさんは白々しく知らぬフリをされていました。そして私は陛下と魔女の二人の恋路をなんとか守りたいと思っておりましたが、場面は急変し、次のシーンでは既に陛下と魔女は離れ離れとなっていたのです。

 この世界は恐らく魔女の記憶ではないかと思っています。私は彼女の記憶の世界へと入り込んでしまったようです。それであれば、私がどうこう出来る筈はありません。あの毎夜見る夢の真相のすべてはこの記憶の中で見続けた出来事だったのですね。

―――それにしても、なんて酷い事をされるのでしょうか。

 人間と魔女という異なる種族の為、壁があるのは分かります。ですが、ご本人達に黙って引き離すなど、狡猾という他ありません。しかもそれをされた当の本人は認めようとはしていないのです。
「彼女が私の元に現れなくなった。何をしたかと聞いておる」
「私は何も存じておりません。陛下、所詮は魔女の気まぐれに過ぎなかったのですよ」
「勝手な事を申すな」
「陛下もお早めにお忘れになった方が良いかと存じます。あまり穏やかではない気分を持続なさっては執政にも悪影響を及ぼすので」

―――なんと勝手な…。

 ここまで悠々と物を申せるサラテリさんが尋常に思えませんでした。相手は国王陛下様ですよ。しかもこちらの陛下はオーベルジーヌ国に革命を起こした程の偉大な方と聞いています。そのような方に対して、なんて恐れ多いのでしょうか。

―――陛下と魔女、なんとかお二人を会わせる事は出来ないのでしょうか…。

 私は胸元に拳を握り切に願いました。それからまた光景が揺蕩い始め、息を呑みます。果たしてどのような出来事となっているのでしょうか。

 …………………………。

―――真っ暗です。

 辺りには僅かな光すらありません。肌に触れる微風だけが纏わります。そして私の目の先にはある人物の姿が映っておりました。あちらはアティレル陛下です。

―――ザアア―――。

 律動的に繰り返す波打つ音。ここは宮殿の最上階のテラスのようです。一度、陛下と魔女が満天の星空を眺めている光景を目にしました。しかし、今回はお二人一緒ではなく、陛下お一人だけのようです。

―――こちらの光景は…私は目にしています。確か…。

 陛下は波打つ海をずっと見つめていらっしゃるのです。その表情は暗い孤独な影に覆われ、見ているこちらまで胸を打たれる切なさです。あれは間違いありません。魔女の事を想い、海を眺めていらっしゃるのです。

 以前、こちらの光景を夢で見た時、何故陛下が魔女と一緒ではなかったのか、それはお二人の仲が阻害されていたからだったのですね。そして表情で悲しみを物語っていた陛下の口元が開かれます。

「何故、このような事になってしまったのだろうか…」

 その言葉を耳にした私は胸が締め付けられる思いでした。

「もう其方とは逢う事が出来ぬかもしれぬ。あれほど私は其方と生涯を共にすると誓ったにも関わらず、このような事になり、決して其方は許してはくれぬだろうな。せめてもう一度、其方と話をする事が出来たのなら…」

 その陛下の思いを叶えたい、そう強く思うのですが、私にはどうする事も出来ないのです。ただ見ている事しか出来ない辛さに、胸が押し潰されそうな思いとなっておりました。

「これだけは忘れずにいて欲しい。私は其方を真に愛している。その想いはこの命が尽きるまで変わる事はないであろう。この生涯、其方を想い、独り身でいる事を誓おう。それが唯一、其方への最後の愛の証となるだろうか。願わくは、来世でもう一度其方と出会い、そしてその時こそは生涯離れず共に歩んで参ろう。私はそう願っている」

 永遠とわの誓いとも言える陛下の言葉を聞いた私は頬に涙が伝っておりました。こんなにも彼は魔女を愛しているのに、死に別れをした訳ではないのに、生涯逢う事が出来ないなんて。どうして運命はこんなにも彼等に酷な道を与えたのでしょうか…。

―――?

 悲愴に浸る間もなく、空間が歪み始めました。次の光景へと移ろうとしているのは分かっておりましたが、今の陛下と離れたくないという気持ちがあり、なんともやり切れない思いでした。

 皮肉にも次の瞬間には水中にいるような揺蕩う空間へと変わり、陛下の姿は見えなくなりました。きっと次の光景は…私はある予感をしておりました。その通り、次の光景には魔女の姿がありました。ここは海の中なのでしょう。

 陛下が魔女を想い、海を眺めていらっしゃったのと同じく、魔女も陛下を想い、海から手を仰いで地上を見上げていた光景を夢で見たのです。互いが互いを切に想う気持ちがリアルにヒシヒシと伝わってきていました。

「陛下。何故、急にお逢い出来なくなったのでしょうか。もう私に陛下を忘れろという意味なのですか」

―――え?

 魔女の声は怯えるように震えていました。それにとんだ誤解をしているようで、私は目を剥きます。確かに魔女からしてみれば、急に宮殿へは訪れられなくなりました。そう思ってしまっても仕方がない事だとは思います。ですが、陛下の想いは本物なのです。誤解をされたままでいるのは非常に耐え難いものです。

 確かに陛下との関係は有限であると分かっておるつもりでした。ですが、陛下は常に私へ真摯なお気持ちをぶつけて下さいました。そのお言葉が決して偽りでないものであったと信じております。私は十分に幸福でした。この先、貴方が別の女性かたを選ばれたとしても、私は貴方の幸せを願っております」

 なんという事でしょう。魔女もまた陛下と同様に、逢える希望を失っているではありませんか。

 ただ、これだけは望ませて下さい。来世こそは離れる事なく、私を迎い入れて下さいませ。この生がある限り、私は貴方の来世まで、ずっとずっと待ち続けております。どうか私を忘れずにいて下さいませ」

 さらに、お二人は同じ事を願っていたのです。来世だなんて、そのような気が遠くなるような事。それに生まれ変われたとしましても、今のお二人の記憶が残っているのか確証がないのでは…。

―――生まれ変わり?

 もしや!私は夢に浮かされていた浮遊感がサッと引いて行くのを感じました。アティレル陛下の来世というのはのアトラクト陛下なのでは!ではアトラクト陛下はアティレル陛下の生まれ変わりという事ですか!

―――では魔女の目的は…。

 その答えを掴みかけそうとなった、その瞬間!突然、眩い光に襲われます!視界どころか思考まで呑み込まれてしまい、そのまま何処かへ引っ張られる感覚に襲われます!

 これは次のシーンへと移動する前触れには思えませんでした。さらに意識がスーッと遠のいていき、このまま意識が無くなる事に、剣呑を感じた私は必死で意識を残そうと抗いますが、それも間もなくして敵わずに終わったのです…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

 意識が眠りの地へと堕ちて行くのを感じましたが、それはほんの一瞬の出来事に過ぎませんでした。今、私の視野の先にはまるで忘我したような虚ろな瞳をして立つ魔女の姿が映っておりました。そして私の頭上には毅然とした姿で浮遊されている王妃様の姿もあります。

 私は微睡みの世界から現実へと戻って来たのでしょう。先程のがどういった現象で起きたのか分かりませんが、王妃様の持つ特別な力だったのだと思います。あの想起された物語を目の当たりにし、私は魔女の目的を探し出せた気がしました。そう…。

―――魔女はアトラクト陛下と巡り逢いたかったのですね。

 彼女はアティレル陛下が亡くなった後も、陛下が輪廻転生をされるのを何百年と待っていたのでしょう。ところが、運命のいたずらともいうのでしょうか。生まれ変わった陛下はダーダネラ王妃様との愛を結ばれました。

 魔女にとってやるせない想いが今回の事件、魔女が王妃様に呪いをかけた原因だったのだと思います。魔女の憤る気持ちは分かります。彼女の悲しみの心を理解すればする程、自分の身に降りかかったような悲愴に見舞われそうでした。

 アティレル陛下へ誓った愛を気の遠くなるような年月の間、ずっと信じて待っていたのですから。ですが、王妃様に呪いをかけた罪が消える訳ではありません。命を奪うという行為はどのような理由があろうともやってはならぬものです。私は魔女の姿を見つめる王妃様と一緒に、魔女の様子を窺っておりました。

「…っ」

―――?

 気のせいでしょうか。微妙に魔女の口元が動いたように見えました。それは間違いではありませんでした。

「ヒ…トノ…ヒト…ノ」

 魔女はおもむろに口元から言葉を綴っていきます。

「…記憶…ニ…勝手…ニ…入リ…ヨ…ッテェエエ――――!!!!」

 魔女の怒りの叫声と共に、私は信じられぬ光景を目にします。魔女の腕がゴムのように伸び、数十メートル先にいる私へと向かって来たのです!

「きゃあ!!」

 身の毛がよだつ思いに駆られた私は咄嗟に悲鳴を上げる事しか出来ませんでした。そして魔女の手は眼前まで来ると、私の首元を掴み掛かろうとしたのです!

―――シャッ!

「ひゃあ!!」

 鋭い切れ味のある音と私の叫び声は同時でした。私は躯のバランスを崩してしまい、背後へと引きずり込まれます!躯は宙へと浮き、不安と恐怖が沸き起こりますが、躯はしっかりとした何かに覆われたのです。

―――この感じは。

 …………………………。

 少し前にも体感した温もりです。抱き抱えられている姿勢となった私は視線を上げます。思った通りでした。私の事を見下ろす鋭い光を湛えているこの金色こんじきの双眸は…。

「オールさん…」





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