Birth65「微睡みの世界」




―――終焉を迎える?それはどういう意味なのでしょうか?

 しかし、言葉の意味を考えている猶予など、ありませんでした。

「沙都、攻撃が来ます!行きますよ!」

―――!

 王妃様の掛け声に視線を前へと戻せば、光りの攻撃が眼前まで襲ってきていました。私は身を守ろうと杖を翳すと、杖の先から渦巻く風が生まれ、攻撃を上空へと跳ね退けました!

―――ブワッ!!

 その反動に私の躯は退けられますが、王妃様の叫び声で気丈を保ちます!

「さぁ走るのです!」

 必死な面持ちの王妃様に導かれるように、私は魔女の元へと駈け出します。何故、魔女へと疾走するのか、訳も分からず私は破裂寸前の心臓と闘いながら、ひたすら魔女の元へと走ります。

「!?」

 矢の如く疾走してきた私と王妃様に魔女の表情は驚きの一色となって硬直していました。

―――王妃様は何をされるつもりで?

 一気に攻撃を?いえ、確か魔女と戦ってはならない、そうおっしゃっていました。その言葉を思い出した時です。私の目の前で王妃様が魔女を躯で覆おうとされていたのです

 躯が重なった王妃様と魔女からダイヤモンドを砕いたような強烈な光が迸り、私の視界は瞬く間に眩く真っ白となりました。

―――!?

 魔女から攻撃を受け、彼女の元へ走ったのはほんの数秒前の出来事です。息をつくのも僅かな時間で、私はまた新たな道へと導かれていきました。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――ここは何処でしょう?

 辺りはうっすらともやがかかった光景で、明確に場所の判断がつきません。ですが、何処か外の景色のように思えます。荘厳な建物や木々らしきものが映っているように見えるのです。

―――何故、私はこちらに居るのでしょうか。

 さすがに自分が誰なのかは把握しておりますが、何故この場所に、そしてこのような洗礼されたデザインの和服を着ているのか、全く思い出せません。ここは夢ではありませんよね?

 漠然とした光景で立ち佇む私は懸命に記憶を辿ろうとしますが、頭の中にまで靄がかかったように何も思い出せないのです。只とても大切な事を私は担っていたような気がします。それは命を懸けてまでの…。

 微かに残る感覚が原動力となったのか、私はその場から歩き出しました。きっとこの先に何かがあると感じ取ったのかもしれません。すると、まるで手品のように一瞬で靄が消え、澄み切った景色へ変わったのです。

―――本当にほんの一瞬で景色がクリアになりました。…ここは

 緑々しい草木と彩り豊かな花々が並ぶ、どうやら私は一種の芸術と呼べる見事な庭園の中にいるようでした。日本の景色とは程遠い、そうですね。宮殿が建つヨーロッパ庭園を彷彿させます。

―――こちらの庭園、身に覚えがあります

 ですが、やはり思い出せないのです。困りました。どなたかいらっしゃらないのでしょうか。私は人の姿を求め、歩く速度を上げました。

―――数分後。

 庭園の奥へと入ったのでしょうか。

―――あら?

 驚いた事に忽然と人の姿が現れました。その方達がいる方に私が向かって行ったのではなく、本当に突然と姿を現され、私は瞠目として足が止まりました。先に映るのは麗しく見目好い男女です。

 柔らかな青々とした芝生の上に座る男女の二人は私と同い年ぐらいでしょうか。男性は流れるアッシュブロンド色の長い髪、みずみずしい芝生のような黄緑ぺリドット色の双眸、ファー付きツートーンのロングドレープが印象的な服装から、高貴な身分の方だと窺えます。

 神々しい美しい姿に目が魅入られていました。その隣にいる女性も男性と肩を並べて絵となる美女です。腰よりも長い艶やかな漆黒の髪、宝石のように煌めくルビー色の双眸、品のある淡いパープル色ドレスは彼女の美しさを際立たせていました

 お二人のご様子からして、恋人同士でいらっしゃるのは間違いないかと思います。お互いを見つめ合う瞳が本当に愛おしそうで、そして零れるばかりの笑みを広げ、心の底から幸せに溢れている姿は、こちらの心まで温かな気持ちにさせられていました。

 暫く私はお二人を惚けて見つめておりましたが、本来の目的を思い出し、男女に近づいて行きました。近づく私の姿にお二人は気が付いていないようです。完全に二人だけの世界なのでしょうね。私はお二人の斜めから控えめに声をかけます。

「あのお話し中に失礼を致しますが…」

 …………………………

―――あら

 確かに声は控え目ではありましたが、私はお二人のすぐ目の前まで来ています。ここまでの距離で気付かれない事に違和感が生じました。

「あの失礼を致しますが…」

 再度、私は声を掛けるのですが、

 …………………………。

 もしや、お二人には私の存在が映っていないのでしょうか?何故…。ドクンと波打つ鼓動に私は思わず手を伸ばし、女性の肩に触れようとしました。ところが…。

―――!

 触れようとした瞬間、私の手は青白く透き通り、スルリと女性の躯の上部へと落ちてしまい、さらに景色がユラユラと歪み始めたのです。

―――!?

 剣呑を感じ取った時にはグラグラと視界が歪み始め、美しい男女がまるで障害を起こした映像のように不明瞭な姿となり、この状況を把握出来ない私は放心状態となります。既に辺りの空間は揺らいでおり、光景全体が歪んでいました。

―――何かが起こります。

 私の視界が真っ暗となりました。

―――!?

 光りを奪われたのでしょうか。一瞬の出来事でした。今は常しえの闇に覆われ、何も視界には映らず、ドクドクと心臓の音を跳ね上げる音しか聞こえません。

―――?

 ふと何かを察し、私は頭上を見上げました。

―――あれは?

 上空というべきでしょうか。宝石を散りばめたような美しい光りが瞬きを繰り返し、夜空に生まれる天川のようでした。その繊細に煌めく宝石は満天の星空の集まりですね。

―――なんて綺麗な光りなのでしょうか。

 月の姿がなく、澄んだ柔らかな空気によって生まれた自然の輝きです。私はすっかりと不安が消え、目に映る輝きに心を奪われておりました。そして再び何かが揺らめき、私の心臓がドクッと蠢きました。

―――?

 新たに映し出されるふわりとした白い靄です。

―――あ…。

 忽然と現れる二つの人影です。辺りは灰暗いのですが、私には現れた方達の姿が明確に分かりました。あちらはこの暗闇に来る前にも目にした、あの麗しい男女のお二人ではありませんか。

 芝生の上で談話していた男女ですが、今度は寄り添うように肩を並べ、頭上を見上げていらっしゃいました。あの零れるような輝きを放つ満天の星空を鑑賞しているのでしょうね。

「何度目にしても本当に美しいものです。あの夜空に広がる輝く宝石は」

―――あ。

 お二人の会話が聞こえてきました。女性の声色からして嬉しさが滲み出ているのが伝わります。

「普段、其方は海の中で過ごしておるものな。星空を目にするのは珍しいか」

―――え?海で過ごしている?

 答えた男性の言葉に私は大きく瞠若としました。女性は一体?人間の方ですよね?

「はい、その通りです。陛下、私は星空を目にする度に思う事があります。こうやって貴方と一緒に、あの美しさを共感出来る自分はとても果報者だと」
「其方は自分の気持ちを正直に吐露してくれるのだな。とはいえ、私も同じ事を思っていた」

 リ、リア充を目の当たりにしましたよ?今の二人の会話で私は胸いっぱいになりましたよ?なんだかこのまま会話を聞いているのも、申し訳ない気持ちとなります。…って、そういえばですが、女性は今、男性を「陛下」と呼ばれましたよね?

 男性の風貌からして格式の高い方だとは思ってはおりましたが、まさか国王陛下様でいらっしゃるとは。そしてどことなくですが、こちらのお二人は恋人同士である筈ですが、何か距離を感じます。それは何なのでしょうか。

「陛下」
「なんだ?」
「陛下と住む世界が違いましても、こうやって巡り合えた事を必然の中の奇跡だと思っています。一生涯とは申し上げません。ですが、時間の許す限り、どうか私の傍に居て下さいませ」
「この先にどんな困難があろうとも、私は其方と共に生涯を歩んでいくと誓う。私は其方と歴史を紡いでいきたいのだ」
「陛下…」

 もうお腹がいっぱいでございます。こちらのお二人は心の底から愛し合っているのですね。とても羨ましいです。

―――あわわっ!

 リアルラブシーンに突入してしまい、赤面となった私は思わず手で顔を覆いました。

―――そろそろ、この場から離れましょう。…あら?

 ギュッと瞑っていた瞼を開きますと、ある異変に気付きました。ほんの数秒、目を閉じていただけなのですが、開いた瞬間、瞼に光りが蘇ってきたのです。辺りは眩い陽射しの光りに照らされていました。

―――また一瞬にして情景が変わりました。ここは最初に訪れた庭園でしょうか。

 この現象は一体…。いえ、今いるこの世界は何処なのでしょうか。訝し気に眉根を寄せていますと、またです。再々にあの男女お二人が姿を現しました。

―――私は何故、彼等を目にし続けるのでしょうか。

 それは記憶の軌跡を辿るような感覚でした。彼等を私に見せる意味に何があるのでしょうか…。





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